魔王様、地上から最深部に行くだけというダンジョン配信をやったらバズる。

あおき りゅうま

第1話 魔王リリス、普通の社会人を諦める。

「イヤッ! イヤッ!」

「わぁ……あ……」

「泣いちゃった‼」


 深夜の一時。


 プログラム会社———ファミーユプログラム。


 私のいる会社。そのいたるところで狂ってしまった大人たちが変なことを言っている。

 私も狂ってしまった。

 エナジードリンク瓶を咥えたまま、バグを取り除くためにパソコン画面と向き合っている。

 画面に映る———死んだ目をした私の顔。今朝は顔パックもしてなくて肌にハリがなく、寝不足で毛穴がぱっくり開いている。


「こんなはずじゃなかった……」

「リリス・メフィスト君? なんて言ったの⁉ 口じゃなくて手を動かして? じゃないと何ともならないよ⁉ ハハッ、なんとかなれッ!」


 部長は声を弾ませて私に作業を進めるように急かす。

 手はずっと動かしている。

 作業は確実に進んでいる。

 だけど……終わらない。

 作業は絶対に終わらない。

 膨大過ぎる。

 小さなウチの会社が抱えるには、この案件は大きすぎる。


「なんともならないよ……」

「なんともならない⁉ ハハッ、それを何とかするのが大人で社会人なんだよ⁉ 絶対……負けない……」


 会社の創業から努めている部長は、昔気質の根性論でカタカタとキーびおーどを叩く手を加速させる。


「部長」

「なんだい⁉」

「辞めます」

「退職ってコト⁉ ハハッ! 君みたいにスキルも何もない銀色の髪をした外国人がこの日本で生きていけると思っているの⁉ 君よりも優秀なプログラマーなんていくらでもいるんだよ⁉ ウチ以外に君みたいな外国人を雇ってくれる会社があると思っているの⁉」

「部長———ひと つ違います」


 私は立ち上がり、カバンに忍ばせている二本の漆黒のを頭につける。。

 カーテンも閉められずに、真っ暗な夜景を映すガラスが鏡のように私の姿を反射する。

 悪魔のような角に美しい銀色の髪を持った私の姿を———。

 嘘ついた———銀色の髪は痛んでぱさぱさになっている。


「私———外国人じゃなくて、魔族です」


 全身から魔力のオーラを漂わせる。

 魔法を発動する時特有の可視化された揺らめきを、会社の同僚たちに見せつける。

 その姿を見た部長は———、


「ハハッ、知ってたよ⁉ 履歴書に書いてあったからね! でもそれも「味」だよね……⁉」


 ———貼り付けたような笑顔のままだった。


「ちなみに———魔王・・です」

「それも知ってたよ⁉ 履歴書に書いてあったからね!」


「ちなみに———去年突然日本の地下に出現したダンジョン最深部のラスボスです」

「それも知ってたよ⁉ 履歴書に書いてあったからね!」


「ちなみに———最近ダンジョン配信っていうのが流行っているらしいです」

「それは知らない」


「ちなみに———配信で有名になったら広告収入でそこそこ収入を得ることができるらしいです」

「それも知らない」


「部長。私———会社辞めてダンジョン配信者になります」

「それって、実家に帰るのを全世界の人に見てもらうだけ……だよね?」

「そうだと思います」

「そんなの……面白いと思ってるの?」

「…………」

「そんな冗談言ってないで! とっとと手を動かしてよ! 魔王なんて脛に傷あるような外国人、この地上で雇ってあげるのウチぐらいなんだから!」


 スッと席についた。

 それからは、まともに部長と話はせずに仕事を進めた。

 帰宅できたのは朝の5時。

 朝日が昇るさまを見ながら家路へとついた。

 それから体を洗って、ベッドに潜り二時間の仮眠を取った。

 そして———ある業者に電話した。

 ———退職代行という名の業者に。


 ◆


 こっちの世界の日本という国にダンジョンが転移してしまって、私リリス・メフィストはテンションが上がってしまった。

 プレーンという私たちが元居た世界から、地下貯蔵魔素の暴走により大規模な転移魔法が発動し、私の実家であるところの闇の大迷宮ダークダンジョンが異世界転移をしてしまった。

 その先がこの地球という惑星の日本という国の地下だった。

 地下千階の最深部で魔族と人間のバランスを監視する役目を与えられた魔王———それが私だった。

 退屈だった。

 だから、魔族の誰にも見つからないようにこっそり地上に出て、普通の地球人として生活していこうと思った。

 魔族であることを隠して一人のOLとして生きていき、ある程度社会人としての地位が盤石になったら、「ジャンジャジャ~ン! 実は魔王でした~!」と発表して世間を騒がせてやろうという目論見で胸を躍らせていたが、『履歴書』というハードルに阻まれた。

 嘘八百を書いたら絶対に見抜かれていた。

 何度も何度も面接に落ちた。バイトの面接にすら受からなかった。

 だから、試しに正直に書いてみた。全部、正直に。

 そしたらなぜか受かった。

 私は魔族でありながら、地上の会社に就職してOLになれた。

 嬉しかった。

 だけど———そこが超絶ブラック企業で残業1月140時間は当たり前で、職務手当とかいう謎の制度で給料の4割が常に差し引かれていた。

 私の心は折れた。

 地上で普通のOLとして人並みの平凡な人間としての生活を送ろうとしていた魔王の心は一年でぽっきりと折れた。

 だから、実家に帰ることにします。

 配信をしながら。

 できれば、バズって収益化できればいいな……。

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