1 脈動する運命 (1)

 太陽の光が地面に届かないほど木々が生い茂る森。

 樹木の幹にはべったりと血が付着しこの森での惨状を物語る。

 ここは歓喜の森。

 豊かな自然が織りなす猛獣どもの祭場。


 普段、動植物に溢れ活気あるこの森で、何故か聞き馴染みの無い声が響き渡っている。獣でも植物でもないその声を聴いた者は恐怖に支配された。

 森できれいな歌声を響かせているはずの鳥は悲鳴を上げ、獰猛な獣達が我先にと逃げている。


 この現象の原因は何か。

 その答えは単純だ。

 二つ結びにしたピンクブラウンの癖毛が特徴の少女リリーを巨大な怪物が木々をなぎ倒しながら追いかけていたのだ。


─…はぁ、はぁ、なんで!なんでー‼


 リリーは平人ヒューマンの国を救った勇者ジル・ヴァレーの娘だ。少し活発なところがあるが自然を愛する心を持つ町でも優しいと評判の少女である。


 何故リリーは森の中に居るのか?

 それは彼女が住む屋敷の裏側にこの森があるので、日が暮れるまで探検をするのが日課になっているから。

 だから、今日もリリーはキノコと木の実採取に来ていたのだが、森の奥地に足を運んだ瞬間、樹木の間からこの怪物が襲い掛かってきたのだ。


 何故リリーは巨大な怪物に追いかけられているのか?

 その理由が分かっていれば森に入った時点で対策をしていただろう。理由が分かっていたらこんな苦労をしていない!


 リリーはこの森で培った技術を使い、目の前を遮るように生えている木々の間をスルスルと流れるように走っている。

 そんな生きるために必死なリリーは追跡者の状態を確認するため後方から迫る怪物を一目見た。


『キャーーーーー!!あぁぁぁ………マ…でー』


 眼は燃えるような赤、体は白い体毛に覆われ粘度の高い酸性の液体をまき散らし、甲高い雄叫びを上げながら迫りくる巨大な生命体。

 怪物といっても遜色ないほど破壊の限りを尽くす暴君に、森は死で染まっている。

 それを見たことにより内側から湧き出た恐怖をリリーはぐっと堪えた。


「も~なんで追いかけてくるのー!私がこの怪物に何かした?」


 絶望するリリーは自身の隣で浮いている、細かな意匠が施された魔法の本(以降ブックマンと呼称)に向かって心からの疑問を吐く。

 その疑問を聞いたブックマンはリリーの顔を見るとめんどくさそうにそっぽを向いた。


「さあ? 生きていれば目障りな対象も一つ二つ見つかりますよ。少年」

「ねぇ~いい加減その少年て言うのやめて!少年じゃなくて女だし、ちゃんと名前で呼んでよ」

「失礼しましたリリー。まあ、生きていれば目障りな対処が一つ二つ見つかりますよ。怪物だろうと例外ではないのです。たまたま我々が彼女の琴線に触れる行動をとってしまっただけ。勇者の娘ならこれぐらい討伐してください」

「えーさすがに天才美少女な勇者の娘でも無理だよ~私は魔法も力もないんだよ!」

「ですが、知識ならあるでしょう?…」

「もう~分かってんじゃん!」


 そう言われて不満げな表情が一変し不敵な笑みを浮かべ始めたリリーは、何やらゴソゴソと背中に背負ったリュックを漁りはじめた。

 そこから二つのガラス瓶を取り出す。

 リリーが握っているガラス瓶の中身をブックマンは興味深そうに覗いていた。


「…それは、おおー!あれをやるんですか?」

「へへーそだよ、この温泉キノコの胞子と水解けの実に墨をまぶした物を合わせると─」

 説明中にリリーは二つのガラス瓶の中身を器用に混ぜ合わせ、それを後ろに投げる。

 ガラス瓶が乾いた破砕音を響かせて怪物に当たった。すると─


「─爆発する♪」


『ガッ…AAAAAAAAA』


 血が混じった肉片が辺りの木々に当たりそれを溶かす。耐えられないダメージを負ったのだろう、怪物の速度が少しばかり遅くなった。

 遅れて凄まじい爆発の余波がリリー達を襲う。

 その圧倒的な力でリリーの体が浮き地面に何度か体を打ち付けた。受け身がうまく取れず苦悶の表情を浮かべたが、すぐに立ち上がり走り出す。


「ぐっ…はぁはぁ」「リリー!」

「…大丈夫…大丈夫、大丈夫だよ!ちょっと配合間違えちゃったみたい」

「また、こんなに体に傷をつけて!貴女はもう少し自分を大事にしてください!」

「説教は後だよブックマン。あいつはこんなもんじゃ止まらない。逃げなきゃ」

「…そうですね。痛みでますます我々のことを目の敵にするでしょう。さすがですね」

「そんなに褒めないでよー!」


 体を蝕む鈍い痛みに耐え、ブックマンに笑顔を向けるリリーは後方をふり向きもせずひたすら走り続けた。あの爆発がただの陽動にしかならないことを理解していたからだ。


 数刻経った後、少なくとも怪物に爆発が効いていたのだろう距離が徐々に離れていく。

 やがて、怪物が発していた殺気を肌で感じなくなったリリーは深く息を吐いた。


「は~なんで、こんなことになったんだろーね?」

「その理由は今一度これまでのご自身の行動を振り返れば分かりますよ」

「え~」


 リリーは言われた通り今朝の行動を思い出し始めた。



──アイテム&人物&魔法&動植物紹介コーナー──


人物

名前・《リリー・ヴァレー》

性別・女性

年齢・9歳

性格・活発、明るい、優しい、ずぼら、コミュ狂、粘り強い

趣味・森の探検、薬品の作成。道具の作成

備考・ピンクブラウンの癖毛を二つ結びにしている、体は傷だらけ

備考・勇者の娘の一人、生まれた時に母親が死んでいる。髪を二つ結びにしているのは母親がお揃いにしたいと望んでいたから。好奇心旺盛で毎日、屋敷の裏に広がる森で探検している。森での探検は新種の生き物の観察記録や採取などを主に行っており、調べた内容はすべて常に持ち歩く魔法の本(ブックマン)に書いている。


動植物

名称・《温泉キノコ》

生息地・山のふもと、岩場

体高・4㎝~7㎝

特徴・色は透き通るような黄色。異臭を放つ

備考・リリーが発見し名前を付けた。匂いが温泉の匂いに似ている。食べると気持ち悪くなり数日間は吐き気や腹痛に襲われた。食用ではない。これと炭と水解けの実を混ぜ合わせると衝撃を与えた時に爆発が起きる。実験中分量をミスり実験室半壊、怒られた。爆発の威力は強く少量であっても、しばらくは耳が聞こえなくなる。


名称・《水解けの実》

生息地・水源の近くに生えた木の幹

体高・3㎝~5㎝

特徴・色は明るい茶色系。水に溶けやすい

備考・リリーが発見し名前を付けた。水際に生えている樹木の幹に絡みついて生えている。幹に根を張り水分や栄養を吸収するようだ。実は水に溶けやすく、おそらく水に溶けることによって種を水に運んでもらうよう進化したのだろう。これと炭と温泉キノコを混ぜ合わせると衝撃を与えた時に爆発が起きる。実験が失敗した後しばらくアフロだった。舞踏会の際、アフロと煌びやかな衣装に身を包み華麗なダンスを決めフロアを沸かせた。


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