2 忍ぶ魔の手 (3)

先に謝罪を、今回はふざけまくってしまいました。申し訳ございません。

────────────────


 実りに実った稲穂が風によってこうべを垂れて揺らしている黄金の風景。

 その先、丘の向こうに町があった。

 レンガ造りの建物が所狭しと建ち並び、その間を色とりどりの布が垂れ下がっている。町を行きかう人々の表情はどこか浮かれた様子で悲しみとは程遠い。


 建国を祝う祭りが始まろうとしていた。


「ほらほら!昨日の夜に言った通り、お祭りが始まってるでしょ!早く見に行こ!」

「リリー走らなくても祭りは逃げません。落ち着いてください」


 笑いあうリリー達は町の入り口に続く道を歩いていた。入口の脇の方にある木製の大型看板には【ようこそ!オラジオルへ】と書かれている。お祭り仕様なのかお花などが装飾されていた。


「早く早く!」

「「わ!」」


 リリーは楽しみが溢れて仕方なかったのだろう。オクシーとスノーの手を取るとおもむろに走り出した。二人は突然のことで驚いていたが、すぐにその顔は笑顔に変わっていた。


 凄い速度で人垣をかき分け町の奥に消えていく三人を保護者の二人は茫然と眺めている。


「どうします~?」

「どうするも追いかけるしかないでしょう」


 ブックマンの言葉に、ですよね~とエリカはぼやいた。仮にも三人娘の保護を任されている者にしては、やる気があまり感じられない態度にブックマンは引っかかるものを感じていた。


「私は~右側を探しますので~左側、よろしくお願いしますね~」


 エリカはそう言うとスタスタと返答を待たずに歩き始める。その掴みづらい雰囲気にブックマンは辟易とため息一つ。


「…どいつもこいつも…面倒ですね」


 この街で起こるであろう面倒ごとを予感して、ブックマンは重くなる体を頑張って浮かせて町の奥に消えていった。


 石畳の道の両脇に所狭しと建ち並んだ屋台がリリー達の食欲を刺激する。

 辺りに漂う濃い味の匂いを嗅いだリリーは腹の虫を鳴らした。


「お腹すいたね!まずはご飯食べようよ!」

「りりちゃん、さっきご飯食べたでしょ…」

「あれーそうだっけ?でも二人もお腹すいてるでしょ?」

「私は大丈夫──」


…ググ~


「「「………!」」」


 3人娘は同時にググ~と腹の虫を鳴らした。どうやらお腹を空かせていたのはリリーだけじゃなかったようだ。3人は互いに見つめあい笑いあった。


「たぶん、アッチの方に私の好きなお店が出店を出してるかもだから行ってみよ!」


 リリーが街路の曲がり角を指さして、曲がった先にあるんだーと案内し始めた。その後ろをスノーとオクシーは慌てて着いていく。


「…オクシーさん…お姉ちゃんが強引ですいません」


 リリーの後を追っている最中、スノーが口火を切った。その謝罪をオクシーは最初何を言っているか分からない様子だったが、徐々に理解したのだろう。スノーの澄んだ赤い目を見つめた。


「……大丈夫だよ……たのしいよ……」


 少し微笑んだオクシー。

 その言葉を聞いたスノーは安堵のため息を吐いた。姉のお転婆ぶりを心配しての発言だったのだろう。その後は恥ずかしくなったのか見つめてくるオクシーから顔をそらして歩き始めた。


「…あのー……」

「…なに?……」

「…お姉ちゃんと友達になってくださり、ありがとうございます」

「…うん……」

「…それでー…あのー…私とも友達に──」


──おーーい!


 スノーが何かを言い終わる前に、背後からすごい速さでリリーが走ってきた。そして、そのままの勢いで二人に飛びつくと手を取って引っ張っていく。


「も~二人が遅いから町を一周してきちゃったよ!一緒に行こ!」

「ちょっリリちゃん!そんな急いでもお店は逃げないよ!」


 スノーのその言葉に少し思案したリリーは二人に向かって満面の笑みを向ける。


「早く行ったら…その分たーくさん一緒に遊べるからいいでしょ⁈」

「そうだけど……」

「ダメ?」


 おおーと!出たー!リリーの必殺技【おねがいのまなざし】だ!。くらったものは、その可愛さにより絶対にお願いを聞いてしまうリリーの奥の手だ。


 スノーも例外ではなく、その小動物のような眼差しに見つめられ思わず、グッとたじろいだ。そしてオクシーのことをチラリと一瞥する。リリーが乱入したことにより、スノーは何か言おうとしていたのにタイミングを完全に見失ってしまった。


「あ…うん…いいよ……」


 どうも歯切れの悪いスノーの顔をリリーは訝し気に覗き込み不思議そうに見つめる。いつもハキハキしゃっきりしてるスノーのいつもとは違う態度を心配しているのだろう。もしくは必殺技が利いてなさそうで弱点を探しているかの二択だ。私は後者を推す!さぁ勝負だ!。


 リリーは立ち止まりオクシーを見つめた。


「オクちゃんもスーちゃんと一緒に遊びたいよねー?」

「…うん……」

「一緒に同じご飯食べたしお風呂入ったし同じベットで寝たもん!もう友達だよねー⁈」

「…そう……友達……」


 オクシーのその言葉に不安そうに二人のやり取りを聞いていたスノーの表情が満面の笑みに変わる。キラキラとした眼差しでオクシーのことを見ていた。

 その視線を感じ取ったオクシーはそっぽを向いた。だが二人は見逃さなかった。オクシーの耳が真っ赤に色づいていることに!。


 二人は我慢できずにオクシーに抱き着き、ギューと抱きしめた。苦しそうにしているオクシーもまんざらでもない表情である。


 3人娘は今度は互いにギュッと強く手を握り合うとリリーのおススメしているお店まで走っていった。


 お店に着くと他の出店よりもダントツで客が居なかった。

 行列の出来ている2つのお店の間に突然空間が形成されている。これがデッドスペースか。上手いこと言うねー山崎君?山田君?座布団3,000枚持ってきて!崇拝しちゃおう。


 リリーは満面の笑みでお店の奥を見ているが、連れてこられた二人は不安そうな表情を浮かべている。


「オンザさん居るかなー?オンザさーん!」


 お店の奥に聞こえるように大声で店主であろう人物を呼ぶリリーを見て、そわそわと落ち着かない様子の二人がその場でオロオロしている。

 すると、お店の奥から身長2メートルを超えるだろう巨漢がのっそりと出てきた。


「!……………………」


 あまりの恐怖に二人は声にならない悲鳴を上げ固まっている。店主の風貌からしてお客の方が料理されそうであるから仕方ないだろう。


「オンザさん久しぶりー!元気にしてた?」

「………………」


 恐怖の大王のような男性に物怖じした様子のないリリーは快活に世間話をし始めた。それを見て二人はリリーに対して尊敬の念を向けていた。


「オンザさんて料理美味しいのに何でお客さん少ないのかな?」

「………………」


「え?やっぱり怖がられてる?何言ってるのオンザさん。オンザさんが怖いわけないでしょ」

「………………」


「どういたしまして!オンザさんに紹介するね!こっちが私の妹のスノーでこっちが私の友達のオクシー!」


 何故リリーだけ店主の言葉が聞こえているのか?その疑問を感じさせないスピードで紹介された二人は慌てて会釈をした。店主もその会釈に会釈で返す会釈の輪廻転生である。

 リリーはそのやり取りを満足気な表情で見ていた。


「オンザさん、私達お腹すいてるから料理注文していい?」

「………………」

「ありがとー!じゃあオンザさんのおススメが良いなー!」


 何を言ってんだこいつ⁈という表情でリリーを見る二人。この巨漢が作るおススメの料理が美味しいわけないだろ!の意思をひしひしと感じる。失礼だな天才だよ。


「………………」


 店主はリリーの注文を了承したのだろう、つけていたエプロンの紐を再度固く縛ると調理を始めた。


~【オンザの30分クッキング!】~


 まず、オンザが取り出したのは直径1メートルほどのフライパンだ。それを巨大なかまどに設置すると火の指輪で火を起こした。


 フライパンを温めている間に様々な食材を切り刻むため、数多の敵を屠ってきた刃渡り60センチの化け物肉切り包丁を腰から抜いた。


 そして、氷の指輪がはめ込まれた食材収納箱れいぞうこにて今回使う食材を吟味していく。彼の目には迷いがない魔物を殺すほどの眼光で目利きされた食材たちはどれも最高級の輝きを放っていた。


 切り刻まれていく食材たち。その豪快でありながら繊細な技術が惜しみなく注がれた所作によって食材たちがより一層輝いている。


 一通り終わる頃、フライパンもちょうど温まったようだ。棚からアランドロフの乳を固めた物を取り出して小型ナイフで半分ほど切って入れた。フライパンに落ちた瞬間、リリー達の鼻孔に圧倒的に濃厚な乳の匂いがダイレクトに届き脳をノックアウトさせた。


 フライパンの上をまるで楽しんでるかのように滑って移動しているアランドロフの乳を無視して、ガンジャダンムンロの肩ロースをそっと滑り込ませる。ほとばしる肉汁は焼かれている事実に歓喜の雄叫びを上げているようだ。


 続いて、切り刻んでいた食材たちを投入していく。ジャング、マチンパ、オロオロロ、エトセトラ様々な食材たちが、この歓喜の時を最大限楽しむために思い思いのダンスを披露している。さぁ開演である!。


 フライパンをふるうことによって、すべての食材のうまみを馴染ませていく。溶け合い一つになろうとするその様は扇情的であった。


 肩ロースの表面が色づいた頃、一度肩ロースを別皿に避難させた。何事にも休憩が必要なのだ。最上の休憩から最高のパフォーマンスを生み出せるのだ。


 フライパンに残された食材たちにありったけの調味料を振りかけていく。棚から取り出した、アランドロフの乳を固めた物(半分)、人酒、ホメロウの実、ホメタの塩、オバンバオンバ、エントランスジジイ、etc.赤緑黄色など様々な調味料を浴びたことによって食材たちの濃厚なうまみが極限まで搾り取られていく。その表情は湯船につかってスッキリしているかのように感じるだろう。


 水分が十分とび食材達のうまみだけが含まれた濃厚なソースへ、避難させておいた肩ロースを入れる。ソースが飛び散らないよう慎重に入れられた肩ロースを歓迎するようにうまみが包み込み中にしみこんでいく。ここで肩ロースに両面しっかり焼き目ができるまで焼くことによって香ばしさを足すことができる。ここで肉を一口サイズに切っておくことを忘れないのだ職人の魂だ。


 最後に木製のお皿にこんがり色づいた肩ロースを盛り付け、その脇を名わき役である付け合わせのシャラシャンボ、ライラインダ、ジャイダム達が主役を引き立てんと気合を入れていた。


 【ガンジャダンムンロの纏い焼き~世界の誠実を乗せて~】完成である‼。


 オンザは出来上がった料理をカウンター越しにリリーに渡した。香ばしい匂いを漂わせ鼻孔をいたずらにくすぐるそれを見て、リリー達は思わずゴクリと生唾をのんだ。


 道にはみ出した机からフォーク取って三人は一人一切れ料理を口に運んだ。


 すると、たちまち口内で弾けだした肉汁とソースが舌の上で手を取り合いながら踊り出した。うまみの衝撃が三人の脳に届いた瞬間、自然と表情が柔らかくなり笑みを浮かべていた。


 その後は平和な競争である。心穏やかに優雅に、うまいうまいと言いながら三人は料理を平らげていった。この料理が満たした心は余裕を生み出し、それは最後の一切れを互いに譲り合いをするほどだった。


 三人が自分の作った料理を仲良く分け合いながら食べている光景を見て、オンザはクワッと劇画調の笑顔をうかべていた。威圧感が寄り増したことによりオクシーとスノーの体が固まった。


「すごーーい!おいしかったよオンザさん!」

「………………」


 リリーは満面の笑みをオンザに向けてお礼の言葉を言っていた。その言葉を聞いて考えを改めたスノーとオクシーは、見た目で人となりを判断してはいけないと深く心に刻み込んだ。


 三人は食べ終わったお皿をオンザにお礼を言いながら渡して店を後にした。


 その後も様々な屋台に赴き、人々と交流し三人はお祭りを満喫していた。両手いっぱいに屋台で売られていた料理やら使い道のわからない異国の玩具などを持ち、満足そうに笑い合っている。


 ある程度、街を周り流石に疲労が溜まったのでリリー達は、そばにあるベンチで休憩することになった。

 ベンチに三人仲良く横並びで座っているとリリーの方に町の人が近づいてきた。


「あらあらーなんて可愛い空間なのーとっても仲良しなのねー────」


 最初の威嚇射撃から始まったおばちゃんのマシンガントーク。それに三人の中で唯一コミュニケーションをとれているリリーを他二人は茫然と見つめていた。

 1時間後、やっとこさ解放されたリリーは別段疲れた様子もなく、キラキラした顔で二人の方に向き直った。


「おばちゃんありがとー!…ねえねえ二人とも!」

「…なに?りりちゃん」

「さっき、お花屋のおばちゃんが教えてくれたんだけどね!あっちの広場で大道芸の人が芸をやってるんだって!見に行こうよー!」

「私はいいけどオクシーさんも良いですか?」

「……行こ」

「それじゃあーしゅっぱーつ!」


 三人はおばちゃんに教えてもらった広場まで歩いて行くことになった。


 広場に続く道の道中、窓からかごいっぱいの花びらをまく少女や刃渡り60㎝の包丁を振り回し料理している巨漢など、この町に住む老若男女が全員笑顔で過ごしている事実にリリーとスノーは嬉しくなっていた。

 それもそうだろう、二人の父親である勇者ジルが町の人達と頑張って作った町だ。その娘である二人にとってもこの光景がかけがえのない宝物なのだ。


 路地を抜けた先、太陽の光が広場の中央を照らしていた。そこに一人、舞踏会で貴族が着るような服装を着崩した中年男性が立っていた。その周りを町の人が取り囲んでいる。観衆は男性をはやし立てるように拍手をしていた。


 広場に人が十分集まったことを確認した似非貴族イケメン中年男性が被っていた帽子を天高く投げる。すると、帽子から夜蝶のような生物が飛び出してきたのだ。

 ひらひらと観衆の頭上を鱗粉をまきながら飛び回る生物に向かって、似非男性が指を鳴らすとたちまち爆発しそこから花が飛び出した。


 広場が歓声に包まれた。


 当然、この光景を見ているリリーとスノーは美しさに見とれて喜んでいた。だが一人だけ、オクシーだけは不安げな表情で男性を見ている。

 瞬間、オクシーは男性と目が合った。

 ただただニコリとほほ笑んだ男性を見て、オクシーは俯いた。まるで現実から目を背けるかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る