第306話 村人転生者、王都のお貴族様とお話する

「失礼します、村人ケビン、アルバート子爵様のお呼びにより参りました」

扉を開け入室して来た者は、先程街道で二体の地這い龍を使役していたテイマーの小僧。


「アルバート子爵様、あの、どういったご用でしょうか?

そうそう、街道の整備工事が完了いたしました。ゴルド村のホルン村長からアルバート子爵様によろしく伝えて欲しいとのお言葉を預かっております。

あっ、こちらは王都の、大変失礼いたしました。田舎者故のご無礼、どうかお許しください」

そう言い膝を突いて頭を下げる小僧。その姿にアルバート子爵の話に緊張していた心が余裕を取り戻す。

自分は一体何を恐れていたと言うのか、自分はヘルザー・ハンセン宰相閣下が名代、自身の言葉はすなわちオーランド王国の意思。たかが一自治領貴族のグロリア辺境伯家が如何程のものだと言うのか。


「貴様、先程の二体の地這い龍と大福とか申す特殊スライムの使役主であったのだな。して何故我が配下の者が気を失った状態で村門前に送られて来たのか。

貴様にはあの二体を引き渡すように申したはずであるが?」


それは高位貴族からの威圧、絶対者の言葉にたかが平民ごときが逆らう事など許されない。


「は、はい、申し訳ございません。私は、その、緑様と黄色様の使役など不可能であると申し上げたのですが、戯言と一笑に付されてしまいまして、結果あの様な事に。

大変申し訳ありませんでした」

平伏した状態で謝罪の言葉を続ける小僧、だがその仔細が分からない。


「ふん、それでは話がまるで分からん、面を上げよ。そしてその仔細、嘘偽りなく申せ」

平伏した小僧に高位貴族たる自身に逆らう様子はなく、またその手段もない。

エラブリタイン伯爵の威圧の籠った言葉に村の青年ケビンは面を上げ、事の詳細を語り始めるのだった。


「いと尊き御方であるお方様、並びにそのお付き様方に申し上げます。

これはマルセル村の安全に関わる秘密である為村でも極一部の者しか知りえぬ事、他の者は知らぬと申していると言われましても、それは始めから聞かされていない事だとご理解ください。

初めてお方様のお付きの騎士様から“そこの魔獣を従えたテイマーがおろう”と問われたとき、私は“これなる魔物は私奴わたしめが契約を結んだ作業員でございます”とお答えした事を覚えておいででしょうか?」

そう言い周囲を見渡すケビンに、「そうであったか?いや、言われてみればテイマーであるとは言わなかったような」と言う声が漏れる。


「私はあの時自身がテイマーであるとは一言も答えてはおりません。なぜなら私はテイマーではないからです。

そしてあの二体の魔物、緑様と黄色様、それとお話にありました特殊スライムである大福様とは使役関係にはありません。

先程も申したようにあの三体の魔物様は私のスキル<魔物の雇用主>によって雇用関係を結んでいるだけなのでございます」


そう言い再び頭を下げるケビンに、早く続きを申せと話を促すエラブリタイン伯爵。

ケビンは「少々話が長くなりますので」と言って、部屋に控える執事のザルバにマルセル村特産のお茶をお出しするように依頼するのであった。


“スーーーーッ”

「ふむ、口の中に広がる甘い風味、すっきりとしていて気分が落ち着いてくるような気がする。これは中々に良い飲み物であるな」


「はい、これは大陸の東の海に浮かぶ島国扶桑国に古くより伝わる“蒸し茶”と呼ばれるお茶でございます。

ここマルセル村は様々な理由により逃げ延びた訳アリのよそ者が、肩を寄せ合い住み暮らす辺境の地。その者たちは私たち普人族とは違う額に角の様なものの生えた鬼人族と呼ばれる種族の者たちでございました。扶桑国はその鬼人族が治める土地であり、この蒸し茶も鬼人族特有の文化なのでございます。

マルセル村においてお茶の木の栽培を行い、村に新たなる文化を齎してくださった方々なのでございます」

ケビンの説明に「ふむ」と納得と言った表情になるエラブリタイン伯爵。

様々な訳アリが集まる特殊な土地であればそうした事もあるのであろう。


「御方様にはまず私の職業について申し上げます。私は昨年冬の授けの儀におきまして、女神様より<田舎者>と言う職業をいただく事が出来ました。

この職業は複数の職業の職業スキルを内包した総合職と呼ばれるもので、そのどれもが専門の職業に及ばない事から“それぞれの職業の劣化版”と言われる俗に言う外れ職業と呼ばれるものです。

私の場合その中に先程も申し上げました<魔物の雇用主>と言うテイマーの劣化版とも言えるスキルがございました。

その内容は魔物を雇用出来ると言うもの。ただしこれはあくまで雇用です、商会主が従業員を雇い入れる様に、魔物に交渉し、利益を提示し仕事についてもらっていると言う関係なのでございます。

この契約はあくまで魔物が主体、魔物が拒否すれば契約を結ぶ事が出来ず、たとえ契約状態にあっても魔物側から拒絶されれば仕事を行ってもらえないと言うものなのでございます」


「はぁ?なんだそれは?その様なスキルなど聞いた事もない。魔物が主体?では戦闘はどうなるのだ」

困惑と言った表情で疑問を口にするエラブリタイン伯爵、それに対しケビンは申し訳なさそうな表情で答える。


「はい、魔物側の気分次第としか。こちらが戦って欲しい時や戦って欲しくない時はお願いする。魔物側がそれに応えてくれればよし、そうでなければ被害を受ける可能性もある。そうならない様に日頃から互いの関係構築に心を砕く。

これは商会主と従業員の関係でも言える事なのではないでしょうか?

それともう一つ問題が。

大福様、緑様、黄色様は大変特殊な魔物様でございます。お支払いする報酬もその存在値に比例すると言いますか、正直支払えないと言いますか。

あの御方々がこの地に残ってくださっているのは、魔物様方の恩情なのでございます。

先程御方様が申されました“配下の者が気を失った状態で村門前に送られて来た”と言ったお話ですが、単純に魔力枯渇を起こされたからとしか。

緑様、黄色様は自身を使役するに値するか否かを自身の要求を叶えられるか否かで決めておられる様でして。

私の場合は一切の命令支配をする事が出来ませんので、そこまでの要求ではないのですが、それでもすべての魔力は捧げさせていただいております」


はぁ?この小僧は一体何を言っている?魔力枯渇?配下の者が、いや、共に連れて来たテイマーもだと?


「えっと、こればかりは実際に経験してみないと何とも申し上げる事が出来ないのですが、私も現在魔力枯渇を起こしています。と言うか魔物様方と契約を結ぶと言う事はそう言う事なのでございます」


「なっ、馬鹿を申せ、魔力枯渇を起こして動ける者など居るものか!?」

怒鳴り声を上げるエラブリタイン伯爵、それは馬鹿にされたことに対する素直な怒り。だがケビンは首を横に振り言葉を続ける。


「御方様はご理解出来るかどうか、辺境の寒村とは冬場の寒さによる凍死に怯え、食べ物がなくやせ細り飢餓に震える、そんな場所。

そんな状態で生き残り続けた者の中には己の魔力を使い切り生命を維持し続けた者もいる。

そうした者たちは自然に魔力枯渇に対する耐性が付くのです。

魔道具の中には使用者の魔力を吸い尽くす呪われた魔道具と呼ばれるものがあるとか、おそらく私はそうした魔道具を手にしても倒れる事は無いのでしょう。

これは偏に環境と訓練の賜物かと。

それだけ辺境で生き残ると言う事は困難であったのです。

アルバート子爵様、よろしければ気を失っておられるお方様方にこちらのローポーションを差し上げてみてもらえませんでしょうか?

これは私の経験なのですが、何も食べ物が無くふらふらになり倒れそうだった時、ローポーションを飲む事で意識を保つことが出来たのです。

もしかしたら多少の魔力回復効果があるのやもそれませんので」


ケビンはそう言うと腰に下げたポーチより何本かのポーション瓶を取り出し、執事のザルバに渡すのだった。


「御方様に申し上げます。これより魔物様方をお連れ致しますのでテイマー様にテイムを試していただき、ご納得いただければと存じます。

ただその際御方様は離れておられた方がよろしいかと、魔物様方が自身を使役しようとする者であると判断されてしまうと試しを受けさせられてしまうかもしれませんので」


ケビンの言葉に訝しみの視線を送るエラブリタイン伯爵、そしてその疑問を口にする。


「その方に問う。仮に我がその試しを受けなかった場合、魔物どもは我の言う事は聞かぬと言う事にはならぬのか?」

「いと尊き御方様に申し上げます。御方様が命令を下すのは魔物を使役したる者、何も御方様が直接使役する必要はないと愚考いたします。政治とは得てしてそうしたものなのではないでしょうか?」


「ふむ、確かにな、その様な些事は配下にやらせればよい事。相分かった、その試しとやらを直ぐに執り行うとよい」

「はは~、では私は魔物様方をお連れ致しますのでしばしお待ちいただければと存じます」

そう言い急ぎその場を下がるケビン。エラブリタイン伯爵は今度こそ望みの魔物たちが手に入ると口角を引き上げる。



「お待たせ致しました、大福様、緑様、黄色様をお連れ致しました」

待つこと暫し、先の小僧が準備が出来たと知らせて来る。エラブリタイン伯爵は意識を取り戻した配下やテイマーを伴い、村役場の玄関前に集まるのだった。


「ではこれより私は魔物様方との繋がりである雇用関係を解除いたしたいと思います。以後魔物様方と私を繋ぐものは無くなります故、十分ご注意くださいます様お願いいたします。

大福様、緑様、黄色様、これまで大変お世話になりました。

皆様方がこれから先も幸せな生を送られる事を遠くマルセル村よりお祈りいたしております。

<解雇:対象:大福・緑・黄色>」


ケビンが<魔物の雇用主>のスキルである<長期雇用契約>の解消を宣言する。

三体の魔物の額の部分が光り、それとともに雇用主であるケビンとの繋がりが消え去って行く。

ケビンの中から失われていく何か。それはとても大切であった繋がり、心の奥で結びついていた絆。

ケビンはとても悲し気な、悲痛とも呼べる表情を浮かべながらも、自分の役割は終わったのだとその場をお方様方に譲る。


「フフフ、俺は運がいい、これ程強力な魔物を使役する機会が巡って来ようとはな。

おまけに伯爵家の専属テイマーときた、これほどの役目を持つテイマーなどこれまでの歴史を紐解いても俺が初めてなんじゃないか?

クックックッ、アッハッハッハッ。魔獣ども、せいぜい俺の為に働いてくれよな、<テイム>!!」

エラブリタイン伯爵家の専属テイマー(予定)が高らかにテイマーの職業スキルである<テイム>を宣言する。

地位も名声も、その全てを手中に収める。

エラブリタイン伯爵は満面の笑みを浮かべその様子を眺める。


「さぁ魔物ども、俺様の言葉に従い我らが主であるエラブリタイン伯爵閣下に忠誠を誓うのだ!」

伯爵家専属テイマー(予定)は興奮しながら三体の魔物に指示を飛ばす。


「どうしたお前たち、俺の言う事が・・・<テイム>、<テイム>、<テイム>、何故だ、何故俺の言う事を・・・」

テイマーの声音が喜色から焦りへ、そして恐怖へと変わる。

強大な魔物を<テイム>しようとして失敗したテイマーの末路、それは避け様のない魔物の反撃による死、自身は今生死の境に立たされていると自覚してしまったが故に。


「どうした、<テイム>は成功したのであろう?我が前に平伏させるのだ」

嬉し気にテイマーの下に向かうエラブリタイン伯爵。目の前には二体の地這い龍と四本の釜首をもたげた巨大なヒドラ。その全てが自身の指揮下に加わる、これを喜ばずして何を喜べと言うのか。


「無理です・・・」

「ん?なんだ、良く聞こえないぞ?はっきりと申してみよ」

何故か青ざめ小刻みに震えるテイマーに、言葉の先を促すエラブリタイン伯爵。


「無理です、こんな相手をテイム出来るはずがない。終わりだ、俺たちはこの場から生きては帰れない!!」

テイマーがそう叫び声を上げた次の瞬間、

“ブオッ”

途端膨れ上がる強大な気配、その内包する魔力は周囲のもの全てを巻き込み破壊する巨大な竜巻。

我々は触れてはいけない何かに触れてしまった、そう自覚したときはもうすでに遅く、ロベルト・エラブリタイン伯爵及びその配下の者たちの意識はその場で断たれてしまうのであった。

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