選んでかすを掴む

三鹿ショート

選んでかすを掴む

 端的に言えば、私は愚か者だった。

 私の優れた外貌と頭脳に引き寄せられ、数多くの異性が声をかけてきたのだが、それが何時までも続くものだと思っていたのである。

 やがて、私の好みに合うような女性が姿を現すだろうと考え、釣り合わないような異性は漏れなく拒絶し続けていた。

 一人が去ったとしても、二人がやってくることの繰り返しであるために、私は理想の女性が現われるまで辛抱していたのだが、その対応は間違っていた。

 私の傲慢さは他者の知るところとなり、どれほど見目が良いものであったとしても、同じ時間を過ごすことは苦痛以外の何物でもないという評価が広まってしまったのである。

 撤回しようにも、そもそも私の言葉を他者が聞こうとしないために、私は孤立することになってしまった。

 自業自得と言われれば、それまでである。

 このような私を受け入れてくれるのならば、どのような人間でも構わないと考えるようになった。

 そんなとき、私は彼女と出会った。


***


 彼女は、私とは別の理由で、孤立していた。

 私が他者を見下す立場ならば、彼女は見下されるような立場の存在である。

 どれほど考えたとしてもその外見に世辞を言うことはできず、本当に教育を受けてきたのかという疑問を抱いてしまうほどの頭脳であり、常に薄い笑みを浮かべていた。

 ゆえに、彼女は他者から避けられていた。

 彼女も、そのことを理解しているのだろう。

 だからこそ、同じように孤立している私に近付いてきたのだ。

 既に己の態度を改めようと考えていたために、私が彼女を避けるような言動に及ぶことはなかった。

 相手にされるということがよほど嬉しかったのか、彼女は私の生活を支えるために、多くの仕事を兼業するようになった。

 私と過ごす時間は明らかに少なかったのだが、彼女はその時間が褒美だといわんばかりに楽しんでいたのである。

 私もまた彼女に笑顔を向けていたものの、実のところは、彼女との時間が苦痛で仕方が無かった。

 私の相手をしてくれるのならば、どのような人間でも構わないと考えていたものの、彼女のような醜い存在の相手がしたかったわけではない。

 それでも共に過ごしているのは、彼女が唯一の味方だったからだ。

 存在していないよりは良いということで、彼女と交際を開始したのだが、それは間違っていた。

 そもそも選り好みをすることなく、彼女と出会う前に妥協しておくべきだったのだ。

 何時しか、如何にして彼女と別れるか、そればかりを考えるようになってしまっていた。


***


 目を閉じて接すれば、彼女に対する不満は無い。

 だが、目を開けていなければ、生活が不便である。

 私のことを知る人間が存在していない土地で新たな生活を開始することも考えたが、彼女は必ずついてくるだろう。

 それならば、彼女と縁を切れば良いだけの話なのだが、それまで彼女に世話になってきたことを思うと、無下にすることはできなかったのである。

 結局、私は己で己の首を絞め続けているだけなのだ。

 私の傲慢さが全ての始まりであるために、これは罰といえば罰なのだろう。

 しかし、あまりにも罰が強いのではないだろうか。


***


 気が付けば、私と彼女の間には娘が誕生していた。

 そのことについて、不満は無い。

 何故なら、これで彼女ではなく、娘に意識を向けることができるようになるからだ。

 娘を可愛がれば、彼女からも周囲からも、私が子煩悩だという良い評価をされるようになる。

 つまり、ようやく逃げ道を作ることができたということなのだ。

 だが、現実は残酷だった。

 成長した娘は、彼女と同じような外見へと変わっていったのである。

 妻と娘のどちらを選んだとしても、変わりは無いということなのだ。

 一体、私をどれだけ苦しめれば気が済むのだろうか。


***


 人生において私が獲得したものは、忍耐強さだろう。

 彼女と彼女に似ている娘に耐えながら、良い父親を演じ続けたのである。

 他者が見れば、我が家は幸福な日々を過ごしていると考えるに違いない。

 現実には、私の日々は地獄のような苦しみが続いているのだが、それを口にすることはなかった。


***


 やがて、娘が交際相手を連れてきた。

 結婚も考えているというその相手を見て、私は驚きを隠すことができなかった。

 何故なら、娘の交際相手の見目は、私のように優れていたからだ。

 ゆえに、交際相手と二人になった際に、私は訊ねた。

「きみのような人間ならば、異性など選り取り見取りだろう。何故、私の娘を選んだのか」

 その言葉に、交際相手は微笑を浮かべながら、

「あなたの娘は、他者を見下すことなく、笑顔を忘れることなく、勤勉に過ごしています。私は、その人間性に心を奪われたのです。さぞ大切に育てられたのでしょう」

 思わぬ返答に、私は言葉を失った。

 嫌々ながら過ごしてきた日々が無駄ではないと、褒められたような気がしたからだ。

 私は、思わず涙を流してしまった。

 私の長年の努力が、報われたようだった。

 それでも、私は家族を心から愛そうとは思わなかった。

 それとこれとは、話が別なのである。

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