1 脈動する運命 (3)

 怪物から逃げ切るためリリー達は逃走中に発見した朽ちかけた建物に潜伏していた。

 この建物に入った瞬間、何故か怪物はリリー達を見失っているようだ。まるで、目の前で二人が消えかのように辺りをさ迷い歩いている。

 そんなことはつゆ知らず、比較的がれきが少ない通路でリリー達は休んでいた。


「う~ん、確かに今日はスーちゃんの部屋を散らかしたしやりすぎたけどーそれ以外は別に普通だと思うけどなー」


 安全だと分かったからか安心して、がれきに座り回想にふけるリリー。それを見てブックマンはわざわざ、ため息を吐いていた。

 呆れた様子でふよふよと浮きながら、体を横に揺らしている。どうやら、やれやれと言いたげな様子だ。


「まったく、本人の愛嬌で許されていますが。この国の四大貴族に名を連ねる者としての自覚を持ってください。だいぶ自由奔放すぎると思いますよ」

「へへ、ごめんね。どうしても好奇心が抑えられないんだー。何故か物心ついた時から世界の全部が輝いて見えるから…」

「そうですか…それはいいのですが─」


 非常に真っ当な注意に対してリリーはカラカラと朗らかに笑う。

 その表情を見て溜飲が下がったのか元居た場所に戻った後ブックマンは考え事を始めた。

 彼はリリーの増大していく好奇心について考えていた。だが、もっと重要なことを見つけたので思考を中断し謎を解くためリリーに質問する。


「─先ほどから疑問に思っていたのですが。なぜ、お一人増えているのですか?」

「え?!」


 その言葉通り、リリーの横には見知らぬ少女がちょこんと座っていた。

 血色の悪い色白の肌、ぼさぼさの青みがかった黒髪を肩まで伸ばし、前髪で隠れた黄金の瞳は少し怯えを含みながらリリー達を見ている。着ている服は雑巾のようにボロボロで身長はリリーよりも少し低くがりがりにやせ細った体は見るものを不安にさせるほどだった。

 まるで幽霊のように儚げな少女を一瞥してリリーは陽気に答える。


「あ~さっき、この建物を探検していたでしょ。その時に庭園でボーとしているのを見かけたんだよ! 一人でいるのは寂しそうだったから誘ったんだー」

「アーだから帰りが遅かったんですね~じゃない!このお人よし! 百歩譲って人助けはいいですが、この娘は見た目では分かりにくいですけど明らかに魔人デビヒューマンですよ! 我々、平人ヒューマンの敵です!」

「…そうだけどさー」


 そういわれた少女の額には確かに魔人の証である角が一本だけ生えている。

 陶器のように真っ白なそれを見たリリーはジッと少女を見つめだした。

 魔人の少女はキラキラとした目で見られることに慣れていないのか俯いている。

 小動物のように丸くなり現実から目を背ける少女。その姿を見てリリーはこの少女のことがどうしても敵に見えなかった。

 だが、見かけとは裏腹に魔人は平人ヒューマンにとって最も恐ろしい生物だ。

 見た目は対になっている角以外は人と変わらず、むしろ容姿は優れているといってもいいだろう。だが、その内面にはどす黒い殺人衝動が潜んでいる。殺意は人にだけ向けられ、その脅威は人が絶滅寸前にまで追いつめられるほどだった。

 ゆえに、ブックマンの心配は正しい反応だ。能天気なリリーにその危機感が伝わっているかは別問題だが。


「だって、お父様が魔人王を倒してから、もう何十年もたってるんだよ。魔人たちとの戦争なんて私が生まれる前だから実感なんてわかないよ~。それに、この子はきっと大丈夫だよ」


 少女の頭をそっとなでるリリー。少女は突然の刺激にビクッと体を震わせた。その様子を見たブックマンは呆れ半分で聞き返す。


「その大丈夫には根拠が含まれていますか? 」

「根拠? わからないけど~大丈夫だよ! 私の勘が外れたこと無いから! 」

「確かにリリーは勘だけは冴えてますからね」

「なにー?その言い方!だけってなんだよ!」

「だけはだけですけど?おこるんですか?おこるんですかー」

「怒るよー!!このー!」


 そんな、一人と一冊が漫才のような言い合いをしている最中、俯いていた少女が気まずそうに顔を上げ二人を見ていた。喋る本と言い合いをする少女の絵面は劇のように不思議な光景だからだろう。

 それに気が付いた一人と一冊は漫才を止めお互いの顔を見合わせる。リリーは得意げにブックマンは何か言いたげに二人は少女へ近づいていった。

 そして、リリーが少女に向けて手を差し出しだした。


「ごめんね!ブックマンが見苦しい所見せちゃってさ」

「貴女は安心してください。リリーがこんななのはいつものことです」

「これの言葉は気にいしないでいいよ!そういえば自己紹介まだだったよね。私の名前はリリー!それとーこれはブックマン!よろしくね!あなたの名前は何?」


 いきなり自己紹介を始めたリリーを見て疑問符が豊作状態の少女。魔人とは元来、名前ではなく番号で呼ばれているものなので名前を聞かれて動揺したのだ。


「…名前?名前はオクシー…よろしく」


 とりあえず、記憶の片隅に置かれていた人用の名前を伝えたオクシー。その弱弱しく上げられた手をリリーはそっと掴み両手で包み込むように握手した。

 自分に向けて太陽のようにまぶしい笑顔を向けるリリーを見てオクシーは思わず顔をそむける。


「よろしくねオクちゃん! オクちゃんはこれからどうするの?私達は少しここを探検してから家に帰ろうかなーそうだ!よかったらオクちゃんも一緒に来る?」

「…迷惑じゃないなら行く…」

「決まりだね!」

「………」


 早速あだ名を作った明るいリリーのおかげで少しばかり距離が縮まったように見える三人は一緒に行動することになった。

 やがて、一行は充分、英気を養ったので建物を探検することにした。


「ずいぶん古い建物ですね。材質の劣化具合から見て、百年ほど前に建てられたものでしょう」

「そだねー、入り口も塞がっていたから壊れた壁の穴から入るしかなかったよ。オクちゃんが来た時もこんな感じだったの?」

「…私が来たときはもう少しきれいだった…けど…人の気配はなかった…」


 何百年も放置されていた様子の建物は外壁が植物に覆われており壁や床についた赤色や荒らされた跡などが残されている。だが、不思議と死骸などは転がっていなかった。

 建物内には様々な部屋があり。例えば図書室や倉庫、珍しいものを挙げると礼拝室などがあったが。そのどれもが荒廃している。

 一行はしばらく探検していたが、いつの間にか外がオレンジ色に染まっていた。どこからか鳥のさえずりも聞こえる。それに気が付いたブックマンはリリーにそっと告げた。


「茜鳥が泣いていますよ。もうそろそろ夕食の時間になりますリリー、早く切り上げて帰りましょう」

「そだねー、あの怪物は私たちを見失っているみたいだし帰ろっか! オクちゃんも私達の家に来る?」


 リリーの思わぬ提案に残り二人は驚きの表情を見せた。まさか、ブックマンも一緒に帰るとは思ってもいないかったようで、その分驚きがでかったようだ。目があったら飛び出ているはずだろう。


「ちょっと!リリー、勝手に決めて後で怒られても知りませんよ!」

「魔人てバレなきゃ大丈夫だよ~ね~?」


 危機感の感じれない応答を示すリリーに、わなわなと震えもう何も言えないブックマン。大丈夫だ人類の宿敵を家に入れようとするリリーのがおかしい。がんばれブックマン!


「…うん、行きたい」

「じゃあ!しゅっぱーつ!」「…はぁあ、絶対に怒られます」


 ブックマンの抵抗むなしく一緒に家に帰ることが決まってしまった。

 一行は最後に訪れた部屋を出た後、屋敷に帰るため踵を返す。荒れ果てた通路をがれきをかわしながら進んだ。


「あれ?なんだろう」


 すると、歩いていたリリーはふと通路の先が気になった。よく見ると廊下の天井に穴が開いており太陽の光が差し込んでいることに気が付く。そこを注意深く観察すると壁にもたれかかりがれきに座る人影があることに気づいた。


(さっきまで、人の気配がしなかったのに変だな~)


 リリーは疑問に思いながらも徐々に距離が近くなる人影に話しかけることにした。警戒心が無いにも程がある。


「おーい!そこの人!大丈夫ですかー」

「ちょっとリリー!自ら厄介ごとに首を突っ込まないでください!」

「大丈夫だよ!大丈夫大丈夫♪」


 何が大丈夫なのかブックマンには皆目見当もつかなかった。これまで大丈夫が大丈夫だったためしがないが制止しようにも手足がないブックマンはただ見ることしかできないのだ。

 徐々に鮮明になる人影はどこかの国の鎧を着ていて見た目では性別はおろか人であるかも判別できなかった。


「あのー大丈夫ですか?」


 警戒心の無いリリーは騎士の目の前まで来ると顔を覗き込んだ。その様子を少し離れたところでオクシーとブックマンが見ている。


「…だいっ…じょうぶだ…」


 騎士はせき込み掠れた声を出した。その声は男性のように低い声だったが、か細く震えている。騎士はぎこちなく体を動かし楽な姿勢になるとゆっくり話し始めた。


「…ちょっと…待ってくれ、久しぶりに人と話すから声がうまく出せない。アーアーよし!早速で悪いが君達はどうやってここに来たんだい?」


 リリーは騎士に森で怪物に襲われここに逃げてきたことなど、さっき起きたことを丁寧に教え始めた。

 それを黙って聞いていた騎士が腕を組み考え事を始める。


「ふーむ…そんな怪物がいるとはなんと面妖な森よ。いつの間にかこの砦はそんな場所についてしまったのだなー考え深い考え深い」


 その言葉を聞いてリリーはまるでこの建物の昔を知っているかのような騎士を不思議に思った。当の本人は過去を懐かしむように天を仰いでいる。


「鎧さんは、この砦?に詳しいの?」


 純粋な疑問を騎士に投げかけるリリー。話の内容に興味があるのか他二人も騎士の前まで移動した。


「…ああ、そりゃそうさ。俺の国が誇る世界一堅牢な砦!そう、こここそがローブ砦だ。知らない?そりゃずいぶん田舎のほうに住んでるなーお嬢ちゃん達。まっ戦争の際、私の部下が大魔法を唱えたことにより、この砦は世界から隔離されたからな。知らないのも無理はない、ここは外から見ることができない幻の砦になったんだよ。もっときれいな時に来ればよかったな!」

「なるほど、だから怪物も私達を見失っていたのですね」

「…ああ、その通りだ。それにしても、その本は喋るんだな…初めて見たよ」

「うん!すごいでしょ!ブックマンは私の友達なんだよ!もちろんオクちゃんもねー」


 二人を見ながらリリーは嬉しそうに笑う。友達と言われて満更でもないブックマンとオクシーは無意識に揺れている。

 それを見て騎士はフッと小さく笑った。どうやら誰かを思い浮かべているようだ。纏う雰囲気が暗く変わり始めた。


「そうか…俺にも友達がいたよ。もったいねえぐらい優しいやつらでよーまぁ今はいないがな。嬢ちゃん友達は大事にしろよ。俺みたいにいつの間にか亡くしちまうからよ」


 悲しみの含んだその言葉を聞いて察したリリーは笑顔をやめ真剣な表情で深く頷いた。その表情を見て空気を察した騎士は無理やり笑顔を見せる。


「ハハ、わかってくれてありがとよ。あーそれで、君たちはこれからどうするんだ?外ではまだ怪物がいるんだろ。俺が家まで送っててやろうか?」

「いいの!」

「おうともさ!早速送ろう。もう夜蝶が鳴いてる。時間がないんだろ?」

 いい笑顔の騎士にそう言われてリリー達が空を見ると夕方が終わりを迎え夜が始まろうとしていることに気づいた。

「ああああ!やばいどうしよう」

「ブブブブブブババババババ」


 急に震え出したリリーとブックマンを訝しむ他二人。この一人と一冊は約束の時間がとっくに過ぎていることに気づいて震えているのだ。直ぐ帰らねばお仕置きの嵐だろう。


「ハハ、何かわからんが大丈夫だ。魔法はすでに発動してる、すぐに帰れるさ」

 優しい声で騎士がそう言った後、リリー達の足元に魔法陣が浮かび上がる。水晶のように美しい青色のそれを見た一行は感嘆の声を上げた。

「わーすごい!」「これは転移魔法!」「…すごい」


 三者三様の反応を示すリリー達を見て満更でもない顔の騎士。得意げな表情だったが何かを思い出したのか慌ててリリー達に近づいて行った。


「ちょっちょっと待ってくれ…そういえば、君たちの名前を知らなかった。もしよかったら教えてくれないか?」


 転移魔法の影響で徐々に存在が薄くなっていくリリー達は慌てた様子の騎士の言葉に皆ハッとした表情を浮かべた。


──そういえば自己紹介─まだだった!─えっとね─この角─生えた子─オクシーで、こっち─喋る本─ブックマ─!それで──


「それで?」


 魔法陣に包まれ声もとぎれとぎれの中、それでも聞き取ろうとギリギリまで近づく騎士。最終的にはリリーの口元まで耳を近づけて確実に聞き取ろうとしていた。


──それ──私─名─リリ───


「…リリー?まさか、リリーか!それが君の名前か!そんなことあるかよ!おい!」


 消えかけのリリーが頷くのを見て先程まで生気のなかった騎士が飛び上がる。

 その瞬間、リリー達の存在は跡形もなく消失し、この場に残ったのはなぜか興奮している鎧を着たおじさんただ一人だった。


「そうか……君がリリーか…ハハ、あの人が言った通りいい子だったな……これも運命か」


 騎士はわなわなと震え出す自身の手を必死に抑え興奮冷めやらぬ声でかみしめるようにつぶやいていた。てんで生気のなかった目に希望が芽生えこの出会いで取得した情報を一つ一つ丁寧に整理していく。

 やがて、立ち上がると決意のみなぎった表情で、ある一点を見つめた。まるでそこに何かがあるかのように徐々に表情が険しくなっていく。


「次会う時までに贈り物を用意しよう。とびっきりの贈り物を…」


 騎士は太陽のマークが描かれたマントを翻し通路の奥へと進み始める。

 彼が座っていた場所には一枚の写真が落ちていた。

 セピア色の写真には人物が四人映っている。

 笑顔で肩を組む鎧姿の二人とその背後に大柄で豪快な笑みを浮かべる男性そして、中央で華やかなドレスを身にまとうリリーに似た女性の姿が映っていた。



──あとがき──

だいぶ時間かかってしましました。何度も読み返しては違うを繰り返してしまい、こんなに長くなってしまいました。今後は四回だけ読み返すようにしてもっと投稿スピードを上げたいと思います。読んでくださりありがとうございました。


──アイテム&人物&魔法&動植物紹介コーナー──


動植物


名称・《茜鳥》

生息地・大陸全土(夕)

体長・11㎝~20㎝ 

特徴・体全体が灰色だが目とその周りだけ夕焼けの空と一緒。一生に一度の求愛の時オスだけ体色が黄金に輝く

備考・名前はリリーが付けた。一般には別の名前で親しまれている。古くから夕方を伝える鐘の代わりを担っていた。巣を見つけた者はいない。夕方以外に姿を確認できない。味は柑橘類のような爽やかさが口全体に広がりすぎて咽る。あまりおいしくない。『彼らが一斉に空を泳ぐ時、それを見たものを幸せへ誘う』と言った言い伝えがある。縁起がいいようだ。


名称・《夜蝶》

生息地・大陸全土(夜)

体長・5㎝~10㎝

特徴・体色は白。羽が特殊で月光の当たり具合で見え方が変化する。

備考・名前はリリーが付けた。一般には別の名前で親しまれている。古くから夜の始まりを告げる存在として知られていた。一部の学者により《茜鳥》と同じ個体ではないかと囁かれているが真偽不明。少しだけ月光の力を使用するので一部地域では神の使いとして祭られている。味は口の中の水分が無くなるほどぱさぱさ死ている。まったくおいしくない。『彼らが一斉に空を羽ばたく時、それを見たものを幻想へと誘った』といった伝承がある。


魔法


名称・《転移魔法》

特徴・青色の魔法陣が浮かび上がる。

備考・指定した場所に対象を出現させる魔法。魔法陣に入った対象は分解され指定した場所で再構築される。再構築後の対象は果たして元の対象と同じなのだろうか?この魔法を扱えるものは少ない。


アイテム


名称・《セピア色の写真》

備考・古ぼけた写真。仲良さげに身を寄せ合う四人の人物が映っている。かつての幸せを呼び起こすための物。もう二度と戻らない。写真の愚者は歌う月の歌を。

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