第328話 村人転生者、村の手伝いに奔走する

マルセル村の朝は早い。

朝採れ野菜の瑞々しさ、採れ立てを直ぐに回収し時間停止機能付きマジックバッグに保存する事で、領都の店頭に輝く様な収穫物が並ぶ。

春野菜の収穫期を迎えたこの季節、やる事は盛り沢山なのである。


「オギャー、オギャー、オギャー」

「あぁ、よしよし。おむつが濡れたのかな?今替えてあげるからね。

ケビン君すまん、後の事を頼む」


マルセル村の外れホーンラビット牧場に響く元気な赤ちゃんの泣き声、籠に寝かせていた我が子からの呼び出しに急ぎ作業の手を止めてお世話に走るグルゴ。

昨年のランドール侯爵領戦役から戻ったグルゴさんとギースさん、奥方様からの要望で子作りに励まれまして見事ご懐妊、この春元気なお子様を授かったのでございます。

これでマルセル村の子供が新たに三人増え、村はより一層賑やかになって来たのでございます。

ん?人数がおかしい?あぁ、グルゴさんの所のガブリエラさん、双子の赤ちゃんを出産なさいまして、助産師のセシルお婆さんにゆっくり療養する様に言われて横になっているんですね~。

やはり出産は体力気力も使いますから、大変な大事業なのでございます。

ポーションを飲めばいいんじゃないのか?母体の抵抗が極端に落ちてるので一週間はポーション類の摂取は厳禁らしいですよ。

所謂生活薬なら大丈夫との事、魔法薬は逆に命を縮める可能性が高いとの事です。(セシルお婆さん情報)

そう言えばケイトのお母さんも産後に亡くなったとか、奇跡の魔法薬も万能じゃないって事なんでしょう。


「ケビン様、干し草をお持ちしましたわ。どちらにお運びしたらよろしいのでしょうか?」

「あ、囲いの脇に積んでおいてください。水遣りが終わったら餌遣りを行いますんで」


で、急遽牧場の管理の手伝いを頼まれまして、パトリシアお嬢様にその旨をお伝えしたところ「でしたら私もお手伝いいたしますわ」とか言い出しまして。

朝が早いからと言ってお断りしたんですけどね、確り起きて来ちゃうんだもんな~。メイドさん方は朝の支度等があるので担当者が一名付き添って来られています。なんか申し訳ない。

まぁメイドさん方は「可愛いラビちゃんのお世話はメイドの嗜みです」とか言うよく分からない事を仰られていたので、ご負担になってはおられないご様子ですが。


「あの、パトリシアお嬢様、自分はお嬢様の世話係を申し付かっている身ですので、様付けは少々問題が。

他の使用人の方々同様、呼び捨てにしていただいた方がよろしいかと」

そう、俺の立場は使用人の様な物ですからね、様付けは問題なんですよ様付けは。

エミリーちゃんにはいまだに‟ケビンお兄ちゃん”と呼ばれてますが授けの儀の前なのでギリギリセーフ。

授けの儀を過ぎたら様々な社会的責任が発生する事から身分的なものもはっきりさせないといけません。

つまりエミリーお嬢様になる訳です。


「そうですか、わかりました。でしたらケビンと。

ではケビン、次の作業の指示を」

「ハッ、では先程運んでいただいた干し草を、囲いの中の角無しホーンラビット達に与えてください。

頭数がいますので一カ所に纏めて撒くのではなく、六ケ所に分けて撒きます。

向かって右列の三カ所は私が撒きますので、左列をお願いします」


えっと、そんなお嬢様に餌遣りの手伝いをさせていいのか?

いいんだよ別に。ホーンラビット牧場は村の事業、言わばアルバート子爵家の稼業。

家の仕事を家の者が行って何が悪いって話です。因みに作業用にワイシャツにオーバーオール姿になって貰っています。

これ、ケビン実験農場の制服です。キャロルとマッシュのお揃いですね。

えっと、メイド様も餌遣りがしたいと。ではこちらの制服にお着替え願います。着替えは事務所の方でお願いしますね?

収納の腕輪から予備の制服を取り出し手渡すケビン。それを受け取るや急ぎ管理小屋に走るメイド様。

皆様順調にマルセル村に馴染まれて行っている様で何よりです。


「パトリシアお嬢様、少々お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょうかケビン?餌の量が多かったですか?」


「いえ、そうではないのですが、パトリシアお嬢様は何時まで‟何も知らないお気楽お嬢様”の演技を続けられるおつもりなのかなと思いまして」

「・・・一体何の事でしょうと言うのは無粋ですね。何時からお気付きになられていたのかお聞きしても?」


先程までの陽気な雰囲気を引っ込め、途端真面目な顔になるお嬢様。俺の言葉に警戒している様子が見て取れる。

まぁこれも演技なんだろうなと思うと、つくづくお貴族様と言うものは業が深いと思わざるを得ない。

俺は牧場脇の草原にサッと絨毯を敷き木目の美しいテーブルと椅子を並べ、ティーセットとお茶の入ったポットを取り出す。

俺の勧めにテーブルに着くパトリシアお嬢様。


‟カチャッ”

差し出されたティーカップから漂うカモネールの香り。こちらの気遣いに気が付いたのか、ニコリと笑顔を浮かべカップを手に取るお嬢様。

って言うかいつの間にか側に立って給仕する月影はスルーですか?メイドとはそうしたもの?怖いなグロリア辺境伯家。


因みにお嬢様付きのメイドさんは、今頃制服に着替えて建物の影から十六夜と一緒にこちらを覗いていると思われ。

何でも十六夜の奴、呪術師養成所時代には給料のほとんどを恋愛小説に注ぎ込んでいたとか。“自室のお宝が回収出来ないことが唯一の心残り”と嘆いておられました。

職務の関係上他者との接触は制限されていたもの、福利厚生には力が入れられていたとか。定期的な休日もあり、雇用面に関してはかなり充実していた様です。


「まぁ何時からと聞かれますと最初からとしか。一年半前の授けの儀の際にお会いした時にパトリシア様の聡明さは窺い知ることが出来ました。

自身や周囲に対し疑問を持ち考えられると言うのは、そうそう出来る事ではありませんから。それが与えられた環境で役割を熟さなければならない貴族令嬢であれば尚の事です。

貴族令嬢に対する貴族教育と言うものは、徹底して周囲が望む貴族女性を作り上げる事にありますから。

お話を聞けばお母上のデイマリア様も若い頃は相当にやんちゃであったとか。芯の強さはお母上譲りと言った所なのでしょう。


あの頃は多少考え足らずのきらいはありましたが、それは今後の経験で十分補えるもの、ゆくゆくは素晴らしいご婦人になられると期待しておりました。

ですがパトリシア様の周囲はそれを許してはくれなかった。その後春にお会いした時は別人かと思ったほどです。


それはパトリシア様が人生を懸けジョルジュ伯爵家の為に尽くしてきた証左、その象徴が婚約者であったローランド様との婚姻であったのでしょう。

その全てが瓦解する、それはこれまでの人生がパトリシア・ジョルジュと言う人物の全てが否定されるに等しい。

ただ愛する者を失った以上の苦しみがお嬢様を襲ったはずです。

自身では理解し切れない思いを消化するには、お嬢様は若過ぎたのです」


“カチャッ”

テーブルに戻されたティーカップ。

パトリシアお嬢様は何処か悲し気に、しかし気丈にこちらに目を向ける。


「そんなお嬢様を救ったのは癒し隊の皆さんでした。

お嬢様がホーンラビット愛好家になってしまった事も致し方がない、誰もがそう思ったはずです。

そして自然に明るく振る舞うお嬢様の姿に目を細められた。


そうしてここに一つの姿が出来上がってしまった。パトリシアは皆を優しい気持ちにさせる明るいお嬢様であると言う役割です。

新しい自身の在り様を模索していたお嬢様がその役割を素直に受け入れたのは、自然な流れだったのでしょう。

ですが数々の経験はお嬢様に深く思考し周囲をよく観察する力を与えた、しくもそれはミルガルの街門で私がお嬢様にお伝えした言葉。

お嬢様はこう考えられたはずです、‟自分の為に周囲の者を苦しめてはいけない、自分が出来る事はなんであるのか”と。


自らが苦しみのどん底にある中マルセル村を訪れマルセル村の現状に直に触れたお嬢様は、観察した事を自分の中で分析し、精査し、一つの判断を下した。

それがマルセル村との橋渡しになる事、正確にはこのケビンとの関係を取り付ける事が、家族の、延いてはグロリア辺境伯領の為に出来る最大の貢献であると。

その後私に嫌われない程度に領都の城への訪問を望んだり、城での会談の際に次期御当主様が犯した失態を何も分かっていないと言った風を装って家族に伝えようとしたり、癒し隊の話題を振って場の雰囲気を変えたり。

翌日宿にメイド様がやって来た時は流石に驚きましたよ、本当に逞しくなられて。


まぁ結果的に現状の様になってしまいましたが、パトリシアお嬢様の働きは十分結果に繋がっていたと思いますよ?

少なくとも私は高く評価していますので」


そう言いにこやかに微笑みティーカップに口を付けるケビン。

そんな彼に‟あぁ、やはりこの御方は”と笑顔を返すパトリシア。


「これまでのパトリシアお嬢様もご自身の一面ではあるのでしょうが、それ程気負う必要はないと思いますよ?

ドレイク・アルバート子爵は私が尊敬する人物です。人を思いやりマルセル村の発展の為に尽くす、あの方以上の人物を私は知らない。

奥様であるミランダ様やエミリーお嬢様、嫡男であらせられるロバート様、第二夫人となられたデイマリア様やパトリシアお嬢様の事も、全てを包み込み愛して下さる懐の広い御方です。

パトリシア様がお母様であるデイマリア様の事をお気になさっている事は分かりますが、案外杞憂に終わるやもしれませんよ?

さて、おしゃべりはここまでです、仕事に戻りましょう。

それとお嬢様、少々言葉使いを崩させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あっ、はい、お気になさらず」

「では失礼して。十六夜~、お前の思い通りには行かんからな~!!ご主人様のヘタレとか言ってるんじゃない!!

お前も働け~、厩の掃除に行ってこい!!」


バタバタと音がし、一人のメイドが「すみませんでした~」と言いながら駆けて行く。

着替えの為に席を外していたパトリシア付きのメイドは、然も今着替えが終わったと言った風に「遅くなりました」とやって来る。

そんなメイドたちのやり取りに思わず吹き出すパトリシア。


‟焦る事はありませんよ、お嬢様”

楽し気な主従の様子に、どこか朗らかな気持ちになるケビンなのでありました。


―――――――――


「パトリシア、マルセル村にはもう慣れたかい?」

ホーンラビット牧場での仕事を終え家に帰ったパトリシアを待っていたのは、朝食を共にしようと村役場に顔を出したドレイク・アルバート子爵であった。


「はい、村の皆様がとても良くしてくださって。毎日が大変充実しております」

パトリシアの言葉に嬉しそうに頷くアルバート子爵。その様子にこの方は本当に心の優しい人物なのだと、そんな方に一方的にご迷惑をお掛けしてしまったのだと罪悪感に包まれるパトリシア。


「御義父様、お母様、私の為に心を砕いて下さり本当にありがとうございます。

私は多くの方々に甘え多くの方々にご迷惑をお掛けしてしまった。私の為に家の決定に逆らい再婚を決められたお母様、寄り親からのごり押しで私たち親子を受け入れざるを得なかった御義父様。

ミランダ御義母様やエミリー様、ロバート様。皆様を巻き込み皆様の笑顔を曇らせてしまった。

本来であれば私が自らの口で話すべきだったのです、嫌なら嫌と。

であるのなら責は私のものとなる、自らの決断の結果であればそれがどの様なものでも喜んで受け入れる事が出来る。

本当にごめんなさい」


朝食のテーブルで謝罪の言葉を口にするパトリシア。そんな彼女に驚き言葉の詰まる二人。


「これまで私は自身が明るく振舞う事で周りを安心させようとして来た。でもそれだけじゃいけないという事を教わった。

自分の言葉で話さなければ伝わらない事があると教わった。


御義父様、本当にすみませんでした。そして私たち親子を受け入れてくれて、気に掛けてくれてありがとうございます。

お母様、心配ばかり掛けてごめんなさい。私の事を身を挺して守ってくれて、マルセル村に連れて来てくれてありがとう。


私は大丈夫、マルセル村の一員としてアルバート子爵家の娘として生きて行きます。

だから御義父様もお母様も、私の事とは関係なく、人生を楽しんでください。

“嫁になんと言われようとエールの為には妥協せん”ってマルコお爺さんも仰ってましたし?」


そう言い花の咲いたような笑顔を見せるパトリシアに、涙ぐむデイマリア。そんな彼女に寄り添い優しく肩を抱くドレイク。

子供の成長は早い、ついこないだまで頼りないと、守ってあげなければと思っていた娘は、確りとした自分の考えを持った立派な大人の女性になっていた。


「あっ、そうでした。ケビンがいつまでも村役場くらいでは不便だろうから仮のアルバート子爵邸を用意すると言っていました。

村の中央広場脇に建てて構わないかと聞いていましたがどうなさいますか?」

「あぁ、そうだね。パトリシアとデイマリアには本当に不便を掛けているよ。

ケビンの事だから新居が出来次第村の施設として利用する事も考えているんだろうね。あの子は本当に複数の意味合いを持たせることに長けてるから。

ケビンにはそれで構わないと伝えてくれるかい?」


「はい、わかりました」


アルバート子爵は知らない。パトリシアから許可が下りたとの連絡を受けたケビンがサクッと湖畔の避暑地レンドールまで飛び、レンドール不動産商会で売りに出されている別荘を購入し、収納の腕輪に仕舞って持ち帰って来るという事を。

許可を出した翌日には「ご用意が出来ました」と言って引っ越しさせられてしまうという事を。

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