第300話 元ハーレム主人公(涙)、マルセル村で修行する

「そう言う訳で蒼雲さんと一度顔合わせをしておいた方がいいかなと思いまして、やはりここオーランド王国では鬼人族は珍しいですから。

場所によっては他種族を迫害する様な所もありますし、同郷の知り合いがいる事は心強いと思うんですよね」


御神木様の結界領域にダンマスとコアさんをお届けしてマルセル村に戻って来た俺氏、その足で蒼雲さんの茶畑にお邪魔し事の詳細をお話しする事にいたしました。

蒼雲さんもこの国に他に鬼人族の者がいると言う話に相当驚かれていたご様子、蒼雲さん自身、大陸に渡ってから同郷の者には会った事がなかったとの事。

メイド隊の二人も知識としては知っていたものの実物を見たのは初めてと言っていたくらいだから、相当に珍しい種族なんでしょう。

まぁ考えてみれば大陸の端と端ですからね、しかも島国、余程の事がない限り出会う事なんてないのでしょう。


「そう言う事なら分かった、是非会おうじゃないか。それとそのアレンとか言う青年の宿泊だったな、うちは構わんぞ?

男所帯で大したもてなしも出来んが、ケビン君のお陰で部屋数もあるしな。

白雲も同年代の青年と話をするいい機会だ、ケビン君相手だとどうしても年上との会話になってしまうからな」


「いやいやいや、同年代ですから、同じ十三歳じゃないですか。

そう言えば白って授けの儀をやってませんよね?別に必要ないと言えば必要ないんですけど、どうします?

領都の司祭様には伝手があるんでいつでも出来ますけど。マルセル村から出る気が無いって言うんなら必要ないですし、村民証も出ますんでこのままでも問題はないですけどね。

ただ冒険者になるとかどこかのギルドに所属する場合は必要かな?

蒼雲さんの場合その辺はどうしたんですか?商業ギルドに加盟なさってるって聞きましたけど」


「あぁ、大陸と扶桑国で交易を行っているという話は前にしたかもしれないが、その寄港地は決まっていてな、その港では扶桑国人でもギルドに加盟出来るんだよ。

当然鑑定は受けるが、銀貨五枚で処理して貰える。

交易の関係で商業ギルドの会員証はどうしても必要だからな、その辺はよく考えられているんだ。

大陸だと国の移動に身分証が必須だろう?だから商業ギルド会員か冒険者ギルド会員になる事は必然とも言える。白雲は当時まだ三歳だったから必要なかったがな」


蒼雲の話になるほどと納得するケビン。国家間、しかも海を渡った交易には色々と自分の知らないルールがあるのかと、改めて世界の広さを知るケビンなのでありました。


「それじゃ織絹さんもどこかのギルドに所属していたのかもしれないですね。でも白みたいに子供の頃に渡って来たんならそれもないか、その辺は直接本人に聞いてみないと分かりませんね」

「ん?話に出ていた鬼人族の女性は織絹と言うのか?

織絹、でも犯罪者組織に捕まっていた、あの織絹が?同姓同名の別人か、であれば少し同情するな」


「蒼雲さん、どうなさったんですか?何か気になる事でも?」

「いや、気のせいだろう。それじゃ早速出掛けようか」


「はい、おそらく今頃は草原で大福チャレンジをしているジミーたちの見学中だと思いますので、そちらに行ってみましょう」

「大福チャレンジってあれか!?いいのかあんなものを見せて、騒ぎになるんじゃないのか?」


ケビンの言葉に驚きを露にする蒼雲。大福チャレンジ、それはスライムの大福が災害級の魔物に姿を変え若者たちと対峙するとい言うもの。

白雲の話では最終的に八頭八尾の巨大ヒドラになるとか、そんなものを村外の者に見せてもいいと言うのか。


「いや~、パーティーメンバーの中にケイトの護衛兼監視役の子がいましてね、グロリア辺境伯様の護衛騎士の娘さんだったかな?

どうせマルセル村の情報は王家の耳目にも伝わってますから今更ですし、グロリア辺境伯様に隠し立てするつもりはありませんと言う意思表示の良い機会かと思いまして。

ケイトには移動中にその辺の話もしてありますから、上手い事誘導してくれているはずですよ?

それでも魔力纏いに関しては自力習得して貰いますけどね、所謂冒険者方式って奴です。一般の冒険者は皆この方法で習得を目指して挫折するそうですから、相当大変なんだと思いますよ?」


ケビンは蒼雲と言葉を交わしながら歩きだす。

冬の寒風が流れ込む茶畑には、いまだ青々とした若葉が茂る茶の木が揺れる。


「・・・蒼雲さん、俺お茶の木の事について何も知らないんですが、お茶の木って季節関係なく茶摘みが出来るものなんですか?」

「無いな、こんなお茶の木は見たことも聞いた事もない。お茶の実の出所については聞かんぞ、知らない方がいい事もあると言う事をランドール侯爵領で嫌と言うほど学んだからな」


そう言いどこか遠い目をする蒼雲。

ケビンは緑茂る茶畑の脇で白玉師匠と修行する白に声を掛け、共にジミーたちのいる大福チャレンジ会場の草原へと向かうのでした。


――――――――――――


枯草の揺れる草原、そんな寒々しい場所に集う若者たちは、目の前に迫る強敵に意識を集中する。


“ドガンドゴンッ”

襲い来る衝撃、魔力障壁を身に纏い、足を踏ん張ってその力を受け流す。


「次、頭から魔法来ます。ジェイクとエミリーは左右に展開、ディアは魔力障壁、ジミーはディアの後ろで攻撃準備!」

“ドドドドドドドドド、ドガ~ン”


複数の頭部から激しく撃ち出される複数属性の魔法弾。土、風、闇、光と異なった属性の魔力は互いに干渉し合い、大きな爆発音と共に弾け飛ぶ。


「ジェイク、エミリー、尻尾を押さえて。ジミー、今です」

後方から状況を見定め正確な指示を出す、フィリー。

その声に合わせ的確に動く仲間たち。


「「<魔力障壁>」」

“ドガンッ”

「<流麗一閃、乱舞>」

“ズバズバズバズバズバズバン”

“ドサドサドサッ”

大きな身体から切り離され、地面に落下する魔物の頭部。振るわれていた尻尾も、抑え込まれていた魔力障壁の前で力なく動きを止める。


「敵ヒドラ、沈黙確認。状況終了、三つ首ヒドラの討伐を確認しました」

「「「「よっしゃ~~~、三つ首ヒドラ、討ち取ったり~~~~!!」」」」


「「「「・・・・」」」」


えっ、何?今俺たちは何を見せられてるの?

マルセル村の訓練場でボビー師匠から言われ、村の子供たちの訓練風景を見に来た俺たち。

だがそこに現れたのは身も竦む様な威圧感を放つ巨大な魔物。

あれは確か魔物学で習った厄災級の魔物ヒドラ、かつて一都市を壊滅させ英雄と呼ばれた騎士たちを返り討ちにした最凶の魔物。

勇者物語において魔法の勇者様が討伐したと言われている、そんな伝説級の魔物がなぜ。

そして繰り広げられる少年少女たちと厄災との死闘、それは正に吟遊詩人の紡ぐ白金級冒険者パーティーのサーガ。

それぞれが互いの力を信じ、一つの生き物のように連携して敵に立ち向かう。決して突出した個人の力ではない、それぞれが高い領域で支え合い連携し合う事で生まれる総合力。


俺たちは一体何を見せられている?彼らの戦いに比べ、自分たちの戦いとは。

ガラガラと音を立てて崩れる自信。

俺たちは強い、俺たちは学園最強のパーティーだ。

いつの間にか心に巣食っていたそんな驕りが、ただの戯言だと強制的に分からせられる。

自分達は職業やスキルに恵まれただけのただの素人だと、その事実をまざまざと見せつけられる。

これが魔物との戦い、これが実戦。

この戦いに比べれば、学園ダンジョン探索の何と長閑のどかな事か。


「これがマルセル村の日常。さっきも言ったけどあの子達は十歳、まだ授けの儀の前、職業すらない英雄の卵。

これが私の育った村、私が力を隠蔽する理由。

大きな力は災いを呼ぶ、大きな力は多くの悪意を引き寄せる。

“力を持つ者は責任を持つ”、そんなものはその力を利用しようとする者たちの戯言。

力自体には何の責任も義務もない。

ただそこに付随するもの、押し寄せる悪意は存在する。

力は時に人を引き付け、時に人を遠ざける。それは憧れであり畏れ、その事はアレンが身をもって知っている筈の事。

その事に気が付かずに未だのんびりしているアレンはかなり間抜け。

人は力を欲する、ミッキーの癒しの力を、ローズの守りの力を、ベティーの統率する力を。

このマルセル村で皆が自身の力を自覚し、そしてその力に振り回されない精神性を身に着けることを切に望む」


普段あまり話をしないケイトの真剣な言葉、彼女はずっと苦々しく思っていたのだ、俺たちの様子を間近に垣間見て来たからこそ分かる俺たちの甘えを。

ケイトは自身の実力をずっと隠して来た、それは俺たちを馬鹿にすると言った小さくくだらない理由ではない。そうしなければならない、そうしなければ生き残れないと言う事を知っていたから。

俺たちは知らない、世の中の事も、貴族の事も。

俺たちは学ばなければならない、パーティーメンバーであるケイトに恥じぬ様に。


「ジミー、お疲れ~。三つ首倒したって凄いじゃん。三つ首だよ?三つ首。

こないだ白がズタボロにされてた奴だよ?

これがパーティーの結束力、絆の力って奴なのかね~。

それじゃそろそろ魔物の方もパーティーの力を使うって事で、緑と黄色を「「「勘弁して下さい、今は大福ヒドラに挑戦と言う事で一つ」」」・・・もう、甘えん坊さんだな~」


草原に響く緊張感の欠片もない場違いな声音、それは俺たちをこのマルセル村に連れて来てくれたケビン君のものであった。


「えっと、アレン君たち大丈夫?意識確りしてる?

これって現実だからね、夢物語じゃないから、ちゃんと受け止められてる?

おや、流石はアレン君、ちゃんと目に光が灯ってるじゃん。

他の三人は、うん、駄目だね。ケイト、後で確り看病してあげてね。

それで話は変わるんだけど、織絹さんに紹介したい人たちがいてね。こちらマルセル村でお茶農家をされてる蒼雲さん親子、見ての通り織絹さんと同じ扶桑国出身の鬼人族の方々って蒼雲さんどうしたの?もしかして知り合いだったとか?」


紹介されたのは鬼人族の親子と言う二人、織絹と同じ様に額に角の生えた姿は正に鬼人族と言った物。ここオーランド王国では鬼人族は珍しいと聞いていたけど、こんな偶然もあるのか。

同郷の同じ種族の者がいる、その事は異郷の地で一人ぼっちになってしまった織絹にとってどれだけ心強い事か。

俺はそっと織絹の方を向き・・・


「やはりお前は“悪鬼織絹”なぜおまえの様な者がこんな所に。確か力を封じられ鬼ヶ島に幽閉されていたはずじゃ。

もしやあの難攻不落と謳われた鬼ヶ島を脱獄したのか!?力を封じられたまま?

それはそれで凄まじい事だが」


「クッ、なぜこんな西の果てで同郷の者と、しかも私を知る者とは。流れ流れ逃げ延びた先で普人族に捕まり、ようやく解放されたと思えばこれか。

本当にツイてない。

あぁそうさ、私は織絹さ。だったらどうしたって言うんだい、私を代官所にでも突き出すって言うのかい!?」


何か開き直った様に言葉遣いの荒くなる織絹。

・・・えっ、これがあの織絹?普段優しく俺のことを心配してくれるあの織絹?

困惑する俺をよそに話を続ける二人、俺はただその言葉を聞く事しか出来ない。


「はぁ~、いいや、そんな事をするつもりはない。大体出来んだろう、そんな真似。

お前を引っ立てて扶桑国に帰れと?なんでわざわざそんな真似を。

俺と白雲はあの国を追われた身、そんな義理もない。当然お前を討ち取る気もないさ。

俺はこのマルセル村でのんびり暮らせればそれでいい、今の俺はお茶農家の蒼雲、それ以上でもそれ以下でもない。

それよりお前だ、お前はどうするつもりなんだ。封印刑を受けた今のお前じゃ、その辺の冒険者と然して変わらんだろうが」


「まぁね、情けない事に囚われの身にもなってたしね。追加で弱体化の呪いも掛けられてね、冒険者どころかその辺の街娘と変わらないってのが今の私だよ。

運良く世間知らずのお坊ちゃんのところに転がり込んだってのに、すっかりバレちまった様だね。

はぁ~、本当にツイてない。

で、どうするね、私は解雇かい?まぁこんな凶状持ちを側に置きたいなんてもの好きはいないだろうけどさ」


織絹はそう言うと、どこかスッキリとしたようなサバサバとした表情で俺の事を見詰めて来るのだった。


「えっ、織絹どこかへ行っちゃうのか?いや、そんなの困るんだが。織絹がいなかったら俺はどうなるんだよ、俺は織絹に相当頼ってるんだぞ?

さっきも付いて来てくれるって言ってたじゃないか。織絹にまで見捨てられたら俺は・・・」


口を突く本音、織絹に依存し切っていた自分。大好きだった母を亡くしどこか空虚だった心の隙間を埋めてくれた彼女、そんな彼女に去られてしまうと思ったら取り繕う様な余裕などありはしない。


「ほう、随分と慕われてるじゃないか。あの目を合わせたら殺されるとまで言われた悪鬼がえらくと変わったもんだな。

良かったじゃないか、支えてやれよ、彼の事を」


「ハハハ、全くアレン様はどうしようもない甘えん坊さんだ事、いい歳をした青年がこんな事で泣くんじゃありませんよ。

分かりましたよ、織絹は何処にも行きません、ずっとお傍にお仕えしますとも。

その代わり私が必要ないとなったらはっきりと言ってくださいまし。

この織絹、みっともない女にはなりたくありませんので」


そう言いニッコリと微笑む織絹。その頬には一筋の涙がこぼれる。

俺はそんな彼女の事を、とても美しいと思うのでした。

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