第327話 王都の偉い人たち、立ち上がる
人口五十万を超える大都市、オーランド王国王都バルセン。その中央に聳えたつ巨大な建物、王家の力の誇示であり国の象徴でもある王城は荘厳な雰囲気を醸し出す。
「リットン侯爵閣下、お入りになられます」
王城へ登城するオーランド王国を支える大貴族たち、その錚々たる顔ぶれに、城内の者たちは事態の深刻さと王家の怒りの大きさを思い知る。
「シュティンガー侯爵閣下、お入りになられます」
いくらここが国の中枢である王城とは言え、伯爵家以上の所謂上級貴族と呼ばれる者たち、その各家の当主自らが出席しての会議などそうそうある事ではない。
魑魅魍魎蠢く貴族政治において普段反目し合っている者同士も、今日ばかりはその矛を収め席に着く。
「バルーセン公爵閣下、お入りになられます」
王家に連なる名家バルーセン公爵家当主セオドア・フォン・バルーセンの登場、その様な大物までもが一貴族として会議場に集められる。
これは今回の事態が王家の逆鱗に触れるものという事を如実に表していた。
「皆様方、国王陛下が参られます。席を立ちお迎えください。
ゾルバ・グラン・オーランド国王陛下、並びにレブル・ウル・オーランド王太子殿下、ヘルザー・ハンセン宰相閣下、お入りになられます」
“ザッ”
起立し一斉に頭を垂れる貴族たち。国王をはじめとした国家の中枢が大会議室の中心席に着くと、国王が貴族たちを見回し言葉を掛ける。
「皆の者、面を上げよ。今は有事である為、要らぬ礼節は不要である。まずは席に着き話を聞いて欲しい」
国王の言葉に顔を上げ席に着く貴族たち。だがその表情は王家の者たちと違いどこか愉悦に歪んでいる。
それもそのはず、ここオーランド王国において貴族家同士の小競り合いはあれど、今回のように大規模な造反などこれまで無かった事。
他国の侵攻や大規模な魔物災害など、国内における武力行使で武勇を上げようにもここ百数十年そうした機会に恵まれなかった彼らにとっては千載一遇のチャンス、しかも相手は落ち目のダイソン侯爵家、これ程においしい話など無かったのだから。
「皆も知っての通りオーランド王国南西部地域を治めていたダイソン侯爵家が造反、周辺貴族家と共にダイソン公国を自称し独立を宣言した。
これは明確な王家に対する反乱であり、オーランド王国貴族として許されざる行為である。
王家としてはこれを許す事など出来ないし、許してはいけない。
既にダイソン侯爵家並びに造反に加担を表明した各貴族家には撤回要請及び処分を通達しているが、その悉くが無視された。
最早話し合いの時は終わったのだ。
よって王家はダイソン侯爵家及び周辺貴族家の取り潰しを決定、その所領地を一旦王家の直轄とすることを決めた。
だが既にバルカン帝国がダイソン公国の承認を表明しており、国交を開く用意があると宣言している。我が国としては明らかな内政干渉としてこれを突っぱねているが、彼の国がダイソン侯爵家に肩入れし武器並び食料の支援を行っていることは明らかである。
このまま放置すれば友好国の安全の名目の下バルカン帝国による実質的な侵略が行われるは必定、これは断固として防がねばならない。
皆の者には王家直轄地に居座る賊の排除並びに実効支配を頼みたい。敵はダイソン侯爵家の背後に隠れるバルカン帝国、決して侮っていい相手ではない。
詳しい話はこれより説明して行く故、心して聞いて欲しい」
国王からの言葉はこれまでの様な一方的通達ではなく、明確な敵国の存在とそれに対抗すべく国内勢力の団結を呼び掛けるものであった。
今は戦時、国内で勢力争いをしている場合などではない。
この事態を高が地方貴族の造反などと軽く見ることなく、より大きな国家間紛争の始まりと捉える事が出来るあたりは、国王ゾルバが平和ボケと言われる歴代国王の中でも優秀である証左なのであろう。
そうした意味において、国王ゾルバは平時ではなく戦時において輝く資質を持った者であったのやもしれない。
「これより此度のダイソン侯爵一派の戦力分析と、考え得る戦時状況について説明する」
ヘルザー宰相の言葉と共に文官により配られる資料、敵兵力予測並びに戦力分析、使われるであろうバルカン帝国側の最新兵器予測等その内容は多岐に渡るものであった。
「以上の様に今回の戦は言わばバルカン帝国との代理戦争、ダイソン侯爵領は既にバルカン帝国の一部地域と化してると思ってくれていい。状況はかなり深刻であるのだ。
特にこの遠隔起爆式爆薬は危険だ。これまでのこけ脅しの様なものではない、その破壊力は設置地域を完全に吹き飛ばすほどのものだ。
此度の戦はこれまでの様な様式美に則ったものなどではない、騎士の誇りも貴族の誇りもない、泥水を啜り命を取り合う生きるか死ぬかといったものになるだろう。
その事をよくよく心に留めて戦略を練ってもらいたい」
ヘルザー宰相は現状を正確に理解していた。この戦いはバルカン帝国との戦いであるのだと、オーランド王国の命運を賭けた一戦であるのだと。
「畏まりましたヘルザー宰相閣下、此度の賊の討伐、このリットンにお任せを」
「いやいや、貴殿はオーランド王国南方方面の要、貴殿が傷付くことはスロバニア王国との力関係に影響が出よう。
幸い我がシュティンガー侯爵領はリフテリア魔法王国と友好的な関係を保ち魔道具の輸入交易が盛んだ。向こうとしても穀物の輸入の関係上我が国との関係悪化は望んではいない。
我が領の兵力を当てる事に何の支障もないであろう」
「それを言うのならば我が領が中心となって・・・」
だがそんな宰相の思いとは裏腹に各貴族家の当主たちはその危険性を理解していない、いや、理解出来ない様であった。
それはそうだろう、ドラゴンの咆哮のごとき轟音で草原が一瞬にして吹き飛んだなどといった話を信じろと言う方に無理がある。
ヘルザー宰相自身、その報告を受けて尚理解しきっているとは言い難いのだから。
会議は踊る、されど進まず。
彼らにとって国の命運を賭けた戦いの作戦会議も、自身の家の力を誇示するアピールの場に過ぎない。
“ハハハ、この国の貴族連中がここまでお気楽になってしまっていたとは。
守られ危険に晒される事のない平和、その間も最前線に立ちオーランド王国を陰で支えて来ていたグロリア辺境伯家とダイソン侯爵家。その二家に既に見限られていると言うのにその事にすら気付かない無能振り。
<平和とは勝ち取るもの、痛みを伴わない平和は人を堕落させる>
剣の勇者が国を去る際に残した言葉だったか。
もしかしたらオーランド王国は百五十年前に既に終わっていたのかもしれないな”
ベルツシュタイン伯爵家当主ハインリッヒ・ベルツシュタインは、自身の配下王都諜報組織“影”の耳目たちが命を懸けて集めてきた情報が全く生かされない状況に、忸怩たる思いを抱える。
オーランド王国の為、オーランド王家の為に尽くし命を燃やしてきた一族は一体何の為に戦って来たというのか。
集めた情報は精査分析し、全て宰相並びに国王に伝えてある。
ベルツシュタイン家に出来る事はこれから起きる“戦争”の状況と戦況を正確に伝える事のみ。
そう、これは一地方の内戦などではない、ダイソン公国とオーランド王国との戦争、ダイソン公国の独立戦争なのだから。
会議は踊る。この馬鹿たちが確りと現状を把握するまでに果たしてどれほどの命が失われていくのか。
何故剣の勇者がこの国を見限ったのか、その歴史に思いを馳せ、遅々として進まぬ遊戯を眺め続けるハインリッヒ・ベルツシュタインなのであった。
――――――――――
そこは城の前に設けられた広場であった。多くの兵士、多くの民衆が集まり、城門前に作られた高台の演説台に目を向けていた。
その高台の席に座っている者はダイソン公国初代大公デギン・ダイソンとその妻ライア・ダイソン、そしてその隣には八歳になる嫡子ミネリオと五歳の妹マルネリア。
「国民よ、新国家ダイソン公国の国民よ!!」
演台には一人の男が立ち、拡張の魔道具に向かい声を発する。
その声音は広場の各所に設けられた魔道式音響装置により、広場だけでなく街中の人々に鮮明に届けられる。
「我々は父の父、母の母、その遥か上の代よりこの地を守り、常に最前線にあり続けた。
我々はオーランド王国の盾でありオーランド王国の守護者であった。
だが王家はどうか!
長の平穏は国家を腐らせ、王家は我々を軽んじる様になった。
その平和な日々を支え続けて来たのは誰であったのか、命を賭け王国を守り続けて来たのは誰であったのか!
王都において肥え太った貴族どもに侮られ、辺境の壁と揶揄されて。物資も資金も減らされ、それでも王国に尽くし、王国を守り続けて来た英霊たち。
我々はこれからも未来永劫王国の犠牲になり続けねばならないのか。
否、断じて否である!!
国民よ、聞け!聞けよ、国民。
今こそ力を一つに立ち上がる時、ダイソン公国の旗印の下に!」
「「「ウォ~~~~~~~~~~~~!!自由ー、ダイソン!自由ー、ダイソン!自由ー、ダイソン!!」」」
城門前の広場が、公国公都の民衆が、弾ける感情、爆発する思い。
これまで時間を掛け抑圧され続けた人々は、一つの目標に向け突き進む。
演台に立ち手を振るデギン・ダイソン大公。その力強い姿に栄光の未来を夢見て声援を送る民衆。
「我がダイソン公国の国民よ。我らの行いは正義である、我らの思いは先達が繋いだ希望、我らはオーランド王国より巣立ちの時を迎えたのだ。
オーランド王国、バルカン帝国、スロバニア王国、三国に囲まれたこの国は強くなければならない。
だが我々は既にその強さを持っている。
誇りを胸に、ダイソン公国の国民として力を示せ!」
「「「「デギン・ダイソン!!デギン・ダイソン!!デギン・ダイソン!!」」」」
国が生まれ国民が一つとなる。これはデギン・ダイソンの覇道の始まり。バルカン帝国の思惑も、オーランド王国の抵抗も、その全てを力に変え突き進む。
後に“一年戦争”と呼ばれる戦乱は、こうして幕を開けるのであった。
―――――――
「そうか、ついに始まったか」
城の執務室で書類に目を向けていたランドール侯爵家当主ガレリア・ランドールは、配下からの報告に大きくため息を吐く。
「バルカン帝国に踊らされてると分かっていて尚舞台に上がるか、デギン・ダイソン。
あの者も我と同じ権力への執着に縛られしものであったか」
嘗ての自身と重ね何とも言えない気分になるガレリア。
ともすればこのランドール侯爵家も同じような立場に追いやられていたのやも知れない。それ程に帝国の工作は見事であり、オーランド王国における貴族社会と王家の思惑はどうしようもない状態にあったのだ。
「ローランドはどうしている?」
「ハッ、ローランド様には別の者が報告を。時期にこちらに来られるものと思われます」
“コンコンコン”
「“失礼いたします。ローランドです、閣下にご相談したき儀があり参りました”」
「構わん、入れ」
“ガチャッ”
開かれた扉、若者らしい清々しい面立ち、それでいて力強い歩み。ランドール侯爵家嫡男ローランド・ランドールは嘗ての姿からは想像出来ない程の逞しさを身に付けていた。
それはランドール侯爵家に仕える者たちに、次代が自分であると体現する姿でもあった。
「うむ、丁度いい。お前に話があったのだ。予てよりのお前の婚姻についてだ、未だフローレンスの教育は終わっていないとのことではあったが、状況が変わった。
直ぐにでも式を挙げ、周辺貴族家の結束を図る。
グロリア辺境伯家には俺が直接出向き挨拶を行う。その際北西部地域の貴族同盟の結成を呼び掛けるつもりだ。
無論盟主はマケドニアル・フォン・グロリア殿となるがそのことに異論はないか?」
「はい、私も閣下に婚姻の件につき打診に来たところでございますので。
状況は切迫しています。王都には各貴族家が集められ参集に従わない者に対する風当たりは強くなるかと。下手をすれば謀反の恐れありとして調子に乗った者たちが押し寄せるやもしれません。
北西部地域の結束は急務。
それとこの戦、おそらく王家は負けます。正確には攻め切れず、撤退すると言ったところでしょうか。
結果公国側が多少版図を広げるやもしれませんが、物資と人材を理由に然程の事はないかと。
ダイソン侯爵家の思惑は別にしてバルカン帝国の思惑は王国の混乱、事態が大きく動くのは帝国の動きが決してからではないかと」
ガレリアは思う、あの夢見がちで凡庸なローランドがよくぞここまで変わったものだと。立場が人を変えるとは言うが、グロリア辺境伯家との戦いの敗北が、ローランドの人生を大きく変え物事を深く考えられる者へと成長させたのだと。
「ローランド、今更ではあるがパトリシア嬢とのこと、すまなかったな。これはランドール侯爵家当主としてではなくお前の父親としての言葉だ、お前には悪い事をした」
ガレリアはこれまで決して口にしてこなかった謝罪の言葉を口にする。それは今のローランドであればその言葉の意味も理解出来ると判断しての事であった。
「いえ、その御言葉は不要です。私は何も知らなかった、考えもしなかった。であれば現状は致し方のない事。
私は不器用です、私は閣下の様な知恵者ではありません。
であれば配下に頼り多くの者の知恵を借り、広く物事を見続ける努力をするしかない。
貴族とは人ではない。これが誰の言葉であったか。
なにが大事で何を主軸に据えるのか。閣下がランドール侯爵家の悲願を主軸に据えたように、私はランドール侯爵家の民を主軸に据えます。
ランドール侯爵家の民と我が家に連なる寄り子衆が笑える様に戦い続ける。それが私の貴族としての在り方。
その為には人ではいられないのでしょう、貴族とは難しいものです」
そう言い肩を竦めるローランドに笑顔を向けるガレリア。
男の顔になったと嬉しくなる。
「忙しくなる、お前も力を貸せ」
「はい、何なりとお申し付けください」
時代は止まらない、オーランド王国南西部地域に端を発した騒動は、国中を揺るがす動乱へと発展して行くのであった。
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