第318話 村人転生者、春の祭りを楽しむ

季節は巡る。厳しい冬の終わりは、草花の若葉や木々の蕾の膨らみが教えてくれる。

村人は畑脇のビッグワームプールからビッグワーム肥料を取り出し、土起こしをした畑に撒いてから、本格的な畝作りを始める。

作付け前の準備作業は、新年度の始まりを告げる合図の様にも感じる。


「皆さん、今年も無事、元気に春を迎える事が出来ました。

私は嘗てこう言いました。このマルセル村の春の挨拶から“生き残れてよかった”と言う言葉を無くすと。そしてそれは実現された。

このマルセル村は豊かになった。冬の食糧不足にも、薪不足にも悩まなくて済む様になった。

そしてマルセル村は強くなった。村人一人一人が盗賊なんかには負けない知恵と逞しさを身に付けた。

大森林からの脅威も大福君や緑くん、黄色君が防いでくれる。

我々マルセル村の住民は日々迫り来る死の恐怖に怯えなくても済む様になった。

“生き残れてよかった”と言う挨拶は最早過去のものとなった。


さぁ皆さん、新しい季節の始まりです。私達が作るマルセル村の新鮮な野菜を多くの人々が求めています。今年も野菜作りに励んで行きましょう。

女衆の皆さん、マルセル村のビッグワーム干し肉並びにホーンラビット干し肉の売り上げは順調です。そろそろホーンラビットも冬眠から目覚めます、これから忙しくなりますが頑張ってください。

男衆の皆さん、ホーンラビットの角狩り、ご協力お願いします。それと冬眠から目覚めた魔の森のホーンラビットの間引きですが、一度調査を行ってからとはなりますが、その時はご協力を願いします。


今日は飲んで騒いで、十分に英気を養ってください。乾杯!」

「「「乾杯~!!」」」


打ち付けられるカップ、村人たちはエールの注がれたそれを口に運び、クイッと一気に飲み干した。

ここは村の外れの魔の森の隣、ボビー師匠の訓練場。魔の森側には祭壇が組まれ、今年一年の安寧を願い多くの野菜や干し肉が供物として捧げられている。

訓練場にはケビンが土属性魔力でテーブルを作り、そこに村の女衆が持ち込んだ料理が並べられる。今年からは健康広場の隣の食堂からも料理が運ばれる為、昨年よりも更に豪勢な装いを見せている。


「ケビン君、ワインの追加を宜しいでしょうか?そろそろこちらの樽が無くなりそうですので」

「分かりました、ここに出しておきます」

アルバート子爵家メイドのリンダから声を掛けられ、収納の腕輪からテーブル脇にワイン樽を出すケビン。


“でもこの村の男衆って本当にお酒が好きだよね。今日のエールだってマルセル村産だし、今年はもっと仕込むぞ~って言って麦畑を広げてるくらいだもんな~。

今年からは税の徴収もあるんだけど、徴収された麦を買い取って迄エール作製に注ぎ込みそうな勢いなんだよね。

女衆に怒られないといいんだけど”

冬場に覇気の訓練を行った村人たち。その成果もあり年を感じさせないパワフルさで土地の開墾を行う男衆の姿は、マルセル村の発展を思えば頼もしくさえある。

でも皆さん、気を付けて?何も覇気を身に付けたのは男衆だけじゃないのよ?

って言うか最も熱心だったのは女衆の方なのよ?

その目的が美容と健康、そして何より“若さ”であったとしても、高い戦闘力を手に入れたことには変わりはない。

つまり何が言いたいかと言えば・・・。


「ほら見ろ、このエールの美しい泡立ちを。ケビンに頼み込んで作って貰ったグラスに注がれた飴色の輝き、この素晴らしき天使の贈り物を作る為に今年も大量の麦を仕込みに回してだな」

そう言いエールの注がれたグラスを掲げるマルコ爺さん。

自称酒蔵隊長、エール作製チームを率いるリーダーである。


「馬鹿な事言ってんじゃないよ、折角モルガン商会のギースさんやバストール商会のドラゴさんが定期的に購入したいと言ってくださったのに馬鹿みたいに酒造りに注ぎ込んで。

幾らアルバート子爵様が村の産業発展の為と言って予算を組んでくださったからって、それを全部エールの仕込みに注ぎ込んでどうするんだい!

しかも余所に出荷するんじゃなくて全部村で消費するって、どんだけ呑み助なんだい。

少しは村に貢献しろ!!」


「あん?しっかり貢献してるじゃねえか。酒は活力の源、村人に元気な笑顔を提供する以上の貢献がどこにあるってんだ。

全く若作りに励む婆さんはこれだから」

「誰が若作りですって!?私は実際若いのよ!このお肌は天然物よ!」


「はん、何言ってやがる。嫌がるケビンに無理やり“覇気を教えろ”って迫った結果だろうが、若作り婆さん♪」

「キィー、言ったわね。今日こそその性根を叩き直してやる。ヨシ棒を取りな、飲兵衛ジジイ!!」


「んだと、若作り婆~!」


ここはボビー師匠の訓練場。当然訓練用の道具は用意されている訳で、酒宴会場の隣には予めこうなる事を予想したかの様に格闘舞台が用意されており、そこに向かった爺様と婆様は己の主張を通す為激しい言い争い(肉体言語)を始めるのでした。



「こんにちはケビン君。今年も無事春を迎えられた様でよかったわ。

って言うかマルセル村のお年寄りって年々元気と言うか過激になって行ってない?これって私の気のせいじゃないわよね?」


背後から声を掛けて来た者、それは白く大きなフェンリルを連れた二人の女性。


「これはこれは賢者様方、よくぞおいで下さいました。

賢者様の訪れはマルセル村にとっての喜び。ささ、どうぞこちらの席で酒宴を楽しんで行ってください」

そう言い頭を下げながら着座を勧めるドレイクアルバート子爵様。マルセル村のお祭りのゲスト、賢者様登場も、すっかり名物となった様です。


「これはこれはご丁寧に、こちらは勝手に来てしまっていると言うのにいつもありがとうございます。

これはお土産と言っては何ですが、キラービーの蜂蜜となります。どうぞお納めください」

そう言い森の大賢者シルビアさんが渡したモノ、それはキラービー蜂蜜がたっぷりと詰まった甕。

この量でも王都なら金貨数百枚は堅い品、そんな高級品を渡され顔を引き攣らせるアルバート子爵様。


「いや、こんな高価な品を頂く訳には。賢者様には気軽に遊びに来て頂けるだけで十分ですので・・・」

「あっ、気にしなくてもいいですよ?それ、ウチの庭先で採れたものだから。必要であればもっと持ってきましょうか?そこそこの量は有るので」


そう言いニッコリと微笑む大賢者シルビアに、「そっか~、庭先で採れるのか~」とどこか遠い目をするアルバート子爵様。

まぁ普通庭先にキラービーの巣があってそこで蜂蜜を取ってるって言われればそうなるわな。


でもこのキラービーの巣、昨年巣立ったはずの新女王様のものだったりします。

いや、なんか中々巣作りが上手くいかなかったみたいでして、業務連絡で“どこかいい場所ないですか?”と言うご相談がですね。

そこで花園の主シルビーさんに相談したところ“他の蜂たちを襲わないなら”って条件で許可が出まして、秘密の花園にキラービー用の巣箱を作ったんでございます。

御神木様の結界領域には誘わなかったのか?あそこは既にジャイアントフォレストビーの巣があるからな~。

御神木様が大森林側に広げた結界領域内に巣があったらしく、そのまま取り込まれてしまったんだとか。B子さんから連絡を受けて御神木様と一緒に確認したんで確かです。

で、ジャイアントフォレストビーたちは御神木様に許可を貰ってそのまま結界内で生活なさっておられます。他の魔獣から襲われる心配がなくなったって物凄く喜んでおられました。

その内巣分けして数を増やすとかなんとか、蜂蜜生産がますます捗りそうです。


「賢者様方、ようこそマルセル村へ。それと例の件、お世話になっております」

「あらケビン君、今年も無事に春を迎えられて何よりだわ。それと例の件はお気になさらず。

私ね、前々から肉食の筈のキラービーがどうやって蜂蜜を作ってるのかって気になってたのよ。

そうしたら彼らって蜜を集めるのに特化したハチがいるのね?で、その子たちが只管蜜を集めてるみたい。いつも花園を飛び回ってるわよ?

それで他の戦闘用の蜂は森に行って獲物を倒して肉玉を作って持ち帰って来るのよね。

たまに複数体の蜂で大きな荷物みたいに魔物を運んで来るけど、そうした事って割と少ないのよ。

観察してると楽しいわよ?」

そう言い笑顔を向けるシルビーさん。そんな俺たちの会話を小耳に挟んで顔を引き攣らせるアルバート子爵様。

「やっぱりケビン君がケビン君してたのか」ってブツブツ呟くの止めません?

お客様の前ですし、笑顔笑顔。


「ねぇケビン君、ちょっと聞きたいんだけど、何でマルセル村のお年寄りってあんなに元気なの?私の経験からでも一流の戦士と呼ばれる人たちと遜色ない動きの様に見えるんですけど」

シルビーさんの横で村のお年寄りの余興を眺めていたイザベルさんが、ふとそんな事を聞いて来ます。


「あぁ、あれですか?いや~、この辺境って寒いじゃないですか。それに田舎だから何かと不便なんですよ。ですんで村人全員に<魔力纏い>、一般的に<魔纏い>って呼ばれるものなんですが、それを使えるように指導を。

それと<覇気>ですか?よく高位冒険者と呼ばれる人なんかが使う奥義なんですが、これって女性にとっては若さを維持する夢の技術らしくてですね、教えてくれって女衆から頼まれまして。

まぁ女性陣だけに教えるのもあれなんで、村人全員に教えてみました。

皆さん熱心でしてね、今じゃあの通り」


そう言いケビンが目を向けた先には、奥さんに吹き飛ばされるマルコお爺さんの姿が。そこに透かさず近付く一体のホーンラビット。


“キュキュッ、キュイッ!”

そのホーンラビットが手に持つ赤い棒をお婆さんに向けると会場から大きな拍手が贈られる。どうやらこの勝負、お婆さんの勝利で決着した様であった。


「「・・・ケビン、アンタやり過ぎ」」


次は私の番とばかりに嬉々として格闘舞台に向かう村のお年寄りたち、そして繰り広げられる武の祭典。賢者二名が頭を抱える中、辺境マルセル村の春祭りは益々の盛り上がりを見せて行くのでした。


―――――――――――


「ゼノビア様、この先に人の気配があります。おそらくは村か何かがあるものかと」

深い森の中を疾走する人影。


「ほう、漸く次の国に着いたと言った所か。だがここは大森林だぞ?いくら何でもその様な場所の側に人の集落などあるのか?」

部下からの言葉に訝しむも先を急ぐ上官。


「そうですね、感じからするとそろそろ大森林から魔の森へと変わるかと。おそらくは大森林周辺の魔の森に沿った形で集落を造っているのではないでしょうか?

何か理由があるのか、隠れ里的な場所か。

少なくともそこの住民との接触から行き成り我々の情報が中央に知られる事はないかと」

部下の者は冷静に状況を分析し、上官に意見を上げる。


「まぁよい。我々の存在が知られたところでだからどうしたと言った話。この大陸の者が我らに対し備えるもよし、放置するもよし。

我らは主の命に従うのみ。

何も無いであろうが、警戒だけは怠るなよ?」


「ハッ、ゼノビア様の仰せのままに」

影は走る、危険地帯である大森林を何事もないかの様に。

彼らは向かう、大森林を抜けた先にある、とある辺境の集落へと。

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