第319話 異国の武人、修羅の里を知る

“ガウガウ”

宴もたけなわ、村人たちは大いに飲み騒ぎ、春の訪れを喜び今年の作付けに期待を込める。

農家の仕事、それは自然との語らい。

天候に左右されるこの仕事は、作物の成長を観察し必要な栄養と水を与え雑草を取り除きと、一度始まってしまえば秋の収穫を迎えるまで休む暇がない。

春の祭りとはそんな一年の始まりに対する決意表明なのだ。


「ん?あぁ、そろそろこっちに来そうだね。周りの皆にも警戒態勢に入って貰って。問題ないとは思うけど、良狼は太郎と一緒にアルバート子爵様ご家族の警護に当たってくれる?俺は出迎えに行って来るから」

そう言い席を立つケビンに訝しみの視線を送る賢者師弟。


「どうしたんですかケビン、良狼が何か報告していたみたいですが?」

「いや、何かお客様がいらしたみたいなんですよ。ただその向かって来た方向がね?

いくら春先とは言え大森林側から来るって、普通じゃないかなと。

まぁ問題ないとは思いますけど、世の中には実力を隠した強者なんてゴロゴロいますから、警戒するに越した事はないかなと」


ケビンはそう言うと視線を魔の森に向け、「なんだってこんな日に来るかね~」と呟きながら、魔の森の中へと歩いて行くのでした。


――――――――――――


“オ~~~~~、アッハッハッハッハッ”

聞こえて来る喧騒、楽し気な笑い声。

人の気配が集まる場所を目指し森を駆け抜けて来た者達は、一度足を止め、林の向こうの様子を窺い見る。


「ゼノビア様、どうやら何かのお祭りをしている様ですね。時期的に春祭りと言った所でしょうか?」

部下からの報告を受けたゼノビアは暫し考えてから口を開いた。


「まぁよい。この様な場所にある集落、へたに紛れ込もうとするは愚策。集落中が顔見知りと言った様な場所ではいかな変装も直ぐにバレるであろうしな。

人々が集まっているのならかえって好都合、堂々と姿を見せればいい。

その反応次第で以降の方針を決めるとしよう」

部下の者はゼノビアの言葉に頷きで返す。


「そうですよね、こんな辺境の村じゃお二人の姿は目立ち過ぎる。大体魔の森の中から甲冑姿の者が現れたら、普通に警戒しますからね?

何者?って思うのは良い方で、剣を向けられるのも通常の反応だと思いますよ?

それを以て敵対的行動とか言われてもね~、お二人のその格好自体既に敵対的行動の様なもんですし?

せめていかにも冒険者風の装備を付けるとか、もう少しどうにかなりませんでした?」

「「!?」」


その声は今まで自分たちが走って来ていた魔の森側から聞こえて来たものであった。咄嗟に振り返り剣を構える部下、声のする方向の警戒は部下に任せそれ以外の各方向に気を配るゼノビア。


「へぇ~、中々訓練されたいい動きですね。冒険者とも違う、正規の騎士か兵士と言った所でしょうか?

まぁいいです、ようこそアルバート子爵領マルセル村へ。こちらからは何もしませんので、その剣は仕舞ってくださいね?」

そう言い姿を現したのはいかにも村の子供と言った風体の少年。

彼は全くの無警戒と言った様子でゼノビアたちに近付くと、そのまま先導するかのように林を抜けて行く。


「何をしているんです?村に用があったんでしょう?

今日はマルセル村の春のお祭り、美味しい食べ物が沢山ありますよ?」

少年は一度振り返りそう告げると、一人すたすたと春祭りの会場へと歩いて行くのでした。


「ゼノビア様、いかがいたしますか?罠と言う可能性もありますが」

得体のしれない少年の登場に、警戒の度合いを数段引き上げた部下。

ゼノビアは一度瞑目するも、ニヤリと口角を上げてから口を開く。


「面白い、我々に全く悟らせる事なく背後を取った少年、既にあの少年と出会えた事が収穫だ。クックックッ、あ奴を鍛え上げたらどれ程の者になる?いい拾い物じゃないか。

敵情視察とは言え多少の威力偵察も許されているのだろう?

メルルーシェ、お前、あの少年の実力を測ってみてくれないか?」

そう言い楽し気に笑うゼノビアに、“またこの人の悪い病気が始まった”と額に手を当てるメルルーシェ。


「ゼノビア様、一体何人子供を拾えば気が済むんですか。魔都の御屋敷がなんて言われているのか知ってますか?“ゼノビア孤児院”ですよ?

ゼノビア様はもう少しご自身のお立場と言うものをですね」


「あぁ分かった分かった、話は後でゆっくり聞こう。ほら、少年が行ってしまったではないか。メルルーシェ、遅れるなよ?」

そう言い誤魔化すかの様に林を抜けるゼノビア。あとに残されたメルルーシェは大きなため息を吐いたのち、「罠かも知れないと言ったじゃないですか!」と言ってその背中を追い掛けるのでした。


「はい皆さん、注目~!

え~、先程森よりお客様がご到着いたしました。こちらの方々です!」

会場の村人たちに向け少年が大きな声で呼び掛けを行う。

それはゼノビアとメルルーシェの来訪を告げるもの。


「あっ、はい。只今ご紹介に預かりました。メルルーシェと申します。そしてこちらはゼノビア様です。

我々は何と申しましょうか、森の調査とその先の集落の視察と言った目的で訪れたとご理解いただければよろしいかと。

軽くお話などをお聞かせいただけましたら幸いです」

全身鎧に身を包んだいかにも騎士と言った格好の者から発せられた女性の声に、“おお~~”とどよめきが広がる会場。娯楽の少ない辺境での数少ない?ハプニングに、村人たちの気持ちは自然と高揚する。

そして彼らの視線は隣の人物、ゼノビアに注がれる。


「ふむ、皆の者、宴席を中断させすまなかった。我はゼノビア、故あって身分は明かせぬが、よろしく頼む」

そう言い脱がれる兜、パサッと音を立て広がる長い黒髪、キリリとした目付きが会場の村人を見据える。そして・・・。


「えっ?その兜から覗いていた角って飾りじゃなかったんですか?それにその垂れ下がった長い耳って・・・」

「ん?あぁ、この大陸には我々の仲間は少ないんだったな。昔はそこそこいたらしいんだが、迫害され居場所を失ったと聞く。

私は獣人族と呼ばれる種族でね、その中でも兎目と呼ばれる者になる」


そのパワーワードに、少年が動きを止める。


「も、もしかして、ホーンラビット族の方でしょうか?」

「あぁ、その様に呼ばれる事もあるな。兎目の中でも我の様に角のある者は先祖に血の近い高位の者とされている」


「「「お~~~、ホーンラビット族の方だ、ホーンラビット族の方は実在したんだ~~!!」」」

一気にテンションの上がる村人たち、どうぞどうぞと席を勧め、料理と酒を集める者も現れる。

そんなかつてない対応に、動揺を隠せないゼノビアとメルルーシェ。


「あの、お連れの御方もホーンラビット族の御方なんでしょうか?若干角の形が違う様ですが?」

「ん?いや、メルルーシェは羊目だな。羊目の獣人は得てして知恵が回る。我はいつも助けられているよ」


「へ~、凄いんですね。メルルーシェ様、これはうちの村で採れた野菜で作った煮込みです、どうぞ召し上がって下さい」

そう言い差し出される料理に「いや、私は・・・」と始めは抵抗していた彼女だが、ゼノビアの「お前も食え、これも調査の一環だ」との言葉に渋々兜を脱ぐメルルーシェ。


“カチャッ”

外された兜、ウエーブの掛かった髪がフワリと揺れる。やや垂れ目の瞳は、女性としての包容力の高さを表しているかの様であった。


「蒼雲さん、白雲君、こっちこっち。遂にホーンラビット族の方とお会いする事が出来たよ、明確な違いは耳だったんだよ。

お二人は鬼人族、それでこちらがホーンラビット族。凄いスッキリした」


そう言い二人の人物を呼ぶ村人、ゼノビアは一体何の事かと思い視線を向け、驚きに目を見開く。


「ホーンラビット族・・・ではないのか?」

「イヤイヤ違うから。って言うか本当にホーンラビット族っていたのかよ。親父、何か知ってるか?」

目の前にいる自分と同じように額から角を生やした女性に驚きつつ、隣の父親に話を振る白雲。


「う~ん、流石にホーンラビット族とやらは知らんが、翼人と呼ばれる者なら知っているぞ?扶桑国にはそれなりに翼人がいたからな。

有名な所だと鞍馬山の鴉天狗一族か、先祖に血が近いものは嘴を持って生まれて来ると聞いた事がある。そちらのゼノビアさんの角と耳もそうした物なのではないか?」

腕組みをしながら息子の問いに答える蒼雲。

世界は広い、自分の知らない事など山程ある。

蒼雲は改めて自身の見識の狭さを思い知るのであった。


「ところでこの国はお主らの様な所謂“亜人”と呼ばれる者は多いのか?我の知る限り大陸では亜人は迫害の対象であったと思うのだが?」

ゼノビアは自身の思っていた大陸での普人族と亜人との関係と、この村での彼らの扱いの違いに困惑しつつ、疑問をぶつける。


「ん?いや、ほとんどいないぞ?知ってる限りだと鬼人族はあと一人しかいないな。

それとこの国での多人種の扱いはゼノビアさんの思っている通りで間違いないと思うぞ。唯一社会に溶け込めているのはドワーフ族だが、それでもそれなりに大変らしいって兄弟子が言ってたからな。

エルフなんて見つかった日には、奴隷商人に攫われて売り飛ばされちゃうんじゃないのか?

そんな話も聞いた事があるし。

まぁ奴隷商人は他人種だけじゃなくて普人族の女子供も攫うけどな、そっちの方が多いって聞いてるぞ?」

そうあっけらかんと答える白雲の言葉に、眉間に皺を寄せるゼノビア。


「お主らはそれでよいのか?普人族の横暴を、他者を虐げる者どもを許しておけるとでも言うのか?」

先程までの様子をがらりと変え、重々しい言葉で問い掛けるゼノビア。

それに対し肩を竦め応える白雲。


「あぁ~、そう言う事ね。この大陸ではまず見る事の出来ない獣人族、その身形みなり、その言動。あんた暗黒大陸って所のどこかの国のお偉いさんだろう?

確かあそこは魔物がこの大陸よりも強力なんだっけか?あのバルカン帝国が攻めるんじゃなくて魔物の侵入を防ぐために防壁を張り巡らせているって話だもんな。その対策に軍隊も派遣してるってんだからよっぽどか。

で、そんな場所だから大陸に行き場を失った者達が集まって来る。エルフにドワーフ、普人族の中でも強くなり過ぎた者や政争に敗れた者、犯罪者や逃亡者、理由は様々。

そんな連中が集まる国があるって知り合いから聞いた事があるよ。


で、俺たちだけど、別にこの国の者をどうこうしようだなんて一切考えてねえぞ?居場所は既にあるしな。

このマルセル村はいいぞ?俺たちみたいな変わり者でも普通に受け入れてくれる。

聞けばこの村の住民のほとんどが様々な理由で様々な場所から逃げてきた所謂訳アリなんだと。要はアンタの国と変わらないって訳だ。

俺たちはこの村でのんびり暮らせればそれでいい、世間のゴタゴタはうんざりなんでな」

そう言い父親に目配せし、話は終わりとばかりに席に戻って行く白雲。蒼雲はそんな息子の態度にため息を吐いた後、「まぁ、俺たちも色々あったが漸く手に入れた安住の地だ。出て行くつもりはないさ」と言ってその場を後にするのであった。


「メルルーシェ、この大陸にもいたのだな。形は違えど閣下と同じ様な志を持つ者が」

「そうですね、まさかこの大陸で亜人からあのような言葉を聞かされるとは思いもしませんでした。

この村の者も彼らも亜人に対する迫害を知らないんじゃない。知った上で迫害のない社会を造ろうとしている。

規模は小さいのでしょうが、この場所は彼らにとって理想の地となっているのでしょう」

そう言い何か眩しいものを見る様な目で鬼人族の親子の後ろ姿を見詰める二人。


「だが我らの使命は変わらん。与えられた任務を熟すのみ、それにこの村の者であれば我らに引き入れてもいいやもしれん。今の少年も中々に強そうではあったしな」

「またですか!?そんな事だからゼノビア孤児院と呼ばれると先ほども言ったではないですか」

ゼノビアの言葉に呆れを感じるメルルーシェ。


「すまない、先程の少年、中々の腕と見た。少々手合わせを願いたいのだが誰か頼めないだろうか?」

ゼノビアは側にいた村人に話を振る。


「あぁ、白雲君か、どうだろう?おーい、ケビ~ン。こちらのゼノビアさんが白雲君と手合わせしたいって言ってるんだけどどうする?」

「はぁ!?ゼノビア様、何を勝手な事を。そうしたものは私の役目では?ご自身のお立場をお考え下さい!」


ゼノビアの発言に急ぎ訂正を入れるメルルーシェ。


「そうだな。そっちのメルルーシェさんだったら・・・、おーい、団子。悪いんだけど手合わせしてあげてくれる?」

“キュ?”

ケビン少年に団子と呼ばれ顔を上げた者は、格闘舞台の上でくてっとしていた一体のホーンラビット。


「はぁ?いやいや、ホーンラビットって、私そこそこ強いんですよ?さっきの少年に対してだって手加減も出来ますから」

「いや~、申し訳ない。白の奴は猪突猛進な所がありまして。メルルーシェさんの実力を見せていただければこちらとしても安心と言いますか。

なに、相手はホーンラビットですから、すぐに決着するかと。

審判は俺がしますんで」

そう言いにっこり笑うケビン少年に、“そう言えばこの少年の実力も測らないといけないんでした”とゼノビアに言われた言葉を思い出す。


「分かりました。その代わりケビン君も手合わせをお願い出来ませんか?

私の実力が分かれば安心でしょう?」

ニッコリと笑い交換条件を出すメルルーシェ、その言葉にケビンは暫し考えたものの、コクリと頷きで返事をする。


「双方位置について、始め!」

格闘舞台の上、互いに見詰め合う団子とメルルーシェ。

最初に動いたのは団子であった。

その普通のホーンラビットの二倍はあろうかと言う大きな身体をトテトテと動かし・・・。


“スタンッ”

振るわれたのは前足で器用に持っていた赤い指示棒。

変わる視界、目の前に広がる青い空。


“ドサッ”

「そこまで。勝者、団子」

格闘舞台の上、仰向けにひっくり返るメルルーシェ。その表情は何が起きたのか全く分からないと言ったもの。


「白、メルルーシェさんの大体の実力は把握出来たか」

「あぁ、多少上方修正は必要だったが、問題はない」

何か遠くからケビン少年と白雲少年の会話が聞こえるも、今のメルルーシェにはそれが何であるのかすら理解出来ない。


「メルルーシェさん、起きてください。

では準備はよろしいですか?

始め!」

互いに見詰め合い、間合いを取る白雲とメルルーシェ。

先程の様な無様な失態を見せる訳にはいかない。

油断なく白雲に迫ろうとした、その時。


「そこまで。勝者、白雲」

ケビンの言葉に抗議の声を上げようとして気が付く、白雲が握る木刀の先が自身の喉元に突き付けられている事に。

いつのまに!?自分は目を離す事なく白雲少年を見詰めていたと言うのに。


「えっと、それじゃ次は俺ですけど「ちょっと待った、その勝負、我が代わってもいいだろうか?」・・・ゼノビアさんですか。まぁ構いませんけど」


ゼノビアは未だ放心するメルルーシェに近付くと、その耳元みみもとで声を掛ける。


「しっかりしろ、メルルーシェ。あれは慢心でもなんでもない、相手が上手だった、ただそれだけの事だ。

クックックックッ、嬉しいではないか、我が配下の中でも一番の剣士と謳われるお前を歯牙にも掛けぬ少年とホーンラビット。

この様な者たちがいる村があるだなど誰が信じる!?

先程からのやり取りを見るに、あのケビンと言う少年は白雲少年の更に上の実力者。

これは楽しみで仕方がないではないか」


それは愉悦、国において最高の騎士と謳われた自身に届き得る者がいるのか?それは何と心踊る事であるのか。


「始め!」

開始の言葉とほぼ同時に飛び込んだゼノビア、打ち込まれた木剣はケビンの身体を袈裟切りに・・・する事はなかった。

暗転する視界、まるで世界がゆっくりと流れる様に自身の身体が宙を舞っているのが分かる。

何が起きたのか、そんな事はどうでもいい。状況に対応する為身を翻し、着地ざま身体を起こして「そこまでです」

首筋に添えられた木刀、それは圧倒的な実力差を如実に表す結果。


「ありがとうございました」

格闘舞台の上に残された二人は、そのあまりの結末に、唯々呆然とするしかないのでした。

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