第311話 転生勇者、冒険商人(予定)と共に修行する (大量の魔物を添えて)

マルセル村の中心部、村の健康広場には多くの村人が集まって談笑している。

女衆は口々に自らの理想を口にし、男衆は示された新たな目標に笑みを漏らす。

そんな健康広場に集まっているものは何も村人ばかりではない。

馬六頭、グラスウルフ十六体、シャドーウルフ一体、ブラックウルフ一体、ワイルドベア二体、オーク一体、ホーンラビット二体、キャタピラー六体、小型地這い龍四体、スライム一体。

そんなある種異様な光景にも関わらず、マルセル村の村人たちは平然とし、中にはその魔物たちと戯れる者達まで居る始末。


「ねぇ、ジェイク君。俺の思い違いじゃなければ、ここにいる魔物って、キャタピラーを除いて全てが村を壊滅させ得るほどの戦力だと思うんだけど・・・、気のせいかな?」

マルセル村に滞在して一月半。大分非常識には慣れて来たと思っていたアレンは、それがまだまだ浅い理解であった事を思い知らされる。


「ハハハハ、まぁこうやって一堂に会すると壮観ですよね。チョッとした魔物軍団ですものね」

ジェイクは乾いた笑いを浮かべ返事をしつつ、“他にもキラービーの隊長さん方もいるんだよな~。流石にあれは黙っておこう”と自分なりの気遣いを見せるのだった。



「皆さん、お忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。

皆さんのご協力のお陰もありまして、春先まで掛かると予想されていた厩建設も終わり、この冬の建設工事予定も無事終了いたしました。

ケビン建設代表といたしまして感謝申し上げます、大変ありがとうございました。


と言う訳で俺の大まかな予定は粗方片付きましたので、女衆から要望のありました覇気習得訓練を行いたいと思います。

男衆の中でも昨年の春の動乱に参加なさった方々は既に覇気を身に付けられていますし、子供たちも習得済みとは思いますが、簡単なおさらいと言う事でお付き合いください。

領都から来られたケイトのご学友に申し上げます。これから行う覇気習得法は、これ迄の冒険者などの間で行われていたものとは異なる全く新しい方法となります。人には決して言わない様に。

覇気は武器です、刃物や攻撃魔法と何ら変わりません。それらが広く伝わる事は、多くの者が危険に曝される事と変わらないと憶えておいてください。

ほんの親切心が何千人もの人を殺す事になると意識し、教えを請われても“剣鬼ボビーの教えです”と言って誤魔化す様に」


広場に溢れる笑い。「お主はまた儂を~」と言ってボビー師匠が文句を言いますが、ケビンお兄ちゃんはその言葉をサラッと受け流します。


「はい、この様に覇気を身に付けるといつまでも元気で若々しくいられるという訳ですね。

俺は覇気について専門的に研究している訳ではないので、これはそうではないのかと言う程度の話ですが、どうも覇気は男女によってその効果に違いがあるようです。

男性はその効果が攻撃性に強く結び付き、筋力や持久力、瞬発力の強化に繋がっている様に思われます。

対して女性は自己治癒効果、耐久力や若さ、柔軟性と言った方面が顕著に見られます。

これはマルセル村の覇気の使い手、ボビー師匠や父ヘンリーが攻撃特化であるのに対し、元村長の“守護者シンディー・マルセル”様やミルガルの冒険者ギルドギルド長“白銀のエミリア”が、美魔女と言われる程の若さと美しさを保ち続けている事からも明らかでしょう。

言い方を変えれば狩りに出て獲物を捉える役割を担う男性と、子を産み育てる役割を持つ女性との生物的違いと言えるのかもしれません。

話は逸れましたが、この様に覇気とは何も戦う為の武器と言うだけでなく、健康でより良い人生を送る為の手段ともなり得る技術なのです。


では具体的に覇気を身に付けるのにはどうすればいいのか?

これはいたって単純、覇気を感じ自らの覇気を操ればよい。原理は皆さんが<魔力纏い>を身に付けた方法と同じです。

ただこの覇気を感じると言う事が難しい。何故なら私たち人間は常日頃から周囲を魔力に覆われ魔力により支えられながら生きているからです。

魔力は与えられる力、覇気は内から生み出す力と言ってもいいでしょうか。

これは厳密には違うのですが、今はその理解で結構だと思います。

まずは覇気を感じてみましょう。ボビー師匠、お願いします」


ケビンお兄ちゃんの声にボビー師匠が前に出ます。ボビー師匠は「ふむ、では行くぞい」と言って覇気を高めて行きました。


“ブオッ”

「「「ウグッ」」」

「「「キャッ」」」

“““ヒヒ~ン”””

“““キャウン”””

“““モゾモゾモゾモゾ”””


覇気に慣れていない人と馬と魔物が驚きの声を上げます。アレンさんやベティーお姉さんたちもビクッとした顔をボビー師匠に向けています。


「はい、どうもありがとうございました。今のが所謂覇気と言うものです。魔物に対して威圧を掛けたり、隙を作ったり。力量差があれば覇気だけで相手を気絶させる事も出来たりします。

戦闘時は己の身体能力を上げる目的で使う事がほとんどですが、小技としても何かと使える技術です。

次に俺の覇気を感じ取ってみてください」


ケビンお兄ちゃんはそう言うと、広場全体に覇気を広げます。でもそれはさっきボビー師匠が発したものとは全く異なった、優しさと温かさを伴ったもの。

それはまるで春の暖かな日差しの中で日向ぼっこをしている様な、そんな感覚。


「これは先程話に出た健康に関わる覇気、治癒系の覇気となります。覇気とは何も攻撃だけではない、癒しにも使えると言う事がお分かりになっていただけたかと思います。

覇気はその運用法により攻撃にも癒しにも使える、覇気を感じる訓練も攻撃性のものではなくこの治癒系の覇気でも十分訓練になることが分かっています。

では覇気を感じる事、覇気に慣れる事から始めて行きましょう」


ケビンお兄ちゃんの号令の下、覇気習得訓練は始まった。そうは言っても静かに心を鎮め、ケビンお兄ちゃんが発する温かな日差しのような覇気を受け続けるだけなんだけど。


「アレン君たちは覇気自体あまり馴染みがなかったかな?この訓練では覇気の強さを徐々に上げて行って、最終的にスタンピードを単騎制圧した時のボビー師匠の覇気に耐えられるくらいになって貰うって感じだから。

覇気自体を操れなくとも覇気による不意打ちには耐えられるようにはなるから安心してね。ジミーやジェイク君たちは具体的な覇気の運用についてだね、まずはボビー師匠の所に付いて教えてもらってくれる?

全体の指導が終わったら俺も見に行くから、その時に治癒系の覇気に付いて話をしようか」


ケビンお兄ちゃんはそう言うと、健康広場全体に治癒系の覇気を広げながら村人たちの指導に向かうのでした。


「・・・ねぇジェイク君。度々聞いて悪いんだけど、ケビン君って何者?

俺と同じ十三歳とはどうしても思えないんだけど、長年武術の道に身を置いてる老師にしか見えないんだけど?

覇気って金級冒険者が使う奥義的な技術だったよね?

何で旅立ちの儀の前の青年がそんな特別な技術をこれほど滑らかにこれほど大規模に使えるの?

俺、さっきから凄く体調がいいんだけど、これってどう考えても広域治癒魔法の領域だよね?これが辺境の普通なの?俺、なんか色々限界なんだけど?」


ケビンお兄ちゃんのケビンお兄ちゃん振りに、遂に壊れ始めたアレンさん。アレンさん、あなたは凄い人だったよ、このマルセル村に来て今の今まで順応し続けて来たのは称賛に価すると思います。

そんなアレンさんの視線の先には、ワイルドベアの頭を掴んでガシガシと撫でるケビンお兄ちゃんの姿。


「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」

“マルセル村にようこそ”

俺は何処か遠い目をするアレンさんの背中をポンポンと叩き、ウンウンと頷くのでした。


――――――――――――

ホーンラビット牧場脇の厩の建設が終わった。

収容可能頭数百頭と言うかなり大きな厩、マルセル村最大の建造物と言ってもいいだろう。その建設に掛かった日数、僅か三週間・・・。

有り得ないだろう!?下手したら今年の夏前に終わればいいかなって言う大工事よ?

ケイトが帰って来てくれたから何とか骨組みと屋根の板張りにまで行ければいいなって思っていたくらいの代物しろものよ?

女衆の本気って怖い。人手がある事は工期短縮に繋がるってのは街道整備でも分かってはいましたが、まさかここまでとは。

宥めすかし叱咤激励し、男衆の扱いの巧みな事。よく女性はコミュニケーションの生き物って言うけど、組織運営をさせたら断然男性よりも上手いんじゃないんだろうか。

特に今回は全員の目的が一致している、一糸乱れぬ集団行動とはまさにこの事。適材適所の采配により着工開始から僅か三週間と言うあり得ない速さでの完成を見たのでありました。


そうなるとお断り出来ない案件がですね。

そう、覇気の習得でございます。

手っ取り早い手段としては黒鴉で魔力枯渇寸前にして覇気をぶつけまくればいいんですけどね、流石にそれはまずいでしょうってんで今回は草原でお馬さん方に行った覇気習得法を採用。大体二週間もあればボビー師匠の覇気にも耐えられる様になるはずです。

後はボビー師匠や父ヘンリーの覇気に耐え続ければ、その後二~三週間で勝手に覇気を覚えるでしょう。ジミーたちは魔力枯渇訓練って言う下地があったからすんなり覇気の使い手になれたけど、村人たちもそこまでの結果は求めてはいないですからね。

要は覇気による健康効果、だったら呼吸法との併用で十分でしょうってのが俺の見解。


アレン君たちには学園に帰ってから織絹さんが教えるんじゃないかな?

扶桑国の覇気訓練方法も聞いたんだけど、呼吸法と実戦、精神の集中により覇気を感じ身体を使うってやり方だったんだよね。

学園にはダンジョンもあるし、大丈夫なんじゃないかな。

因みにケイトさん、僅か一日で覇気の基礎を身に付けました。

黒鴉による魔力枯渇空間で呼吸法をやらせたり覇気を当てたり手を掴んで覇気を巡らせたりってしてたら、使える様になっちゃったんですね~。

この子ってば天才、魔力枯渇に耐えられるってのも大きいけど、それを抜きにしても凄いと思います。


で、この際だから魔物従業員の方々にも覇気を学んでいただこうと思った次第でございます。

ブー太郎は既に指導済み、今回は助手ですね。それと白玉師匠が独自に覇気を習得なさっておられました。自力で魔境にまで至ったホーンラビット、命懸けの戦いなど数知れず、その底力は半端なかった様です。

意外と言うか例外と言うか、団子先生も覇気を身に付けておられました。


「・・・なんで?団子って別に戦いに身を置いていないよね?大体ゴロゴロしてるかボケ~っとしてるよね?」


“キュキュッ、キュ~”


「“風を感じ、大地を感じ。自然と一体となり、一つになる事で自分の中の根源に触れる事が出来た。覇気とはすなわち生きていると言う事、生命の煌めき、それが覇気。

気付く事、繰り返す事で覇気はモノに出来る”

・・・あんた誰?

えっ、団子先生?何か老師がおられるんですけど?白玉とは別のベクトルで真理に至っちゃった御方がおられるんですけど?」

空を眺め、どこか遠くに思いをはせる団子老師のお姿に戦慄を覚える俺氏。


“ポヨンポヨン”

““キャウァ、クワッ!””

何かに気が付いたのか、飛び跳ね身をくねらせ、喜びを露にする魔物三銃士の方々。


「“分かった~”ってマジ!?大福先生、団子の説明で分かったの?

緑と黄色は“畑仕事と一緒”ってそう言うものなの?」


その後も次々と覇気を理解し身に付ける従業員の皆さん。どうやら<業務連絡>を使って覇気の感覚を伝え合っている様です。と言うか<業務連絡>って感覚の共有も出来たの?何となく分かる?マジですか。


覇気を受ける・覇気を学ぶ⇒業務連絡で感覚の共有⇒習得

・・・これってヤバくね。


覇気を習得した魔物軍団爆誕。

物の序のほんの思い付きが、とんでもない事態を引き起こす事がある。

この事はあまり公にしない事にしよう、野生の勘で覇気を身に付けた、魔物って凄いな~。

知らない方が幸せな事もある。

また一つ“まどうのしょ”に記載する特記事項が増えたとげんなりする、ケビンなのでありました。


――――――――――

宣伝です。

新作始めました。

「桃ちゃんと一緒 召喚され世界の壁となった俺は、搾り滓として転生す」

です。

召喚された人妖“のっぺり”が転生するお話です。

のっぺり改めノッペリーノの活躍をお楽しみください。

登場は三話からです。


by@aozora

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