第322話 村人転生者の弟、決心する

「ジミー君、ケビンさんとゼノビアさんの戦い、どう見ますか?

私は剣術だけでなく魔力や覇気を込めた戦いになれば、もう少し違った展開になった気がするんですが」


春祭りの会場、不意の来訪者の登場により更なる盛り上がりを見せた今年の春祭りではあったが、楽しい時間と言うものは何時か終わりを迎えるもの。

村人たちは会場の片付けをし、それぞれの家路につき始める。


「でもゼノビアさんが言っていた魔王四天王と言う話は本当なのでしょうか?村の皆さんは“ケビン君の同類、拗らせちゃったんだね”とか仰ってましたけど」


村の若者たちもそろそろ家に帰る時間、だがその前に皆で集まり祭りの話題で盛り上がるのは、とても楽しい一時なのだろう。


「う~ん、その辺の確証は持てないけど、実力者である事は確かだと思う。勝負自体はあっけなく終わった様に見えるかもしれないけど、あの場に俺が立ったらどうだったか。

ケビンお兄ちゃんに転がされた後の瞬時の反応と対応は、経験から来る動きだったんだと思うんだ。

相当に多くの修羅場を潜り抜けて来たのか、あの動きだけでもゼノビアさんの地力の強さは窺い知ることが出来たよ。


ケビンお兄ちゃんは初見殺しみたいなところがあるからね、多分次対戦したらヘンリーお父さんやボビー師匠並みの戦いを繰り広げるんじゃないかな?

それくらいの力は持ってると思うんだよ」


ジミーはフィリーの言葉にそう返すと、腕を組み深く考え込む。

ヘンリーお父さんは言った、“来年の授けの儀を迎えた時、ジミーは更なる飛躍を果たすだろう”と。

確かに職業やスキルの力は大きいし、ケビンお兄ちゃんが授けの儀を経て手が付けられない様な理不尽な存在になった事は否定しない。でもそれはあくまでケビンお兄ちゃんの資質と、それ迄の下地があったから。

ケビンお兄ちゃんは言っていた、“ジミーは授けの儀で剣士系職業の上位職を授かるはずだ”と。その時のケビンお兄ちゃんの話し振りは、弟を気遣うと言った物じゃない明確な確信を持ったものであった。であるのならばそれははっきりとした根拠があっての言葉、おそらく確信する理由はこれまで自身が積み重ねて来た努力。


「ジェイク、エミリー、フィリー、ディア、俺の話を聞いて欲しい」

それはジミーの決意、父の言った“それでも届かぬ遥かな高みに至った者、有り得ない程の理不尽な存在などゴロゴロいる”と言う言葉が真実であると確信出来た今、ジミーに動かないと言う選択肢はなかった。


「すまん、俺は村を離れて修行に出ようと思う。勝手な事を言ってるって事は分かってる。

来年の冬の授けの儀、それまでに必ず戻って来る。だから今は俺の我が儘を許して欲しい」

そう言い仲間に頭を下げるジミー。


“ポンッ”

「何水臭い事を言ってるんだよ、俺たちは親友だろう?

ジミーがそう言うんなら俺はその言葉を信じる。ジミーの言葉なら信じられる、それだけの信頼関係は結べていると思ってたんだけどな?」

頭を下げるジミーの肩に手を置き、ニカッと笑顔を向けるジェイク。


「そうだよジミー君、私達は親友、その言葉を疑うほど私達の中は浅くない。

私は家の関係でジェイク君と一緒に先に授けの儀を受ける事になると思うけど、冒険者になるって約束は変わらないんだから」

「いや、エミリー、俺は平民だから冬の授けの儀に「一緒に授けの儀を受けようね、ジェイク君♪」・・・はい」


エミリーの嬉しい言葉と親友同士のいつものやり取りに、クスリと笑いの漏れるジミー。


「ジミー君、それは冒険者として世界に旅立つには今のままでは足りない、更なる実力を付ける必要がある、そう考えてるって事なんだよね。

今の私達のままではいずれ後悔する事になる、より高みに至るには足りないものがある」

ディアの言葉にコクリと頷きで返すジミー。


「分かった、ならば私も自分のやれることを模索する。

正直言えばジミー君に付いて行きたい、でもそれじゃダメだって事も分かってる。

ジミー君が求めているのは守って貰えなければ何も出来ない様なお姫様じゃない、形は違えど共に並び立つ相手だって。

ジミー君が戻って来た時、ジミー君の方から一緒に来て欲しいって言って貰えるくらいになって待ってるわ」

ディアはジミーの瞳を真直ぐに見詰め、自らの決意を確かにする。


「そうだね、ディアの言う通り、今の私達じゃジミー君の足手まといにしかならない。

ジミー君にはジミー君の、ディアにはディアの。ジェイク君やエミリーちゃんにそれぞれの役割がある様に、私もパーティーの中での役割をより明確に果たせる様になろうと思う。

道は一つじゃない、それぞれが力を出し合って何倍もの力を発揮する、それがパーティーってものだもんね」

フィリーはそう言うやサッと手を差し出した。


ふと笑みを浮かべ、その手の甲に自身の手を載せるジミー。デイアが、ジェイクが、エミリーが。


「来年の冬、俺は再びマルセル村に帰って来る。それまでみんな元気で」

「ジミーこそな。頼むから変なハーレム作って帰って来るなよ?これ、マジで頼む」


「ジミー君は大丈夫だよ、その辺上手だから。でもジェイク君はそう言う所苦手そうだし、ジェイク君が苦手な部分はエミリーが確りみてあげるね♪」


「・・・ジェイク、強く生きろ」

「うん、頑張る・・・」


「フィリー、ディア、楽しみにしているよ」

「「うん、ジミー君こそ頑張って」」

それぞれの顔を見合わせる若者たち、その表情はどこか誇らしげで、そして力強い。


「世界を股に掛けた冒険者になるぞ!」

「「「「おう!!」」」」

ジェイクの合図に掛けられた声、それは未来に向けた若者たちの宣言でもあった。


――――――――――


「はぁ~~~~!?暗黒大陸に武者修行に行きたい!?」

「うん。ゼノビアさん、メルルーシェさん。どうかお願いします、俺を暗黒大陸に連れて行ってはくれないでしょうか?」


マルセル村の村役場、その応接室で自称魔王四天王のゼノビアさんから魔王様のお話をお伺いしていた俺の下にやってきた弟ジミー君から告げられたとんでもないお願いに、お口あんぐりとなる俺氏。お隣ではアルバート子爵様が頭を抱えていらっしゃいます。


「ごめん、ちょっとよく話が見えない。順を追って説明して貰ってもいい?」

「あぁ、ごめん。突然こんな事を言ったら驚くよね。

実は前々から修行の旅には行きたいと思っていたんだよ」

そう言い語り始めたジミーの話は、寝耳に水と言うか、然もありなんと言うか。ジミーらしい悩みと言えばジミーらしい悩みであった。


要するに対戦相手がいないと言う事である。

ジミーは強過ぎた、村の大人たちを遥かに凌駕する剣技、正直剣の腕前だけで言えばマルセル村最強はジミーだろう。

天賦の才能、それに驕る事なく積み重ねられ続けた努力、ボビー師匠と言う偉大な指導者の導きと大福と言う越える事の出来ない壁。ジェイク君やエミリーちゃんと言う仲間の存在も支えとなり、確りとした基礎の上に作り上げられたジミーの剣技は超一流と呼んでも差し支えの無いものとなって行った。

現在ジミーとまともに剣を交える事の出来る者は父ヘンリーとボビー師匠、その二人ですら何時追い抜かれるか分からない。

マルセル村と言う環境は既にジミーにとっては狭い場所となってしまったのだろう。


「俺はもっと強くなりたい。世界は広い、俺なんかじゃ手も足も出ない様な強者なんてゴロゴロいる。

その事はケビンお兄ちゃんやヘンリーお父さん、ゼノビアさんなんかを見ていれば分かる事。

俺に足りないのは実戦と経験、マルセル村では経験する事の出来ない戦闘だと思うんだ。

ヘンリーお父さんとメアリーお母さんにはもう話は通してあるんだ。メアリーお母さんには男の子の成長は本当に早いって言って泣かれちゃったよ」

そう言い照れ臭そうに頭を掻くジミー、その決意の籠った瞳は旅立ちを前にした戦士のそれ。

俺はそんな弟の姿に大きなため息を吐いてから、兄として、家族として言葉を向ける。


「そうか、本気なんだな。まぁこの辺の魔物は行き成り強さが変わるから修行には向かないしな。魔の森の魔物じゃ弱過ぎるし、大森林の魔物はジミーたちは良くてもフィリーちゃんやディアさんにはまだ早い。

ジミーには丁度いい巣立ちの機会なのかもしれないな」

俺はジミーから視線を外すと、席の向かいに座る二人の戦士に声を掛ける。


「ゼノビアさん、メルルーシェさん、これは個人的なお二人に対するお願いとなりますが、どうか弟の事をお願い出来ないでしょうか?

対価はそうですね・・・」


そう言うや自身を強大な闇属性魔力で包み込むケビン。

室内に広がる緊張、アルバート子爵が顔を引き攣らせ、ゼノビアとメルルーシェ、そしてジミーが冷や汗を流す。


「そうだな~、僕が一度手を貸すってのはどうかな?

滅多にないんだよ?こんな事。

でも可愛い弟の為だもん、仕方ないよね?

ジミーも頑張ってるみたいだしね」

それはフードを深く被り足を組んで席に着くナニカ。

その隣にはいつの間にか漆黒のメイド服を着たメイドが立ち、お茶を新しいものへと入れ替えている。


影になり一切窺う事の出来ない表情、だがそれは絶対的上位者からの依頼。ゼノビアは自身の主である魔王とは異なる底の見えない深淵の様な存在に、歯の震えが止まらない。


「あっ、あぁ。その依頼、絶剣のゼノビアが引き受けよう。

我も其方の助けが得られるのは心強い」

必死に己を取り繕い何とか言葉を返すゼノビア。

そんな彼女の様子にナニカはテーブルのカップを手に取ると、「そう、じゃあ頼んだよ」と満足気に言葉を返すのでした。


――――――――――


それは衝撃的な出来事でした。

私達の任務は暗黒大陸と国境を接する国々の調査。かねてから仮想敵国と目されているバルカン帝国やヨークシャー森林国には多くの諜報員が潜り込み情報収集を行ってはいたものの、魔王軍の侵攻に先立ち直接現地の様子を探る様に命じられたゼノビア様は、私を伴ってヨークシャー森林国の先、オーランド王国の偵察に赴いたのでした。


「では確かにジミー殿はお預かりした。我も立場がある故それ程構う事は出来ないが、ジミー殿の様に強さを求めて魔国を訪れる者はそれなりにいる。

我が国は強者に寛容だ、実力さえ示せば悪い様にはならんだろう」


目的である情報収集は、思いもよらぬ形で思った以上の成果を上げる事が出来ました。それは同時に我々の脅威になりうる存在の確認でもありました。


「ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、我が儘を言ってごめん。来年の冬の授けの儀には無事に戻って来るから、許して欲しい。

ジェイク、エミリー、フィリー、ディア。暫く抜ける、次にみんなに会う時を楽しみにしてる」


魔国への帰り、新たに同行者が増える事はこれまでもありました。ゼノビア様の人材収集癖は魔王軍でも有名で、集められた者たちはそれぞれの分野で才能を発揮し、中には魔王軍の中枢にまで上り詰めた者もいます。魔都ではゼノビア孤児院などと揶揄されていますが、ゼノビア様の人を見る目の確かさは、魔王軍でも一目置かれる程のものです。

今回同行者として加わるジミー君もその剣の腕前は一流のもの、その実力を測ろうとした私が、向かい合った瞬間負けを悟ったほどのものでした。


「それとケビンお兄ちゃん、色々とありがとう。この腕輪、大事にするね」

そう言いジミー君が掲げた左手に嵌められた腕輪、それはジミー君の兄ケビン君が贈ったもの。


「本当はジミーが学園に入学する時の餞別に用意していたものなんだけどな。収納の腕輪、魔力を込めた分だけ収納量が増える逸品。シルビアさんに頼んで作って貰っていた品だ。

それとこれ、昨日メルルーシェさんに聞いたら暗黒大陸にはサキュバスとか言う魅了系のスキルを持つ種族がいるらしい。他にも幻惑の魔法を使うハーピー族とか、いくら剣術に優れていてもそう言ったものの対策は難しいだろう?

で、急遽用意させて頂きました。精神耐性、魅了耐性の腕輪。

大きさは使用者に合わせて変化する親切設計だから邪魔にはならないと思う、所謂ダンジョン産の品って奴だよ。

太郎、ジミーの事を頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ」


“ガウッ”

ケビン君の言葉に一鳴きしたのは体格のいいブラックウルフ。その醸し出す気配は、この個体が普通のブラックウルフではない事を物語っています。


「では我々は行かせてもらう。気が向いたらいつでも我が国に来て欲しい。魔王軍はケビン殿を快く歓迎しよう」

「いや、だから行かないから、四天王とやらにもならないから」


魔王様と同等、いや、それ以上の力を持つナニカを宿した青年、ケビン君。

彼と彼の住むここマルセル村を敵に回してはいけない。

今回の偵察の最大の収穫は、決して触れてはいけない存在を確認出来た事。


私達は多くの村人たちに見送られながら、大森林に向かい去って行く。そんな私達の後ろを気配を完全に消しついて来るジミー君とブラックウルフの太郎。


「あ、俺の事はお気になさらず、いつも通りの速度で移動して貰って構いませんので。森での移動は訓練してますから」

そう言い平然とした顔で移動するジミー君の様子に、マルセル村の底知れなさを感じ改めて戦慄を覚える私達なのでありました。

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