第四章 転生勇者、考える (オーランド王国動乱編)

第315話 村人転生者、蠢く思惑を知る

多くの人々が行きかう領都グルセリアの大通り、その通りを一本入った所謂裏通りと呼ばれる場所の一角。

人の流れのない行き詰まりと言ったそこには、古びた感じの酒場が一軒。

店の扉を開くと常連らしきものが数名、昼間から酒を嗜み何やら言葉を交わしている。

店の奥にはカウンター席があり、そこではマスターらしき人物がグラスを磨きながら客の話に耳を傾けている。


「やぁマスター久し振り。元気な様で何よりだよ」

その声は突然齎された。いつの間にかカウンターテーブルの席に着き、自身で用意したであろうお茶を飲む者、その漂う香は偽癒し草のものか?


「いや~、もうすぐ春とは言えまだまだ寒いからね、この時期はやっぱり偽癒し草の煮出し茶に限るよ。

癒し草の煮出し茶もいいんだけど、この渋い風味がなんとも癖になる。やっぱり薬草茶って奥が深いよね」

そう言い傾けるカップからは暖かそうな湯気が立ち上る。

マスターは闖入者の不意の出現に動き出そうとする配下の者を手で制すると、この場から下がる様に目配せをする。


「あれ、いいの?手下の皆さんを下がらせちゃって?僕って完全な不審者だよ?」

「フン、どうせアイツラじゃアンタに指一本触れることは出来ん。だったら余計な消耗は避けるべきだ。

それに姿は見えないがいつものおっかないメイドもいるんだろ?

アンタと違ってあのメイドは容赦がないからな、何が切っ掛けでここが潰されるかなんて分かったもんじゃない」

そう言い肩を竦めるマスターに、「あぁ、確かにシャドームーンってそんなところがあるよね~」と他人事のような返事をするナニカ。


「で、何の用だ。アンタの事だ、ただ酒を飲みに来たって訳じゃないんだろう?」

そう言い磨き終わったグラスを後ろの棚に戻すマスター。


「まぁちょっとした世間話?グロリア辺境伯様のところの次期ご当主様、タスマニア様って言ったかな?

去年ここグロリア辺境伯領が自治領になった事を受けて、王都よりお戻りになられているとかなんとか。

領内の改革が進む中、様々な政策を打ち出しているみたいじゃない?

マスターなら色々と面白い話を知ってるんじゃないかなって思って」


ナニカはそう言いながらどこからともなく取り出した緑色のクッキーの盛られた皿から一つ摘まみ、それを口に運ぶと、「良かったらお一つどうぞ?」と言ってマスターに勧める。

マスターは言われるがままそれを口に運ぶ。

ほんのりとした甘みと爽やかな渋み、お貴族様の間で食されている様なただ甘いだけのお菓子ではない、飲み物がなくとも十分に楽しめる、そんなお菓子。


「このサクサクっとした食感がいいよね。この辺は職人の技と言うか、調理してくれた人を褒めてあげないと。

無論僕の手作りなんかじゃないよ?ちゃんとした人が作ってるからね?

この辺は中々甘味が手に入らないからね、お店を出せば繁盛すると思うんだけど、お貴族様方がうるさいじゃない?

本当人間の社会は面倒で面白いよね、興味が尽きないよ」

そう言い楽しそうに笑うナニカ。その薄暗い影になったフードの向こうから自身を値踏みするような視線を感じ、ブルッと身を震わせるマスター。


「旨かったよ、ありがとう。それでタスマニア様関連の話だったな。

基本的にはグロリア辺境伯領内の食糧問題の解決を最優先にされている。アルバート子爵領から伝わったビッグワーム干し肉とビッグワーム農法、これを領内全ての村落で推し進める方針のようだ。

この農法の最大の利点は掛かる経費が非常に少ないと言うものだ。基本的には初めに作るビッグワームプール、この施工料程度。

これも村人だけでも行える様に魔法レンガの作り方から制作時の注意点までが挿絵付きで書かれた指南書が作られ、各村々に配られることになっている。

既に領都周辺の村々では実験的にビッグワームプールが作られ、この春からの作付けに向けビッグワーム肥料の準備が進んでいるって話だ。

少なくとも二年以内には完全に普及するだろうな。

それに伴いビッグワーム干し肉の生産も本格化する。これはまさに冬場の食糧問題の救世主的方策だ。

領都周辺の様に物流網が確立している地域ならまだしも、俗に辺境と呼ばれる様な地域では、冬季の食糧確保が絶望的だったからな。

まあこうした地域であぶれ物にされた子供なんかが、俺たちのような組織の下支えになっていたって事は否定しないさ。生き残りたいと願う者、それを必要とする者、良し悪しではなくこれは互いの利害の一致って奴だからな。

そうした意味ではこれからの組織運営に多少の見直しが必要とはなるが、それでも無くならないのがこの世界だからな」


そう言いまた一つクッキーを摘まむマスター。どうも抹茶風味がお気に召したご様子、どうぞ心行くまでご堪能ください。


「それとホーンラビット牧場か、こっちは当代様が時期尚早として押し止めているらしい。

これは単純に管理しきれる人間がいないと言ったことが理由だとか。まずは辺境の地、新たに農業重要地区入りを果たした四箇村で実験飼育を行い、問題点の洗い出しと管理者教育の確立を行うって事だ。

何と言ってもホーンラビットだからな、下手をすれば周辺地域が滅びかねないってのが当代様の主張だ。

一応その為の対策も用意されてはいるらしいんだが、この件に関しては誰も口を開こうとしないどころかものすごく嫌そうな顔をするらしい。


それとタスマニア様主導で行われているのが人工ダンジョン計画だな、これはどうも以前から計画自体はあったようだ。

既に幾つかの人工ダンジョン用地下施設は作られていたらしい。

必要とされるダンジョンの核となるダンジョンコアだが、最近ダンジョン変動が起きたばかりのゴブリンダンジョンの物が使われた様だ。これによってせっかくの稼ぎ口が無くなったってんで随分と冒険者ギルドともめたらしいんだが、最終的に新しく造る人工ダンジョンの一つを冒険者ギルド専用として貸し出す事で話が収まったらしい。

タスマニア様はこの人工ダンジョンから取れるダンジョン資源をグロリア辺境伯領の新たな産業の中核に添えたいらしいんだが、こればかりはな。

ダンジョンの育成には時間が掛かるってのが定説だし、それなりの資源が取れるって言う王都中央学園の人工ダンジョンは、元々あったダンジョンに手を加えたものって聞いている。そうそう上手く行くとは思えないんだが、どうなるんだかな」


“コトッ”

話が切れたタイミングを見計らったように差し出されたお茶のカップ。そしていつの間にかそこに立つメイドに、“やっぱりいやがったか”と眉間に皺を寄せるマスター。

出されたカップを口へと運ぶ。爽やかな若葉の香りが口腔へ広がり、すっきりとした味わいが心の苛立ちを収めてくれる。


「旨い、普通に旨いなこのお茶、なんか凄くスッキリする。

これなんてお茶なんだ?」

「ん?それは蒸し茶って飲み物だよ?大陸の東方、扶桑国ってところで飲まれているお茶だね。最近の僕のお気に入り。

中でもこの茶葉はね聖茶って呼ばれる貴重な奴。

マスターは色々楽しい話を聞かせてくれるからね、特別だよ?

気に入ってくれたみたいだし少し茶葉を分けてあげるね、熱いお湯を掛けて暫く待てばおいしく頂けるから。お貴族様が飲まれるお茶と同じ飲み方だね。

それとさっきからマスターが食べてたクッキー、あれもこの聖茶を粉にしたものが練り込んであるんだよ。

ただ甘味付けの選定がね、キラービーの蜂蜜だと味が主張し過ぎて折角の聖茶が活きないんだよ。かと言ってジャイアントフォレストビーは変に上品過ぎる。結局普通のフォレストビー蜂蜜に落ち着いたって言うね。

何でも高級品だからと言っておいしくなるとは限らないって事を勉強させてもらったよ」


そう言い皿のクッキーに手を伸ばすナニカ。その存在の在り方に酷く混乱するも、これはこう言うモノと割り切りを付けるマスター。


「そうそう、ところで帝国の連中はどうしてるの?領都で流行りのユニック商会だっけ?帝国から既製服ってのを持ち込んで大いに賑わってるお店。あそこって帝国の情報組織なんでしょ?

オーランド王国の西側の主要都市には既に進出済みって話じゃない。って事はそろそろ何か動きがあるんじゃないの?」

不意に向けられた言葉に戦慄するマスター。その情報は暗殺者ギルドでも上層部のごく一部しか掴んでいない物、やはりこのナニカは侮っていい存在ではないと改めて気を引き締める。


「連中は狡猾だ、全く尻尾を掴ませない。ただ全体の動きを俯瞰で見ると多少状況が分かって来る。

近々オーランド王国南西部地域で大きな動きがある。うちの組織はそれを警戒している」

マスターの言葉に「へ~」と興味深げな声を上げるナニカ。


「それで、大体の目算は立ってるんでしょう?」

ナニカはそう言うとテーブルにドサッと革袋を置く。

それは情報料。マスターは思う、“このナニカはこう言った点は信用出来る顧客でもある”と。


「あぁ。オーランド王国南西部、バルカン帝国、スロバニア王国との国境の領地ダイソン侯爵家。オーランド王国をバルカン帝国の脅威から守り続けた名門にして屈強な兵士を抱える大貴族家だ。

ただ今の王家は長年の平和からバルカン帝国の脅威を甘く見ているきらいがあるからな。アンタの話じゃないが帝国商人がこれだけ深く国内に入り込んでいるのがその証拠とも言える。

それもあって地方貴族家であるダイソン侯爵家は王家から軽んじられていると感じていたのではないか?

それでも前当主は温厚で凡庸を自覚した者だったからよいが、現在の当主デギン・ダイソン侯爵はかなりの野心家だ。実の兄から当主の座を奪っただけでは飽き足らないと言った様で、裏ではかなり活発に動いているらしい」


「ふ~ん、それは絶対にやるね。って言うか長年オーランド王国を守り続けた一族をないがしろにしちゃ駄目だろうに。相変わらずこの国の王家は笑わせてくれるよね。

本当に楽しい話をありがとう。またその内にね。

そうだ、これさっき言ってた聖茶の茶葉、面白い話を聞かせてくれたお礼」

そう言いテーブルに置かれた物、それは筒状の形の蓋の付いた木箱。


「あぁ、ありがとうよ。大事に飲ませてもら・・・」

マスターの視線が一瞬その木箱に向き、直ぐに視線を戻したとき、そこには初めから誰もいなかったかの様に静寂に包まれた店内が広がっているだけなのであった。



「いや~、やっぱりオーランド王国の隅々にまで蔓延る裏組織、その情報網は侮れないね~。

オーランド王国国内で騒ぎを起こすって事はヨークシャー森林国侵攻は時間の問題かな?これってどうしよう、関係ないっちゃ関係ないんだけど、グロリア辺境伯家としては自治領化した手前隣国ヨークシャー森林国との関係は維持し続けたいってのが本音なんだろうし、どちらかと言えば中央の貴族よりもお得意様でもあるヨークシャー森林国に肩入れすると思うんだよね。

どうせ王家は騒ぎが起きても静観の構えだろうし。

去年のランドール侯爵家との戦争の件を見ても、動きが鈍いんだよね、実際。

王家の諜報機関“影”は当然この動きは掴んでいるんだろうけど、その情報を活かせるかどうかは上の者次第。アルバート子爵領視察にエラブリタイン伯爵なんて人材を送り込む所を見ると、その辺は期待薄かな~。

そう言えばパトリシアお嬢様が癒し隊の二期生を見に来るって言ってたし、その時にでもカミラメイド長に伝えればいいでしょう。

よし、方針決定!って言う訳で帰ります。月影は領都に何か用がある?ある様だったら付き合うけど?」


音も無く裏通りに現れた者、深くフードを被り一切顔の見えぬソレは、自身の背後に向かい声を掛ける。


「そうですね、それでしたら以前“顔無し”が集めていた呪い関連の品々が仕舞われている建物に行って貰ってもよろしいでしょうか?

私としては然して興味はないのですが、ご主人様はそうした物が「行こう、今すぐ行こう。いや~、流石月影君、いい仕事をする。さぁ、案内してくれたまえ」・・・はい、畏まりました」


フードの影に隠れて顔の見えない筈のナニカは、その全身から子供の様にワクワクとした気持ちを溢れさせ、スキップをしながら進んでいく。

メイドはそんな主人の姿にクスリと笑みを漏らし、慈愛の籠った瞳で見詰めながらその後を付いて行くのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る