第302話 転生勇者、冒険商人(予定)と共に修行する

「精神の集中はね、何も考えないというのとは違うんだよ。僕の場合は剣に向き合う事、より深く剣を理解しようとする事から始めたかな?

そうすると自然と心が凪いで来る。逆に心を静かにしよう、落ち着こうとすると余計な考えに囚われてしまうんだ。

これはあくまで僕の経験、お姉さんたちに合うかどうかは分からないけど、試してみる価値はあるんじゃないかな?


例えば治癒術師のミッキーさんはケガ人に<ヒール>を掛ける時どうしてるの?

患部をよく観察し、汚れがあったら生活魔法<ウォーター>で落とし、それから詠唱を行うでしょう?

その詠唱を行う時の心持で魔力を感じ取る様にしてみたらいいんじゃないかな?


ローズさんは強敵と対峙した時、相手の行動を観察し次にどう動くか、自身の盾をどう構えるか、スキルは何を使うかって事を瞬時に考えていると思うんだ。

でもその事に意識は割いていないでしょう?それは集中しているから。

そんな緊張状態を意識しながら自分の深い部分に語り掛ければいいんじゃないのかな?


ベティーさんは僕と同じ剣士だからさっきの話で分かってくれたと思うけど、剣と向き合う事が自分と向き合う事になると思うんだ。その中で魔力を感じ取れて行くと思うよ。


このヨシを振る訓練は本当に辛い、僕も何度も挫折しそうになったからね。

でも集中力、忍耐力を鍛えるのにこれ以上の訓練を僕は知らない。

村の皆が振ってるヨシ棒もこのヨシを束にした物なんだよ。

確りとヨシに魔力を流す事が出来ればあれだけの戦闘が行えるようになる。逆に言えばヨシ棒で戦っていれば魔力の運用は自然と鍛えられるんだよ。

その為にはまず魔力を纏える様にならないとね。

分からない事があったら何でも聞いて、出来る限りの助言はするから」(ニッコリ)


「「「ありがとうジミー君、私達頑張るね」」」


マルセル村の村外れ、ボビー師匠の訓練場では今日も多くの村人がヨシ棒を振るい、健康維持と体力の増進に励む。

領都よりやって来たケイトのパーティーメンバーたちはボビー師匠に教えを乞い、その高弟であるマルセル村の若者たちに助言を貰いながら修行に励む。


・・・ジミー怖~。爽やかな笑顔でお姉さんたちを地獄に叩き落してやがんの。

俺は親友ジミーの容赦ない飴と鞭に戦慄しつつ木刀を振るう。

男子の憧れ<刀術>に目覚めないかと密かに期待しているんだけど、早々簡単にはいかないらしい。

でもケビンお兄ちゃんは授けの儀で<刀術>を授かったって言ってたんだよな。

やっぱり刀か?本物の刀に触れないと<刀術>は生えて来ないのか?

鬼人族の蒼雲さんに聞いたところ扶桑国では刀が一般的だと言っていたし鬼人族の筋力にも耐えられるように丈夫に出来ているから魔物でも簡単に切り裂く事が出来ると言っていた。

そう、叩き切るのではなく切り裂く、それはボビー師匠の剣技に通じるもの。

ヘンリー師匠所有の名剣“魔剣村雨”の様な“それ何処をどう見ても剣じゃなくって刀だから、魔剣じゃなくて妖刀だから”とツッコミを入れたくなる様な装備を手に入れて、厨二心を満足させるのだ!

俺は滾る野望を胸に、今日も剣に向き合う。


「ジェイク君、訓練中にごめん、ちょっといいかな?」

声を掛けて来たお兄さんはケビンお兄ちゃんが領都から連れて来たケイトさんのパーティーメンバー、アレンさん。前世の記憶にあるゲーム“ソードオブファンタジー”に登場するプレイヤーキャラ、“冒険商人のアレン”その人である。

何で解ったかと言えばその名前と鬼人族の従者織絹の存在、そして精霊。ここまで条件が揃っていて別人って言う事もないでしょう。

画面上のアレンはもっと大人びていて身体も確りしてるので、最初全然分からなかったんだけどね。

ゲームキャラとはだいぶ衣装が違うからな~。向こうは冒険商人と言うだけあってコート姿に防塵ゴーグルみたいなのを身に付けてたからな~。

それに最近記憶が。ゲームの事なんて思い出す様な暇ないって言う感じの充実した生活を送ってたら、そりゃ忘れるっての。

公式チートの白炎は特徴的過ぎたから覚えてただけで、他はな~。それに忘れてても然程困らないしね。

今世の俺は今世の俺、マルセル村の理不尽ケビンお兄ちゃんがいるこの世界で前世知識で無双する?あり得ないから、瞬殺だから。

漆黒の悪魔大福、畑の守護龍緑と黄色、武闘派兎白玉・・・勝てるか~~~!!

下手したら団子といい勝負?マルセル村四天王を率いる理不尽ケビンお兄ちゃん、ここはどこの魔王城?

俺はトーマスさんちのジェイク君、ゲーム知識は参考程度にしておきましょう。


「なんですか?アレンお兄さん。と言うか今日は精霊様が一緒じゃないんですか?」


そうなんだよな、こちらのアレンさん、精霊使いにクラスアップなさっておられるんですよね。それってゲームでは中盤のヨークシャー森林国での王家絡みの重要な商談を成功させた際、その報酬として起きる覚醒イベント後の話なんだけど、ケビンお兄ちゃんが覚醒させちゃったんだよね~。

意味解らないでしょ?俺も分からない。

ケビンお兄ちゃん曰く、“進化した御神木様のお力のお陰”って御神木様エルダートレントだったよね?エルダートレントが進化したの?一体何になったの?

凄い気になるけど鑑定したらものすごく後悔しそう。アルバート子爵様の様にはなりたくないです。


「あぁ、今日はケビン君と街道整備に行ってるよ。報酬で美味しいご飯が貰えるって尻尾を振って張り切ってたかな?

まぁ俺は当分“魔纏い”の訓練だし、シルクには自由にしてくれていていいとは言ってるんだけど。

・・・精霊って個人に付いてるんじゃないの?俺ってあの時確り精霊契約したよね?

シルクめっちゃ自由なんだけど?

契約者以外から報酬貰って働くって、精霊契約ってそんなものなの?ケビン君は“派遣従業員”とか言ってたけど。

俺は精霊の事について何も知らないからそんなものなのかもしれないけどね。


あっ、ごめんね。それで聞きたかったことは魔力の感じ方なんだけど、ボビー師匠は“まずは心を鎮め己の中に目を向ける事”って言ってたけど、それがどうもよく分からなくって。

ジェイク君にその辺の助言を貰えればなと思って」


あっ、うん。精霊様、派遣されちゃってるのか~。アレンさんとは確りとした契約を結んでるから出向社員?本社(アレンさんのところ)での仕事は当面ありませんからね。


「う~ん、そうだな~。魔力を感じる事、魔力を流す事の訓練は向こうでジミーが教えていたヨシを振る訓練が一番いいんだけど、その切っ掛けって言うか、心構えとしては幾つか言える事があるかな?

先ず一つ、ヨシって結構折れ易いんですよ。だから無意識のうちに“折れるな、折れるな”って思いを込める。

これはケビンお兄ちゃんが言ってたんだけど、人って無意識のうちに魔力を使い魔力を活用して生きる生き物なんだそうです。人には誰にでも魔力がある、それは生活魔法が簡単な詠唱だけで誰にでも使える事から明らか。

だからその魔力を意識する事が出来れば誰にでも魔力を纏う事が出来る、だったかな?

暑い夏に畑仕事が出来るのも無意識に魔力で身体を守ってるから、冬の寒さに身を震わせてもギリギリ生き残れるのも魔力のお陰。

想いは形に、ヨシを身体の一部として意識し想いを込めて振る。


もう一つは魔法です。生活魔法にしろ属性魔力の魔法にしろ、詠唱の頭に必ずこう唱えるはずです。“大いなる神よ”

これはこの世の魔法を司る神にこれから魔法を使いますよと言う宣言、自らの体内の魔力に対する呼び掛け。

それに続く“この手に集いて”は、“魔力よ、掌に集まれ”と言う号令となる。

つまり各属性魔法の初級魔法を使える者は、掌に魔力を集める事を常日頃やってるんです。


心を鎮め、魔力の声を聴く。あとはアレンさん次第です、頑張ってみてください」


「想いは形に、魔力をこの手に・・・ありがとう、何かが見えて来たかもしれない。

俺もヨシを振って来るよ」

アレンは暫く掌をじっと見つめていたかと思うとその手をギュッと握り締め、ジェイクに向かい満面の笑みで礼を言いながら、ケビンが訓練場脇に置いておいたヨシの束に向かい走って行くのでした。


「・・・あれが天然主人公、超爽やか、俺には無理だ」

アレンの“うん、あれならモテるよね、仕方が無いよね”と言わんばかりの好青年ぶりに戦慄すると共に、自らの未熟を悟るジェイクなのでありました。


―――――――――――――


「本日の作業です。

団子は街道両脇の枯れ草を刈って退けておいてください。それと街道に旅人が来た際の注意誘導をお願いします。

緑と黄色は俺が街道脇に掘り上げた土を使って大型ブロックの作製、土が足りない様なら言ってください。

キャロルとマッシュは緑と黄色が作った大型ブロックをケイトの元へ運んでください。

ケイトは俺が砂利を引き詰めた街道に大型ブロックを敷き詰めて行ってください。

繊細な作業になりますんで微調整の方、よろしくお願いします。

では本日も怪我の無いようにお気を付けて、ご安全に」


“キュッキュ”

““キュワッキュワッ””

““クワックワッ””

「ん。」


頭部にヘルムを被り、揃いのケビン建設のロゴ入りジャケットを羽織った一団が、冬の草原で作業を開始する。

街道整備は彼らの悲願、邪魔者の襲来(冒険者)が減り人手(ケイト)の増えた今こそ、作業を進める絶好の機会なのだ。


「シルクさんは暫く団子の手伝いをお願いします。ある程度そっちの作業が終わったら俺の作業を手伝ってください。

団子~、指導の方お願い」

“キュキュキュイ”

“キャウン、キャン”


ホーンラビットの指示に従い作業を行う精霊様、とってもシュール。

枯草揺れる草原の街道をゴルド村に向け整備し続けるケビン建設一同、マルセル村の大人たちはボビー師匠の訓練場で汗を流し、若者たちは訓練と大福チャレンジに情熱を燃やす(回復係りはミッキーちゃんが代わってくれました)。

牧歌的な寒村、それがマルセル村。

村の青年ケビンは、穏やかな日常が戻って来た事に安堵しつつ、“ケイトが滞在中に厩建設も終わらすぞ”と意気込みを新たにするのでした。


―――――――――――


「王都から視察が来る・・・ですか」

マルセル村村役場、その最奥にある村長執務室で執務を行っていた領主ドレイク・アルバート子爵は、メイドガーネットからの報告に筆を止め、眉間の皺を揉む。


「はい、これはエルセルの耳目より入った情報です。私達アルバート子爵領担当者から上げられた情報の信憑性がどうも問題となった様でして。エルセルの耳目にもその確認は行って貰っているので事実である事は伝わっている筈なんですが、それはそれで問題かと。

上層部ではこの情報の取扱いに相当苦慮している様です。

結果下手に探りを入れるのではなく、正式な形での訪問が一番真相に近付けるのではないかとの結論に達した模様です」


ガーネットたち王家の諜報員、通称メイド隊から王都の諜報組織“影”へと上げられたアルバート子爵領の情報、マルセル村及びそこに住み暮らす人々の様子、鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーなどの情報は、精査分析され王家にとっての脅威となり得るのかの判断が下される手筈となっていた。

だがその情報の悉くが想定を遥かに超えたものであり、その内容の信憑性が大きく疑われる結果となってしまったのである。


「はぁ、それでガーネットさんがわざわざ報告してくれたと。“王家の目としてお話があります”と言われた時は何が起きたのかと思いましたが、そう言う事ですか。

それではガーネットさん達はすでに私達マルセル村の者にその素性がバレていると言う事を?」


「はい、全て報告してあります。下手な隠し立ては私達が取り込まれて偽の情報を掴まされていると邪推されかねませんので。

裏切り者は始末する、これはどの世界でも共通ですから」

“裏切り者には死の制裁を”、諜報にしろ盗賊にしろ暗殺者にしろ、裏社会と呼ばれる組織の共通認識。

アルバート子爵は改めて目の前の女性の置かれた立場の不遇に、ため息を漏らす。


「分かりました。まぁこのマルセル村は判断に困る様なものや見られて困る様なものばかりですが、その辺は好きにしてください。

それと一つ、使者の方々にはなるべく横柄な態度や高圧的な態度を取らない方をお願いします。

これは王家の為にならないなどと言って行き成り刃を抜く様な者は論外です。

剣鬼ボビー、鬼神ヘンリーはまだいい、マルセル村の理不尽が敵と見定めたら。

ガーネットさん方も察していると思いますが、我が村の理不尽は敵には容赦がありませんからね?」


「えぇ、それは夜の清掃活動で確認させてもらっています。

“死なば仏、そこに悪人も善人もない”、言葉だけを聞けば高い精神性を感じますが裏を返せば敵であれば何者であろうと容赦なく滅ぼすと言っているも同義、そこに女子供老人、ましてや地位や立場などは関係がない。

それを行えるだけの実力はあると言う事、それを実行しうる精神性があると言う事は大福チャレンジ八頭八尾ヒドラとの戦いや夜の清掃活動で見させていただいていますので。

無感情ではなく、静かな心持ちで淡々と盗賊をする姿は覚悟を決めた戦士のそれ、あの年であの高みにいる者など私は他に見た事がない。

彼が一度こうと決めたのなら、我々“影”も、王家すらも一人残らずされるでしょうから」


それはマルセル村の深淵を垣間見た者だからこそ分かる共通認識。

“眠れるドラゴンを起こしてはいけない”

だが彼らは知らない、その深淵の更なる先を、真の意味での深淵を。


知らない方が幸せな事もある。

牧歌的な辺境の寒村マルセル村、冬の澄み渡った青空には、今日も一羽のビッグクローが人々の生活を眺めながら悠然と羽を広げているのでした。

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