第303話 村人転生者、王都のお貴族様をお出迎えする

冬場の辺境の寒村はやる事がない。

畑の整理、道具の整備修繕などはすでに終わっている。これが普通の寒村ならば小金稼ぎの為に麦わら細工や蔓細工、木彫りの皿作りなどに勤しむのだろうが、幸いマルセル村は食料の確保は潤沢に行えている為それらの作業は手慰みのレベルに落ち着いている。

暇な身体を持て余した男衆は、以前では考えられない事ではあるが率先して魔の森に入り木を切り倒し、来年分どころか再来年分までの薪を作ってしまっている。


そんな余剰労働力を前に手をこまねく程マルセル村の実業家は鈍くもなく、「でしたら少しお手伝いを願えませんかね。なに、簡単なお仕事ですので」と言葉巧みに誘い出す事に成功したのである。


朝靄立つ早朝、数台の幌馬車が音を立てる村役場前の広場では、引馬たちが白い息を吐きながら出発の時を待つ。


「皆さん、おはようございます。皆さんのご協力のお陰もありゴルド村までの街道整備も本日を持ちまして粗方終了となります。

使用上の問題点がありましたらその都度お知らせいただければ修正していきますので、よろしくお願いいたします。

本日の作業ですがこれまで同様精霊様とケイトは街道の土を掘り上げ街道脇に積み上げて行って下さい、緑と黄色はそれを材料に大型ブロックの作製を行って下さい。

私ケビンが掘られた街道の土固めと砂利敷きを行いますので、皆さんは協力して大型ブロックを街道に敷き詰めて行って下さい。

キャロルとマッシュは男衆に協力してブロックの運搬と敷き詰め作業を行ってください。

団子は草原の風の二人と協力して街道を来る旅人の誘導整理をお願いします。

では事故のないよう十分気を付けて作業に当たってください。

ご安全に」


「「「「ご安全に」」」」


そろいのチョッキを羽織った男たちの背中にはケビン建設の名前と御神木様の葉を模したロゴマークが刺繍され、その集団が一つの目的で動く土木作業団体であることが見て取れるようになっている。


「ハッ」

幌馬車は進む、整備された石畳の街道を軽快なリズムを刻んで。快適なものに生まれ変わったその道を行く幌馬車は、風を切り男衆を作業現場へと運んでいく。

男達は思う、マルセル村は更なる発展を遂げると、あの寒さに震え、飢餓に怯えた冬の恐怖はもうやって来る事はないのだと。


幌馬車は進む、男衆を乗せて、夢と希望とを繋ぐ未来に向かって。


―――――――――――


マルセル村の外れ、ボビー師匠の訓練場では今日も若者たちがそれぞれの修行に精を出す。


“スーーッ、スーーッ、スーーッ、スーポキッ”

“スーーポキッ”

「「「・・・・」」」


己と向き合い、己を感じる。自身の中の雑念がいかに多いのか、自身がいかに物事に対して散漫であったのか。

ヨシの茎はその事を言葉ではなくその折れ曲がった姿を以て教えてくれる。

積み上げられる折れ曲がったヨシの山は、自身の未熟さを具体的な姿で直視させる。


「「「ジミーぐ~ん、わだじ、わだじ~~~!!」」」

そして折れるのはヨシの茎ばかりではない。マルセル村に訪れてから、いや、正確には領都学園でマルセル村の少女ケイトと出会ってから次々と齎された非常識。

その度に驚き、そしてこれはそう言うものなんだと己に言い聞かせて来た。

だが村の青年ケビンに出会ってから、それがほんの些細なことでしかないという事を思い知らされた。

ありえない言動、ありえない魔法の行使、ありえない現象。

マルセル村に到着するまでにすでに心を乱されまくった彼女達、それは村脇の草原で行われた伝説級の魔獣多頭ヒドラと村の若者たちの戦いを目撃することでピークに達する。

彼女たちの心は己を守る為頼るべき拠り所を求めた。それが理想の王子様の様な村の爽やかイケメンに向かった事は、むしろ自然な行動であったのだろう。

彼女たちは王子様の言葉に従いヨシの茎を振るった。彼から貰った助言を信じ、自身の集中力を高め、ただ只管に。

ゆっくりと、意識を高め、心を研ぎ澄ませ。

ポキポキと容赦なく折れるヨシの茎、それは永遠に終わる事のない空しい作業。

ヨシが折れるたびに己の自尊心が削られ、自身の弱さが露呈する。

そして遂にその心は悲鳴を上げ、根本からぼっきりと折れる事となる。


「お姉さんたち落ち着いて?大丈夫、僕の言葉をよく聞いて。

こう両手を前に出して挟み込む様にしながら“大いなる神よ、この手に集いて”って唱えてみてくれる?」

“““コクンッ”””


彼女たちは涙と鼻水でぐずぐずになった顔もそのままに、ジミーの言葉に従い詠唱を始める。

「「「“大いなる神よ、この手に集いて”」」」


挟み込む手と手の間に感じる何かの感覚。それはこれまでに感じた事のない不確かでぼんやりとした何か。


「うん、大丈夫みたいだね。それが魔力、お姉さんたちは始めから魔力を持っていた、でもそれを感じ取る事が出来なかった。それはあまりに当たり前で自然な事だったから。

<魔力纏い>はこの当たり前で自然で、だからこそ感じる事の難しい自身の魔力を感じる事、認識することから始まるんだよ。

こればかりはいくら言葉で説明しても理解することは出来ないんだ、見えない物を見ろと言ってるのと変わらない事だからね。

それじゃ今度はその手に集まった魔力でこんな球を作ってみてもらえる?

捏ねたり握ったり、やり方は好きにしてくれていいから。

魔力は想い、お姉さんたちが心に描いたものが形に変わって行くはずだから」


そう言うやジミーは三人の少女たちの前で基礎魔力の球を作って見せる。

少女たちはその半透明で不思議な球体を恍惚とした表情で眺めた後、自分たちも同じ様に球を作ろうと奮闘する。

暫く後、歪ながらも何とか形となった魔力の塊。

ジミーはそれを見ながら花の様な笑みを浮かべ、三人を褒め称える。


「凄い凄い、ちゃんと形になってるって、お姉さんたちは本当に優秀で才能に溢れているんだね。僕なんかはケビンお兄ちゃんに手助けしてもらってやっとだったのに、本当に素晴らしいよ。

それじゃもう一度初めから、今度は詠唱をしなくても魔力の感覚が分かると思うよ?<魔力纏い>は最初に魔力の感覚を掴むって言うのが一番難しい事なんだ。

それさえ掴めれば後は割と容易に出来る様になるから。

それじゃ始めて」

ジミーの声に再び掌に魔力を集めて捏ね始める少女たち、そして再び歪な魔力球を作り出す。


「うん、出来てるね。それじゃ今度はヨシの茎を持って、ヨシが折れない様に、丈夫になる様にと願いながら振ってみて。その時さっきみたいに魔力を意識する事も忘れないでね」


少女たちは再びヨシの茎を手に取る。心に沸き起こる恐怖の感情、ポキポキ折れるヨシの茎の映像が、走馬灯のように再生される。

震える少女たち、そのヨシを握る手をジミーがやさしく包み込む。


「大丈夫、僕を信じて」

そっと囁かれた応援の言葉、全ての不安が一瞬にして霧散する。

私は何を恐れていたのか、ジミー君が出来ると言うのなら出来るに決まっているのに。

ジミーは一人一人の手を包み応援の言葉を掛けると、満足げに頷いて合図を送る。


“ビュンッ、スーーッ、ビュンッ、スーーッ、ビュンッ”

ヨシの茎は折れる事なく、空気を切り裂き風音を響かせる。

その事実に次第に頬を紅潮させ涙を浮かべる少女たち。


「「「ジミー君、私、ジミー君!!」」」

「おめでとう。お姉さんたちは遂に“魔纏い”を手に入れたんだよ。今度はその魔力で身体全体を覆って御覧?マルセル村は寒いからね、大分過ごし易くなると思うよ?」

そう言いにっこりと微笑むジミーに声を上げ涙を流しながら抱き着く少女たち。

ジミーはそんな彼女たちの背中をポンポンと叩きながら、「よく頑張ったね」とその頑張りを労うのであった。



「・・・ジェイク君、ジミー君って確か十歳だよね?街で浮名を流す遊び人とかじゃなくて」

「ハハハ、そうですね、俺の幼馴染ですから。

ヘンリーおじさんにしろケビンお兄ちゃんにしろジミーにしろ、ドラゴンロード家の男達ってどこかおかしいんだと思います。

この村の同年代の女の子って、エミリーだけだったんですよ?フィリーちゃんとディアさんが来たのって春先ですから。

なんであんなに女性の扱いが上手いんです?親友ですけどまったく理解出来ません」


アレンとジェイクは互いに目を見合わせ乾いた笑いを浮かべる。あれが真のイケメン、自分たちの目指すべき姿・・・。無理だから、俺たちなんてただのガキだから。

遥かなる高みを見せられ自身の凡才を自覚する男たち、自然育まれる友情、自分たちは自分たちに出来る事をしよう。


「ところでアレンさんの方はどうですか?<魔纏い>の感覚は掴めて来ましたか?」

ジェイクの質問にアレンはにこりと爽やかな笑みで応える。


「これはベティー達には申し訳ない事なんだけど、俺って精霊様が付いてるだろう?ケビン君曰く精霊様って魔法生物みたいなものらしいんだよ。

つまり精霊様の付いていた俺は、常に魔力を纏っている様な状態だったんだ。

後はそのことを自覚し感覚を身に付ける事、その切っ掛けはジェイク君が教えてくれたしね。魔法の詠唱により集められる魔力、精霊様に触れる事で感じる魔力。

魔力を自覚したのはあれから割とすぐだったよ。

ベティー達にもこのやり方を教えようとしたんだけどね、あまり話を聞いてくれないって言うか、疲れ切っちゃってたって言うか。

でもただ説明しても感覚的なものは理解してもらえなかったかも。

結果的には心身共に追い詰められた極限の状態だったからこそ、あれほどすんなり魔力を受け入れられたのかもしれないね。

ジェイク君、エミリーちゃん、そしてジミー君。

俺たちの為に本当にありがとう」


そう言い頭を下げるアレンに、“仲間の事で素直に頭を下げれるって、この人って本当に爽やかイケメンだよな~”と感心するジェイク。

イケメンへの道はかくも厳しく険しい。“俺には無理だ、自分の運命(エミリーちゃん)を素直に受け入れるしかないのか?”と遠い目をするジェイク。

その時ジェイクの右手が無意識に腹部を摩っていたことは、致し方のない事なのであった。


―――――――――――――


「ソルトさん、<魔力纏い>の使い方は慣れましたか?

田舎暮らしの必須技能<魔力纏い>、生活魔法を組み合わせるとさらに色んな使い方が出来るんですよ」

枯草の草原での街道整備作業、昼の休憩には温かなビッグワーム干し肉のスープを振る舞い、作業員の労を労う。

既にゴルド村は目の前、作業完了を目前にし男衆の士気も高まる。


「あぁ、結構勉強させてもらってるよ。マルセル村の人たちは本当に様々な工夫をしているのな。冒険者の常識では普通の剣に魔力を通すことは出来ないって事になっていたんだが、その辺の鉈に魔力を通してスパンスパン薪を作ってるのを見た時は、開いた口が塞がらなかったよ。

それよりも驚いたのがこの<魔力纏い>が奥義ではなく基礎になってるってところだよ。

前にジェイク君たちがやっていた偽魔力ボールも要は魔力の利用法、<魔力纏い>と同じ事だったんだろう?

そんなこと全く気が付かなかったよ、俺はこれまで一体何を見ていたんだか」


そう言い力なく笑うソルトさん。そう、ソルトさんはこれまでも<魔力纏い>の応用技を目にしていたんですね~。それとは全く気が付いていなかったみたいですが。


「まぁマルセル村では生活の一部になってますからね。生活魔法もそうですが工夫次第なんです。

日常生活に活かしてこその魔法、使ってこその工夫。より便利に、より快適にと考える事で新しい発見もある。

それは冒険者活動にも十分応用の効く技術なんですよ」


俺の言葉に考え込むソルトさん。銀級冒険者として思うところがあるのだろう。


“キュキュキュイ!”

団子の警戒を促す鳴き声が響く。

その視線はゴルド村から向かって来る一団を捉えて離さない。


「全員向かって左手側に移動してください。緑と黄色、マッシュとキャロル、精霊様も避けて避けて。

あの馬車の形状、前を守る様に進む護衛騎馬、高位貴族様の可能性が高いです。最大限の警戒をお願いします」


ケビンの掛け声に急ぎ場所を移る男衆、それぞれに休んでいた魔物達も移動を始める。


“キュキュ~、キュキュ~、キュキュ~”

団子は自分の仕事とばかりに赤い棒を振り、草原の迂回路へと一団を誘導する。


「貴様ら、そこで何をしているか!

我々は宰相ヘルザー・ハンセン宰相閣下の名代である。事と次第によってはダダでは置かんぞ、隠し立てなどせず有り体ありていに申せ!」

先行して来た護衛騎士が馬上から声を上げる。冬場とはいえ街道の盗賊など日常、待ち伏せを警戒しない護衛など護衛とは呼べず、高貴なるご身分の方を守る者としは当然の対応であろう。


「はは~、いと尊きご身分の御方様方に置かれましては、ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません。我々はこの街道の先、アルバート子爵領マルセル村の領民でございます。

現在マルセル村とグロリア辺境伯領ゴルド村とを結ぶ街道の整備作業を行っていたところでございます。

御方様方には大変なご不便をお掛けいたしますが作業範囲は大変危険な状態になっておりますので、街道脇に迂回していただきます様お願い申し上げます」


俺はそう言い馬上の騎士に対し深々と頭を下げる。周囲にいる村人たちも俺の動作に倣い慇懃に礼をする。


“カチャッ”

後方で控える馬車の扉が開き高位貴族らしき者が姿を見せる。その視線は頭を下げる村人には一切触れず、ただ一心に二体の地這い龍に向けられる。


「ククククッ、アッハッハッハッ、見よ、オーベルシュタイン、我の申した通りであったであろうが。ベルツシュタイン卿の耳目はただ見たまま聞いたままを報告する、それが我々の常識を超えたものであろうとも、そう報告せざるを得ない何かが必ずあると。

この二体を連れ帰れば我が家は一躍ドラゴンマスターとして注目されるであろうこと間違いあるまい。その為に王都でも名のあるテイマーを連れて来たのであるからな。

これからの時代は魔馬でもウルフ種でもない、ドラゴンよ。宰相閣下の驚く顔が目に浮かぶわ」


いと尊き高位貴族様はそう仰ると、大変機嫌よく笑われます。

マルセル村の者一同が唖然とする中、その笑い声は枯草揺れる草原に高らかに響き渡るのでした。

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