第304話 村人転生者、王都のお貴族様をお出迎えする (2)
寒風吹きすさぶ冬の草原、そんな厳しい寒さの中街道整備に勤しむマルセル村の男たち。
彼らは村の発展を願い、物流の生命線である街道がより使い勝手の良いものへとなる様に、魂を燃やして作業にあたる。
辺境の地における冬場の野外作業とは、それ程までに過酷で気の抜けない物なのだ。
マルセル村の総力を挙げての整備作業には、村の男衆ばかりでなくマルセル村の魔物たちも当然の様に参加する。そしてその姿はこの辺境の地を訪れたとある高位貴族の目に留まる事となる。
「この中にそこの魔獣を従えたテイマーがおろう、名乗り出よ!」
その御言葉は馬上の騎士様より齎されました。
騎士様の見据える先にいる魔獣とは、小型版地這い龍の緑と黄色。俺は隣のソルトさんと目を合わせた後おずおずと名乗りを上げました。
「騎士様に申し上げます。これなる魔物は
こうした力のいる土木作業では魔物たちの力は大変便利なもの、決して危ないものではありませんのでご安心いただければと・・・」
「その方の話などどうでもよい、これよりヘルザー・ハンセン宰相閣下が名代エラブリタイン伯爵閣下よりお話がある、心して拝聴するように」
騎士はそう言うや馬を下げ視界を開ける。
その先にはいやらしく口元を歪めた件の人物、あの御方がエラブリタイン伯爵様なのであろう。
「ふむ、貴様があの魔獣の使役者か?まだ子供ではないか。授けの儀が終わったばかりと言ったところか?余程運がよかったものと見える。
貴様、我にあの魔獣を献上せよ。高貴なる我に対し魔獣を献上出来るなど、これは大変な誉れであるぞ?
分かったな?」
高貴なるお方はそれだけを告げると馬車に戻られるのでした。
「貴様、運がいいな。貴様の様な辺境の田舎者がこのような栄誉を賜るとは、この先一生ないかもしれぬ幸運。
貴様の魔獣もさぞ幸せな事だろう。
我らは役目がある故マルセル村へと向かわねばならぬが、後は王都より参ったテイマーと話を付ける様に。
しかと申しつけたぞ」
騎士様はそうおっしゃられると草原に設けた迂回路を通り、マルセル村へと走って行かれるのでした。
「・・・はい、皆さん、休憩は終了です。作業を再開しましょう。
緑と黄色は引き続き大型ブロックを作製してください。精霊様とケイトはゴルド村の入り口まで一気に作業を進めちゃってください。終わり次第男衆に合流、敷き詰めの作業に入って下さい。
それじゃ皆さん怪我の無い様に、十分気を付けて作業を行って下さい。
ご安全に!!」
「「「「ご安全に」」」」
休憩の時間は終わった。ケビン建設の者たちは己が使命を果たす為、それぞれの作業に「おいちょっと待て、そこのチビテイマー。先程のエラブリタイン伯爵閣下のお言葉を聞いていなかったのか!?」・・・この忙しい時に横合いから大声を出すよく分からない方々。一体何の用があると言うのでしょうか?
「えっと、申し訳ないんですが私共は仕事がありますので、お話はその後でお願い「貴様は我らを愚弄する気か?我らはヘルザー・ハンセン宰相閣下が名代、エラブリタイン伯爵閣下旗下の者、我らを愚弄することはエラブリタイン伯爵閣下を、延いてはヘルザー・ハンセン宰相閣下を愚弄する行為。
貴様らはオーランド王国に弓引く逆賊であるか!!」・・・・・はぁ。おやすみなさい」
“ドサドサドサドサ”
その場で急に崩れ地面に倒れ伏す男たち、俺はそいつらを彼らが乗って来たであろう幌馬車に積み込み、引き馬に言葉を掛ける。
「やぁ、なんか王都から遠路はるばる大変だったね。これ癒し草だけど食べる?疲れが取れるよ。
それで悪いんだけど積み荷の馬鹿たちをマルセル村まで運んで行ってくれる?先に御仲間の馬車も向ってると思うから。
団子~、悪いんだけど村門まで付き合ってあげて、団子が顔を出せば大体の事情は察してくれると思うから。お前はそのまま門番詰め所で休んでいてくれていいからさ。
それじゃ悪いんだけどそんな感じでお願い出来る?」
俺の言葉に“ブルルル”と嘶きで応える引き馬たち。
“パカパカパカパカパカ”
御者席に団子を乗せた幌馬車は、整備された街道を一路マルセル村に向かい走って行く。俺は暫し去って行く幌馬車の姿を眺め、大きなため息を吐いてから、自身の仕事へと戻るのでした。
―――――――――――――
「これはこれはエラブリタイン伯爵様、この様な辺境の地へようこそお出でくださいました。冬の馬車の旅はさぞや大変であったでしょう。
どうぞ屋敷の中で暖をおとりになり身体を温めてください。
今執事に身体の温まるお飲み物を持ってこさせますゆえ」
マルセル村村役場、まさに辺境の村長宅と言った風情のそこに到着したエラブリタイン伯爵は、子爵とは名ばかりのドレイク・アルバートの有り様に期待外れと鼻白む。
事前の情報によればアルバート子爵家は“オーランド王国の最果て”と呼ばれたマルセル村の村長代理ドレイク・ブラウンが妻であるミランダ・アルバートの婿に入る形でアルバート男爵家の爵位を継ぎ、グロリア辺境伯家とランドール侯爵家の戦において武功を上げ陞爵したものであったとか。
要は蛮族の平民が貴族娘を誑し込みのし上がったと言う話、自身が貧乏男爵家の四男であったことも幸いした謀略であったと言う事だろう。
しかしてその人物は見るからにおとなしげな優男、となれば弁舌を使い配下の者に働かせたか?
鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、それぞれがスタンピードを単騎制圧した経歴を持つ元高位冒険者。配下を集め自身の出自を利用しのし上がる、なかなかどうして大した蛮族ではないかと期待したのだが。
「その方がドレイク・アルバート子爵であるか。我はエラブリタイン伯爵家当主ロベルト・エラブリタイン、ヘルザー・ハンセン宰相閣下の名代としてアルバート子爵領マルセル村の視察に参った。
マルセル村の現状については“王家の剣”によりすべて白日の下に晒されている。下手な隠し立ては王家に対する反意と取られるものと心せよ」
「ハハッ、それは重々心得てございます。何なりとお申し付けくださいませ」
アルバート子爵はそう言うと、目上の者であるエラブリタイン伯爵に対し慇懃に頭を垂れる。エラブリタイン伯爵はその様子に満足げに頷くと、早速とばかりにいくつかの質問を始めるのであった。
「ほう、ではその大福とか言う特殊なスライムが多頭ヒドラに姿を変え子供たちの戦闘訓練を行っていると?そのような戯言を我に信じろと?」
エラブリタイン伯爵はアルバート子爵に訝しみの視線を向け威圧を掛ける。
「そうですね、こればかりは実際に見ていただかないと信じることは出来ないかと。いえ、実際に見ても中々信じがたい光景ではあるのですが・・・」
アルバート子爵はそう言い引き攣った笑いを浮かべる。
耳目から報告のあった多頭ヒドラは実在した。だがそれはスライムが姿を変えたものだと言う、その様な事が実際にあると言うのか?
だが先程街道で見た小型地這い龍然り、信じられないからと否定してしまえばせっかくの利益を逃してしまいかねない。
「よし、であれば我が直接見分しようではないか。その姿を変えるスライムとやらの下へ案内せい」
「ハッ、ザルバ、草原の子供たちの下へ向かいます、馬車の用意を。
エラブリタイン伯爵閣下は我々の馬車の後に従ってください。なに、狭い村です、すぐに到着いたします」
アルバート子爵は急ぎ支度を整えると、エラブリタイン伯爵を伴い“大福チャレンジ本体ヒドラに挑戦”のチャレンジ会場である草原へと向かうのでした。
――――――――――――
「エミリー、右尻尾と頭、魔法との同時攻撃来ます。魔力障壁と魔法相殺を。
ジェイク、残りの尻尾が左から。ディア、魔法弾来ます。魔力障壁を。
ジミー、頭部の横なぎです」
「「「「了解!!」」」」
“ドドドドドドドドドドド、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ブオン、「一閃!!」ズバンッ”
けたたましい騒音、激しい魔法と尻尾による物理攻撃。若者たちはその
振り上げられた右前足、先程までの恐るべき魔獣の攻撃は、全てがこの一撃の為の布石。
「まずい、地揺れが“ズド~~~~~ン”キャーーーーッ」
大地を揺さぶる衝撃は、その場に立つ全ての者たちの行動を不能とする絶対の一打。
“スーーーーッ、ドドドドドドドド”
「「「「「ギャ~~~~~~~!!」」」」」
撃ち出された高速の魔法連射、そのアースボールの衝撃は地面にひれ伏す者たちに容赦なく襲い掛かる。
その惨劇が終わった後、その場に立ち上がる事の出来る挑戦者は誰一人として残されていないのであった。
「ベティーとローズはフィリーちゃんとディアさん、エミリーちゃんの介抱を。
俺とミッキーはジミー君とジェイク君の下に向かう。
骨折をしているかもしれないから状態をよく観察して、まずいと思ったらすぐにミッキーに知らせて」
「「「了解!!」」」
アレン率いる救護班は、すぐに救助活動を開始、幸い命に別状はないものの(大福先生の手加減)重症であることに変わりはない。
ケガの有無、頭部のダメージ、内臓のダメージなどの状態観察を行い、使用すべきはポーションかハイポーションかの判断を下す。
物資は有限、正確な負傷の判断、適切なポーション使用も冒険においては重要な技術なのである。
「これは一体何であるか。我は一体何を見せられているのか・・・」
それは意識せず自然と漏れた呟き。目の前で繰り広げられた光景は若者たちの見事な連携、だがその様なものはあの魔獣には関係がない。
人の技など無意味とばかりに容赦なく降り注ぐ悪夢のような魔法の連撃、どの様な戦士であろうともあの様な化け物に勝てるはずもない。
「ハハハハ、これが報告にあった多頭ヒドラ。このマルセル村ではこのような化け物を飼っていると言うのか!
ドレイク・アルバート子爵!
これは王家に対する明らかな反意、一地方領主がこのような戦力を有していていいとでも思っているのか!?
この魔物はこのロベルト・エラブリタインがヘルザー・ハンセン宰相閣下の名代として接収する。
今すぐこの魔物を使役しているテイマーを連れてまいれ!!」
草原に響くロベルト・エラブリタイン伯爵の怒声。だがその声音はどこか喜色の色が見て取れるもの。
「申し訳ございません、エラブリタイン伯爵閣下。現在そちらの魔物を使役しているテイマーは街道の整備に出ておりまして、村内にはおりません。
現場での作業は本日中に終わると聞いておりますのでいましばらくの猶予をいただきたくお願い申し上げます」
「街道のテイマー?であればこの魔物を使役しているのはあの小僧であったか。
あの地這い龍と言いこのヒドラと言い、中々に優秀なテイマーではないか、褒めてとらそう。
クククッ、そうかそうか、このような魔物を三体も。その者、我が家で召し抱えてもいいやもしれんな。優秀なテイマーであれば王都に連れ帰る価値もあろう」
そう言いニヤリと口角を上げるエラブリタイン伯爵。そんな伯爵の様子にドレイク・アルバート子爵は冷や汗が止まらない。
“ケビン君、どうか穏便に、頼むから殲滅だけは!!”
王家と理不尽との板挟み、ドレイク・アルバート子爵の胃にかつてないほどのダメージが掛かる。
「アルバート子爵閣下、ご報告申し上げます。先程村門前に幌馬車に乗った不審な者たちが到着いたしまして、その全員が気を失っておりどこの誰かも分からずどう対処したものかと。
取り敢えず村役場に連れて行きベッドに寝かせておりますが、判断を仰ぎたく。
そうそう、その内の一人がそちらの騎士様と同じ様な装備を付けておりました」
その言葉はアルバート子爵の胃にダイレクトアタックを仕掛ける。
「うむ、我の護衛騎士と同じような装備とな?アルバート子爵よ、これはどう言う事であるか。事と次第によっては、ただでは済まさんぞ?」
“終わった、全て終わった”
そう、この馬鹿はすでにやらかしていたのだ。それは理不尽の身内に手を出すという最悪の形で。
アルバート子爵は草原の視察に同行したメイドの二人に視線を向ける。
言外に“これ、どうするのよ。王家終わるよ?”と言う意思を込めて。
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