第308話 東国の鬼人、故郷を振り返る

「父上、屋敷は全て賊に囲まれています。このままでは・・・」

「クックックッ、北条のうつけどもが、最早このような手段に出ようとはな。

これは血が騒ぐではないか、のう、織絹よ」


屋敷を囲う多くの馬の嘶き、幾千もの軍勢が、我が一族を恐れ襲い掛かる。


「えぇ、これは心躍る。今頃母上も彼岸にて悔しがっておいででしょう、我らばかりずるいと。もう少し長生きをしておけばと」

「ハッハッハッ、そうであろうよ。あ奴はそうした女、ほんに肝の座った良きおなごであったわ。

御刀之守みかたなのもり家は最早守り伝えねばならぬ使命もなき古き家、ここで散るもまた一興。

別れは言わぬ、楽しめ。

これは北条が用意せし手向け、全ての枷を外す事を許す。我ら親子、当代一の悪鬼と謳われようぞ!!」

「応!!」


“ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン”

打ち掛けられる火矢、燃え盛る屋敷、上げられるときの声、打ち破られる屋敷門。


「「「ウォ~~~~~~~~!!」」」

気炎立ち昇る戦の風に、母と行った“祭り”を思い出す。


「クッハッハッハッ、敵、敵、敵、見渡す限り敵だらけ。堪らんの~!!

織絹、我に切られても恨むで無いぞ、それはお主の未熟故だからの~!

破軍・天海、いざ参る!!」

「それは父上に申すお言葉、自らの耄碌を私のせいになさらないでくださいまし。

闘鬼・織絹、全力でお相手仕る!!」


舞う血飛沫ちしぶき、飛び交う怒声。扶桑のつわものは引かず、怯まず。

たとえ友が死のうとも、たとえ手足が吹き飛ぼうとも、己が使命を果たす為命をして戦う戦士。

自然零れる笑い、これまでの研鑽の全てが、一族に受け継がれた技の全てが。

心が、身体が、魂が、その全てが歓喜に震え生命を滾らせる。


「「ハハハハハハ、アッハハハハハ!!」」

戦場に轟く狂喜の笑い、その場に静寂が訪れた時、佇む者はただ一人。


「父上、逝かれてしまわれたか。そのような幸せそうなお顔で、ほんに羨ましい。

織絹は行きます、売られた喧嘩は未だ終わってはおりませんので。 

彼岸にて母上と共にご覧になっていてください」


“悪鬼織絹”、単身にて北条氏本家を討ち滅ぼせし最凶最悪の鬼人。

朝廷により討伐の命を受けし坂東武者により捕縛されし大罪人。

難攻不落と謳われし鬼ヶ島にて生涯幽閉の刑を言い渡された、鎖に繋がれし囚われ人、それが“悪鬼織絹”。

扶桑国に置いて知らぬ者のいない伝説の極悪人の名であった。


「フゥ~、懐かしい夢を見ちまったね」

鬼ヶ島より脱獄を果たして十年、大陸に渡りその身を隠し、流れ流れ辿り着いた西の果て。


「噂では暗黒大陸と言うところには私の様なはみ出し者でも受け入れてくれる場所があるって言う話だったんだが、この封印は本当に厄介だよ」

そう言い自身の額の角を摩る。そこに刻まれしは封印の印、その身に宿る力を封じ、その辺の冒険者程度の力に押し止める罪科の鎖。

死ぬ事にいなやはなかった。戦場にて散るはつわものの習い、より強き者と戦いその果てに散る事こそ、自らの生き様と心得ていた。

だが囚われ、何も出来ぬまま衰え腐って行く事は己の矜持が許さなかった。


「しかも更なる弱体化の呪い、まったくこの世はままならないものだよ」

戦人いくさびとはその縛りによりただの町娘へと落とされる。既に自身の生き様を示す術もなく、力もない。

今の自身はただ生きていると言うだけのかつての残影、ただの抜け殻。


「それでも必要としてくれるお人好しもいる。残りの人生、こんな私でよければ付き合うのも一興か」

織絹はあてがわれた部屋のベッドから起き上がり、顔を洗う為に井戸へと向かう。

勝手口を開いた先、肌に差し込む外気の冷たさが辺境の冬の厳しさを教えてくれる。


「ん?あぁ、織絹か。随分と早いものだな」

井戸端では、この家の主である蒼雲殿が水汲みをしている。


「おはようございます、お世話になっている身でありながら遅くなりまして申し訳ありません。

直ぐに朝食の準備をいたしますので」

そう言い急ぎ水汲みを代わろうとすると、蒼雲殿は「構わない」と言い汲み上げた水桶を炊事場へと運んでいく。


「あ~、楽に過ごしてくれて構わんぞ。どうせ親子二人の男所帯、息子は見ての通り修行に明け暮れているんでな、台所仕事は慣れたものだ。

食事の支度を手伝ってくれると言うだけでも随分と助かっている、この程度の力仕事は男衆に任せるものだ。

と言うかこの村の女衆は皆そうだぞ、一度女衆の集まりに出てみると良い」

そう言い笑いながら水瓶に水を移す蒼雲殿、その言葉に懐かしの故郷を思い出す。

父上は周囲から恐れられる戦人であったが、屋敷では母上の尻に敷かれていたと。

どこの国であろうとも夫は妻に逆らえないと言う事なのであろう。


「ほら、それよりアレン殿を起こして来るといい。昨夜は村の健康体操に参加すると言っていただろう。そろそろ起きねば遅れてしまうぞ?」

蒼雲殿の言葉にそう言えばと思い出す。<魔纏い>を習得し朝の寒さにも耐えられる様になったからと、村人たちの集まりにも参加すると言い出したアレン様。

手の掛かる弟の様で目の離せない我が主。

嘗て“悪鬼織絹”と呼ばれた凶状持ちの私を受け入れてくれたお人好し。

私は忘れていたはずの自然な笑みを浮かべ、アレン様を起こすべく部屋へと向かうのでした。


―――――――――


「この疑似魔力ボールはね、遊びながら魔力操作練度を上げる訓練を行える画期的な方法なんだ。

お姉さんたちが知っているかどうかは分からないけど、属性魔力と言うものは同じ属性の魔力であれば受け止めたり打ち返したりする事が出来る。それには相手の魔力と同じ量の魔力と言った見極めも必要なんだけど・・・。

そうだな、ローズお姉さん、僕にファイヤーボールを撃ってみてもらえる?」


「えっ、ジミー君にファイヤーボールを撃つなんてそんな・・・」

言葉を詰まらせジミー君を見詰めるローズさん。


「大丈夫、何も問題ないよ、僕を信じて?」(ニコッ)

「は、はい。それじゃ行きます。“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ファイヤーボール”」

“バビュ~~~~~、カキーンッ”


振り抜かれた木刀。ローズさんの放ったファイヤーボールは、ジミー君の一振りに空高くへと打ち返され、霧散し消えて行くのでした。


「ローズさん、もう一発お願い」

「はい、行きます。“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ファイヤーボール”」

“バビュ~~~~~、パンッ”


続いて放たれたボール魔法、ジミー君はそれを無手の状態で待ち受け、あわやと言った所でそのまま受け止めてしまいました。

その光景に唯々唖然とする女性陣。


「ね?こんな感じで同じ属性の魔力であれば人の放つ魔法ですら受け止める事が出来る。

これはその魔法に対し同じ強さの魔力を込めないといけないからかなりの訓練を要するけど、ただ弾くだけなら属性の見極めとある程度の強さを込めれば誰でも出来るんだよ。

さっきファイヤーボールを打ち返したのがそれだね。

ただやっぱりそれも咄嗟に纏う魔力の属性や魔力の量などの訓練が必要なんだ。

疑似魔力ボールを使った遊びは魔力性質の変化、魔力量の調整と言った点で凄く勉強になるんだよ。


それが出来る様になったら大福との疑似魔力ボール合戦だね。大福は全属性の疑似魔力ボールを投げて来るからね、結構大変だけど頑張って。

大福と対等に戦える様になった時、お姉さんたちの魔法は数段進化していると思うから」


「「「はい、ジミー君。私達、頑張るね♪」」」


ジミー君の指導の下、少女たちはそれぞれが疑似魔力ボールの作製に取り組んで行く。それは火属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性。

普通なら有り得ない事と一笑に付す現象、全属性のボール魔法などそれこそ大賢者と呼ばれる者でも放てるかどうか。

それらを疑似的に再現し魔力操作訓練に取り入れるなど、常識的には有り得ない。


「アレン様は訓練に参加なさらなくてもよろしいんですか?」

私の質問に引き攣った顔を浮かべるアレン様。


「あっ、うん。あの中に入るのはちょっと。こないだ一緒に訓練しようと提案した時にベティーたちから向けられた、“私たちの邪魔をするな”と言う視線がね。

強くなってくれる事は良い事なんだよ?だからまぁ効率優先と言う事で。

ジミー君は本当に教え上手だから。

だから俺はジェイク君、エミリーちゃんの二人に教わる事にしてるんだよ。

ジェイク君の話はとても分かり易いし、エミリーちゃんは勘がいいと言うか適切な助言をくれるしね。

あの三人には悪いけど各属性の疑似魔力ボールは既にマスターしてるんだ、もう大福との魔力ボール合戦の許可も貰ってる。

ジミー君には申し訳ないんだけど、マルセル村滞在中はあの三人のことをお願いしようと思ってね。

精霊のシルクはフィリーちゃんとディアさんのところで何かやってるしね。あの二人は元々精霊使いだったらしいから俺の知らない精霊の事も色々知ってるみたいだし、シルクも楽しそうだからお任せしてるんだけどね。

あっ、ジェイク君。今日もよろしくお願いします」


マルセル村の村外れの草原では、今日も若者たちが訓練に精を出す。


「兄弟子、なんかお忙しいところすみません。俺の訓練に付き合ってもらっちゃって」

「いや良いって、俺もこのところ街道整備に掛かり切りで碌に身体を動かしてなかったから。

それにいくら刀術のスキルに目覚めたからってあれはあくまで補助、技術向上の為の道標に過ぎない。その技を理解しスキルの補助無しに行使出来る様にならなければ本当の意味で身になったとは言えないし、その為には実戦に即した研鑽が必要。

これは俺にとっても必要な訓練だからな」


声のする方を向けば蒼雲さんの息子の白雲君と白玉師匠、それとケビン君。


「これは刃物全般に言える事なんだけど、“切る”と言う動作は刃筋をきちんと立てる事が重要なんだ。でも魔物との戦闘時にそんなことは言ってられないだろう?

だから一般的な剣は“切る”のではなく、“叩き切る”ことを主眼に作られている。

だがボビー師匠の理想はあくまで“切る”事、それは扶桑国の武器である刀にも言える特徴なんだよ。

刀の使い方に力はいらない、これは最終的な理想形の話になるんだけど、“添えて引く”、それだけで全てを切り裂く、それが刀なんだ」


そう言いケビン君が収納の腕輪から取り出したもの、それは深緑色をした鞘に収まった直刀。


「えっ!?」

ケビン君の持つ直刀、その柄に嵌まる目貫から目が離せない。あれは嘗て刀守りの一族と呼ばれた我が家の家紋に記されていた“黒鴉”。


「あの、ケビン様、その直刀はもしや“黒鴉”ではないでしょうか?」

咄嗟に口から出た言葉、それは百年前に失われた我が一族の誇り、御刀之守家の存在意義であり代々受け継いで来た一族の使命。


「えっ?あっ、はい。これは確かに“黒鴉”ですね。でも織絹さんが何故それを?」

そう言い直刀の柄に手を添えるケビン君。


「駄目です、その刀は!」

“スーーーーッ”

止める間もなく引き抜かれた刀、鈍色に光る刀身が妖しい美しさを放つ。

その形状、その波紋、その落ち着いた風格はまさに口伝にある黒鴉のもの。

だが・・・


「えっ、何故黒鴉を抜いて平気なのですか?その刀は決して人を認めない。

触れた者の魔力を吸い尽くす妖刀、それが“黒鴉”のはずでは・・・。

形状を真似た贋作?いや、しかしあの姿は・・・」

あまりの事態に混乱する私に、ケビン君が言葉を向ける。


「その慌てぶり、本当に黒鴉の事をご存じの様ですね。確かにこの刀は“黒鴉”です。

ではありますが、ちゃんと魔力さえ与えていればそうそう暴れたりはしませんよ?

以前は結構暴れていましたけど、黒鞘に封印されていてお腹が空いていたんじゃないんですかね?

こう見えて黒鴉は大食いなんですよ」

そう言い軽く素振りをするケビン君。その動きは刀の使い方を熟知した扶桑国の兵のもの。


「ハハ、封魔の剣が素直に人に従っている?我が一族にしか使いこなす事が出来ないと言われ、“国守の鴉”の異名を誇った呪物が・・・」


数々の常識を打ち壊し混乱の渦に叩き込むマルセル村の理不尽、それはその地を訪れた全ての者に平等に齎される。

異国の地より辿り着いた戦姫は、唯々その流れに翻弄されるしかないのでありました。

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