2 忍ぶ魔の手 (2)

 部屋についてすぐ、ブックマンを革張りのソファーに投げ捨てメイド長は椅子に深々と腰かけた。

 足を組んだ後、懐から取り出したパイプをクルクルと回す。すると、示し合わせたかのように扉がバンッと勢いよく閉まった。

 どうやら何らかの魔法によって扉に鍵をかけたようだ。

 確実に退路を断たれた形のブックマンはしぶしぶといった様子で話し始めた。


「Haa、説明はさっきしたでしょ。アキレアは何が聞きたいのですか?」

「…あの、オクシーとかいう娘は何者だい?さっきも言ったがあんな娘を私は見たことが無いよ。本当にあの娘がリリーお嬢様を救ったのかい?」

「ええ、救いましたとも。それも壮大にとても奇天烈な方法でね。いやー感動したなーポップコーンなど用意して~今度はゆっくり観戦したいですねー」

「…ポップコーン?フッ……そうか。ところでお前はこの国の歴史を知っているかい?我が祖国、旧フィージアが魔人王を討つため国民の半数を動員した大行軍を決行し。勇者一行が国民を連れて魔人の国に着いた頃には半分に減り、魔人王を討ちその地にこの国を興した時には、気づいたらまた半分に減っていた。悲惨な歴史だよな?私は今でも夢を見るよ。行き倒れた者を踏み歩く人々の足音がね…ハハ」


 メイド長は足を組みなおした後ブックマンに向けてパイプで指さした。細められた目は微塵も揺れることなくそれを見据えている。


「この国はやっと平和を実感できるまでになったんだ。厄介ごとは御免なんだよ。怪しい娘を連れて帰って来るなんて前代未聞さ。リリーお嬢様が気に入ってるから処分しないし世話もしてやるよ。だがね、あんたは私達に借りを作ったんだ。きっちり返してもらうからね!」

「ハハ♪ハハハハ♪それではもう用はないですねー‼。おっと、もうそろそろ夕食の準備が整った頃でしょう!ほらー私のおなかの音が鳴りましたよ~失礼しますね」


 嫌な予感を感じて逃げようとするブックマンの発言にメイド長は眉を顰める。

 メイド長の”あ゛話はまだ終わってねえぞ”の意思が感じられる顔を見てブックマンは扉から離れた。

 メイド長は手をちょいちょいと動かしブックマンに顔まで近づくよう促す。他の者に聞かれるとまずい話なのだろう。それを察したブックマンは恐る恐るメイド長の顔まで近づいていった。


『最近、領内で事件が起きているのを知っているかい?』

『ほほん、事件ですかー最近リリーの研究に付きっきりで街に行ってないので気づきませんでした。それでどんな事件なんです?』

『とりあえず、この紙を見てくれ』

 机の上に広げられた数枚の紙には事件の被害者達の軽い情報が載っていた。

 書かれている内容は…


─────────────────────

 《1212》領内誘拐事件報告書    1

 【被害者名簿】  

 氏名        年齢 性別 職業

※オールド・スターズ 11歳 男 煙突磨き

※ドウタン・キョウヒ 15歳 女 服飾店勤務

※セステム・ガンビー 14歳 女 学生

※コムタン・オータム 15歳 男 警備隊員

※アダラシ・カワイン 17歳 男 酒場看板娘

※タインザ・インザム 16歳 女 洗濯師

※クチナシ・ワンダン 13歳 女 花屋店員

 計7名             以上

─────────────────────


『誘拐で件数は7件、被害者は若者だけだ』

『拝見しましたが。ただの誘拐事件ですよね?いつも通りじゃないですか。さっさと捕まえればいいでしょ』

『それだけでこの事件は終わらない。それと同時にこの領土内に化け物が侵入しようと防壁に体当たりする事件が起きた。それに王都の魔法学校周辺でもとある薬が出回る事件が起きている。周辺国家も最近きな臭くなってきた。おまけに怪しい本が厄介ごとを持ってきたしな。ただの誘拐事件にしては時期が被り過ぎている。怪しいだろ?』

『確かに怪しいですね。厄介ごとは置いといて、度重なる誘拐事件に化け物騒ぎ…ところで、その化け物の見た目は白い体毛に赤い瞳でしたか?』

『ああそうだ、なぜおまえが知ってる?まだ見せてないだろ』

 訝しむメイド長にブックマンは今日起きた出来事をある程度隠しつつ伝えた。

 それを聞いたメイド長は少し驚いた表情を見せると、机の上に置かれた書類を漁りはじめ、束の中から書類をひっつかみブックマンの前に突き出す。

『そんなことがあったのかー。お前が言ったその化け物は確かに森の中を走っていたんだな?だがな、この報告書では壁に体当たりした後、壁面に体をこすりつけながら壁伝いに南下したと書かれている。お前が化け物と会った位置と時系列が合わない。今お前が出した情報を加味すれば化け物は二体いるってことになるぞ』


 簡単に解決できる案件では無いと悟り、メイド長は息をのんだ。

 仮にも世界最強の戦士だったメイド長。一匹程度なら簡単に終わると思っていたが、それが複数体いるなら話は変わる。たとえ一匹倒したとしても二匹目が町を襲うだろう。その事実に悔しさのあまり歯噛みした。


『勇者殿は居ないのですか?あの方なら複数体同時討伐も可能でしょう』

『ジル坊は今王都に呼ばれて来れない。王都の水面下で出回っている薬の調査らしい。よしんば伝えたとしても距離が遠過ぎる。町に着いた頃には更地だろうさ。私達でやるしかないよ』

『この領地を囲う防壁はそんなやわじゃないでしょ。いくら巨大な化け物だろうと図体がでかいだけでは到底突破できないはずではないですか?』

『そりゃそうさ。穴でも開いてない限り、ここの壁が突破されることはない。だがねー私は知ってるのさ、想定外は必ず起こるものだて…いつだって思い通りに行くと勘違いをしているから…見放されるのさ。信じてやれることを全力で、結局それが一番いいだろ?』

『ハハ!聞いたこと無い格言ですね~ない心が響きましたよ!』

『…そりゃよかった。私が考えたんだ、いい言葉だろ?』


 メイド長は乾いた笑い声を出して髪を結っていた紐を外し、パイプをくわえ天井を見上げる。その目はどこか遠くを見ているようだ。

 ブックマンもつられて天井を見上げた。

 今頃、この部屋の上では入浴を済ませ夕食を食べ終わったリリー達が仲良く寝ていることだろう。明日、街を案内する約束なんかを交わしワクワクドキドキする胸を必死に落ち着かせ幸せそうな表情を見せているはずだ。

 メイド長はリリーの笑顔を想像してパイプをくわえながら小さく微笑み、隣のブックマンをちらりと見据えた。

 空中に浮かぶ何もわからない存在。リリーが生まれた時、母親の死体のそばに置かれていた奇妙な魔法の本。怪しさ満点の喋り方もリリーを守るための演技だろう。リリー以外誰一人として信用していないのがわかる。ゆえに信用できる部分があるのだとメイド長は考えていた。


「おい!本。明日、私は事件を解決するためにこの屋敷を離れなきゃならない。お嬢様達のお世話はエリカに頼んであるが、万が一の場合お前が守ってくれよ。ちょうどいいじゃないか、借りが返せるぞ」

「まあまあまあま~ぁ…ワォ!やったー!借りが返せる~ぅ。とでも言っときましょう。どうせ拒否権は無いのですから」


 その道化ぶりを見て了承したと受け取ったメイド長はパイプをふかす。口から出た煙が広がりあたりに漂う中、静かに願っていた。


(このまま、平和が続いてほしいもんだね)


 願いは煙と共に天井に届き霧散した。


────


 露雲つゆぐもの行進で目を覚ましたオクシーは隣で寝ていたはずのリリー達が居ないことに気づいた。

 低血圧のせいで思考がまとまらない中、人生初のふかふかのベットから這い出るとドレッサーの椅子に腰かける。

 そして昨夜、浴槽の中でエリカから美容を教わったので一つ一つ思い出しながら行う。

 オクシーは鏡に映る自分が徐々に綺麗になっていく瞬間がとても楽しいことに気づいた。


「……ふふ…ふん♪ふん♪ふん♪ふーふふん♪……」


 鼻歌を歌いながら仕上げに角を布で磨いていく。この布はオクシーの思い出の品である。ボロボロな見た目だが生まれた時から持っていたものだ。

 放浪生活をしていた時も朝のこの角を磨く習慣を怠ったことはない。数少ない母親との記憶を思い出すための大切な儀式なのだ。

 すると、コンコンコンとオクシーの背後から壁を叩く音が響いた。

 オクシーはビクッと驚いたが素早く角を磨くのを止め布を膝の上に置くと恐る恐る振り向いた。

 そこには開かれたドアの前に笑顔のエリカが立っていたのだ。


「…オクシーさん、起きていたんですね~。もう朝食の準備ができていますよ~今日は四人で街を散策する約束ですから~早く食べて早くいきましょ~」

「あ……ありがとうございます!…今行きます…」

「は~い…」


 オクシーは身だしなみを整えると席を立ち朝食を食べるため部屋を後にした。

 過ぎ去るその背中を見つめるエリカの表情は、いつもどおり笑顔のままだが目だけ笑っていなかった。

 それに気づいたエリカは自身の指で無理やり目じりを押し上げ方向転換をした。

 ふわりと舞い上がるピンクの髪、そのインナーカラーである黒色がより一層エリカの美しさに磨きをかけている。

 方向転換を終えたエリカはツカツカと足音を鳴らしてその場を後にした。


 時がたち、街に繰り出すメンバー全員が揃うと、リリーは三人の前に立ち一人一人の顔を見つめ前を向いた。皆一様に上等な服を着用し身なりを完璧に整えている。どこの国でも一番星に輝くような表情で意気込みばっちりだ。


「よーーし!準備はいい?行くよーーしゅっぱーーつ!」

「「…「オー!」」~」

「…リリ~、口の端にクリーム付いてますよ」


 空に挙げられたリリーのこぶしに他三人のこぶしが重なる。

 本日の空は青く澄み渡り快晴だ。世界から祝福されているかのようなお出かけ日和に、4人の心は自然とウキウキになって町まで歩いていく。

 後ろを保護者のブックマンがフワフワ浮きながら後を追っている。その視線はある一点を見据えペティナイフのように尖っていた。


(…はぁ、何も起こらなければいいのですが)


 そんな不安さえ吹き飛ばすほどの強風が一行を通り過ぎていった。花壇の花が一輪花びらを散らす。

 散らした花の名前はロベリア、花言葉はだ。


 

────あとがき────

本日はお日柄もよく雨天決行の中いかがお過ごしでしょうか。今、窓をリズミカルにたたく雨粒のジャズを聴きながらこの物語を書いています。さて今回のお話は前回より短くなっております。最後の文を書いている時に(このまま終わった方がきりがいいな)と気づいたからです。Twitter(X)でアカウントをフォローしてくださったりイイねを押してくださり誠にありがとうございます。非常に励みになります。よかったらカクヨムでもフォローや応援のレヴューを書いてくださると泣いて喜びます。泣きすぎて滝ができるかもしれません。初夏ならさぞ涼しいことでしょう。ご健康に気を付けて過ごせるよう期待しております。鳥ノスダチでした。

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