第305話 辺境子爵、王都のお貴族様とお話しする

“ゴトッ、トントントンッ”

ケイトが最後の大型ブロックを街道に設置する。ケビンはその様子を見届けると、周囲の人々に宣言する。


「マルセル村、ゴルド村間の街道整備、無事に完了致しました。

皆さん、お疲れ様でした!!」

「「「万歳~、万歳~、万歳~!!」」」


“パチパチパチパチパチパチパチパチ”

ゴルド村村門前の草原では、マルセル村、ゴルド村の村人たちが集まり、街道整備の完成に歓声を上げる。

皆が肩を叩き合い、握手を交わし、その喜びを共有する。


「ホルン村長、わざわざお立ち合いいただきましてありがとうございます。

ご覧の通りマルセル村に続く街道の整備は完了致しました。今後はこの街道を多くの商会馬車が行き交う事になるでしょう。

他領となってしまった為、ゴルド村の街道整備事業のお手伝いをする事は叶いませんが、今後もマルセル村をよろしくお願い致します」


手を差し出し挨拶をする現場責任者の青年ケビン。

ゴルド村村長ホルン・ゴルドはその手を握り返し、笑顔で言葉を返す。


「冬場の厳しい環境の中、この短期間でよくぞ作業を完成させたものだ。後ろの従魔を紹介されたときもそうだが、ケビン君にはいつも驚かされてばかりだよ。


ゴルド村周辺の街道整備も順調に進んでいる。エルセルに向かう街道の改修工事完了には暫く時間が掛かるが、エルセル側からの作業は問題なく進行していると聞いている。何でも冒険者たちが積極的に働いてくれているらしい。

グロリア辺境伯様の粛清以降エルセルの治安が急速に改善されたと聞いてはいたが、冒険者の質も相当に良くなっているそうだよ。

“街道を接する隣村同士、これからもよろしくお願いします”とアルバート子爵様にお伝え願えるかな?」


「はい、その御言葉、確かに子爵様にお伝えさせていただきます。それでは我々はこれで、ホルン村長もお身体に気を付けて。

皆さん、マルセル村に帰りますよ~。今夜は街道整備完了記念です、食堂で思う存分飲み食いしてください、木札はケビン建設代表の俺が持ちましょう!」

「「「おぉ~、流石ケビン、気前がいい。今夜は存分に飲むぞ~~~!!」」」


片付けを済ませ意気揚々と幌馬車に乗り込んでいくマルセル村の男たち、幌馬車は軽快な音を立てて完成したばかりの街道をマルセル村に向かい去って行く。


「緑と黄色は指輪に入ってくれる?<ホーム>

キャロルとマッシュはケイトと一緒に幌馬車に。それじゃ俺たちはこれで、ゴルド村の皆さんもお元気で」

“カラカラカラカラ”

軽快な走行音、振動の少ない街道は自然馬車の速度を加速させる。

そんな幌馬車を見送るゴルド村の村人たちは思う、これはゴルド村の未来、我が村はより一層の発展を遂げるはずだと。

街道とは物流と経済を支える生命線、これから先ゴルド村で生産されたビッグワーム農法による新鮮でおいしい野菜やビッグワーム干し肉は、グロリア辺境伯領内の人々の食卓を潤す事となるだろう。

マルセル村に続け、マルセル村を越えろ!

ゴルド村の村人たちの挑戦は続く、この美しい街道を走り去って行くマルセル村の村人たちの背中を目標にして。


――――――――――


「ケビン君、それに皆さん、お帰りなさい。街道の整備は無事終了したみたいだね、怪我もなく終わったみたいで何よりだよ。

それと団子と一緒にやってきた不審者は村役場に寝かせてあるから、アルバート子爵様には報告しておいたよ。

それと王都からやって来たお貴族様、メダチタイだかエバリタイだかって名前の伯爵様、ジェイク君たちと戦う大福の姿を見てえらい興奮なさっていてね、“これは王家に対する明らかな反意、一地方領主がこのような戦力を有していいとでも思っているのか!?この魔物はこのロベルト・エラブリタインがヘルザー・ハンセン宰相閣下の名代として接収する”とか言ってアルバート子爵様に迫っていたよ。

なんでも“あの魔物を使役しているテイマーを今すぐ連れてこい”だったかな?

それとアルバート子爵様からの伝言で、“なるだけ穏便にお願い、殲滅だけは勘弁して”だと。あれじゃまた胃薬の消費量が上がってるんじゃないかな、アルバート子爵様、凄い不憫だったわ~」


村門前では本日の門番担当のギースさんが出迎えてくださいました。

行き成り緑と黄色を寄こせとか言い出す様なお貴族様ですからね、予想の範囲内と言うか典型的な貴族至上主義のお方?

“我は貴族である、我の言葉は絶対である”

今回は宰相閣下の名代と言う後ろ盾もあって超強気、“我こそは国家、我に逆らうは国に仇なす逆賊と心得よ”なんて平気で仰るお方たちだもんな~。

超面倒くさい。

まぁそれでも行かないといけないんですけどね、これからもこう言った事は往々にしてあるでしょうし、俺も少しは交渉事と言うものを勉強しないといけませんし。


「分かりました、俺はこの足で村役場に向かおうと思います。

アナさん、悪いんだけど村の女衆に声を掛けて食堂で男衆に料理を振舞ってもらえる?あとワインも出してあげて、街道整備完了のお祝いって事で。

メイド隊の二人は今頃お偉いさんのお世話があって顔を出せないと思うから、村の皆で楽しんじゃってよ。

食材が足りない様ならボイルさんに言えば出してもらえる様にしておくから。

木札の方は俺持ちで清算しておくから気にしないでって言っておいてね。

男衆の皆さんは一度家に戻って奥さん方に断りを入れてから集まってくださいね、無許可で参加して怒られても俺はかばいませんからね。

お貴族様方がうろついてますから気お付けてください、特に村役場前は避ける様に。それじゃここで解散とします、お疲れさまでした」

「「「お疲れさまでした」」」


それぞれ楽し気におしゃべりしながら家路につく村人たち。幌馬車は収納の腕輪に仕舞いお馬さん方はキャロルとマッシュにホーンラビット牧場まで連れて行ってもらいます。その際気配を隠してスニーキングモードで行動するようにとの指示も忘れません。

精霊様には姿を消してアレン君の元に戻るようにお願いし、ケイトにはアナさんのお手伝いを依頼、そんで俺っちは村役場にGO。

面倒は大きくなる前に処理するに限ります。俺は厄介事をさっさと済ませ宴会に参加すべく、行動を開始するのでした。


―――――――――――


「えぇい、あの小僧はまだやって来んのか!我を待たせるとは貴様らは一体何をしでかしているのか分かっておるのか!?

我はヘルザー・ハンセン宰相閣下の名代、その意味が理解出来ぬほど愚かと言う事でもあるまい、であるのなら意図しての行動と判断するがそれでよいのであろうな!?」


中々訪れぬ吉報、ロベルト・エラブリタイン伯爵は、そのいら立ちを隠そうともせず、アルバート子爵に強く迫る。


「ハハハ、大変申し訳ございません。何分この地は“オーランド王国の最果て”、“貴族令嬢の幽閉地”マルセル村でございます。冬場の餓死者こそなくす事が出来たとはいえその立地的条件が解消したとは言い難い、そんな土地でございます。


エラブリタイン伯爵閣下はおかしいとはお思いになりませんでしたか?

たかが辺境の村長がこの短期間に子爵の地位にまで上り詰めた事に。いくら妻が貴族令嬢で男爵家の後を継ぐ者がいなかったとはいえ、普通は貴族の地位を手に入れるところまでがせいぜい、子爵位を賜る様なことなどありえないし、ましてや諸領地を拝領する事など夢のまた夢。

その様な本当なら絶対にありえない様な事をこの私が意図して画策出来たとお思いでしょうか?

エラブリタイン伯爵閣下から見て私はそれほどまでに野心家で智謀に優れた人物に見えましたでしょうか?

であるのなら過分の評価と感謝申し上げねばならないところではございますが・・・」


「ふむ」

エラブリタイン伯爵は腕組みをして考える。確かにこのアルバート子爵が先程本人が述べたような策謀家に見えるかと聞かれれば、それは難しいと言わざるを得ない。それほどまでにこの男は凡庸で、片田舎の村長以上の覇気を纏ってはいないのだから。

唯一評価すべきは、こうして高位貴族である自身と臆することなく話が出来ると言った点であろうか。


「その御懸念はもっとも、私自身なぜこの様な事態になってしまったのか未だ困惑していると言ったところが実情なのでございます。

ではなぜこうした話になっているのか、それはここマルセル村が“オーランド王国の最果て”であり、国民の全てから忌避される“天然の牢獄”だからなのでございます。

エラブリタイン伯爵閣下はここマルセル村に向かう時、こうお思いにはなられなかったでしょうか?“なぜ自分の様な気高きものがあの様な辺境くんだりに向かわねばならないのか”と。

王都からこのマルセル村にはどの様な素晴らしい馬車を使おうとも一月は掛かります。平民であれば二か月から三か月は掛かる道程、それほどまでに隔絶した土地。

更に言えば周囲を魔の森に囲まれそのすぐ後ろには大森林が広がると言う国内有数の危険地帯、何時魔物に襲われて村が全滅してもおかしくないと言う薄氷の上に立つ村、それがマルセル村なのです。


その様な村にはこのオーランド王国各地から様々な事情を抱えた者がやって来る。

“貴族令嬢の幽閉地”の言葉の通りこの村に幽閉された貴族令嬢は後を絶ちませんし、裏の事情により命を狙われ逃げ延びた者や迫害され他に行き場を失って訪れた者など。中には世間の煩わしさから離れる為にこの地に身を隠した強者もおります。

鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、彼らは地位や名声、金銭的欲求では決して動かない、そう言った俗世の煩わしさから逃れる為にこの村にやって来ているのだから。

この村の者たちは大なり小なりそうした事情を抱えた訳アリたちなのです。

ではその者たちを動かすにはどうすればよいのか、直接本人に働き掛けても無駄だという事は分かりきっている、ならばどうする?


利用価値のない辺境の荒れ地、周囲は危険な大森林、他領に向かうにはグロリア辺境伯領を通過しなければ何も出来ない幽閉地。

餌はただ同然どころか負の資産であるマルセル村。ランドール侯爵家との戦を前にしたグロリア辺境伯家にとって、マルセル村に眠る引き籠りたちをうまく利用する事は利益以外の何物でもなかった。

調べればそこの村長代理の妻は逃げ延びた訳アリ男爵令嬢、実家の台所事情は最悪、婿を取り家の跡取りとする話を進める事は簡単だったそうです。

この村に住む引き籠りたちの願いは単純、この寂れた辺境で穏やかに暮らす事、それならば面倒事を全てその村長代理に擦り付ければよい。

上手く行って戦で活躍すればよし、失敗しても自身の懐は痛くも痒くもない。

対して我々は必死です、それがどのような意図であれ我々にとって土地の独立、貴族からの横やりが少しでも解消することは悲願以外の何物でもないのだから。

結果グロリア辺境伯家の軍勢は勝利を収め、私は陞爵し子爵の地位を賜り、村人は安寧を手に入れた。

グロリア辺境伯家は労なくして使い勝手の良い手駒を手に入れた、しかも自領に雇い入れた訳ではなくあくまで他領です、王家や他領の貴族にも言い訳は立つ。

我々は寄り子衆の一貴族としてグロリア辺境伯家と言う大きな後ろ盾を得る事が出来た」


アルバート子爵はそこで言葉を切り、ジッとエラブリタイン伯爵を見詰める。

それは言外に“グロリア辺境伯家に対し喧嘩を売るつもりなのか?”と言う問い掛け。

自身は野心家でも何でもないただの手駒、鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーと言った隠遁した強者を引き摺り出す為だけの案内係。

アルバート子爵家の実態は、自治領宣言をしたグロリア辺境伯家の戦力集積地であると。

思わず飲み込む生唾、エラブリタイン伯爵の額に一筋の汗が流れる。


「先程エラブリタイン伯爵閣下はスライムの大福を見ておっしゃられました。

“マルセル村ではこのような化け物を飼っていると言うのか!

これは王家に対する明らかな反意、一地方領主がこのような戦力を有していいとでも思っているのか!?”と。

エラブリタイン伯爵閣下にお聞きいたします、閣下はあの大福の様なスライムを、緑や黄色の様な魔物を、他の土地でご覧になった事がございましたでしょうか?

そして今一度お聞きいたします。

あの様な魔物をたかが人如きが使役出来ると本当にお思いでしょうか?」


続けられるアルバート子爵の言葉、突然の話の展開に混乱し、上手く考えの纏まらないエラブリタイン伯爵。


“コンコンコン”

「“失礼いたします。アルバート子爵閣下、ケビンが参りました”」

「あぁ、入って貰ってください」

叩かれた扉、執事の言葉に漸くの待ち人の訪れを知る、エラブリタイン伯爵なのでありました。

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