第297話 ハーレム主人公(偏見)、マルセル村を訪れる

“カラカラカラカラ”

草原の街道を、一台の幌馬車が走る。

均一にならされた石畳のその道は、馬車の振動を抑え快適な走りを約束する。

それは搭乗者だけでなく引き馬の負担も減らし、走行時間の大幅な削減にも繋がる一大革命。快適な物流網の構築は、その道を使う商人ばかりでなく土地に暮らす者たちにとっても生活を向上させる福音となるのだ。


「う~ん」

緩やかに全身を揺らす心地よい振動、その揺り籠の動きに誘われて、失っていた意識が徐々に覚醒の時を迎える。


「だからなんで私だけのけ者にしていたんですか?

大体酷いと思います。気が付けば旅の終わりって、王都の舞台公演だったら暴動が起きますよ?」


「フフフ、それは師匠の修行が足りないのではないですか?私は確り目覚めましたよ?そして彼との時間を・・・」


「はいはい、ケイトは適当言ってアナさんを煽らない。大体ケイトは目が覚めてから“お腹減った”と“眠いから布団出して”しか言って無いじゃん。

布団から起き出したのもついさっきじゃん、時間的にアナさんと大差ないからね?」


「ムキ~、ケイトのくせに私を揶揄からかって。ケイトったら領都学園に入ってから性格悪くなってません?そんなんじゃケビン君に嫌われますよ?

それにその話し方、さっきまでと全然違うじゃないですか。目もいつの間にか生き生きとしてるし、もしかして学園でいい人でも出来たとか?

それはおめでとうございます」


「師匠こそ性格悪いですよ?私とケビンは相思相愛。それはこの絆の腕輪が証明してくれてますし。これはケビンがわ・た・しの事だけを考えてわ・た・しの為だけに作ってくれた逸品。

師匠とは想いの強さが違います~。ね~、ケビン~❤」


「キ~~~、私だってこの旅で「はいはいそこまで~、どうやら後ろも起きだしたみたいだから行って来るね。アナ、シルバーの手綱をお願い出来る?」う、うん。分かったわ、ケビン君」


はっきりしない意識の中、聞こえるのはケイトとアナさんの会話、そしてケビン君の声。俺は一体・・・。


「あぁ、アレン君、目が覚めたんですね。どうやら幌馬車の揺れで眠くなってしまったみたいですね。多分休みに入った事でこれまでの疲れがどっと出たんでしょう。他の皆さんもお休みになってしまったみたいですし。

こう言う時は甘いものを食べると意識がしゃっきりしますよ?

これは俺が飼ってる蜂の巣箱で取れた蜂蜜で作った、蜂蜜きな粉飴です。優しい甘さで美味しいですよ?」

そう言い渡された物は、陶製の容器に入った蜂蜜色をしたきな粉飴。


「皆さんが目を覚ましたら差し上げてください。寝過ぎで意識が醒めにくいって事はよくある事ですから」

ケビン君はそれだけを告げると、また御者台に戻って行くのでした。


ケビン君との出会いは突然であった。

それは終業式を前にした最後の休日、学園ダンジョン攻略パーティーメンバーと街に買い物に出掛けた時の事であった。

多くの学生で溢れた大通りの商店街、皆が皆思い思いの休日を過ごしていた。

終業式が終われば二か月の長期休みに入る、当然暫くは会えなくなる友達もいるだろう。その前に共に休みを楽しみたいと思うのは当然の事。


「「・・・あっ」」

そんな街中でばったり出くわしたケイトとケビン君。

ケビン君は冬期休みに合わせケイトを迎えに来たと言う。ケイトは学園の寮に残ると聞いていたから、この話は寝耳に水の驚きであった。

領都学園にはグロリア辺境伯領ばかりでなく周辺貴族領からも多くの生徒が集まって来ている。その為そうした生徒たち用に寮が用意され、長期休みの移動が困難な者たちは、寮に寝泊まりしてそれぞれの時間を過ごす事となる。

ベティーは最初から領都住まいだし、俺やほかのメンバーはいずれも家に帰る予定はない。この休みは学園ダンジョンに潜って更なる成長に繋げようと話し合っていた所だったのだ。


急な話であったものの、お迎えが来ているのならば帰った方がいい。ケイトは普段から隠す事のないお父さん大好きっ子、久々に家族と会えるのは喜び以外の何物でもないのだから。

俺はケビン君と故郷の話に盛り上がるケイトを見て、小さい頃に亡くなった母親の事を思い出しちょっと寂しい気持ちになるのだった。


翌日はベティーの提案で、終業式の後魔法訓練場に集まる事になった。

暫く会えなくなる事もあり、共に魔法の訓練をしようという事になったのだ。

そして撃ち出されたケイトの魔法は。

“バビュ~~~~~~~~~~~~~~~ズバズバズバズバズバドッドッドッドッドッズバズバズバズバズバドッドッドッドッドッ”

いつもは単発ずつ撃っていた魔法の連射、それも全弾が標的の一点を撃ち抜く正確性、しかも短縮詠唱。

「ケイト~~~~!!あんた短縮詠唱の事隠してたでしょう!!」

ベティーが大きな声を上げるのも仕方がない、それ程までに凄い事だったんだから。

でもケイトが突然訳の分からない事をするのは今に始まった事じゃないんだよな~。

“弾数が切れた”とか言って魔法の杖でゴブリンたちを殴り殺し始めた時は、流石に俺も固まったもんな~。

“えっ、魔法職って後衛じゃないの?”とか“前衛のベティーよりもゴブリン倒してない?動きがこなれすぎてるんだけど?”とか色々と思う所はあったけど、それもケイトの強さとして受け入れて行った訳だし。

今じゃ“長杖の撲殺姫”とか言われて剣士職の男子生徒からも恐れられているけど。

中には“干し肉の魔導士”とか言って干し肉を買いに来る生徒もいるんだけどね、補充とかどうしてるんだろう。


「アハハハ、ベティーも落ち着いて。パーティーの戦力が上がった事を素直に喜ぼうよ。ケイト、これからもよろしくね。

それじゃ今度は俺の番かな?」

俺はベティーを宥め、自分の番とばかりにファイヤーボールの詠唱を行った。これは初級魔法と呼ばれるものだけど俺の場合はその威力が強いし、同じ魔法を何度も詠唱する事でケイトみたいに短縮詠唱を身に着けられるって言われてるしね。


「アレン君、アレン君、ちょっといいかな?」

ケビン君が俺に話し掛けて来たのは魔法を撃ち終わってすぐの事だった。

そして聞かれた幾つかの質問、それは今まで誰にも話した事の無い俺の家族に関する事。


「え~、結論から言います。アレン君には精霊様が付いて(憑いて?)います」

その言葉はこれまで考えた事もない話、精霊様と言う言葉は知っていてもそれがどう言ったものかなんて知らない俺にとっては、想定外以外の何物でもない仮説。


「お~い、そこのキラキラ~。悪いんだけど姿を見せてあげてくれる?ご褒美はこれでどうよ」

そして現れる真っ白な光輝く狐、これが精霊様。

“これはあなたの事を守ってくれる大切な品、このペンダントを身に付けていれば精霊様があなたの事をお守りくださいます”

死の間際、俺を心配する母が残した言葉が、頭の中で繰り返される。

俺はずっと見守られていた?母さんは俺に・・・。


深皿に口を付け嬉しそうに何かを飲まれる精霊様、そんな精霊様を見て楽しそうにしていたケビン君から掛けられた「アレン君、試しにさっきと同じ感じでファイヤーボールを撃ってみてもらえる?」と言う言葉。


“ビュ~~~~~~~~~、バンッ”


「「「「・・・・・・」」」」

それはあまりにも平凡なファイヤーボール。酷く弱い訳ではない、ただ普通、共に学ぶ他の生徒が放つそれと何ら遜色のない魔法。


「へ~、アレン君ってお母さん大好きっ子だったんですか~。そんでいつもお母さんに抱き付いていたと。まぁ子供ですし、微笑ましいですよね」

その後ケビン君が教えてくれた事、精霊様との付き合い方、でもそれは自身の力が借り物であったと言われている様な受け入れがたい話。

そんな俺の卑屈な心を打ち砕いたのは、精霊様とケビン君の談笑する姿。

お願いですから俺の幼少期の話で盛り上がるのは止めてください。おむつの事とかおねしょの事とか甘えん坊の事とか~~~~!!

俺自身の事、でも俺の知らない事。ケビン君って何者?その深い知識は一体。


「あの、ケビン君とアナさんは何か魔法とかを使えるんですか?折角ですんで良かったら撃ってみませんか」

そう提案してきたのはベティーだった。それは俺も気になっていた事、これだけ色々な事を知ってる人ならさぞやすごい魔法使いなんじゃ。でも学園生徒じゃないって事は魔法職じゃない?

益々分からなくなるケビン君の正体。

でもその期待はケビン君の「俺は魔法適性がないから」の言葉によって打ち消される。

ケビン君は豊富な知識を持った一般人、そう言う事だったのだから。


「そう悲観する事もないって、こう見えても生活魔法は得意だから。例えば生活魔法の<ウォーター>、諦めずに只管研鑽を積むとこう言う事が出来る様になります」

そう言って撃ち出された生活魔法、それは訓練場の的を捉え、斜めに切り落とす。

その光景に唯々言葉を失う俺たち。一体何をどうしたらそんな真似が?

あれが生活魔法?


「ちょっと待ってください、あの、僕たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」

俺がマルセル村へ同行したいとお願いしたのは、衝動的なものであった。

この機会を逃してはならない、心の中で何かがそう叫んだ気がした。


「アレン様、慌ててどうなさったんですか?それに急に旅の支度って」

「あぁ、織絹さん。無理を言ってごめんね。急遽ケイトの故郷マルセル村について行く事になったんだ。グロリア辺境伯領北西部の寒村だったかな?領都からだと馬車で十日程掛かるって話だった様な。

とにかく急ぎなんだ」


学園の寮に戻り外泊届けを出した俺は、部屋に戻って急ぎ旅支度を行う。

個人メイドの織絹への説明もそこそこに、鞄に着替えを放り込む。


「それでしたら私もついて参ります。アレン様をお一人にするのは心配ですので」

「いや、それは、勝手に同行者を増やすのも」


「そこは私がお話しします。アレン様は旅の御準備を」

そう言い自分の旅支度を始める織絹。

でも今は説得している暇もないし、急いで準備をしないと。


「あぁ、彼女が昨日ケイトから聞いた鬼人族の。別に構いませんよ?

皆さんの手荷物はそれで全部ですか。ミッキーちゃん、随分と大きなカバンですね、これからは旅の荷物の整理の仕方を勉強した方がいいですよ?

まぁ今回は良いですけど。

邪魔になるんでこっちでお預かりしちゃいますね。<収納>」

ケビン君はそう言うと俺たちの荷物を全て消し去ってしまった。

・・・えっ?驚く俺たちをよそに「早く行きますよ」と幌馬車の荷台に乗り込むケビン君。

荷台に乗り込んだベティーが今のことについて質問すると、「収納の魔道具ですね、マジックバッグと一緒です。中型マジックバッグよりかは仕舞えると思いますよ?どれだけの容量があるのかまでは知りませんが」と言って左腕の腕輪を見せてくれるのだった。


「それじゃ出発します」

途中ケビン君がモルガン商会に帰村の挨拶をしに立ち寄ってから、領都の街門を抜け街道を走り出した幌馬車。その軽快な走りと心地よい揺れに、うとうとと眠くなった事は覚えている。

冬の幌馬車での移動と聞いて相当な寒さを覚悟していたにも拘らず、その移動はとっても快適で心地よく・・・。


「う~ん、あっ、アレン様。申し訳ありません、いつのまにか寝てしまっていた様で」

「ううん、別に謝らなくてもいいよ。俺もすっかり寝てしまって、さっき起きた所だったんだ。

はいこれ、蜂蜜きな粉飴。ケビン君が身体が疲れている時にはこれがいいって言ってくれたんだ。ボーっとした頭がすっきりするらしいよ?」


俺はそう言い先程ケビン君から貰った蜂蜜きな粉飴を織絹に渡す。


「あ~、織絹さんだけズルいです。私にも下さい」

「ふぁ~、よく寝た。なんだアレン、二人していいものを食べてるのか?

私の分もあるんだよな?」

「ん~、いつのまにか寝ちゃったみたいね。ごめんなさい、なんかこの幌馬車、揺れが心地よくって。こんな馬車領都でもなかなかないわよ?お尻も痛くないし、このクッションがいいのかしら?」


起き出したパーティーメンバーたち、俺は皆にも蜂蜜きな粉飴を配り一緒に口に入れるのだった。


「「「「美味しい~」」」」

口いっぱいに広がる甘さ、身体全体に活力が広がっていく。


「村門です、少しお待ちください」

御者台から聞こえるケビン君の声、ケビン君は門番と幾つか言葉を交わすと村の中へと入って行く。

これから十日、幾つの村や街を通過するんだろうか。馬車での移動は初めてではないけれど、気心の知れた仲間との初めての旅、緊張よりもワクワクした気持ちの方が強くなる。


「ここが村役場ですね、皆さん降りてもらえますか?ブラッキーはケイトの処へ」

突然ケビン君から言い渡された下車の指示。そう言えば出発前にトイレの事を言われていたような。

俺は男だから馬車移動の際はその辺の草むらで用を足してたけれど、女の子たちはそれが隙になる。羞恥心で危険を呼ぶわけにはいかない、こまめなトイレ休憩は重要って話だったか。

俺たちの訪問に、村役場から顔を出す壮年の男性。ケビン君はその男性に会釈し、声を掛ける。


「ザルバ執事長、只今帰村いたしました。無事ケイトお嬢様をお連れする事が出来ました。

それとこちらは、ケイトお嬢様の学園ダンジョン攻略パーティーのパーティーメンバーの方々です」

ケビン君の紹介に、よく分からないまま男性に頭を下げる俺たち。


「あぁ、君たちがケイトの言っていた。はじめまして、ケイトの父ザルバ・フロンティアです。いつも娘がお世話になっています。

ようこそ、マルセル村へ、何も無い所ですがゆっくりして行ってください」


「あっ、俺は少しアルバート子爵様にご報告がありますんで、後をお願いしても?

アナさんは幌馬車を農場の方へ。シルバー、お疲れ様、凄い助かったよ。

それじゃケイト、後を頼む」

「ん、任せるといい」


そう言い村役場の中に入って行くケビン君・・・。


「「「「・・・はぁ~~~~~~!?マルセル村?えっ、はぁ~~~!?え~~~~~!!」」」」

言っている言葉の意味が理解出来ず、大混乱に陥る俺たち。

そんな俺たちに耳を押さえながら蔑みの視線を送り、「声が大きい、うるさ過ぎ、少しは落ち着く」と冷静な言葉をぶつけるケイト。

って落ち着くなんて出来るか~~~!!


マルセル村村役場前の広場、混乱し声を上げる若者たち。

そんな中ザルバは一人、“あぁ、この子たちはケビン君の洗礼を受けたのか、可哀想に”と、優しい眼差しで彼らが落ち着くのを見守るのでした。

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