鏡は嘘しかつかない
藤泉都理
鏡は嘘しかつかない
月の欠片を拾った夜。
急いで家に帰って、嘘をつく鏡と月の欠片を溶かして打ち直して、嘘をつかない鏡を爆誕させようとしたけど、だめだった。
月の欠片を以てしても、嘘をつく鏡は変えられなかったのだ。
ああ、もう。
明日は運命の運動会だってのに。
気分よく明日を迎えたかったのに。
嘘をつかないでよと、嘘をつく鏡に言ったら、嘘をついていませんと返って来た。
はい、うそー。
「もう、明日は高橋先生が一等賞を取って、告白する日なのに」
嘘をつく鏡は言うのだ。
高橋先生が一等賞を取れる事はないって。
そんな事はない。
一年前の運動会で一等賞を取れなかった日から、高橋先生は雨の日も嵐の日も雹の日も猪の日、は流石に止めていたらしいけど、とにかく、特訓に特訓を重ねたんだ。
一生懸命努力をしてきた先生が、一等賞を取れないなんて、あり得ない。
だから、この鏡は嘘をついているのだ。
ベランダに出れば、あの時と同じ風が吹いていて、顔を顰めたけど。
大丈夫だ。絶対。
翌日。
浮雲が一つもない秋晴れだった。
町内の運動会が幕を開けて初っ端から盛り上がり続けて、最後の競技の成人限定三キロメートルの短距離マラソンが始まる直前の事だ。
高橋先生に、ささやかな余白がある刺繍入りの鉢巻きを贈った。
「高橋先生頑張ってね」
「っう。ありがとう。私、頑張るよ。今年こそ、一等賞を取って、告白する」
「うん。高橋先生なら大丈夫だよ」
「うん。いつも応援してくれてありがとうね」
「ううん。私の方こそ。先生には色々お世話になったからね。在学中も卒業した今も。だから。ほんのささやかなお返し」
「私は果報者だ」
ほんのちょっぴり涙声になった高橋先生は、顔を引き締めて行ってくるねと手を振ってスタート地点へと向かった。
「頑張ってね。先生」
ポケットに手を入れれば、ふよふよしている物体の感触がして、取り出してみた。
昨日失くしたはずの涙だった。
「嘘つきだから、鏡は」
鏡は絶対、嘘つきだ。
嘘つきにしなければいけないのだ。
「私は高橋先生を応援しているんだ」
参加者全員がスタート地点に立って、銃声が鳴り響いた瞬間。
高橋先生を呼んで、一等賞絶対取ってと大声で叫んだ。
高橋先生は空まで届きそうなくらい、力強く腕を押し上げた。
ああもう絶対。
「うえ。うえ~~~ん」
「………うわー。高橋先生」
「引かないで。後ずさりしないで。しょうがないじゃない。ようやくっ」
「うん。おめでとう。高橋先生。ごめんね。大人のガチ泣きって初めて見たから。額も目尻も口の下もしわがすごかったよ」
「うん。言わなくていいよ。でも、ありがとう。本当に。応援してくれて。本当に、ありがとね」
「うん。ほら。高橋先生。ようやく告白して、しかも、受け入れてもらったんだから。早く行った行った」
「うん。また今度。来年、成人だったよね。一緒にお酒、飲もうね」
「えーーー。高橋先生、絡み酔いしそうだからなー。めんどくさそー」
「もう。そんなこと言ってー。何だかんだ付き合ってくれるんだからー」
「高橋先生は果報者だ」
「うん。本当に。じゃあ、またね」
「うん。またね、高橋先生」
運動会が終わって、自宅に帰って、自室のベッドに倒れ込んでから、机の上に立てかけている鏡を見た。
「はい。嘘つく鏡ー。私の今の気持ちを申してみよー」
「胸が張り裂けそうなほどに。悲しい」
「はい、うそー」
嬉しいですーとってもー。
涙がぽろぽろ零れ落ちてくるくらいに。
(2023.10.21)
鏡は嘘しかつかない 藤泉都理 @fujitori
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