第316話 村人転生者、ロマン装備を作る (6)

畑脇に立つ小屋の一室、青年は木製の棚の上に置かれた木桶に手を伸ばし、その中身を見詰め口角を引き上げる。


「クックックックッ、アッハッハッハッ、やったぞ、遂にやったぞ!

やはりそうだ、注目すべきはあの生き物の性質。攻撃魔法であろうとも光属性系統のモノであれば寧ろ大歓迎と言ったその態度、あれは光属性魔力による体内の活性化が原因だったんだ!

どの様な魔法であろうとも物ともしない強靭な肉体が喜びを感じるその刺激、それが体内の滞りを解し、血行を促していたのだとすれば説明が付く。

すなわちあの最強生物にとって光属性魔力は細胞を活性化させ強張った体を弛める効果があると言うこと、それは例え脱け殻となった細胞であろうとも変わらない。

魔力の濃さでも煮出しの時間でもなかった、その属性が問題だったのか。

クックックッ、こんな簡単な事に気が付かなかったとはな、アッハッハッハッ」


狂気とも驚喜とも付かないその笑い、青年は木桶を抱え水面に沈む半透明な物体に目を向ける。


「最強生物、ドラゴンの膠、これで必要な材料は全て揃った。この膠と御神木様の樹脂から作った煤を練り合わせてインクを作製、大福のスライム液、闇属性魔力マシマシマシマシウォーターを混ぜ合わせれば最強生物の抜け殻にも対応可能の魔法インクの出来上がり。

既に出来上がっている最強生物の抜け殻製のリュックをそのインクで染め上げれば夢の最強装備、“ドラゴンが踏んでも壊れない目立たないリュック”の完成だ!!

さぁもう一息だ、頑張るぞ~!!」


青年は、マルセル村の勇者病仮性重症患者ケビンは、自らの妄想の果てに辿り着いた夢の最強装備完成に向け雄叫びを上げる。

ケビンはそのまま小屋の外に出ると木桶の水を別の桶に移し、収納の腕輪から取り出した魔剣黒鴉に頼み桶の水から魔力を抜く。

やたらに魔力濃度の高い液体をその辺にばら撒くことで、どんな弊害が生じるのかが分からないからだ。

その辺の分別を弁えているところが、ケビンが周りから疎まれずに存分に勇者病仮性活動に邁進できる要因の一つなのであろう。


“キャウキャウクワ?”

「ん?何を楽しそうにしてるのか?いや~、聞いてくださいよ黄色先生。

漸くですよ、漸くあの最強生物の抜け殻から膠成分を取り出す事に成功したんですよ。

いや~、ここまでたどり着くのが大変だった。

まだまだ量は足りないんですけどね、これを何度か繰り返せば必要十分量の膠が手に入ると思うんですよね。これでまた夢の実現に近付いた、いや、夢が手に入ったと言っても過言じゃないでしょうな、アッハッハッハッハッハッ」


胸を逸らし大威張りで笑い声を上げるケビン、そんな彼の言葉に木桶の中を覗き込んだ黄色は。

“ベロンッ、キュワ~!?”


「旨いぞ~~~~!!ってこの馬鹿何やってくれちゃってんのよ!!

やめて、マジやめて、せっかく作ったドラゴンの膠が~~~!!」

“キュワキュワキュワ~♪” 

旨い旨いと言って木桶に顔を突っ込む黄色。

膠とはすなわちゼラチン質、要はゼリー、味付けは光属性マシマシマシマシウォーター。癒し草が大好きな黄色にとって、それは最高に美味しいデザートだったに違いない。


“クワッ、キュキュクワッ?”

そこに現れたもう一匹の魔物。畑の守護者緑は、夢中になって木桶に顔を突っ込む黄色とそれを必死になって引き剥がそうとするケビンに首を傾げる。


「緑、コイツどうにかして!!折角のドラゴンの膠が~!!」

“キュイ?クワックワックワッ”

緑の登場に漸く木桶から顔を上げた黄色、だが次の瞬間黄色は口先に木桶を引っ掛け、“これ美味しいよ~♪”とばかりに緑に向かいそれを放り飛ばす。


“キュイ?ベロンッ・・・クワックワ~!!”

“何これ、最高~~!!”と歓喜の雄叫びを上げ夢中になって顔を突っ込む緑。

そしてその場にへたり込み、手を突き項垂れるケビン。

憐れ辺境の勇者病仮性重症患者の野望は、二匹の地這い龍の食欲を前に、無残に打ち砕かれてしまったのでした。



““クワックワックワ~~~~””

“すみませんでした~、あまりの美味しさに我を忘れてしまいました~”と言って地面に頭を擦り付ける二匹の地這い龍。

その前では体育座りをして空の雲を眺めながら黄昏ている雇用主。


「フフッ、いいよいいよ、どうせ俺なんて無力な小虫なんだよ。

世の理には逆らえない(魔物の食欲)、そんな吹けば飛ぶ様なちんけな存在、それが俺なのさ。

それにその膠、光属性魔力がたっぷりと残ってたみたいだしね、闇属性魔力と反発を起こしちゃったら折角の隠蔽効果が発揮出来ないかもしれないし?

世の中上手く行かない事だらけだよね、それもまた人生なのさ」

拗ねる、と言うか黄昏るケビン。

その瞳はただ虚空を見詰め続ける。

互いに顔を見合わせ物凄く気まずそうにする緑と黄色。


“!?クワッ、キュキュックワッ”

何かを思い付いたのか声を上げ、“最上生物の抜け殻を頂けないでしょうか!?”とお願いする黄色。

この期に及んでそんな事を言い出す黄色に、“こいつの心臓はアダマンタイトよりも丈夫なのか?”と呆れながらも要求に応じるケビン。


“ドサドサドサッ”

収納の腕輪から出されたそれは、いつか最強生物の垢すり場から回収して来た廃棄物。

“これも大分減って来たよな~。なんやかんや言ってこいつらよく食べるから”

量の少なくなって来た貴重な素材に、それも仕方がないかと力なく口元を緩めるケビン。

黄色はその小山に顔を突っ込むと、性懲りもなくムシャムシャと食べ始めるのでした。


待つこと暫し、ある程度の“食事”を済ませた黄色は、先程ケビンが持っていた膠が入っていた木桶を口先で銜え、ケビンの前に差し出しました。そしておもむろに木桶に顔を近付けると。

“バシャッ”


「・・・・」

そこには半透明な見た事のある物体。


「はぁ~~~~!?えっ、はぁ~~~~!?何で、えっ、何で膠が作れるの?

ポーションを作ったのと同じ?

マジかよ、こんな事も出来たのかよ、凄いなビッグワーム。流石ポーションビッグワームの親玉、想像の斜め上だわ。

しかもこれ、光属性魔力が抜けてない?逆に込める方が難しいの?その辺はポーションとは違うと、なんか色々あるのね。

これって幾らでも作れちゃうって感じ?材料さえあれば?その辺はポーション作製と同じなんだ、なるほどね。

取り敢えず今はこれだけあれば大丈夫かな、残りの抜け殻は二人で食べちゃって、俺はちょっとインクを作りに行くから」


そう言い木桶の中の膠を見詰めながらフラフラと小屋へと帰って行くケビン。

そんな彼を見送った二匹の地這い龍は、“あぶね~~~、何とか誤魔化せた~~~!!”とかなり強引ではあったものの事態を収拾出来た事にほっと胸を撫で下ろしつつ、地面に残された抜け殻の小山に“ラッキ~♪おやつだ~”と気持ちを切り替えるのでした。


――――――――――


“パチンッ、パチンッ”

暖炉にくべられた薪の爆ぜる音が室内に響く。

テーブルの上には幾つかの品が並べられ、家の主である老婆がその内の一つを手に取り、じっくりと観察する。


「ふむ、それでこれが完成した例のリュックだと」

それは黒いリュックであった。パッと見どこにでもある様な、然して人目を引く事の無い革製のモノ。手触りは大変良く、自分で背負ってみても全く動きを阻害しない造りに、自らの工夫が上手く活かされたと口元を緩める。


「はい。作り出した魔道具作成用インクの入った甕に確り漬け込んだ後、<着定>を掛ける事でこの存在感の薄いリュックに仕上げる事が出来ました。

こちらのコートとズボン、ブーツと仮面も同様の処理を施してあります。

そしてこれは出来上がってから分かった事なんですが、これ等の品は共通と言うか揃い効果と言うか、ちょっと面白い特徴があるんですよ。

今装備してみますね?」


そう言うとこれらの品を持ち込んだ青年は着替えをはじめ、黒い革製のズボンにブーツ、黒い皮のコートと言った姿に変わる。

一揃えの服装は確かに似合うのだろう、おかしな点も無く逆に言えば特にこれと言った感想も浮かばない。


「まずこの時点でおかしいんですよ、こんな黒ずくめの奴がいれば普通はおかしいと思うか少なくない違和感が生じる。

でもそれが全く無いんです、凄く自然に周りに溶け込む。

ここに来る前に試しにこの格好で村の中を一通り歩いてみたんですが、誰もこの格好について言及しなかったんです。呆れた顔もまたいつもの勇者病かと言った反応も全くなかったんです。

で、次にこれです」

青年はテーブルの上のリュックをおもむろに掴むと、それをコートの上から背負い込んだ。

ただそれだけ、それだけなのだが、気を抜くと青年の事を忘れてしまいそうになる。

別に意識を向けていればそうでもないのだが、ふとした瞬間に気にならなくなってしまいその事にすら違和感を感じない。


「ね、おかしいでしょう?夕食時にこの装備でテーブルに向かったらおかずを並べて貰えなくって、メアリーお母さんにそのことを指摘したら驚く事もなく普通によそってくれたんです。

それとヘンリーお父さんやジミーもその件については一切触れずに普通に会話をするんですよ。

こっちの方が怖くなっちゃいましたから。

で、最後にこの仮面なんですけど、これを付けるとそこにいるのが当たり前でそこにいないのが当たり前って言うよく分からない状態になっちゃうんです。

なんかノリと勢いで作っちゃった揃いの装備なんですけど、これってヤバすぎですよね?」

そう言いながら背負ったリュックを降ろしコートを脱ぐ村の青年ケビン。

そんな彼に呆れた顔を向ける村の縫製師ベネット。


「ケビン、目立ちたくないのは分かるけど、これはやり過ぎだから。おそらくだけどダンジョン産の装備に偶に見られるセット効果と言った奴なんじゃないのかね?

私はそうした事に詳しくないからあれだが、それこそケビンの親父さんのヘンリー辺りなら知ってるんじゃないのかい?

同系統の防具と武器を揃える事でより強い効果を発揮する、これは鎧と兜と剣であったりローブと杖と小物だったり。ダンジョンではたまにそうした物が見つかるって話さ。

ケビンのそれは魔道具としては原始的な造りなんだろうが、その分素材がおかしいレベルのものばかりだ。だったらそうした思わぬ効果を生んでも何ら不思議じゃない。

逆に言えば装備の数を減らせばその効果は限定される。

そのコートだって認識阻害効果は相当なものなんだろう?

後は用途に合わせて変えて行くしかないんじゃないのかね?」


ベネットお婆さんの言葉に「なるほど、流石は経験豊富な先達は違う。凄い参考になりました」と頭を下げるケビン。


“キャウ、キュキュッ”

そんな彼らの会話に顔を出したのは、ベネットの元で縫製の修行を行っている紬(人型)。ベネット曰く、物覚えも良く手先も器用で教え甲斐のある弟子との事であった。


「どうした紬?あぁ、このリュックをマジックバッグにしないのか?

それも考えたんだけど、まずは染め上げられるかどうかだったからね。

そうした物が必要なら別でマジックバッグ機能の付いた革袋を作ってもいいし、それをこのリュックの内側に縫い付ければ結果的にマジックバッグ機能付きのリュックになるんじゃないかなって思ってるんだよ。

何もリュックそのものをマジックバッグにしなくても、方法は幾らでもあるしね」

“・・・キュキュキュキュイ~!”


ケビンの答えに暫しリュックを弄っていた紬は“任せて~”とばかりに声を上げると、リュックの中に右手を突っ込み“キュイキュイッ!”と何やら唱えるのでした。


“パーーーッ”

溢れる光、リュックの中から漏れ出た閃光に咄嗟に目を庇うケビンとベネットお婆さん。


“キュイ~~♪”

「出来た~♪じゃないから、めっちゃ眩しいから、目が潰れちゃうから。

ベネットお婆さん大丈夫ですか?これ念の為に飲んでおいてください」

ケビンはそう言い収納の腕輪からポーション瓶を取り出すと、ベネットに手渡すのでした。


「で、一体何が出来たってのさ。“キュキュキュ~”お家~っては?

ごめん、意味が分からない。

中に入ってみれば分かる?中に入るって、このリュックの中って事?

手を突っ込んで<ホーム>って・・・はぁ~~~~!?

ここってどこ!?えっ、何?はぁ?何が起きてるの?」


目の前に広がる広大な草原。青い空、流れる雲、小さな池とその隣に建つブー太郎のログハウス。その隣には確り蜂蜜保管用の小屋も完備。


“キュイキュイ♪”

「“精霊の庭を造ってみた~♪”ってこんなん使えるか~!!」

後からリュックに入って来た紬から自慢げに語られた衝撃の言葉。

思わずケビンの口を衝いた魂の叫びは、広い草原にどこまでも響き渡って行くのでした。

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