第323話 村人転生者、王国の動乱のとばっちりを受ける

弟のジミーが武者修行に旅立った。

まだ授けの儀も迎えていない十一歳の子供と聞けば誰もが心配しそうになるこの話も、相手がジミーの事となると変わって来ると見えて、村人たちからは村の青年が立派に旅立つ姿を応援する声が多数寄せられた。

それはそうだろう、だってジミーの身長、俺より頭一つ分以上大きいのよ?俺の顔なんざジミーの胸よ、胸。

どう見ても旅立ちの儀なんかうに終えた青年なんだもん。

これ、ジミーが学園に通う事になったら新人の講師にしか見えないんじゃないかな?教室の席に座ったら周りから奇異の目で見られちゃうよ、きっと。

って言うか制服のサイズがないじゃん、着古しなんて無理じゃん。なんでも特殊な魔法が付与されてる物ってザルバさんが言ってたし、村に帰って来たら冬の授けの儀なんか待たずにさっさと教会に連れて行っちゃおう。

ここで使わずしてどうするお貴族様パワーって奴ですね。

ドラゴンロード家は準貴族、何とかなるなる。


まぁジミーの事はゼノビアさん達にお任せ、魔国とやらは実力主義の多民族多種族国家らしく、武術大会も盛んらしい。武器と魔法ありありの大会は国民にも大人気なんだとか。

他にも暗黒大陸の魔物討伐ツアー(遠征)や住民とのふれあい(暴徒の鎮圧)などイベントが盛り沢山、メルルーシェさんが実戦の場なら事欠かないと言ってたくらいだし、ジミーにはいい刺激になるでしょう。

何かあれば太郎から業務連絡が来るしね、最悪スキルの裏技を使えばジミーだけなら助けられるし。


この裏技、試してみたら出来ちゃったって言う運営から修正が入りそうなとんでも技でございます。

切っ掛けは仮に太郎たちの戦闘中に<出張>を掛けたらどうなるのかというものでした。ブー太郎を<出張>で召喚した際衣服や装備が付いたまま召喚された事から、物を持たせた状態であれば一緒に召喚されるという事は分かっていました。これはある種の物流革命で、例えば王都にいたとしてもブー太郎経由でキラービー蜂蜜を持ち込む事が出来るといった画期的なものでありました。

じゃあこれが戦闘中の従業員だったらどうなるのか?取っ組み合いをしている場合相手ごと召喚されてしまうのか?


これは召喚対象とその影響下に置かれる者の関係で決まるのではないかという事が分かりました。

例えばブー太郎が団子を抱えていた場合ブー太郎を召喚すると団子も一緒に召喚されます。

逆に団子を召喚した場合団子だけ召喚されます。

これは一概に大きさだけの関係ではなく例えば団子が木にしがみ付いていてブー太郎が団子を掴んでいた場合は、ブー太郎だけが召喚されるといった現象が起きます。

影響下に置かれた者が召喚対象の支配下にある場合のみ共に召喚されるといった現象が発生すると推測されるのです。

これは檻などに閉じ込められた場合も同様で、例えば手持ちの籠檻に入った小鳥は共に召喚されますが、大きな檻に入ったグラスウルフは召喚されませんでした。


では戦闘中はどうかといえば取っ組み合いになったり拮抗状態である相手の場合は、互いの大きさに関係なく召喚出来ません。

但し対戦相手が捕縛状態にある場合は共に召喚されるようです。

この事は魔物相手ばかりでなく、夜の清掃活動の際にも実験したので確かと言えます。


つまり何が言いたいかといえば、例え暗黒大陸にいようとも太郎がジミーに嚙みついた状態でジミーの抵抗が無ければ共に召喚出来るという訳です。

実質的な長距離瞬間移動、とんでもない技術でしょ?

でもこの抵抗しないって条件がちょっと難しくてですね、気を失った状態や怪我などで酷く弱った状態でないと中々上手くいかない。どうやら人は無意識のうちに魔力による抵抗をしているという事の様でした。

でもこれがジミーたちみたいに魔力操作に慣れた者であれば魔力隠しも出来ますからね、今回の話が決まってすぐに実験したところ上手く転移が確認出来たという訳です。


ね、とんでもない裏技でしょう?これがバレたら何が起きるのか分かったもんじゃない、即“まどうのしょ”行きになったのは言うまでもありません。

ジミーにもあくまでも最終手段である事は伝えてあります。

自身にストイックなジミーは、直ぐに了承してくれましたが。

因みにこの裏技、召喚主である俺自身は使えません。俺自身を弱らせても影魔法で影に潜り込んでも、送還する事が出来ず駄目でした。ただ痛い思いをしただけっていうね、凄い悔しい。


ジミーが旅立った後のマルセル村ですが、村全体としては概ね何も変わらず。畑を耕し作付けを行い、麦畑の草取りや追肥、ビッグワーム干し肉の仕込みやホーンラビット牧場での角刈り。

魔の森のホーンラビットは良狼たちグラスウルフ隊の皆さんや熊親子、ブー太郎といったログハウスチームが定期的な間引きを行っている為それほど問題になる様な頭数は見られませんでした。

ただ全体数が減った分餌が豊富になり、個体ごとの大きさが通常の物よりも大きくなっている様であるとの事でした。


若者軍団はその後どうしているのか、最も変化のあったのはフィリーちゃんとディアさん。

フィリーちゃんは春祭りの会場にいた賢者師弟に弟子入りを願い出てそれを了承され、午前中のボビー師匠の訓練に加え、午後からは賢者師弟による魔法の講義を受ける事となりました。

この魔法教室にはジェイク君とエミリーちゃんも共に参加する事になり、各属性の魔法の講義やその対策や応用といった事を積極的に学んでいる様です。

メインはフィリーちゃんの指導という事もあり賢者師弟はボビー師匠の家に居候する事に、ボビー師匠が何とも言えない引き攣った顔になった事は言うまでもありません


ディアさんは父ヘンリーと月影に願い出て、盾役としての訓練と斥候としての訓練に励んでいます。

父ヘンリーは分かるとして何でここで月影?と思わなくもないですが、月影の気配遮断と魔力隠し、情報収集技術と各種危険察知能力は群を抜いて高いんだそうです。(メイド隊情報)

話を聞いたメイド隊の二人がどこか黄昏ていたので事実なんでしょう。


それぞれが目標を立て自己の力を高める努力をする。

ジミーの無謀とも思える武者修行という行動は、若者軍団にとってのよい刺激となったのでしょう。


で、手隙になった大福先生ですが。


“ドゴ~~ン”

「グホッ、まだまだ~~!!」


負けず嫌いの白の挑戦を受け、連日スライムモードでの戦いに明け暮れております。

“白雲は歯ごたえがあって楽しい~♪”とは大福先生のお言葉、良い遊び相手が出来て結構です。

ですので私に“遊ぼ?”と言ってすり寄って来るのは控えてください。先生方の“遊び”は洒落にならないんですってば!


――――――――――――


季節は巡り人々の生活は変わる。去る者、来る者、変化は否が応でも訪れる。


「ボタンちゃん、スミレちゃん、マリーゴールドちゃん、団子先生ですよ~。みんな、ご挨拶です」

“““キュキュッ、キュイ”””

“キュキュッ、キュキュキュイ”


“団子教官、お久し振りです”

“癒し隊の皆さん、お元気そうで何よりです。皆さんの活躍はケビン氏より聞き及んでいます。私も誇りに思いますよ”


まるでどこぞの航空訓練学校の卒業生と教官のような会話、君たちはパイロットか何かなのかと強く言いたい。


「団子先生の綺麗な毛並み、ケビン様が常日頃ブラッシングをされていらっしゃるのですか?

あの、抱かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

瞳を輝かせて懇願して来るパトリシアお嬢様、手をワキワキさせてその様子を窺うお付きのメイド様方。

俺は半分諦めモードで「どうぞ」と許可を与える。


パトリシアお嬢様の来村、これは既に予定されていた事でありそれ自体は問題のない事であった。

ただ、そこに大幅な変更事項が加わった事を除いて。


事の起こりはヨークシャー森林国公爵家次女カトリーヌ・ブルガリアが六歳の聖樹祭において最上級精霊の寵愛を受けた事であった。聖樹祭とは国の守り神であり精霊信仰の大元でもある聖樹様に祈りを捧げ精霊様とのお引き合わせを願う儀式、その場において最上級精霊の寵愛を受けるという過去にも数例しかない最高の栄誉を給わったカトリーヌ。

新たなる精霊姫の誕生と言う慶事は、今は亡き前精霊姫姉フリージア・ブルガリアの導きとして、ヨークシャー森林国中に広く喧伝されたのである。


この事態に慌てたのはバルカン帝国であった。前精霊姫を調略により排除し、ヨークシャー森林国の防衛力を大幅に削ぐ事に成功した帝国は、侵略の為の準備を進め数年以内に大攻勢を掛ける手筈になっていたからであった。

ここでヨークシャー森林国の力が回復してしまう事は帝国にとって大きな痛手となる、幸い精霊姫はまだ六歳、その力を十全に使いこなせるようになるにはまだ数年は掛かる、ならば今が好機。

帝国はかねてから進めていた策略を実行したのである。


ダイソン侯爵家の独立宣言とダイソン公国の樹立、この事態は瞬く間にオーランド王国中に知れ渡る事となった。

これに対し王家は強く反発、ダイソン侯爵家の取り潰しとダイソン侯爵家に従い侯爵領に加盟を表明している各貴族家に対し、直ちに撤回するように求めた。

だがその要求は悉く断られ、オーランド王国南西部地域のダイソン侯爵家と王家との間の緊張状態は最悪の形を迎えようとしていた。


その様な国内情勢において動きを見せた貴族家があった。オーランド王国北西部地域の雄であり自治領を宣言したグロリア辺境伯家である。

南西部地域の火種はもはや止める事は出来ない。この流れはダイソン侯爵家が勝利するにしろ王家が勝利するにしろ、いずれ自領へと波及する。

国内に存在する自治領など実質的な他国であり、今回のような独立騒ぎの後、王家がこの問題を放置するとは思えない。

であるのなら周辺貴族家との結束をより強固にすべく動くのは、為政者として当然の事。

グロリア辺境伯家次期当主タスマニア・グロリアの決断は既に解消された姪のパトリシアとランドール侯爵家嫡子ローランド・ランドールとの婚姻であった。

戦国の世においては婚姻外交は日常であり、家の都合で離縁させられる事などよくある事なのだろう。オーランド王国内の貴族家においても婚姻により家同士の結び付きを強める事は貴族女性にとって重要な役割とされている。

ではあるが、既に大衆の前で婚約を破棄され母親の実家に戻った者が再び元の婚約者と婚姻を結ぶなど、自ら都合のいい道具であると宣言する様な物であり、社交界において晒し者になる事は免れない。


その様な事態に異を唱えない者など居るのだろうか?

それが愛する我が子・愛する孫の問題であれば尚の事。

果たしてタスマニア・グロリアの決定は現当主マケドニアル・フォン・グロリアとパトリシアの母デイマリアの強い反対を受ける事となった。

タスマニアの主張は‟今は北西部地域の結束が重要であり、その事が延いては自治領であるグロリア辺境伯領の安寧に繋がる”と言うもの。だがその為の手段は一人の女性の人生を犠牲にするもの。

‟貴族家の人間として当然の使命である”と主張するタスマニアとそれに反発する現当主。

そんな話し合いの中でデイマリアが突き付けたのはタスマニアが犯した失態、アルバート子爵家との関係修復についてであった。

相手は今関係を深めようとしているランドール侯爵家を一切の犠牲も出さずに屈服させた精鋭、そのアルバート子爵家との関係を深める事以上の方策があるのかと言うのがデイマリアの主張であった。

これにはさしものタスマニアも黙らざるを得ない。アルバート子爵家との関係悪化は自らの浅慮が招いた事態であり、その為の解決策があるのならそちらを優先せざるを得ない。

有事に際しその牙が自身に突き立てられる事態など、あってはならないのだから。


「ケビン君。君、今からアルバート子爵家の騎士だから。これ任命書ね。詳しくはヘンリーさんから聞いて」

父ヘンリーと共に家を訪ねて来たアルバート子爵様より告げられた理不尽な通達、反発しようにもこの世の全てを拒絶した死んだ魚の様な目をした子爵様を前に、口を挟む事も出来ない。


父ヘンリーに事の詳細を聞き頭を抱える俺氏。

前回領都のお城に招かれかました大演説、どうもそれが効き過ぎてしまった様です。


「と言う訳でアルバート子爵様の第二夫人としてデイマリア様がいらっしゃるとの事だ。

寄り親であるグロリア辺境伯家からの要請じゃ断る訳にもいかないからな。爵位の差もデイマリア様の出戻りと言う立場上問題にならない。

パトリシア様と共にマルセル村に来る事になったと、アルバート子爵様にご連絡が入ったんだ。

聞けば大元の原因はケビンにあるらしいじゃないか。お前の仕事はパトリシアお嬢様の世話係だそうだ。

ま、これも人生と思って諦めろ」

父ヘンリーがポンと肩に乗せた大きな手が、とてつもなく重く感じる。


実験農場脇の草原でプリティーラビット訓練に励む癒し隊二期生のホーンラビットたち、その様子を見ながら指導を行う癒し隊一期生たちと団子教官。

そんな訓練風景を見ながらだらしない顔で身悶えるパトリシアお嬢様とメイド様方。

他国の策謀に端を発する玉突き事故的展開に、青空に浮かぶ雲を眺め黄昏るケビンなのでありました。

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