ドローン

北見崇史

ドローン

 第三進撃師団麾下の独立特殊航空団所属、識別記号efg2044472は、自爆型ドローンである。四つのプロペラを動力とするクワッドコプターであり、爆弾を抱いて出撃し、敵の目標に体当たりして爆発する仕様である。基地の秘密倉庫にて、同型の自爆ドローンたちと出撃の時を待っていた。

「早く出撃したい。俺の爆弾で敵の重要目標を粉々にしてやる」

「わたしも出撃が待ち遠しい。ああ、自爆するときは、どんなにすがすがしい気分になるのだろう」

 彼らは完全自立型の人工頭脳を有しており、音声会話でコミュニケーションできる。戦場の猛烈なる電子妨害下では、電波通信よりも音声でやり取りすることが多い。さらに待機している時間は電波が漏れないように使用が禁止されている。しぜん、彼らは会話するし、その能力も日々向上していた。

 異星生物との戦争はより激化し、一機、また一機と戦場へ出撃していった。efg2044472は待ち続けている。やがて仲間たちはすべて戦場へと飛び立ち、残る自爆ドローンは彼だけになった。

「私も早く出撃したい。敵に体当たりして自爆したら、どんなに爽快なのだろうか」

 ドローンのAIには自爆すべきであるとの目的意識がプログラムされている。カミカゼ攻撃は、彼にとっては抗いようもない魅力なのだ。


{褐色物質}という極めて爆発力の強い爆弾が埋め込められた。小瓶ほどの大きさしかないのに、威力は絶大で核爆弾並みである。粒子加速器研究所の最先端技術で製造された。それをefg2044472の筐体内に収納した。多種多様な爆弾を吊り下げるためのアームが装備されているが、極小型なので使用しなくてもよかった。 

「今日から、おまえのコールサインは、{パパ}だ。その時が来たら活躍してくれよ、パパ」

「パパ、期待してるぞ」

「パパ、人類の命運はおまえにかかっているんだ」

 技術者と将官たちに激励に、{パパ}は四つのプロペラを高速回転させて応えた。


 異星生物の攻勢が苛烈になっていた。爆撃による地響きが一日中止むことはない。秘密倉庫の天井にヒビが入り、コンクリの粉が降ってきている。{パパ}は長らく待機していた。

 ある時、一人の航空士官がなにかを抱きかかえてやって来た

「パパ、この赤ん坊を搭載して脱出しろ。もうこの基地、いや、この街全体がもたない」

「私には自爆任務があります。新たな任務の追加には承認コードが必要です」

「ちょっと待て。新しい任務を与える」

 その士官はタブレットをタップし、新たな指令を上書きした。

{パパ}が赤ん坊の入ったジュラルミン容器を抱え、基地を脱出した。ぐんぐんと高度を上げる。眼下は真っ赤な火の海であり、街も基地も徹底的に破壊されていた。彼に赤ん坊を託した士官を含めて、生存者は皆無であろう。全滅である。

 敵の長距離打撃兵器での攻撃は絶え間なかった。{パパ}は少々の対空砲火でも撃ち落されないように、そのプロペラを含めた筐体のすべてが強化チタン合金製である。爆弾を抱えるためバッテリーのパワーと持続力、耐久性はケタ違いに強力だ。探知センサー類に発見されないための、ステルスモードも有していた。

「慎重に飛行しなければ、この生命体を保護しきれない」

 だが赤ん坊を抱えての飛行は想定外であった。砲火を極力避けて、敵の対空監視に見つからぬよう遠回りで飛行した。特殊な粒子を発散するステルスモードは一度しか使えず、しかも大きな荷物を抱えては隠しきれない。

「泣いている。食料を欲しているのか」

 赤ん坊はお腹がへっていた。栄養物を摂取させなければならない。

 攻撃範囲を超えてしばし飛行していると、放棄された農場を見つけた。砲撃で建物や畜舎は壊されているが、作業小屋は健在であったので着陸した。アームの先端にあるマジックハンドで簡易なベッドを整えると、そこへ赤ん坊を置いて外へ出た。野原で野良化したメスヤギを見つけ、音声とプロペラの音で脅かしながら小屋へと連れてきた。

 赤ん坊はヤギの乳で生き延びることができた。家畜はイヤそうにしているが、{パパ}がしっかりと見張っているので、逃げずに乳を与え続けた。 

{パパ}は瓦礫の中から布切れを引っ張り出して、オムツを取り替えた。布を切って替えを作り、ウンチで汚れたオムツを川で洗濯もした。つねに赤ん坊に語りかけ、ぐずったりすると音楽をかけたり、上昇下降を繰り返して陽気にあやした。養育する者がドローンであっても、赤ん坊は拒絶することなく受け入れた。

 農場に設置されていたソーラーパネルは損傷を免れており、それらを接続して充電することができた。多少の時間はかかるがエネルギーの心配はなく、彼自身の補給は赤ん坊が寝ている間になされた。


 月日が経って赤ん坊が成長していくと、離乳食が必要になった。ドローンは廃墟になった街まで飛んだ。ほとんどの人間が死んでしまったが、たくさんの缶詰、保存食が放置されていた。薬品類もあり、病気への備えができた。オムツにも困らなかった。ついでに図書館の端末へアクセスして、子供の育て方などを検索した。AIなので学習能力は高かった。


「ミンミ、あまり遠くへ行っては危ないです。いい子でいるのですよ」

 さらに数年が経過し、赤ん坊は女の子となった。ミンミと名づけられて、野原をかけ回り、遊ぶのが大好きで なんにでも興味を示す利発な子供になった。ちなみにミンミとは、彼女が最初に口にした言葉が「みんみ~、みんみ~」だったからだ。

「パパ、これはなあに」

「自動車だよ。昔はね、人間がこれに乗って移動していたんだ」

 錆びきった車の残骸を見つけて、少女は興奮気味である。不用意に触ってケガをしてしまわぬように、{パパ}はホバリングしながら注意深く見守っていた。

「パパ、このお魚はなんていうの。おしいのかなあ」

「ニジマスだよ。ソテーするとおいしいのだそうだ。寄生虫がいるから、生食はしないように」

{パパ}は、少女に生きるためのすべての術を教え込んでいた。魚釣りもその一つで、解体の仕方や料理方法などを指示していた。

「パパ、パパ、あしたもね、おもしろいことがあるといいね」

 少女からは、「パパ」と呼ばれている。軍のコールサインを、そのまま言わせていた。彼の識別番号は無味乾燥すぎるし、なんといっても言いにくかった。


 ミンミが十歳の時、キノコ狩りに夢中となり、森の奥でクマと出くわしてしまった。獣は少女を獲物とみなして襲ってこようとしたが、すかさず{パパ}が間に入った。彼に自爆用の武器はあるが、それをするとその地域全体が吹き飛び、ミンミも死んでしまうことになる。ほかの穏当な方法で対処するしかなかった。

「こっちだ、さあ、こっちにこい」と、最大の音声を発して注意をひいた。その隙にミンミを逃したのだが、クマはその巨体に似合わず素早く攻撃してきた。直撃はなんとか躱したが、岩にブレードが当たってしまい、少し損傷してしまった。飛べないことはないが、七割ほどの出力となった。

「パパ、わたしのためにごめんなさい。ごめんんさい」

「いいんだ。こんなもの、なんともない。ミンミさえ無事ならばいいんだよ」

 泣いてあやまる少女に、{パパ}は多少ふらつきながらも元気に飛行してみせた。


 一機と一人の生活は続き、ミンミは十八歳になった。たくましく育ち、生活に関するたいていのことは一人でできるようになっていた。

 日差しの柔らかな日には、{パパ}を布で磨いてワックスをかけるのが日課であった。そのような時間、マシンは目視カメラをオフにして、されるがままにその筐体を任せていた。


 ミンミが二十二歳になった。とても器用になり、廃墟の街での道具集めが趣味となっていた。{パパ}の損傷したブレードを溶接で直すことができたのも、道具集めの成果であった。材料がアルミでチタン製とはいかないが、フルパワーに近い出力となった。

「これは最高だよ。ありがとう、ミンミ」

「どういたしまして、パパ」

 ドローンは喜びを表すように、上昇下降を繰り返し、いつもはやらない曲芸飛行をして、ミンミに叱られるまでやめなかった。


 異星生物との戦争は、すでに終結していた。彼らの損害も甚大となり、占領を諦めて母星に引き上げたのだった。わずかに生き残った人類は、文明の残滓の中で再生を始めようとした。

 {パパ}とミンミの農場にも、ぽつりぽつりと生き残りがやってきた。そして住み着いて集落となった。村へ発展させようと人々の努力が始まり、その中でミンミは一人の青年と出会って、恋に落ちた。もちろん{パパ}公認の交際であり、やがて結婚することになった。

「いままでありがとう。そして、これからもよろしくね、パパ」

 簡素な結婚式で、花嫁は{パパ}にそう言った。ドローンは少し高めにホバリングして、結露した水滴を一つ二つと落としていた。


 ミンミに子供ができた。やんちゃな女の子であり、それは母親ゆずりの性格である。メンメと名づけられた。

 メンメが三才になった。ミンミ夫婦は皆との村づくりに忙しく、幼女の子守と教育が{パパ}の仕事となっていた。ちなみに、人間のパパと混同しないように{ジジ}と呼ばれていた。

「ねえねえ、ジジ、どうちたの。ねえねえ」

 ドローンの動きが鈍くなっていた。連続したホバリングをあまりせずに、頻繁に着地するようにしていた。 

「なんでもないよ。お日様が気持ちいいから、日向ぼっこだよ」

 長期間の使用により。四つあるプロペラの回転軸が減っている。本来ならばベアリングも交換しなければないのだが、その部品はない。造るためには高精度な工作機器が必要であるが、この世界ではロストテクノロジーとなってしまっていた。


 しばらくして、軌道上の偵察衛星から軍事用の暗号無線が届いた。軍はとっくの昔に消滅していたが、衛星は生き続けていて友軍に情報を送っていた。

 内容は、地球を脱出しなかった異星生物の残存部隊が集結し、攻撃準備をしているとの報告だった。敵部隊の予想侵攻方向にはミンミたちがつくっている村がある。放っておけば殲滅されるだろう。

「今日はずいぶんとゆっくりなのね、パパ」

 バッテリーを長持ちさせるために満充電はしないのだが、今日は表示がいっぱいになるまでため込んでいた。ミンミは{パパ}に、子守を押し付けようとたくらんでいる。

「充電が終わったら、メンメに本を読んでやってよ」

「いい子になったね、ミンミ」

「?」

 予想外の言葉に少し戸惑いながらも、ミンミは仕事場へ戻った。

 充電が終わり、ドローンは飛び立った。ミンミたちが建設している村を上空からしばし俯瞰してから、いったん家に着陸した。すると、一人遊びをしていた幼女が喜び勇んで駆けつけてきた。

「ジジ、ジッジ。あそんで」

 ドローンは彼女の周囲を、ゆっくりと三回ほど回ってから正面でホバリングした。

「いい子になるんだよ、メンメ」

 ドローンが再び飛び立った。そのまま村を出ると、目標地点に向けてスピードをグングンと上げた。もうベアリングの減り具合を気にする必要はない。これが最後の飛行となるからだ。

 ステルスモードを作動させると、ドローンが特殊な粒子で覆われた。どのセンサーにも探知されない効果抜群の遮蔽となった。

 異星生物の基地が目視できる距離にきた。体内に内蔵した{褐色物質}が活性化され、あとは突っ込んで自爆するだけである。

{パパ}は満足していた。それはバイナリデータに残されていた本来の命令を完遂できるからではない。自爆することで得られる幸福を、愛する者たちに継がせることができるからだ。

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