第298話 村人転生者、辺境子爵様に報告する
“コンコンコン”
マルセル村村役場の廊下を進んだ先、村長執務室の扉を叩く。
「ケビンです、只今帰村しました」
「“どうぞ、扉は空いています、入って下さい”」
入室を許可する返事に、扉を開け中へと足を踏み入れる。
内装は村長時代のまま、子爵家当主が使うにはいささか質素が過ぎると言うものだろうが、それはそれ。この辺境の地で見栄を張ってどうすると言ったドレイク・アルバート子爵様の心意気を感じる。
「やぁ、ケビン君お帰りなさい。随分と早かったんじゃないのかな?
少なくとも後十日くらいは掛かると思っていたんだが」
「まぁ、少々問題がありまして、面倒になったんで急いで帰って来ました」
俺の言葉に筆を止め、書類仕事を中断するアルバート子爵様。その目は言外に”今度は一体何をやらかした!”と訴え掛けて来ます。
「えっと、問題と言っても俺とアルバート子爵様とではものの捉え方が違いますので、時系列的にご説明いたします。
まず領都に向かう行程ですが、これは特に問題はなかったと思います。
エルセルの街に向かう際は幌馬車の速度的に閉門時間に間に合うかどうかと言った感じでしたので、モルガン商会の幌馬車を収納の腕輪に仕舞い、俺の幌馬車で飛ばして行く事で事なきを得ました。行商人ギース氏の話では帰りの行商はしないと言う事でしたので、エルセルから先は俺の幌馬車での移動としました。速度が全然違いますから。
モルガン商会の引き馬は俺が騎乗し魔力を流す事で、元気に走り切ってくれました。
行商人ギース氏は収納の腕輪に偉く驚いていましたが、マジックバッグと変わらないと言って誤魔化しておきました。俺の幌馬車については何か諦めたって感じでしたね。
そうそう、冒険者パーティー“草原の風”のソルトさんとベティーさんが修行に来るそうです。紹介状を持たせてあるので受け入れてあげてください。
一応魔力纏いと覇気の件は誓約書と“社畜の呪い”を受け入れてもらっています。
あの二人なら問題はないでしょうが、こう言ったものはきちんとした形式を作っておいた方がいいですから。
それとアナさんですね、皆さんが煽るから大変だったんですよ?何とか宥めて落ち着いて貰いました。
あっ、抹茶クッキーありがとうございました、大変助かりました。
理性を取り戻す聖茶と抹茶クッキーの組み合わせ、ある意味アルバート子爵様の最強の武器になるんじゃないんですか?よそには出せませんが。
ボイルさん、只今帰りました。お茶を持って来てくれたんですか、ありがとうございます」
“コトッ”
差し出されたのは湯呑、立ち昇る爽やかな緑茶の香り。
アルバート子爵様は出された湯呑を手に取り、「ギース、その程度で済んだことは幸運な事なんだぞ、強く生きろ」と窓の方を向いて呟かれました。
「領都に到着したのは七日目でした。お貴族様と違い街門の車列に並ばなければなりませんからね、そこは致し方がないかと。
でもケイトの終業式には間に合いましたんで、変に入れ違いにならずに済んでよかったです。
モルガン商会に到着しモルガン商会長様にご挨拶、無事目的の本を入手する事が出来ました」
俺はそう言うや収納の腕輪から三冊の本を取り出します。
「これが話に出ていたジニー師匠の書かれた手記、<スライム使いの手記>の製本版です。こちらから原書版、活字版、豪華版の三点になります。今日はこちらに置いて行きます、大変すばらしい出来ですので後でじっくりとご覧になってください。
さて、問題はここからです、案の定お城からハロルド執事長様がお迎えに参られました。ただその様子が少し気になったのでアナさんにはお留守番して頂き、モルガン商会のロイドさんに領都観光に連れて行ってもらうよう頼みました。
グルセリアのお城、ハロルド執事長様の案内で向かった先は、以前パトリシアお嬢様の件でお伺いしたかなり私的な集まりに使われるお部屋。
そこに居られたのはグロリア辺境伯様をはじめとしたグロリア辺境伯家ご家族の皆様方。
もうね、堪ったものではありませんでしたよ。アルバート子爵様の予想の遥か上でしたから。
それでそこに居られたとある御方様が「其の方、あの“オーランド王国の最果て”と呼ばれた辺境の地マルセル村において農業改革、産業の発展に多大な貢献を示したとか。更に武人としても一角であると聞くがその事に嘘偽りはないか?
その力、このグロリア辺境伯家の為に活かさぬか?」などと仰られましてね?
こき使う気満々じゃないですか、もう二度と領都に近寄りたくないです。
まぁそこは“この俺はそんなに凄い人物じゃないですよ、周りの方たちが素晴らしいだけなんですよ”って事を切々とご説明申し上げ、何とかご納得していただきましたが。
御方様、名前はタスマニア様と仰られましたか、次期グロリア辺境伯家の御当主様らしいんですが、俺の説明に納得して期待していたのに残念だったというお顔ながらも「うむ、中々に殊勝な心掛けである。其の方の父鬼神ヘンリー、剣の師剣鬼ボビーは我がグロリア辺境伯領が誇る英雄である。その教えを胸に励めよ」と言うお言葉をお掛け下さったんで、一先ずの危機は回避出来たかと。
それで御方様が退室なされたのでそのまま俺もお城を下がらせて頂こうとしたんですけどね、グロリア辺境伯様に引き止められまして。
パトリシアお嬢様が今のやり取りにどう言う意味があったのかとご質問なさったんで、「おたくのバカボンがアルバートの大将に喧嘩を売ったんだよ、お宅らが辺境を馬鹿にしてるってのはよく分かった、今後の付き合いはどうなるのかね?」と言った内容の話を懇切丁寧に説明申し上げた所、お部屋に残られていたグロリア辺境伯家の皆様方が顔色を青くなさって何やら相談をってどうなさいました?
ボイルさ~ん、アルバート子爵様にクッキーをお出しして、後お茶のお代わりもお願い~」
俺の話に頭を抱えられるアルバート子爵様、だから少々問題があったって言ったじゃないですか、本当に面倒臭い。
「それとパトリシアお嬢様が春になったらお越しになられるそうです。何でも癒し隊の皆さんが大変な人気で、ホーンラビット達の増員を望まれておりまして。
二期生が春になったらマルセル村で観光客相手にお披露目をすると言ったら絶対に会いに来ると。
この分だと二期生全員連れて戻られちゃうかもしれませんね。今度はちゃんと移籍料を頂かないと、こっちの利益になりませんから。
後はそうですね、ケイトの学園のお友達が来てます。
終業式の日に領都学園の魔法訓練場でお友達とお別れ会をやっていたんですが、その時にその中の一人アレン君の魔法を見たんですけど、どうも普通の魔法と違っていたんですよ。それでよくよく観察したら、所謂精霊魔法だったんですよ。
それでアレン君に精霊が付いてる事を教えてあげて、精霊に姿を現してくれるようにお願いして出て来てもらったんです。
後は俺の生活魔法の応用を見せたりとかですね。
そしたら何かマルセル村に行きたいとか言い出しちゃって、ケイトに確認したら“こいつら調子に乗ってるから現実見せてやれ”って言うんで五人ほど。
その中に領都の犯罪者組織に捕まっていたって言う鬼人族の女性がいるんで、後で蒼雲さんに顔合わせをしてもらおうかと。
まぁ同じ鬼人族だからって知り合いって事はないでしょうけど、遠い異国でおそらく一人きり、同郷のよしみと言いますし見捨てるのもなんですから。
他はジニー師匠に先程の三冊の本をお届けしたくらいですかね。
今回は移動中に何か事件を起こしたり巻き込まれたりはしてないです。冬場って事で魔物も出ませんでしたから。
やっぱりエルセルの腐敗が原因だったんですよ、盗賊がいなくなるだけでこうも変わるんですね。グロリア辺境伯様が粛清して下さって本当に良かったですよ。
マルセル村の方はどうでした?流石に観光客(聖地巡礼)は減りましたかね?」
「ハハハハ、まぁ、うん。ケビン君が出掛けたと言う割には事件が少ない?想定以上の事はあっても想定外の事件が起きなかったのは良かったのかな?
マルセル村の事だったね、流石に観光客は来なくなったよ。冬場の移動は命懸けだからね。
今度来るとしても春先から、それこそパトリシアお嬢様がいらっしゃるくらいからの話だと思うよ。
それと冒険者もだいぶ減ったね、エルセルで冒険者たちが“社畜の首輪”をしてうろついてる効果が漸く出始めたって所かな。
それでもなくならないのは冒険者の性なのかもしれないね。何かと言えば模擬戦で解決したがる冒険者らしいと言うか何と言うか。
所でケビン君、今になって気が付いた事なんだが、君たちなんでもう帰って来てるの?確か終業式って今週の光の日、つまり昨日じゃなかった?
えっと、いくらなんでも早過ぎない?丸一日経ってないよね?」
急に困惑顔になるドレイク・アルバート子爵様。気が付かれちゃったんなら仕方がありません、素直にお答えいたしましょう。
「頑張って走って来ましたんで」
「いやいやいや、いくら頑張っても幌馬車はそんなに速く走らないから、早馬の乗り継ぎ伝令でも昼夜休まずで一日半から二日は掛かるんだよ?それを何をどうしたらそんなに速く」
「空をね、走るんですよ。ただ普通に走ると風の抵抗があるんで前方に円錐形の魔力障壁を張るんですけどね。
足場は魔力障壁です。蹴り出すのに合わせて障壁を張って空間を固定するのがコツですね。
そんな事をやってるとそのうちスキルに目覚めるんですよ、<天翔ける>って奴なんですけどね。
ただ行き成りこれをやろうとしても足場を踏み外して落下死しちゃうんで、地面の上で訓練するといいですよ。そうすると<走法>ってスキルに目覚めると思いますから。
俺の場合は初めに<走法>に目覚めて、<天翔ける>は必要に迫られてやってたら覚えたって感じですかね。
いや~、頑張った頑張った」
そう言って自分の足をポンポンと叩く俺氏。その様子に目を丸くするアルバート子爵様。
「イヤイヤイヤ、頑張って出来る事じゃないから、前代未聞だから。それにそれだと幌馬車はどうなるのさ、人が乗ってるんだよ?説明付かないから」
アルバート子爵様、混乱しつつも冷静なツッコミ、そこに痺れる憧れる。
ツッコミって言えば領都学園にいたツッコミ君、確かヘルマン子爵家のご子息の取り巻きだったかな?マジで逸材、ケイトは学園であの流れるようなツッコミを喰らってるんだろうか?羨ましい。本当にマルセル村に来てくれないかな~、是非お友達になりたいです。
「幌馬車は影空間に収納しました。ブラッキーがやってるじゃないですか、あれですよ。他のスキルとの相乗効果で覚えたって感じですかね、マジックバッグと違って生き物でも入れます、結構広いんですよ?
授けの儀を受けると人生変わるって言いますけど本当ですね、女神様のお慈悲に感謝申し上げます。
あっ、因みに行商人ギース氏に教える気はないですからね?<天翔ける>にしろ<影空間>にしろ便利使いされる未来しか思い浮かびませんから。
前に言ってたランドール侯爵領からどうやって帰って来ていたのかの秘密が分かりました?あの頃よりもさらに早くなってますからね、およそ半分の時間で移動出来る様になりましたし」
いや~、がんばったな~、俺。
アルバート子爵様はクッキーを口にされ、ボイルさんにお茶のお代わりを要求なさっておられます。自身の常識と現実の狭間で認識のすり合わせ中?為政者は色々大変です事。
俺は収納の腕輪から淹れ立てで仕舞っておいた光属性魔力水(熱湯)の聖茶をカップに注ぎ、子爵様にお出しするのでした。
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