第314話 領都よ、私たちは帰って来た

“カタコトカタコト”

多くの人々が行き交う街道、荷物を積んだ荷馬車や背負い籠姿の村人、。

街門前に並ぶ検問待ちの人々は冬の寒さに身を震わせ、早く春にならないかと文句を言いながら自分たちの順番を待つ。


「ケイト、“草原の風”のソルトさんとベティーさんを起こしてくれる?そろそろ街門の検問だから。

他の皆はいいかな?この時期学園生徒の移動も多いだろうし、朝が早かったって言えばうるさく言わないだろうから。学生証は預かってるんだろう?」

ケイトはケビンの言葉にコクリと頷くと、「ん。」と短く言葉を残し荷台の冒険者たちの下へと向かう。


「ケビン君、すまないね。ちょっと気を失ってたみたいだ。本当にあれしきの事でこの体たらく。これで金級冒険者になろうだなんてどの口が言うんだ、本当に情けない」

荷台から顔を出したソルトは、ケビンに向かい言葉を掛けると自身のふがいなさにがっくりと肩を落とす。


「ハハハ、あれは仕方がないですよ。スキルや何かを使って自分の足で走るのならまだしも、揺れる馬車であの速度。こんな経験をしたことのある人なんてほとんどいないんじゃないんですかね。

あの平坦で真っ直ぐに整備された街道、板バネ式緩衝装置付きのこの幌馬車、最強最速の魔馬シルバー。これだけの条件が揃って初めて体験出来る世界。

俺も気分が高揚して速度を出し過ぎたかとも思いましたが、それでも手綱を握っていたからまだいい。荷台で揺られてるだけだったら、ソルトさんたちと同じ状態になっていたと思います。

ただまぁお陰様で無事街門まで来る事が出来ましたんで、検問の準備をお願いします」


ケビンはそう言うと、ソルトとベティーに冒険者カードを出すように促す。


「次、身分と目的を告げよ」

「はい、私はマルセル村のケビン、こちらがケイト。学園の冬期休みで村に帰ったケイトを送ってまいりました。後ろの二人は護衛冒険者、銀級冒険者パーティー“草原の風”のソルトさんとベティーさんです。

それと荷台で寝ているのは共にマルセル村に来ていたケイトの学友とその保護者です。

ケイト、皆の学生証を」


ケビンの言葉に門兵に学生証を提示するケイト。

門兵はそれらにざっと目を通すと、「通ってよし」と通過の許可を出すのであった。



街の大通りをカタカタと音を立てて進む幌馬車。その荷台に乗る銀級冒険者パーティー“草原の風”のソルトとベティーは周囲に広がる街並みに目を見開くと、あまりに想定外の事態に眉間の皺を揉む。


「アハハハ、お二人ともこれは他言無用、詮索無用でお願いしますね。

冒険者は拘らない、目的を見失わないでしたっけ?

安全に目的を達成出来たのなら、その過程がどうであれそれは成功とみなす。

お二人が金級冒険者として活躍する話がマルセル村に聞こえてくる日を、楽しみにしていますよ」


ケビンはそう言うと宿屋が多く立ち並ぶ大通り沿いに幌馬車を停める。


「ケビン君、それとケイトちゃん。色々と世話になった、ありがとう。

マルセル村での数々の経験、決して忘れないよ。そしていつの日かケビン君たちの元に俺たちの活躍の話が届く様にがんばるさ」

「本当にマルセル村では驚かされてばかりだったけど、以前の自分とは比べ物にならないほど成長させてもらえたわ、ありがとう。

金級冒険者になった暁には必ず報告に行かせてもらうわね」


若者は夢を持つ。嘆き苦しみ、挫折と無力感に苛まれながらも、それでも前を向き立ち上がった者たち。

彼らがその夢を叶えられるのかどうかは分からない、だがそれを成し遂げようとする彼らの姿は尊く美しい。

ケビンは尊敬すべき者たちに手を振り別れを告げると、次なる目的地に向け幌馬車を進めるのであった。



「アレン君、アレン君。お~い、アレンく~ん、起きろ~、着いたぞ~」


掛けられた声に、自身が眠ってしまっていた事に気が付くアレン。未だ覚めきらぬ頭を振るいゆっくりと身体を起こすと、そこには笑顔を向ける青年の姿。


「やぁ、アレン君、目は覚めたかい?

本当にごめんね、整備したての街道の走り心地の良さについ夢中になっちゃって~。

今までの土の道じゃああは行かなかったからね、もう最高、気分が高揚しまくっちゃってさ~。

いや、反省はしてるんだよ、本当、もうこのような事は致しませんです、ハイ」


そう言い気まずそうに頭を掻くケビンの様子に、先程までの幌馬車の移動風景を思い出しブルリと身を震わせるアレン。


「いや、本当ごめんって、もうしないから。

お詫びと言っては何だけど、ハイこれ、蜂蜜きな粉飴。極度の緊張の後はやっぱり甘味だよね。それとよろしければこちらのクッキーもどうぞ、お茶の用意もございます。

って言うか皆さんを起こしてくれる?俺が起こすと問題が・・・、すまん、織絹さんだけ起こしてくれる?あの三人はケイトに起こしてもらうから。


・・・マジでごめんね、色々と。

ハーレム崩壊の件に関しましては不可抗力と言いますか、弟のジミーが申し訳ない事をしたと言いますか。

悪い奴じゃないんですよ?ただその、ちょっと王子様と言うか破壊王と言うか・・・。マジですみませんでした~」


そう言い土下座し頭を下げるケビンに、アレンは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。


「いや、頭を上げてよケビン君。前からケイトには言ってるけど、別に俺はハーレム主人公でも何でもないから。

ただこんな事を言っても説得力はないよね。ベティーやローズ、ミッキーの三人がジミー君に夢中になって俺から離れて行ったとき、それにショックを受けて織絹に依存しようとした事は事実だし、無意識にせよあの三人を所謂ハーレムメンバー扱いしていたんだろうって事も今なら分かるしね。

本当にケイトが言う通り、無自覚ハーレム野郎の嫌な奴だったんだと思う。

男子生徒からの人気が最低だって言われたのは心に来たな~、まさかヘルマン子爵家のバーナード様以下って言われるとは思わなかったんだよな~。

これ、本気で反省しないと。これからは周りとの交友関係を大事にすることにするよ。

それにあの三人とは別に喧嘩別れした訳でもパーティー分裂を起こした訳でもないしね。パーティー戦力として考えればこれまでになく充実してると思う。

これからは織絹にも指導してもらって<覇気>の習得にも励んでいきたいし、<魔纏い>の練度も上げたい。それこそ学園を卒業する頃にはどこに出しても恥ずかしくない戦士って言われるくらいにね。


シルクの件で御神木様に宣言したけど、俺の夢は大陸の東方に赴いてシルク布の仕入れを行う事。何年掛かるのかは分からないけど、必ず成し遂げて見せる。

ベティー達はそれぞれの道を進むかもしれないけど、俺には織絹がいる、シルクがいる。

ケビン君、この二人とここまでの絆を結べたのは全て君のお陰だよ、本当にありがとう」


そう言い深々と頭を下げるアレン。

真の友情、真の愛情、心の底からの絆で結ばれることは非常に難しい。

生涯に渡る忠誠を誓う織絹、魂の絆で結ばれた精霊シルク、この得難い関係を結べたことは終生の宝。

アレンはそんな出会いの橋渡しをしてくれたケビンに、決して返し切る事の出来ない深い恩を感じるのであった。


「ハハハ、そう言って貰えたんなら俺もアレン君に手を貸した甲斐があったかな?

これは何度か言ったかもしれないけど、精霊は決して道具じゃない。

ヨークシャー森林国の国民なら皆知ってることだとは思うけど、精霊は生涯に渡る相棒、己の片翼、失われる事のない友。

敬う心を忘れずに、決して粗略に扱う事なく、より良い関係を築いて行ってください。

そしてそれは従者として仕えると言ってくれた織絹さんにも言える事。

決して頼り切るのではなく、共に支え合える様な良い関係を作ってください。

アレン君が立派なハーレム主人公になる事を辺境の地から祈ってるよ」


「いや、だから俺はハーレム主人公じゃないから~!!」


「「プッ、アッハハハハハ」」

互いの顔を見合わせ笑い出す二人。アレンはこの素晴らしき友人との出会いに感謝し、これからの学園生活でもっと己を鍛える事を決心するのであった。



「はい、皆さん馬車での移動お疲れさまでした。冬期休み終了までにはまだ数日ありますが、マルセル村での修行を思い出し、それぞれ精進を忘れない様にしてください。

皆さんが成長し、その活躍の便りがマルセル村に届く日が来ることを楽しみにしています。

それとマルセル村特産のビッグワーム干し肉、角無しホーンラビット干し肉、各種お野菜は領都の大手商会モルガン商会で取り扱っております。

今後ともマルセル村関連商品をよろしくお願いします」


「「「「「・・・・・・・・」」」」」


「それじゃ、ケイト、後は任せた」

「ん。全て私に任せるといい」


若者たちを降ろした幌馬車は、カタコト音を立て領都の街並みに向けて去って行く。

その場に残された者たちはただ黙ってその去り行く幌馬車を見詰め続ける。


「どうしたんだ君たち。名残惜しいのは分かるがいつまでも正門前に立っていないで、早く中に入りなさい」


何時までも学園正門前に佇む集団に注意を促す守衛。その声に集団の内一人がぎこちなく振り向き、言葉を返す。


「あ、すみません。ところで今日って何曜日でしたっけ?ちょっと休みボケで曜日を忘れてしまって」

「おいおい、いい若者が確りしてくれよな?君たちはこのグロリア辺境伯領を、引いてはオーランド王国を牽引していく選ばれた者たちなんだからな?

今日は風の日だよ、学園は来週が明けたら始まるんだ、それまでに休み気分を抜いとくんだな」

守衛はそう言うと自分の配置場所に戻って行くのであった。


「ねぇケイト、俺たちがマルセル村を出発したのって朝方だったよね?それで今は日が傾く前だよね」

「ん。私は確りお昼を食べた。流石は領都、街門前の屋台売りも充実している。干し肉スープの屋台は体が温まる上に大変おいしかった。ふわふわ食感のパンは領都ならでは、マルセル村じゃ食べる事が出来ない一品」


「イヤイヤそうじゃなくって、出発したのって風の日の朝だよね?なんで昼過ぎのこの時間帯に学園前にいるの!?

えっ、ケビン君って実は伝説級の魔法使いか何かだったりするの?もしかして天使様?」

「フッ、マルセル村の深淵は遥かに深い。アレンたちはまだその淵に立ったに過ぎない。

これで分かったと思うけど、世の中には理解の遥か先の世界がある。決して驕らず慢心しないことが肝要」

ケイトはそれだけを告げると一人学園の門を潜って行く。

その場に残された者たちは、理解の及ばぬ現象に放心しながらも、マルセル村で出会った少年から教わったとある言葉を口にするのでした。


「「「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」」」

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