第309話 東国の鬼人、故郷を振り返る (2)
「嘗てこの扶桑を蹂躙した大怪異、朝廷の命を受け多くの
呪符師、魔道具師、刀鍛冶、その者たちが命を賭け作り出した封じの呪物。
その直刀を携えかの大怪異に戦いを挑み、見事封じ込める事をなした者こそ、初代御刀之守家当主御刀之守実近である。
以降我ら刀守りの一族の者は、封じの直刀“魔剣黒鴉”を守り伝える事をお役目とした。
だがそれも百年前までの事、強過ぎる力は敵を生むの言葉のごとく、我が御刀之守家の者は有力氏族にとっては目障りな存在であったようだ。
朝廷の命により“魔剣黒鴉”は接収され、秘かに大陸へと持ち運ばれたと言う。
“扶桑国の平穏の為”と言うお題目の基、厄災の種は他国に押し付けられたと言う訳だ。
残ったものは名ばかりの刀守り、国守の剣技を受け継ぐ戦闘狂よ。
だがその象徴たる黒鴉を失おうとその身に宿る技が失われる訳ではない。御刀之守の血が続く限り、その事努々忘れてはならんぞ」
厳格であった父が酒が入る度に語って聞かせた御刀之守家の由来。子供心に先祖の偉業に心躍らせ、その戦いの様子や先祖が守り伝えて来た“魔剣黒鴉”の逸話を聞かせて欲しいとねだったものであった。
封じの直刀に閉じ込められようとその力を失わず、周囲の全ての魔力を吸い取る暴食の大怪異“黒鴉”。魔力枯渇を克服せし
嘗ての厄災は刀守りの一族の名と共に名声を上げ、“国守の鴉”とまで呼ばれるに至る。
だがそんな存在を疎ましく思う者は必ず現れる。
御刀之守の一族は戦場においては悪鬼羅刹の戦働きを行えども所詮は武力集団、政治の場において権力闘争に明け暮れる魑魅魍魎に敵うべくもない。
栄枯盛衰、一族の滅びはこの世の摂理なのであろう。
そんな御刀之守家の象徴と落ち延びた遥か大陸の先で再会するなど、誰が想像し得ようか。
しかもその魔剣が恐れらせし権能を発揮することなく、ただの刀としてその姿を衆人に晒そうなどと思うべくもなく。
「なるほど、それはいい事を聞かせていただきました。だから黒鴉の制作者は不明となっていたんですね。
その大怪異を封じる事によって完成したのがこの“魔剣黒鴉”と言う訳なんですね。
いや~、前から変だなとは思っていたんですよ、この魔剣、何か意思のようなものがあるんですよね。
おそらくはその封じるとか融合するとかした大怪異が影響していたんですね、納得です。
でも以前この直刀を鑑定して貰ったとき、“これまで使いこなせた者はいない”って鑑定結果が出てたんだけど、織絹さんの話と矛盾しますよね?
御刀之守家の人たちは黒鴉をどうやって使用していたんですか?」
ケビン君は黒鴉を深緑の鞘に納めると、興味深げに質問してくるのでした。
「はい。これは口伝によるものとなりますが、代々の御刀之守当主は初代実近に倣い、魔力枯渇状態においても剣を振るえるように身体を鍛え覇気の力を高めるのだそうです。
私の代においては既に黒鴉が失われ百年の月日が経っていた為、その修練がどのような形で行われていたかについては不明ですが、それは辛く苦しいものであったと伝え聞いております。
代々の当主は戦場において黒鴉を引き抜き、その技と覇気によって無類の強さを発揮したとか。黒鴉の抜かれた戦場においてその使用者たる御刀之守家当主以外立てる者はいなかったとか、全ての魔法的罠も黒鴉の前では無いに等しいものであったと伝えられております」
私の説明にどこか遠い目をしながら「あぁ、そう言う事ね、了解」と呟きを漏らすケビン君。
「それでどうします?“魔剣黒鴉”は織絹さんの、御刀之守一族にとっての象徴の様ですけど」
そう言い言葉を向けるケビン君に、私は首を横に振り言葉を返します。
「私たち御刀之守家の者は朝廷政治に負け“魔剣黒鴉”を手放した愚か者。その扱いが不要の物として忌み嫌われているのならともかく、ケビン君の様に黒鴉に認められ完全に扱いきっている様な方から取り上げようなどとは思いません。
黒鴉はよき主に出会った、そう言う事なのでしょう。
であるのなら私に出来る事は一つ、黒鴉の解放。黒鴉の力を十全に使いこなす為に必要な措置であり、御刀之守家が黒鴉を所持し続けた一番の理由。
ケビン君、柄の目貫の部分、鴉の彫り物を外してもらってもいいですか?」
私はケビン君にお願いし、直刀の目貫を手にしました。
「”我は御刀之守実近の直系にして最後の血族、御刀之守織絹。その血に流れし封印の鍵を、今ここに受け渡さん”」
それは真言、魂に刻まれ代々の直系に受け継がれし封魔の鍵の譲渡。
鴉の形を模した目貫は、その形状を閉じた翼から両翼を広げ今にも飛び立たんとするものへと変える。
私はその目貫をケビン君に手渡し、再び柄に差し込むように促す。
「おっ、おぉ!?マジか。これは伝説のインテリジェンスウェポン、滾る滾る滾るぞ~~!!
黒鴉先生、もしかしてアレ行けちゃいますか?長年の夢、追い求めし自由の翼。
マジ、行けるの!?ちょっとまって、今準備する。
白、ごめん、ロマンがロマンなの、ちょっと待っててね」
ケビン君は何やら独り言を呟くと、収納の腕輪から肩掛け用の帯剣具を取り出し黒鴉を背中に掛けると呟くのでした。
「<飛翔>」
“フワッ”
音も無く軽く浮かび上がったケビン君は、次の瞬間上空高く舞い上がり、そのままくるくると空を飛び回ります。
私たちはその光景を唯々呆然と眺める事しか出来ないのでした。
「織絹さん、ありがとう~~~!!
いや~、もう最高、“空を自由に飛びたいな”ってのは幼少の頃からの夢、魂に刻まれた願望だったんですよ~。
これまでも様々な手段でそれに近付こうとはしてたんですけどね、これですよこれ、まさに空を飛ぶ、俺の求めていたものはこれだったんですよ~!!」
そう言い力強く手を握り感謝を伝えてくるケビン君。
イヤイヤイヤ、えっ、何?何がどうなったらそうなるの?
えっと、私の想定では黒鴉の操作が自由に出来て、より使い勝手が良くなるとかそう言った感じなのかなって思ってたんですけど?
えっと、黒鴉って空飛ぶ魔剣だったの?御刀之守の一族は黒鴉についてなにも分かっていなかったって事なの!?
混乱する思考、もう何が何だか分からない。
「えっとどうしようかな?織絹さんは何か望みがありますか?出来る限りにはなりますが、その望みは叶えますよ?
えぇ、もう全力で。
えっと扶桑国に帰りたいとか扶桑国産の刀が欲しいとかですか?少しお時間は掛かりますがそれも可能ですよ?
何でも言ってください、この恩に報いる為だったらなんだってしちゃいますから」
そう言い瞳をらんらんと輝かせるケビン君。その押しの強さは、これまで一度も見せた事のない少年そのものと言った雰囲気。
「えっと、うん、それでしたらアレン様のお役に立てる様な事があれば、お力添えをお願いします。
知っての通り私は力を封印され呪いにより弱体化した身、アレン様の望みを手助けする事の叶わぬ身体でございますので」
そう言い微笑む私にアレン様は「そんなことは無いよ、織絹は俺にとって大事な人なんだ、ずっと傍にいてくれよ」と声を掛けてくださいます。ほんとに甘えん坊でお優しいお方。織絹にはそのお言葉で十分、足手纏いになる気はございません。
アレン様が旅立ちの時を迎えるその日まで、お傍でお世話をさせていただきますとも。
「えっ、そんな事でいいの?ジェイク君、エミリーちゃん、悪い、若干の方針転換。アレン君に短縮詠唱を仕込んでくれる?
例の生活魔法連射で行けるから。期間的に無詠唱は難しいかもだけど短縮詠唱までは行けるはずだから。
それと大福との疑似魔力ボール合戦をやらせておけばこの冬でかなり強くなるはずだから。
あと弱体化の呪いと力の封印だったよね。
月影、どう見る?」
「そうですね、弱体化の呪いは典型的な呪いですね。光属性マシマシ蜂蜜ウォーターで問題ないかと。
力の封印ですが、封じの源は額の角に描かれた封印の呪法、その中核はこの角に埋め込まれた宝石でしょうか。これはおそらく魔力結晶かと」
ケビン君が声を掛けると、いつの間にかその背後に立っていたメイドが言葉を発する。
私がその気配に気が付く事が出来なかった!?
このマルセル村には一体どれだけの強者が揃っていると言うのか。
「あぁ、この宝石は精霊石と呼ばれるものですね。扶桑国ではとても貴重な品であり、魔法触媒として利用されるものです。封印刑の様な強力な術には必要不可欠なものとなります。
鬼人族にとって角は力の源、角を失う事は武人としての死を意味するのです」
私の言葉に何やら考え込むそぶりを見せるケビン君。
「角から全身に魔力回路が巡っている?常に魔力強化状態なのが鬼人族の通常だと。それじゃ強い訳だわ、野菜の人と変わらないじゃん」
何やらぶつぶつと呟いていましたが、不意に顔を上げ私に言葉を投げ掛けて来ました。
「織絹さんは封印が解けたらどうしたいですか?」
それは真っすぐに向けられた問い掛け、私の在り方の確認。
「私はアレン様にお仕えする身、アレン様のお邪魔にならない様、アレン様の手助けをすることが本懐。
アレン様の一助になる事が出来ればそれに勝る喜びはありません」
これが今の私の本心、私の使命。
「ふむ、それじゃ普段は余計な力は邪魔になると、で、いざとなったらどんどこしょってところかな?
試してみる価値はあるかな?
それじゃ織絹さん、ちょっと動かないでくださいね?」
ケビン君はそう言うと、収納の腕輪から剣鉈を取り出しました。
そして・・・。
“シュパンッ”
振るわれた右腕、何が起きたのか分からない内に納刀されたそれ。
ゆっくりと、まるで時間が止まったかの様に落ちて行く何か。
反射的に受け止めたそれは、封印の刻印が施された自身の角。
「はい、それじゃ今度はこれを飲んでください。ポーションの一種ですので、クイッと行っちゃいましょう」
呆然とする意識の中、手渡されたポーション瓶を口にする。何か光る液体だったような気がするが、はっきりとは分からない。
全身に広がる力強さ、そして熱くなる額。身体を縛り付けていた鎖が、黒い靄になって飛び出していく。
これは一体!?
「うん、上手く行ったみたいですね。
白、軽く織絹さんと手合わせしてみてもらえる?病み上がりだから徐々に速度を上げる感じで」
ケビン君の言葉に「了解だ兄弟子。いい感じに覇気が立ち上がってるじゃん。織絹さんって相当やるみたいですね」と言いながら木刀を投げて寄越す白雲君。
“カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンカンッ、カンカンッ、カンカンッ、カンカンッ、カンカンカンカンカンカンカンカンッ、ダダダダダダダダダダダダダダダダッ”
身体が羽のように軽い、これまで全身を覆っていた倦怠感が嘘のように晴れている。
動く動く動く、まるで以前の様な、いや、これは全盛期よりも更にキレのいい。
“ズバズバズバズバッ、スタンスタンスタンスタンッ、ズバズバズバズバズバズバズバズバ”
「はい、そこまで~」
楽しい時間が強制的に何かにより遮られる。白雲君と引き剝がされる事で、初めて自分が戦いに夢中になっていた事に気が付く。
何という未熟、戦いにおいて自身を見失うなどあってはならない事。
「さて、織絹さん。身体の動きに支障はありましたか?感覚的なものは取り戻すのに時間が掛かりますが、織絹さんを縛っていた封印はこれで解けていると思いますよ?
おそらくは呪術の一種、その知らせはいずれ扶桑国の術者に届くでしょうが、ここは大陸の西の果て、わざわざ刺客を送って来るかどうか。
もしかしたら来るかもしれませんが、辿り着くのにも数年掛かりますからね。
まぁ、その時はこちらでどうとでも対処しますんで、ご安心を。
それとその力、やはり普段から振るうには強過ぎるんですよね。ですので普段は封じられている方がよいかと。
<出張:紬>」
草原の地面が光り、その中空に光の粒子が集まって行く。その輝きが収まったとき、そこには一人の髪の長い女性が姿を現したのでした。
「紬、これがさっき言った魔力結晶付きの鬼人族の角。これを基に作製出来るか試してみて欲しいんだけど」
“キュキュッ、キュイッ♪”
女性が手にしたもの、それは先程ケビン君が切り落とした私の角。
私は自身の額に手を向ける。そこには以前と変わらない角が一つ。
“キュイ~~~~”
女性が大きな声を上げる。それと共に光に包まれる切り落とされた角。
そしてその光が晴れた時、そこには赤い石の嵌まった白いリングが現れるのでした。
「紬、どう、上手く行った?」
“キュキュイ~♪”
何か嬉しそうにリングを手渡す女性、ケビン君はそれを眺め、満足そうに微笑みます。
「織絹さん、ハイこれ、封印の腕輪。こう見えても精霊の一種だから、織絹さんの言葉に従って封印の解除もしてくれるはずですよ。
一応契約精霊って事になるのかな?力を貸してくれたりもしてくれます。
まぁ魔道具の一種だとでも思ってください」
そう言い渡されたリングを腕に嵌める。それは邪魔にならず、かといって締め付ける事もなくしっくりと腕に馴染む。まるでそこにある事が自然であるような、不思議な感覚。
「封印の度合いは自分で決める事が出来ますが、とりあえず一般女性冒険者並みでいいんじゃないでしょうか。その腕輪は織絹さんの身体の一部だったもの、大体の感覚は共有出来ているはずですんで」
ケビン君に言われるがまま腕輪に手を触れると、身体の軽さが無くなり、以前の封印されていた頃の状態に戻る。
「後は慣れです。よかったら白の稽古相手にでもなってあげてください」
ケビン君はそう言うと、私に向かいにっこりと笑みを向けるのでした。
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