第313話 転生勇者、冒険商人(予定)を見送る

夜が明ける。東の空が薄らと白い光を帯び始める。

星は徐々に姿を消し、地面から白靄が立ち昇る。

吐く息は白く、まだまだ春の訪れには時間が掛かるのだと、肌に差し込む冷たい外気が物語る。


「アレンさん、短い間だったけど楽しかったです。アレンさんのお陰でマルセル村がいかにおかしな場所であるのかを実感する事が出来ました。

世間の常識との擦り合わせ、何も知らないまま村の外の世界に出ていたらとんでもない事になっていたかも。

お身体にお気を付けて、無事な旅路をお祈りしています」


マルセル村の村人ジェイクは、この冬マルセル村に修行に訪れたケイトの学園ダンジョン攻略パーティーメンバーであるアレンに、別れの言葉を伝える。

初めてとも言える村人以外の歳近い青年との触れ合いは、ジェイクにとっても新鮮で楽しいひと時であった。


「こちらこそすっかりお世話になって。マルセル村に来たのは俺の我が儘だって言うのに、ボビー師匠をはじめとした村の人たちにはすごく良くしてもらって、何てお礼を言ったらいいのか。

<魔纏い>の習得や<覇気>の習得に悩んでいる時、ジェイク君のくれた助言がどれほど役に立ったか。本当にありがとう。

ケビン君が言っていたよ、“<魔纏い>にしろ<覇気>にしろ覚えたところは入り口に過ぎない、後はそれをいかに鍛え上げ己のものとするか。この技術は戦うだけじゃない、生活全般を向上させる素晴らしいものなんだ”ってね。

俺は最初<覇気>や<魔纏い>はそれを覚えたらすぐ強くなれるものだと思い込んでいたんだ。でもそうじゃない、習熟し創意工夫を加え己のものとする。

このマルセル村の人達は皆そうして自分たちの生活を豊かにして行っている。

本当に学びの多い冬期休みだったよ。

それに・・・」


アレンはそう言いふと横に目を向ける。そこには村の女衆と別れの言葉を交わす鬼人族の女性織絹の姿。


「とても大事な絆を結ぶ事が出来た。表面上の繋がりじゃない、もっと深い部分でね。共に付いて来てくれると言ってくれた織絹、今までずっと俺の事を見守り続けて来てくれたシルク。

気付かなかった事、知らなかった事、マルセル村は本当に多くを与えてくれた。

また来るよ、何時とは言えないけど必ず。その時もう一度ジェイク君に会えるのかは分からないけど、きっと今より成長して見せる」


見詰め合う男と男、どちらからともなく差し出された右手。


「「またいつか、どこかで」」

結ばれた握手、それは友情、心の誓い。


「俺の事はアレンって呼んでくれよ」

「じゃあ俺はジェイクで」


「元気でなジェイク」

「そっちこそ、アレン」

自然零れる笑み、若者たちの絆は決して色褪せる事は無いだろう。


「「「ジミー君、私・・・」」」

「お姉さんたちどうしたの?そんなに悲しそうな顔で。

ほら笑って、お姉さんたちに泣き顔は似合わないよ?」

学園ダンジョン攻略パーティーメンバーであるケイトの故郷マルセル村を訪れた少女たちは、そこで様々な衝撃的な体験をすることとなった。

それはこれまでの自身の常識を粉々に打ち砕き、あまりにも頼りなくか細い己を剥き出しにした。

そんな彼女たちを救い導いた男の子、それがマルセル村の青年?ジミーであった。

辛い時、苦しい時、彼は常に傍に寄り添い、言葉を掛けてくれた。時に優しく、時に厳しく、宥める様に、諭す様に。

ジミーの導きは少女たちを強くした、彼の言葉は挫けそうな少女たちを奮起させた。


「大丈夫、お姉さんたちは本当に優秀で才能に溢れていて、でもその事に驕らず勤勉で熱心で努力家で。

僕はお姉さんたちに出会えて本当に良かったって思ってるんだ。ベティーさんの剣は本当に鋭くて、その太刀筋は美しかった。

ローズさんの防御は本当に見事だった、仲間を守る為の絶対の防壁、その挫けない心は僕も勉強になったよ。

ミッキーさんにはいつも助けられて。回復魔法の腕も随分上達したんじゃないかな?ポーションの選択も的確で、極限の現場での冷静な判断と行動は僕たちの目指すべき姿そのものだったよ。

お姉さんたち、本当にありがとう」


そう言い頭を下げるジミーに、私たちの方こそと縋る少女たち。


「でもお姉さんたちの修行はここで終わりなんかじゃない、目指すべきいただきは遥か彼方。学園に帰っても頑張って、僕はお姉さんたちがより高みに昇れると信じているよ。

だって僕たちは共にこのマルセル村で研鑽を積んだ仲間なんだから」


「「「ジミーぐ~ん」」」

「ほら泣かないで?さっきも言ったでしょ?お姉さんたちに泣き顔は似合わないって。笑って笑って?

それとも僕には笑顔を見せてはくれないの?」

その言葉に顔を無理やり上げ笑顔を作ろうとする三人。


「そう、悲しい時も苦しい時も、無理やりにでも笑顔を作る。そうすればきっと乗り越えられる。

だってお姉さんたちは僕の仲間なんだから。

ほら、こうやって拳を前に突き出してごらん?」


ジミーに言われその通りに拳を突き出す三人。ジミーは突き出された拳に自身の拳を当て宣言する。


「僕たちは仲間、だから別れの言葉は言わない。いつかどこかで」

「「「いつかどこかで」」」


少女たちは涙を拭い前を向く。

そう、これは分かれなんかじゃない、いつか再び出会うまでの遠い約束。

その時彼に「頑張ったね」と褒めてもらう為に、彼に誇れる自身である為に。

ジミーはそんな少女たち一人一人の瞳を見詰め、にっこりと優し気な笑みを浮かべるのでした。


「・・・ねぇジェイク、ジミー君って本当に十歳?十八歳とか二十歳の女性経験豊富な遊び人とかじゃなくて?」

「あっ、確かジミー、来週十一歳の誕生日でしたね。

そっか~、年上って凄いな~」


「「・・・・」」

「あれが真のイケメン。アレンとジェイクが目指すべき姿」


「「いやいやいや、無理だからあんなの出来っこないから」」

不意に背後から掛けられた声に咄嗟に否定の言葉を返す二人、声の主であるケイトはそんな二人の態度にニヤリとした笑みを向ける。


「頂を見て己を知るのは大事な事。アレンは織絹さんを大切にする、あんなにいい人はまずいない。ジェイクは自分の身を大切に、エミリーちゃんはさらなる進化を果たした」

ケイトからの助言に力強く頷きを返すアレンと、お腹を押さえながら小刻みに頷くジェイク。


「ボビー師匠、本当にお世話になりました。お陰で金級冒険者への道筋が見えて来た気がします」

「ボビー師匠、私からもお礼を言わせてください。燻っていた私たちに道を示してくれてありがとうございます」

村の剣術指南役ボビー師匠の前では、銀級冒険者パーティー“草原の風”のソルトとベティーが礼の言葉を述べる。


「なに、全てはケビンの奴が行った事じゃて、儂は大した事はしておらんわ。

これは冒険者の先達として言うが、金級冒険者になる事が必ずしも幸せに繋がるとは限らん。それはこの辺境の片田舎に引っ込んだ儂やヘンリーの奴を見ても明らかであろう。

お主らは強くなった、おそらく二年もしないうちにこの地でも名を聞く事の出来る金級冒険者になっておろう。

じゃが忘れるな、世間はお主らが思っておる程お主らを必要とはしておらんと言う事を。

引き際を誤るな、そうして死んで行った者がどれほど多い事か。世間が煩わしくなったらいつでもマルセル村に来い、お主らはすでにマルセル村の仲間なんじゃからな」


「「はい、ありがとうございます、ボビー師匠」」


若者は旅立つそれぞれの思いを胸に。世話になった人たちに、ここマルセル村で学んだ多くの事を活かし、更なる飛躍を遂げると誓って。


「そろそろ出発します、皆さん幌馬車に乗ってください。ケイトは御者台な。ブラッキーは・・・まぁ今更か。ブラッキー、ケイトの影に。

アレン君たちには言ってなかったけど、ブラッキーはシャドーウルフって魔物です。

それでこのシャドーウルフってのが名前が知られている割に結構珍しい魔物で、テイムしている人間がまずいないと言われています。

ですんで普段はフォレストウルフとして過ごしてもらっています。この事は領都でもごく一部の者しか知りません。ベティーさんのお父さんは知ってると思うよ?一度グロリア辺境伯様の前でお見せしたから。後で確認してみるといいよ。

ですんで御内密に」


ケビンの言葉に一度顔を上げ、“えっと、いいんすか?”と言う顔をしてからケイトの影に潜り込むブラッキー。そんなブラッキーの姿に一瞬驚きの表情を見せるも、“まぁマルセル村だし、今更か”とすぐに平静を取り戻す一同。

習うより慣れろ、これもマルセル村修行の成果と満足げに頷くケビン。


「「「さようなら~、気を付けて~。またマルセル村に来いよ~」」」


ガタガタと音を立て走り出す幌馬車、そんな彼らを大きく手を振り見送るマルセル村の人々。

寒い早朝の出発、だが心の中は温かい。

いつかまた戻って来よう、この驚きに溢れる辺境に、心優しい人々が住み暮らすマルセル村に。

幌馬車は走る、整備が終わった美しい草原の街道を、カラカラと軽快なリズムを刻んで。


「ヒャッハー!早朝の街道最高、俺の馬車は世界一だぜ~。シルバー、世界の果てまで駆け抜けろー!!」

“ヒヒ~ン”


早朝の街道、まだ人っ子一人いないその道を、ケビンが魔改造した幌馬車は走る、<魔力纏い>どころか<覇気>までをも身に付けた魔馬シルバーを引き馬にして。

その速度は幌馬車を引いているとは思えない完全な早駆け。全力疾走の魔馬が引くにも拘わらずほとんど振動のしない幌馬車に驚けばいいのか、均一に均された新しい街道に驚けばいいのか。体感した事のない速度に唯々身を縮こまらせる搭乗者たち。


「ケ、ケビン君、あの、もう少し速度を・・・」

中腰になり高笑いを上げ手綱を握るケビンに、必死の形相で声を掛けるソルト。

そんな乗客の様子に後方を振り返るケビン。


「あぁ、皆さんこの速度にはあまり慣れていなかったみたいですね、これは失礼。

では暫くおやすみになっていてください」

ケビンがそう声を掛けた途端、まるで眠る様に意識を失う搭乗者たち。


「シルバ~、速度を落として~、状況終了~。ケイト、アレン君たちの面倒をお願い。多分大丈夫だとは思うけど、目を覚ましそうだったらブラッキーに知らせてくれる?ブラッキーが俺に教えてくれるから。

それと影空間に月影がいるからお茶でも飲んでゆっくりしていて」

「ん、わかった。でもケビンがいつの間にか女性を増やしていた件についてはモノ申したい」

そう言いジト目を向けるケイトに、慌てて言い訳をするケビン。


「だから月影はメイドさんだから、仕事なの、ケイトが考えてる様な話じゃないからね?俺はジミーと違って真のイケメンじゃないの、女心を操って爽やかに消えて行く様なことは出来ないから。

以前ジミーの将来が心配って言ってたけど訂正します、ジミーの周りの女性の将来が心配です。いつまでもジミーの幻影を追い掛けていないで現実の男性を捕まえてくださいと言いたい。

ケイトのパーティーメンバーの三人って大丈夫そう?スゲー心配なんだけど」


そう言い荷台で横になる三人の少女に目を向けるケビン。その幸せそうな寝顔はジミーとの夢でも見ているのであろうかと心配になる。そして“ジミーを好きになったら目茶苦茶大変だぞ~”と大変失礼な事を思うのであった。


「ん、彼女たちにはいい薬。これでより学園ダンジョン攻略に真剣に取り組む。

アレンともいちゃつかなくなり変なハーレム疑惑も解消される。

私としては万々歳」

学園での最大のストレスが解消されたことに悪い笑みの止まらないケイト。そんな彼女に“色々と成長なさって、これも集団生活の成果か?”と、戦慄を覚えるケビン。


徐々に速度を落とす幌馬車。ケビンが前方に向け手を晒すと、街道に黒い壁が立ち上がり、その中に吸い込まれる様に消えて行く。


「それじゃ、後をよろしく。シルバーは暫く休憩で、ケイトはブラッキーを出してあげて。月影、後を任せた」

「畏まりましたご主人様(魔王様)」


ケビンは収納の腕輪から肩掛けの帯剣ベルトと黒鴉を取り出すと背中に背負い、一人影空間を抜けて行く。


「それじゃ黒鴉、最大速度で行ってみようか。地上魔力障壁展開、<魔力纏い><覇気><浮遊>発動!」

“バシュン”

瞬間、全力で飛び上がり一気に上空二千メートルに到達するケビン。


「円錐形魔力障壁展開、カタパルトセット、射出!!」

“バシュン”

撃ち出されたそれは砲弾、上空の風を切り裂き領都グルセリアに向かいただ真っすぐに。


「目覚めよ、魔剣黒鴉、今その真なる力を示せ、<飛翔>!!」

それは天空を切り裂く流星、一瞬にして消え去る幻は昇り行く眩しい朝日に照らされて、遠く南東の空へと飛び去って行くのでした。


――――――――――

宣伝です。

新作始めました。

「桃ちゃんと一緒 召喚され世界の壁となった俺は、搾り滓として転生す」

です。

召喚された人妖“のっぺり”が転生するお話です。

のっぺり改めノッペリーノの活躍をお楽しみください。

登場は三話からです。


by@aozora

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