第6話
失恋の神様。話だけ聞いた感じだと、疫病神や貧乏神のように、良くない神様に部類されるように思える。
女子高生の間で流行るには、あまりにも夢がなさ過ぎはしないだろうか?
「それって神様に頼むようなことなのか? 告白しなければ、告白されない限り、失恋するだろ?」
「それはただ諦めているだけですよ。そうじゃなくて、しっかり失恋することができるんです。ここ重要ですよ!」
ぴしっと人差し指を立てて強調する彼女。ここテストに出ます! と言葉をすり替えても問題ないような口調だった。
勢いに負けるように、脳が納得したような錯覚に陥りかける。
なるほど、なるほど。告白をしないだけと、失恋だとそういった違いがあったのか。なるほど、なるほど。
全く分からん。
そんな繊細な違いを感じろと言われ、シンパシーを受信できるほど、繊細な硝子細工のような心は持ち合わせていない。
説明責任ヲ求ム。そんな抗議をする視線に彼女は気づいたようだ。彼女は自分の言葉を咀嚼すると、人差し指に説明をさせるように、指先をさらにぴんと立てた。
「ただ傍観する失恋じゃなくて、小説みたいな失恋にしてくれるんです。だから、しっかりと諦めることができる」
「失恋小説を体感できる、みたいな感じか?」
「まぁ、そんな感じですかね」
ここまで言われて、ようやく言葉の違いを理解することができた。
恋愛というものは成就する方が少ない。好意を告げる人も少なのに、それでも振られてしまうこともある。
大半は、自分の気持ちを伝えない人の方が多いだろう。そんな人たちは、気持ちが薄れていくときを待つしかない。自分の気持ちを伝えることさえできず、ただ想い人がいたという記憶にしかならない。とてもじゃないが、綺麗な終わり方とは言えないだろう。
届かない恋でも、終わり方は綺麗に。失恋をするならばそっちのほうが良い。失恋小説のように、清々しく。そうすることで、次の恋に進める一歩を踏み出しやすくなる。
同じ失恋をするのならば、失恋の神様にすがってみたいと思うのも納得がいく。
「それだと、みんな失恋の神様の所に行くだろ?」
その噂を知っているのならば、大量の参拝客が押し寄せてくるはずだ。順番が回ってきたときには、失恋が幾重にも積もれていそうなものだ。順番が回ってきたときには十年経っていた。そんなにずっと思い続けるのならば、恋愛成就の神様の方にお百度参りでもする方が有意義な時を過ごせるだろう。
「そこで、条件があるんですよ」
「条件?」
彼女は仰々しく腕を組むと、一呼吸を置いて視線を釘付けにさせた。そして、その態度とは対照的に、繊細でしんみりとした笑みを浮かべた。
「必ず、振られる未来が決定していること」
「必ず振られる未来?」
「そうなんですよ! 振らない可能性が少しでもあると、叶えてくれないんですよ!」
俺の食いつきの良さを気に入ったのか、俺に合わせるように声のトーンを無理やり上げている。そんなアグレッシブにする要素があったのかは、議論の余地がある所。しかし、今は彼女のテンションに合わせてあげることの方が重要だ。
「絶対に振られるなんてことあるのか?」
俺の大根役者のような言葉回しに、彼女は熱が入るどころか冷めたようだ。俺がおどけているとでも勘違いしたのだろう。思ってもいない感情を乗せて話す気遣いを、彼女は良しとはしないようだ。
彼女はへの字にした口元から、こちらに聞こえるように息を吐いた。
「だから、オカルトなんじゃないですか?」
やっつけ感漂う口調。なんか俺が悪いことをしたような気になってしまう。そんなに感情に出さなくてもいいじゃないか。
彼女の言葉を振り返ってみると、引っかかる点が一点見つかった。彼女は『必ず、振られる未来が決定していること』といった。
絶対振られる未来が決定している事例。
『絶対』なんてものを持ち合わせている者はいない。可能性が限りなくゼロの物はあっても、ゼロの物はない。
だからきっと、今まで願いが叶った人はいないのだろ。それでも、僅かに可能性があるような話あるのかもしれない。
あえて、無味無臭なものを匂わせる。そんな希望的観測こそがオカルトだ。
そういった意味からしても、『失恋の神様』はオカルトに部類分けされるのだろう。
「それにしても、結構よく知ってるんだな」
素直に感服してしまった。俺よりもオカルトのこと知ってるんじゃないか?
今にも追い抜かれそうな下からの勢いに蹴落とされかけ、そのまま重力に従って、落ちてしまうのも悪くないと感じてしまう。このまま、レポートの課題も代わってはくれないだろうか。
悪くない意味で期待を外してくる。初日にしては、十二分に有力な情報を得ることができた。
受動的に聞いたにしては、やけに具体的な情報に感じる。まるで、自ら情報を聞き得たかのようだ。
「もしかして、里奈にもそういう相手がいるのか?」
脳裏に過った微かな可能性。本気の度合いが低いからこその口調だった。彼女の反応を楽しむような声色。それに合わせて緩む口元。たまには、こちら側から仕掛けるのも悪くない。
「少なくとも、好きな人くらいはいますよ」
「え、まじで?」
そんなことを、彼女はさらりと口にした。
日常会話のような口調で、簡単に白状するとは予想外だった。感情よりも大きく揺れた俺の体。どうやら椅子の音を立てるほど、予想外だったらしい。その音に驚いたのか、遅れて心音も跳ねたようだった。
『どんな奴なんだ?』目は口程に物を言う。今の俺の目は、口以上に物を喋っていたかもしれない。おしゃべりな目は、普段よりも感情を込めてよくしゃべる。
「教えませんよ。鈍感な先輩だと、気づかないかもしれませんけどね」
一言一句伝わったようで、目と口の会話を終える。彼女は心の余裕を見せつけるように、口元を緩めた。
最後に、付け加えるように視線をこちらに向けた。
俺の反応を愉快そうに眺める瞳。彼女の目は口下手らしく、あまり多くを語らない。もしくは、多すぎて全てを受信できなかったのかもしれない。
電波を上手くキャッチすることができず、俺は彼女の瞳から目を逸らすことができないでいた。
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