第310話 元精霊姫、村人転生者にお願いする
「ケイト、そっちの柱を立ててくれる?ほぞ穴の向きに気を付けて」
「ん。」
マルセル村の外れ、ホーンラビット牧場側の草原に積まれた多くの材木。
よく均された地面には幾つかの土台になる石が並べられており、そこの凹みに差し込む様に柱を立てて行く。
大きな建物を造るには骨組みが重要である。柱を立て梁を渡し、専門用語は分からないけど横棒を通して垂木って言ったか斜めに棒を渡して、そこに平板を横に打ち付けて。
基本的にはこれまで作ってきた家造りの延長だけど、確りした骨組みを造らないと崩壊した時が恐ろしい。
これまでマルセル村にはこうした建築の知識を持った者はいなかった。書物で勉強しようにもそうした物に記されているのはもっと高級なお屋敷の構造だったり、お城や城塞建築についてだったり。
一般的な家や小屋の作り方について書かれた書物などはまずお目にかかる事は無く、ましてや厩の建築に関しては皆無。そうしたものは全て親方より実地で教わるものと相場が決まっている。
その為の徒弟制度でありその為のギルド、つまり何が言いたいかと言えば、素人大工がやっていい部類の仕事じゃないって事。
いい加減まともな親方を雇って欲しい、本来街道整備だって石工の親方の下、職人さん方が造り上げて行くものなのよ?おいらの仕事なんて完全になんちゃって土木よ?
まぁ不安だったんで、ゴルド村のホルン村長にはご挨拶に伺ったときに相談に乗ってもらっているんですけどね。
子爵邸建設ではグロリア辺境伯領の領都から職人さんを雇っていただきたいと切に願うケビン君なのであります。
まぁ厩建設の作業自体は順調です。人手と力の要りそうな作業は俺とケイトが触腕で行っちゃうし、その他の細かい作業は村人が総出で行ってくれますんで。
そう、村人が総出で。
なんでこんな事になっているかと言えば、織絹さんが蒼雲さんの勧めで村の女衆の集まりに顔を出したことが発端でございました。
「そうなの、領都からやってきたアレン君のお世話をね~」
「はい、でもアレン様には人攫いから助けていただいたばかりか行き場のない私に仕事まで。本当に感謝しかありません」
今まで女性の集まりでの会話などした事のない織絹さんにとって、その場の雰囲気はとても新鮮で楽しいものであったそうでございます。
「おやおやおや?若い男女が二人、ご主人様とメイド、これは禁断の恋の始まりって奴じゃない?」
「そんな滅相もない、大体私とご主人さまとでは年が離れ過ぎていますので」
女衆は恋愛事が大好き。その矛先が織絹さんとアレン君との関係に向くのは当然の流れでありました。
「そんな事はないわよ。私とトーマスだって五歳差だし、メアリーのところなんか十歳も離れているのよ?
まぁ女性の方が年上ってのは少ないかもしれないけど、五歳差くらいなら全然ありよ~」
「そうでしょうか?でも流石に十五歳以上離れている男性はちょっと。私から見ればアレン様は年の離れた弟としか・・・」
ピタリと止まった会話。織絹さんの何気なく語った一言、それはその場に静寂を生むに十分な破壊力を持っておりました。
「・・・?えっと失礼ですけど織絹さんってお幾つなんでしょうか?
私はてっきり十七~十八歳くらいとばかり」
「ハハハ、ありがとうございます。ですがこう見えても三十ウン歳ですので」
「「「はぁ~~!?えっ、ハァ~~!?それメアリーと変わらないじゃない。
えっ、一体どうなってるの?それってもしかして鬼人族の種族特性とかなの?
エルフみたいな長命種だったりするの?」」」
「いえいえ、そうではないんです。これは覇気による効果かと。
覇気により肉体を活性化させ、常に戦える身体を維持し続ける。これは鬼人族の
大陸でも戦う女性の中には何時までも若さを保つ者がいると伺っていますが?
おそらくそうした者たちは、皆覇気の使い手なのではないかと」
女衆はその瞬間一人の人物の顔を思い浮かべたそうです。
二十歳を過ぎる息子を持ちながらも、何時までも二十代と見紛うほどの若さと美貌を保つ妖艶な美魔女。前マルセル村村長、“守護神シンディー・マルセル”の事を。
確か彼女も覇気の使い手、覇気は若さと美しさを保つ奇跡の魔法!?
そう言えば先の戦の時アルバート子爵様をはじめとしたアルバート子爵家騎士団の皆さんって、覇気の習得訓練を行ってなかったかしら?
子供たちが覇気を覚えたって言っていた様な・・・。
「いや、儂にそう言われてものう。<魔纏い>の訓練方法ならまだしも覇気についてはいつの間にか身に付けておったものじゃし、あの訓練もケビンの奴に言われた事をしただけじゃからの?」
女衆の行動は早く、すぐに覇気習得訓練を取り仕切っていたボビー師匠のところへ向かったのでありました。
そして判明する事実、ボビー師匠たちが行っていたものは覇気に慣れる為の訓練であって、実際に習得させたのはケビンである?
「イヤイヤイヤ、俺忙しいですから。厩造りが終わってないんですよ、この冬一杯は掛かるんじゃないかな~」
俺の返答に「じゃあ厩造りが終わったら時間が出来るって事よね?」との集団圧力で迫る女衆、最終的に村人総出で厩を造るという事になってしまったのでございます。
女性の美に対する欲求、超恐い。
でも冷静に考えて、ボビー師匠爺さんよ?父ヘンリーおっさんよ?
覇気を身に付けたからって必ずしも若さと美貌を手に入れられるとは・・・。
その辺は織絹さんに確認済みだと。男性は内臓機能と筋力・瞬発力に偏りがちで、女性は内臓機能と若さ・柔軟性に偏ると。
あくまでその傾向があるだけで筋力も確り強化されるんですか、そうですか。
流石戦闘民族鬼人族、覇気の研究は大陸より進んでいるんですね。
後で蒼雲さんに確認したところ、扶桑国の国民は覇気を身に付けている者の割合が多いんだそうです。ただ鬼人族自体が肉体的に丈夫なので、蒼雲さんの様な研究職の人間や一般市民の中には身に付けてない者も多数存在するとの事でした。
「ケビン、こっちの屋根の打ち付け終わったぞ」
「はい、お疲れ様です。そうしたら次は外壁の工事に入って下さい。
大型ブロックは緑と黄色が、接着用の粘土はキャロルとマッシュが作ってますんで、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ。皆、次は外壁だ気合い入れて行くぞ!」
「「「おう!!」」」
そう言い次の作業に移る男衆、まぁ賃金は支払いますが、あなた方利用されてますから!!
気に恐ろしきは女性の若さと美に対する執着であると思い知らされた、ケビンなのでありました。
――――――――――
「「ケビン様、お願いがございます」」
厩建設の休憩時間、女衆が男衆にお茶を出して労を労っている中、ケイトと一緒に蜂蜜きな粉飴を舐めている俺のところにやって来たフィリーちゃんとディアさんが突然そんなことを言い出しました。
「えっと、フィリーちゃんとディアさん、それに精霊様って一体どうしたの?
と言うかシルクさん、アレン君のところに行かなくていいの?
アレン君は生活魔法訓練をしてると、<短縮詠唱>を身に付けるって張り切ってるんだ。
まぁあれは根気だからね。回数熟せばその内身に付くし、全属性満遍なく繰り返せば<無詠唱>だって行けちゃうって言う画期的な方法だから。
へたに邪魔したくないからこっちにいるんだ、流石シルクさん、気遣いの出来る御方です事」
そう言い首筋をわしゃわしゃしてあげると気持ち良さ気に“キュイン”と鳴かれるシルクさん、めっちゃ可愛い。
「えっと、ケビン様は御神木様にお願いして“精霊契約”を行って貰う事が出来るじゃないですか?それで私達と精霊様との契約をお願い出来ないものかと」
「えっ?精霊様ってシルクさんアレン君と契約してるよね?アレン君捨てられちゃうの?可哀想に」
そっか~、アレン君はハーレムメンバーだけじゃなく精霊様も取られちゃうのか~。
これって所謂NTRって奴?気が付いたら周りに誰もいなくなっちゃうって言うパターン?アレン君闇落ちしちゃうよ?
あったな~、在りし日の記憶にあるNTR文化、ラノベ読んで鬱な気分になるって意味解んなかったもん。脳内破壊って誰得?何がしたいの?って思ったもんな~。
「いえいえ、そうではなくてですね、シルク様の分体を私達の守護精霊にしていただこうかと思いまして」
「分体を守護精霊に?どう言う事?」
俺は聞いた事の無い言葉に首を傾げ、二人に話の続きを促すのでした。
「えっと、これは精霊様がどの様に数を増やすのかと言う話しになります。
この話はヨークシャー森林国でも王家に連なる一部の者しか知らない事ですので、あまり広めないでください。
基本的に精霊様は聖霊樹様よりお生まれになると言われていますが、これはより聖霊樹様に近しい精霊様の事です。所謂最上級精霊と呼ばれる御方々になります。
その次に最上級精霊様がこれはと思われるものたちに精霊の種を植え付けて生み出される存在、上級精霊様と呼ばれる存在です。シルク様はこの上級精霊様に当たると思われます。
そして上級精霊様が中級精霊様を、中級精霊様が下級精霊様を生み出されます。
ヨークシャー森林国における精霊様の区分は最上級、上級、中級、下級に分かれており、それは聖霊樹様との繋がりの深さを表しているとも言われています。
これは通常の精霊様の増え方と言われるものですが、精霊様はそれ以外に分体を作り、それを人と契約させ切り離すと言うやり方で数を増やす事が出来ると言われているんです。
この方法は力の強い精霊様が偶に行う行為と言われており、気に入った人間に対し力を分け与える意味合いで行われると言われています。
シルク様にその事をお話しし私達に分体をお与えいただくようにお願いしたところ、快く了承して頂けました。そこでケビン様に“精霊契約”の本契約の手続きをお願いしに参った次第です」
へ~、精霊ってそう言う増え方もするんだ。流石魔法生物、通常の動物や魔物とは随分と違うのね。どちらかと言えばダンジョンモンスターに近いのかな?あれもダンジョンが生み出す魔法生物みたいなものだし。
“キャウン、キャウン”
分体を生み出すのは良いけど、その代わりヒカリゴケのお浸しが食べたいってそっちが目的かい!そこの二人が気に入ったとかじゃないんかい!
尻尾ブンブン振って頂戴モードって随分と俗物になられてしまったな、おい!
俺は仕方がなく収納の腕輪から皿に盛られた茹でヒカリゴケ(龍の巣産)を取り出すと、食いしん坊精霊にジョブチェンジなさったシルクさんに差し出すのでした。
“キャウン、キャン”
““キャンキャン””
食いしん坊お狐精霊様のシルクさんの周りを走り回る二匹の子狐。
お皿に盛られた茹でヒカリゴケを堪能なさったシルクさんが“キューン”と一鳴きされて生み出された二つの光の玉、その光が収まった時、その場に尻尾を丸めて眠っておられたのがこの可愛らしいお狐様方でありました。
「えっ、分体ってまんま下位互換の分身じゃないの?今回は株分けって形で分化させたの?要するに子供って事?精霊の格は同じなんだ、凄いな上級精霊」
これにはフィリーちゃんとディアさんもびっくり、てっきり中級の精霊様を付けて頂けると思っていた所に上級精霊様って驚かない方が無理があります。
えっ?シルクさんって元々上級精霊様じゃなかったんですか?御神木様にお力を頂いて格が上がったんですか、そうですか。ふ~ん。
よし、この事は黙っておこう。幸いフィリーちゃんとディアさんは精霊様のお言葉は分かっていないみたいですし、今は子狐さんに夢中みたいですし。
通常精霊様のお言葉は契約主以外には分からないんだとか、契約主も何となくそう感じると言った程度との事。その辺はテイマーのテイムスキルに似ている様です。
より互いの繋がりが深くなれば、普通に会話する事も出来るみたいですが。
「フィリーちゃんとディアさん、良い出会いに恵まれましたね、おめでとうございます。
先程シルクさんも仰っていましたが、そちらの精霊様方は分体ではなく株分けによる分化、正しくシルクさんのお子さんになります。
先ずは互いに交流し仲を深め合い、精霊様が本契約を結びたいと思っていただけるように絆を結んでください。
お二人はよく分かっていると思いますが、精霊様は道具ではありません。これは魔物のテイムについても言える事ですが、互いの心の交流が取れていない契約に真の協力関係など生まれない。
お二人が精霊様との心の絆を結ばれたのなら、御神木様にお願いして本契約といたしましょう」
「「はい、ケビン様、シルク様、本当にありがとうございます。
私達、精霊様を大切にいたします」」
そう言い子狐精霊を抱え満面の笑みを浮かべる元精霊使いの二人。
やっぱり精霊様から契約を解除されたことが、相当心のシコリとして残っていたのでしょう。ヨークシャー森林国の国民にとって精霊様とは生涯に渡る友、自らの片翼の様な存在ですからね。
俺は楽し気に子狐精霊と戯れる二人にほっこりしつつ、その心が救われたことを嬉しく思うのでした。
“キャウン”
頑張ったからお代わりをください?そうですか、分かりました。
俺は収納の腕輪から茹でヒカリゴケ(大盛り)を取り出すと、そっと食いしん坊様の前に差し出すのでした。
――――――――――
宣伝です。
新作始めました。
「桃ちゃんと一緒 召喚され世界の壁となった俺は、搾り滓として転生す」
です。
召喚された人妖“のっぺり”が転生するお話です。
のっぺり改めノッペリーノの活躍をお楽しみください。
登場は三話からです。
by@aozora
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