第321話 転生勇者、魔王軍四天王と出会う

今年も春祭りの季節がやって来た。今月は俺も誕生日を迎え十一歳になるし、来月にはエミリーの誕生日がやって来る。

春祭りを迎える度に少し大人になった気がして心がワクワクする。

ケビンお兄ちゃんは俺たちが領都の学園に行く事は確実って言ってたけど、十五歳になったら学園に在籍していても冒険者ギルドの本会員登録が出来るらしい。学園を卒業してからなら卒業生特典で銀級冒険者からのスタートとか言ってたけど、そんなの待ってられないよね?

ジミーやエミリーも気持ちは一緒、仮会員は授けの儀の後に出来るらしいけど、マルセル村には冒険者ギルドはないからな~。

後二年、本格的な冒険者活動は学園生になるまでお預けだね。


村のお祭りと言えば賢者様の訪問とケビンお兄ちゃん対ヘンリー師匠&ボビー師匠の戦い。

賢者様は去年の秋祭りでもお会いしたけど、実は大森林中層部にお住まいになってるんだよな~。って言うか故人なんだよな~。

ケビンお兄ちゃんが三百年前の稀代の大賢者シルビア・マリーゴールドとか言ってたから、その大賢者様にあやかってお名前を名乗られてるのかと思ったら、お亡くなりになった本人が幻影魔法で実体を再現してるって言うんだもん。

お弟子さんの賢者イザベルさんは魔法の勇者様の従者をしてたって言うし。

あそこって“ソードオブファンタジー”に出てきた大森林中層部の“秘密の花園”じゃん!エリクサーを作ってくれる大賢者の英霊が眠りし墓所じゃん!大賢者様、お酒をお供えしなくても自分から飲みに来てるじゃん!!

フィリーちゃんとディアさんの呪いが解除出来たのはいいけど、なんか乾いた笑いしか出ないし。


そんで恒例の戦いはケビンお兄ちゃんの勝利、でも今回のハンデは流石に鬼でしょう。

あんな超絶パワーアップした修羅二名に身体能力と技術だけで戦えって、竹槍持ってワイバーンの群れに突っ込めって言ってる様なもんよ?

後からケビンお兄ちゃんに聞いたけど流石に死ぬかと思ったらしいよ?勝てたのは奇跡だって言ってたくらいだし。

何でも自分の力量じゃ絶対に勝てないから全てをスキルに委ねたとか。スキルと対話しスキルと一つになれば可能とかなんとか。

・・・仙人かな?ある種の悟りの境地なのかな?


「ジミー、あれが遥かなる高みって奴なんだね。ケビンお兄ちゃんは俺たちとは全く違う方法であの領域に辿り着いた。

俺たちも負けられないね」

「そうだな。俺にはあの真似は無理だ。色々教わってはいるけど、あの方法はケビンお兄ちゃんだからこそのものだと思う。

前にボビー師匠が言ってたよ、“石は誰が思おうとしなくても石である”

これはボビー師匠に剣を教えてくれた人の言葉らしいんだけど、ケビンお兄ちゃんが正にこれなんだって。あるがまま、それが自然である事。

俺は剣術が好きだし剣術しかない。だからこの道を究めたい。

剣と語らい剣と一つになったとき、俺もあの領域に達する事が出来ると思うんだ」


そう言い拳をギュッと握るジミー、それでこそ俺の相棒。

俺は自身の拳を突き出し、ジミーの拳にコツンと当て、互いの友情を確かめ合うのでした。


「ケビン少年、是非我が魔王軍に来てくれないか!?我の魔王軍四天王の座を引き継げるのは君しかいない!!」


“ブフォ”

「はぁ?ジミー、今の聞いた?なんかゼノビアさんが魔王四天王とかなんとか言ってなかった?」

俺がジミーと将来の冒険の旅について語り合っていた時に飛び込んできたとんでもパワーワード。それは魔の森からの来訪者、全身甲冑に身を包んだホーンラビット族のゼノビアさんから発せられた物でした。

そう言えばさっき白さんがゼノビアさんたちを暗黒大陸から来たとか言ってたけど、それってマジだったの?

獣人族なんて夢の種族ってだけでも属性てんこ盛りなのに、魔王四天王?

俺は必死になって前世のゲーム知識を引っ張り出す。

てかほとんど忘れてるんだよな~。転生してからの濃密な時間とゲームばっかりしていた薄っぺらな時間、更に言えばそれ程ド嵌まりしてた訳じゃないゲームの知識なんて覚えてないっての。

確か剣将っていう全身鎧の剣士と魔将っていうローブを着た骸骨みたいな奴、魔導将っていうサキュバスと空将っていう羽の生えたでっかいドラゴニュートだったかな?

って事はゼノビアさんは剣将?でも剣将って男だったよね?副官も男だったような。まぁゲームとの違いは今更か。

でも一つ分かった事はこれで魔王軍襲来イベントの可能性がより濃厚になったって事、今以上に修行に取り組まないと、いざとなったとき泣きを見るのは自分だって事。


「あぁ、さっき白さんも暗黒大陸がどうのとか言ってたよな。と言う事はあの二人は暗黒大陸から来た魔王の国の軍人、オーランド王国には偵察に来た?

魔の森から来たって事は大森林経由で密入国したってところか?

いずれにしてもうかうかしてられないな」

ジミーも俺と同じように危機感を持ったのか、真剣な顔で言葉を返す。と言うかケビンお兄ちゃん、ゼノビアさんから魔王軍に誘われてない?ケビンお兄ちゃんが魔王軍の四天王になったら人類終わっちゃうよね!?

さっと顔色の悪くなる俺とジミー。

ケビンお兄ちゃんが口を開く。俺たちは耳をそばだたせ、その返事に集中するのでした。


結論から言えばケビンお兄ちゃんはケビンお兄ちゃんだったと言うだけの話、あの面倒くさがり屋でマルセル村第一主義のケビンお兄ちゃんが、わざわざ別の大陸の軍隊なんかに就職するはずもありませんでした。

相変わらずなんでそんなこと知ってるのと言わんばかりの謎理論をかまし、ゼノビアさんを翻弄してお断りを入れておられました。


「ねぇジミー、何度も聞いて悪いんだけど、ケビンお兄ちゃんって何者?絶対ただの辺境の村人じゃないよね?」

俺の問い掛けにどこか遠くの空を眺めるジミー。

あ、ビッグクロー。そうか~、もうビッグクローが飛び交う季節になったのか~。

移り行く季節、やって来る春の気配に、“今年こそ八つ首八尾の水大福を倒し、大福本体の八つ首八尾も倒してやる”と意気込みを新たにする俺たちなのでした。


――――――――――


“コトッ”

差し出されたティーカップ、香り立つ癒し草の若葉の匂い。

俺はカップを手に持ちそっと口を付ける。

口腔に広がる優しい味わい、この季節ならではのごちそう。

春を感じ春を知る、季節の食べ物とはそれだけで心を豊かにしてくれる。


「どうぞ、マルセル村の季節の香り、癒し草の新芽のお茶です。

春先のこの時期ならではの味わい、何故か他の季節ではこのやさしい風味は出ないんですよ。これも女神様からの春の贈り物と言ったところでしょうか」


俺に勧められるがままお茶を口にするゼノビアさんとメルルーシェさん。そしてそんな俺たちの様子を横目で眺めるアルバート子爵閣下。

ここはマルセル村の村役場にある応接室。未だ村の春祭りは続いていますが、俺たちはちょっと話があると言って席を抜けさせてもらいました。賢者師弟とアナさん、そしてなぜかエミリーちゃんをはじめとした若者軍団(ちびっこ軍団を改めました。だって全員俺より背が高いんだもん!!)も付いて来たがっていましたが、遠慮していただきました。

あとで教えろ?へいへい、分かりましたとも。


「えぇ、本当においしい。若葉の香りとさっぱりとした味わい、それに何か身体が暖かくなるような。優しい味わいと言う表現がぴったりのお茶ですね」

「うむ、我もこの様なお茶は初めてだ。癒し草はポーションの材料と言う目でしか見た事がなかったからな。

ケビン少年は本当に色々物事を知っているのだな。

先程の魔王様の考察と言い、本当に少年とは思えない」


そう言いお茶を飲む手を止め俺の事を見るゼノビアさん。


「えっと、お褒め頂いてありがとうございます。でも俺こう見えても十三歳ですし、今度の夏前には十四ですし?

言わば成人前ですから、それほどの事でもないかと。

因みに先程格闘舞台に上がった白も同じ年ですから、どう見ても俺より年上ですが」

俺の言葉に“えっ、うそ、少年じゃないの?”と言う顔をするお二方。

そこ、ドレイク・アルバート、肩を震わせて笑いを我慢するんじゃない!まったく失礼なご領主様だこと。


「ま、まぁその件は置いておきましょう。普人族の中にも背の低い者はいる、どうやら獣人族の方々は皆体格が良いようですが、そうでない方もいるんでしょう?そう言う事です。

オホンッ、それで場所を変えさせていただいたのは他でもありません。お二人はこの地に情報収集に来られたとか。でしたら互いに情報交換と行きませんかと言う話です。

私が知りたいのはただ一つ、暗黒大陸の王、魔王様の事です。

先程私は魔王と言う存在は大きく三種類に分類する事が出来ると言いましたが、これはあくまで歴史上魔王と呼ばれたモノを系統別に分けたと言うもの。暗黒大陸の魔王様を愚弄すると言ったものではありません。

ただこう言う見方もあると言っただけの話であり、私は魔王様の事を何も知らない。ですから色々と教えていただければと思った次第です。

その対価としてはそうですね、バルカン帝国、ヨークシャー森林国、オーランド王国の国際情勢でいかがでしょうか?


まぁその話の内容があまりに稚拙であり評価に値しないとなれば、魔王様のお話はなかったことにしていただいても構いません。

またこれらの情報を鵜吞みにせずそちらの情報網を使い調査されるのでしたら尚結構、上の人間とはそれくらいの慎重さが求められるものでしょうからね」


俺はそう言い昨年このオーランド王国北西部地域で起きた紛争とその背景、ヨークシャー森林国で起きた妖精姫呪殺未遂事件、これから起きるであろうオーランド王国南西部地域の紛争とそれを切っ掛けとしたバルカン帝国の軍事侵攻の可能性について語って聞かせるのだった。


「つまりバルカン帝国を味方に付けたダイソン侯爵家は、周辺寄り子衆と共に国家として独立するかもしれないという事なのかな?」

俺の話を聞き真顔になったアルバート子爵様、疑いではなくきちんとその危険性を感じ取る辺りは流石だと思います。


「はい、俺の得た情報と現在の状況からすると、いつその宣言をしてもおかしくはありません。ただこの独立を王家が許すでしょうか?

グロリア辺境伯領の自治領宣言、これは王家にも非がある為認めざるを得なかった、その後独立を宣言しても王家は止める事が出来なかったでしょう。ですが今回は違います、ダイソン侯爵家の独立、これは現在の王家にとっては許されざる裏切り。王家は徹底的にこれを阻止しようとするでしょう。

つまり内戦の勃発です。

これを好機と考える国がある、それはどこか?

調略によりヨークシャー森林国の戦力を削ぎ、その地下資源を虎視眈々と狙う国、オーランド王国北西部、南西部に火種を植え付ける事に成功した今、何の憂いもなく攻め込むことが出来ると言うもの。

戦端が開かれるのは夏過ぎ辺りか、オーランド王国国内がある程度荒れたくらいが頃合いでしょうか。


注目すべきはこのダイソン侯爵家とオーランド王国軍との戦いです。先程も言った通りこの戦はバルカン帝国との代理戦争とも言えます。当然バルカン帝国からは多くの物資及び兵器が投入されるでしょう。

先のグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との戦いでは高性能の遠隔起爆式爆薬が投入された。今回の戦ではどのような兵器が投入されるのか、それはその後行われるヨークシャー森林国との戦で主要兵器となりうるもの。

この戦はバルカン帝国にとってはいい実験場なんですよ」


“カチャッ”

俺はカップを手に取り癒し草のお茶を口にする。

アルバート子爵様はなんて話をしやがると言った恨めしそうなお顔で俺の事を見詰めておられます。


「そんな情報をどこから手に入れたのか?嫌だな~、言う訳ないじゃないですか~。ただお金ってこうやって有効に使うモノなんだなとだけ。

あ、ガーネットさん、上司の方に確認して貰ってもいいですよ?

おそらく見解は一緒でしょうから」


「ウグッ、だからケビン君はなんで毎回私の胃を苦しめる様な話ばかりするのかな?私が嫌いなのかな?

あ、リンダ、ちょっとお茶を入れてくれるかな?あと棚からクッキーを」

「あっ、それならこちらを」


俺はテーブルに聖茶の入ったポットとクッキーの盛られた小皿を取り出し、アルバート子爵様に差し出すのでした。


さて、魔王軍のお二人さん?あなた方はこの情報を基にどう動かれるのですかね。漁夫の利を得るもよし、静観するもよし。

俺は眉間に皺を寄せ真剣に考え込む二人に目をやり、クスリと微笑むのでした。


あっ、魔王様の情報は教えてくださいね?それはそれで凄い気になるんで。

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