第3話

脳裏に浮かぶのは、心配そうに俺を見上げる部長の姿。

『もう題材は決めたの?』

『いつも何か考えてるけど、もうレポート書き始めた? デモ? 何馬鹿なこと言ってんの?』

『……ねぇ、ちゃんとレポートやってるよね?』

『ちょっと、本当に頼むよ! 君がいなくなったら、廃部になっちゃうんだよ!』

『僕来週からいないからね、本当に頼んだよ! だから、デモなんてやらないってば!』

 女の子と見間違えるような、男の娘だった。誤字などでは決してない。文字通りの男の娘なのだ。

 ここでは、形貌については深く語らないことにする。俺の語彙力では、彼の魅力を伝えきれないからである。そんな冒涜は、部長を貶めることに繋がる。

どうしてもというのならば、一つだけ。脳内に理想の女の子を思い浮かべて欲しい。次元を超越した存在だろうと構わない。その性別を男にしたもの。それが部長の容姿となるのだ。あしからず。

もとい、これ以上俺の回想に部長の出番がなさそうだからとかではない。あとは文面だけのやり取りになりそうな予感がするからとかでもない。そんな不届きものではないと、信じてくれることを深く願っている。

 ぽつねんと一人残された俺。とりあえず、俺はデモ用ののぼり旗などを片付け、レポート用紙を買う所から始めたのだった。

 そして、未だにレポート用紙は真っ白であった。いつ漂白剤のコマーシャルが飛び込んできても不思議ではない。小数点繰り上げの、百パーセントの白さだった。

「オカルト……何か、ネタはないかね?」

「それを部外者に聞きますか」

「ほぼ部員みたいなもんだろ。非正規部員」

「なんですか、その派遣みたいな立ち位置は。先輩の方が詳しんじゃないですか? 正規部員なんだから」

「いや、バイトの方が詳しいこと多いもんだろ」

「飲食店ですか! そっちの話は広げないでいいです。先輩、オカルト好きなんですよね?」

「俺そこまでオカルトに興味ないし」

「本当になんで入ったんですか、この部活に」

 目の前の彼女にアホ毛があったならば、へにゃんと垂れていただろう。そう思わせる感情を、視線と和えてぶつけられた。

 何でと言われると、少し考えてしまう。

 中学、高校生と部活に入る理由なんてものは単純だと思う。

 昔からやっていたから、才能があると感じたから、モテると思ったから。世の中の男子学生に統計を取ったのならば、部活を始めた理由の九割が上記の理由だろう。

いつでも男子というものは馬鹿な生き物なのだ。遺伝子的にそう書き込まれているのだから、致し方あるまい。

 かくいう俺も、部活に入った理由は九九の七の段よりも単純なものだった。まだ小学生がクラブチームに入る理由の方が、ちゃんとしているかもしれない。

 憧れていたのだ、非日常というものに。

 中学時代に夢描いていた高校生活。それは結局、夢物語となった。幻想は知らず知らずのうちに皮を脱ぎ去り、現実が顔をのぞかせていた。蛹のうちの方が、成虫姿に夢を描けるというものだ。孵化の瞬間に美しさを感じる者もいるだろう。だが、それが蝶ではなく、蛾だとしても同じ感情を抱けるものだろうか?

一瞬、綺麗に映ったものがあったかもしれない。

しかし、顔を近づけてそれを観察してみると、新規性皆無。それが見慣れたものであったことに気がつくのだ。自然と嘆息が漏れた。

高校というものは中学をy軸に置き、その延長線上に存在するものだった。

 つまるところ、年齢というy軸が大きくなっただけなのだ。

 x軸は微動だに動かず、新たなz軸がグラフに追加されることはない。

 憧れはいつもフィクションの中にだけ存在する。熱力学の第一法則に並ぶほど当たり前なこと。そんなことに気づいたときには、入学してから八千七百六十時間が経過していた。ちょうど一年である。

 熟年夫婦並みのため息をつき、ついて回るマンネリ化した高校生活との共同生活。先を考えるというよりも、終わりを考えると言った方が当てはまる生活だった。第二の人生を歩みだした爺さんの方が、有意義な生活を送っていることだろう。

そんなときだった。高校二年目を過ごしていたとき、オカルト部に入ってみないかと誘われた。

 クラスでなぜか男装をしている女の子。多様性が求められる今の世の中で、この疑問を持つこと自体が悪とされているのだろう。多様性が認められるならば、この考えを持つことを悪とする考え、その考え自体も悪なのではないか。そして、この考えも悪なのではないか?

 閑話休題。

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