第296話 村人転生者、マルセル村を目指す。多少のお荷物を添えて

「モルガン商会長様、いつもお世話になってばかりで申し訳ありません。

今後ともマルセル村をよろしくお願いいたします」


「いやいや、こちらこそよろしく頼むよ。それにしてもケビン君にはいつも騙す様な事ばかりしてすまないね。

私もグロリア辺境伯領の商人として板挟みの立場でね。特に次期領主タスマニア様は少々強引な所もある御方だから。

貴族らしいと言えば貴族らしい御方なのだが、マケドニアル・フォン・グロリア閣下の様な待ちの姿勢と言うものに欠けている点がちょっと。

悪い御方ではないのだが」


「あぁ、あの御方ですか。これは独自に掴んだ極秘情報なんですが、どうもあの御方、グロリア辺境伯領内に人工ダンジョンを数カ所建設し、軍事経済の拠点にしようとしている様ですよ?

その素材として最近階層変動の有ったゴブリンダンジョンのダンジョンコアを探されているとか。近々あのダンジョンは完全攻略されると思われます。

そうなると数十年は魔物の発生しないただの洞窟になるんでしたっけ?俺はその辺詳しくないんで知らないんですが、いずれにしろあそこのダンジョンは使えなくなりますのでご注意ください。

それと辺境四箇村の内の一つ、ヨーク村にキャタピラーの攻撃糸を集める技術を伝授しておきました。例のゴブリンの腰巻です。

ゴブリンシールドを作製して高値で売り付けてやりましたよ。

御同業者からも攻撃糸の入手先を教えてくれとせっつかれていたんではないんですか?そちらに話を振れば面倒が減ると思いますよ。

マルセル村で生産できる攻撃糸繊維は限度がありますからね、他にもこれはと思う村などがあればそこで繊維産業を興す事に何の不満もありませんので。

それこそタスマニア様辺りが喜びそうな話じゃないでしょうか、その辺は上手くやって下さい。

俺もマルセル村も食うに困らずのんびりやれればそれで満足なんで」


俺はモルガン商会長に慇懃に礼をし、会長執務室を後にする。背後から“またケビン君には借りが溜まってしまった。本当にどうしたものか”と言った声が聞こえますが、聞こえなかった事にしましょう。

面倒事の引受先は多いに越した事はありませんからね。


マルセル村に帰村する前にお世話になったモルガン商会長様へ挨拶に訪れた俺氏、だって高級宿“小鳥の巣箱亭”の宿泊費がすでに支払われちゃってるんだもん、これで無視して帰るって訳にはいかないでしょう。

モルガン商会長様としては騙し討ちみたいな真似をした手前マルセル村との関係を悪化させたくないと言う思いがあったんでしょうけど、あれはグロリア辺境伯家が起こした粗相だからね?

モルガン商会長様に思う所など一切ございません。むしろジニー師匠の書かれた手記をこれほど素晴らしい形で世に出して下さる商会長様には感謝しかありませんっての。

今回の件もグロリア辺境伯家との関係上断るに断れないと言った所でしょう、専制貴族社会じゃ商人の立場は弱いですから。


要するにマルセル村は少々高位貴族家に近付き過ぎたって事です。

辺境には辺境の生き方、人間関係において互いの距離感って大切ですよね、本当に。


モルガン商会店舗前、多くの荷馬車や幌馬車が止まる中、目的の幌馬車を見つけ手を上げる。


「ケイト、アナさん、お待たせ。ギースさんは仕事で席を外してたから会えなかったよ。ロイドの兄貴は外回りだって。あの人絶対どこかでサボってるって、それでいて仕事はきちんとこなすから叱るに叱れないらしいよ?

それじゃ行こうか。

え~、アレン君、ベティーちゃん、ローズさん、ミッキーちゃん、織絹おりぎぬさん、準備は良いですか?領都から暫く休憩する所はありません。トイレはいかれましたか?これって結構重要な話ですからね?

野営において用を足してる最中に魔物に襲われて亡くなる方って結構いるんですよ?

それと我慢し過ぎて身体を壊すって方も往々にして見られます。

女性冒険者なんかは男性がいようが平気で用を足します、これは街の外の環境がどれだけ危険かを身をもって知っているからです。

旅慣れしている方もそうですね、お貴族様などは村に着くたびに必ず用足しに向かわれます。出る出ない関係なしにそれが必要だと知っているからです。

街の外では油断した者、隙を見せた者から死ぬ、それを覚えておいてください。

まぁかと言って常に緊張し警戒し続けろと言ってるのではありません。これはあくまで心構え、そう言うものだと思ってくだされば結構です。


それと水分を取らな過ぎても駄目です。馬車の旅は意外に体力を使います、水分不足の身体では体調を崩してしまいます。

と言う訳で今からハーブティーをお出ししますね、これはカモネールと言う緊張を和らげる作用のある飲み物です。割とその辺に自生している植物ですんでご自分でも試してみてください」


俺はそう言うと収納の腕輪から人数分のカップとハーブティーの入ったポットを取り出しそれぞれに手渡していく。肌寒い店前で待たされていた面々は、その温かな飲み物にほっと息を吐く。


「それじゃ出発します」

俺は御者台に座ると手綱を握りシルバーに指示を飛ばす。

ブラッキーはどうしたのか?荷台で横になって寝そべっておりますが何か?

幌馬車は走り出す、領都の大通りをガタゴト音を立てて。オーランド王国の最果て、我が故郷マルセル村を目指して。


“ガタガタガタガタ”

幌馬車は進む、冬の街道を領都グルセリアから離れグロリア辺境伯領北西部に向かって。

魔物が冬眠期に入った冬の街道は、寒くはあるがある意味安全とも言える。

人通りも減り、領都経済圏と言えども馬車の通りが疎らとなる。

外気の刺す様な寒さは幌馬車の幌が防いでくれる。無論これはケビンがアナスタシアに頼み込み、幌に魔術的特殊加工を施したからに他ならないのだが。

軽快な走り、適度な揺れ、それは冬の幌馬車の旅と言う事で高ぶっていた者たちの心を鎮め、夢の世界へと誘う子守歌。


“コテッ、ス~~~~、ス~~~~”

・・・よし、全員寝たな。いや~、流石カモネールを使った睡眠薬、効く効く。

ホーンラビット狩りにも使われる睡眠香の原材料カモネール、本来はこうした睡眠導入剤や睡眠薬に使われる薬草です。まぁ特殊な調薬が必要なんですけどね、そこは調薬のエキスパートケビン君、かなり長持ちする睡眠薬の作製に成功しております。

そんでもって周りに人の反応がない事を確認してから幌馬車ごと影空間にGO。


「太郎、ダンマス、コアさんちっす。ちょっとここの連中を隔離しておくからこっちのスペースに来ない様にしてね。魔力枯渇でひっくり返っちゃうから。

もしかしたらケイトが起きるかもしれないから、そうしたら俺に知らせてくれる?顔を出すから」


“ガウガウガウ”

“ギャウグギャ”

“ポワンポワンポワン”

それぞれから了承を貰うと、俺は荷台からブラッキーを降ろし、シルバーを枷から外して従魔達の元に向かわせます。

そしておもむろに収納の腕輪から魔剣“黒鴉”を取り出すと、御者台に刀掛けを置きそこにセットする。


「黒鴉先生、暫くこの幌馬車全体から魔力を抜いておいて下さい。中の人間は魔力枯渇状態にしておいて下さると助かります。

恐らく一人起き上がりますが気にしないでおいて下さい、その子は魔力枯渇に慣れてる者ですんで、前に一緒に修行したケイトですね。

それではよろしくお願いします」

俺がそう言うや周囲の空気が若干重くなったのを感じる。

先程まで気持ち良さげに寝息を立てていた者たちが、一瞬呻いたかと思うとそのまま静かになる。


「さてと、それじゃ時間もない事ですしさっさと行きますか」

俺は太郎たちに後を任せると影空間から抜け出し冬の街道へと戻る。


“フ~~~~~ッ”

紬が精霊女王に進化した事で、一つの発見があった。それは俺のスキルに飛行に関するスキル<浮遊>が加わった事。

これは少し浮くと言うだけのスキルだが、俺にとってはとんでもないシナジー効果を齎すスキルであった。

大福が空を飛んだ時に手に入れたんじゃないのか?そんなの分からん、だって確認してないもん。

見たくないものは見ない、それが心穏やかに生きる為のコツだよ、諸君。


“バンッ”

地面に張った魔力障壁から全力で飛び上がる。魔力纏いと覇気を併用した全力の跳躍は、スキル<浮遊>の効果もあり俺の身体を一瞬にして雲の上へと跳ね上げる。


「目標、ラッセル村、円錐形魔力障壁展開、カタパルトセット!

ケビン、行きまーーーーす!!」


“ボンッ”

それは弾け飛ぶ弾丸、上空二千メートル、下層雲を飛び越えた先を滑走するマルセル村の青年ケビン。


「俺は天翔ける流星、何人なんびとたりとも我が前を走り抜けれると思うなよ、ワッハッハッハッハッ!!」

その速度は上空を飛び交うワイバーンを軽く凌駕し、北西の空に向かい飛び去って行くのでした。


――――――――――


“コンコンコン”

「こんにちは、マルセル村のケビンです。ジニー師匠はおられますでしょうか」


冬の夕暮れは早い、日が傾き始めればあっという間に暗闇の世界となる。

そんな夕刻に訪ねてくる客人など珍しく、家の者が訝しみの視線を上げ玄関扉に向かう。


「こんにちは、お久し振りです。マルセル村のケビンです。ジニー師匠はおられますでしょうか?」

玄関先に立っていた人物、それはいつぞやのスライム好きの少年。確か授けの儀を終えたと言っていたか、それならば小柄な青年と言った所か。


「おぉ、君は確か親父にスライムの話を聞きに来た。

親父なら暖炉の前で寛いでるよ、外は寒かっただろう、入った入った」

長男のジョージが青年を招き入れる。儂は安楽椅子から立ち上がり、台所の妻に偽癒し草のお茶を入れるように声を掛ける。


「ジニー師匠、お久し振りです。師匠にはいつもいただいてばかりで中々ご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」

そう言い深々と頭を下げる青年ケビン。儂は“本当に礼儀を重んじる青年だ”と感心し、自身の顎を摩る。


「何の気にせんで良い。遠路はるばる儂を訪ねてくれた、それだけでどれ程嬉しい事か。儂はこれ迄自身のテイマーとしての人生を顧みられる事もなく、そして顧みる事もしなかった。

そんな儂の、スライム使いと呼ばれた冒険者時代の話をあれほど興味深く聞いてくれた者はケビン君、君が初めてだったよ。

儂はあの時自分の生き方が全肯定された様な幸福感に包まれたものだ。

そしてケビン君はこんな儂が手慰みに記した駄文を宝物のように受け取ってくれた。

儂の家族ですらそこまで思ってくれはしなかった儂の人生を、凄いと褒め称えてくれた。

儂は君に出会えて本当に良かったと思っている。

わざわざ訪ねて来てくれてありがとう」


そう言い頭を下げる儂に、恐縮し“頭を上げてください”と言うケビン君。

本当に出来た青年だ、さぞ素晴らしい親御さんに愛情を持って育てられたのであろう。


「えっと、本日は以前お約束したジニー師匠の本が出来上がりましたのでお持ちいたしました。こちらから原書版、活字版、豪華版の三点になります。

どうぞ手に取ってご確認ください」

そう言い肩掛けカバンから取り出した物、それは三冊の本。

手に取り開いたそれは、確かに儂が書き記した<スライム使いの手記>。

原書版は儂の書いた原稿がそのまま製本された様な造りになっており、活字版は文字が大変読みやすい活字印刷に代わっていた。

そして豪華版は。

丁寧な装丁、それはこの本に対する製作者の意気込み。

開かれたページから視界に飛び込む美しい文字、儂の書いた文章が、臨場感を持って心に響き渡る。

そして繊細にして今にも動き出しそうなスライムの挿絵、これはその現場を見た者にしか分からない細かな特徴も確り捉え描かれたもの。


「ケビン君、これは・・・」

「はい、こちらの三点は領都のモルガン商会様にお願いして製本して貰ったものになります。ジニー師匠が書かれた<スライム使いの手記>をモルガン商会長様にお見せしたところ、大変高く評価して頂きまして、好事家向けの雑学書として出版しようと言う話しになりまして。

大変勝手とは思いますが、著者名を<ジニー・フォレストビー>とさせていただきました。事後承諾となり大変申し訳ありません」


そう言い深々と頭を下げ謝罪の意を示すケビン君。

いや、そんな事はどうでもいい、そんな些細な事よりも。


“ツーーーーーーッ”

自然零れる涙、脳裏に蘇る若かりし日の思い出。

外れスキル持ち、底辺冒険者と馬鹿にされ、それでも挫けず前に進み続けた日々。

馬鹿にされたスライムを使い、数々の依頼を熟した。スライム達を常に側に置き、観察し、その性質を解明しようと躍起になった。

銀級冒険者となり、各地に赴いては様々なスライムに出会い、その奥の深さを知った。

辛く、苦しく、だが忘れえぬ輝かしい青春の日々。


「儂は、間違ってはいなかったのだな。

こうして認めてくれる者がいる、こうして儂の言葉を検証し、絵に起こしてくれた者がいる。

儂は、認めて貰いたかったのやもしれないな」


“コトッ”

テーブルに差し出されたカップ。

妻は優し気な笑みを儂に送ると、黙って奥へと下がって行く。


「ケビン君、改めて言おう。儂の下を訪ねてくれて、儂に出会ってくれてありがとう。

君のお陰で儂の人生は全て報われた。もはや思い残す事はないよ」

そう言い儂は開いた本の表紙をそっと閉じる。


「いえいえ、何を仰るんですか。ジニー師匠にはまだまだ多くの事を学ばさせていただきたいんです。

次は養蜂家ジニー・フォレストビーとして蜂蜜やフォレストビーを使った養蜂技術の事について書いていただかねば。

モルガン商会長もジニー師匠のお造りになる蜂蜜を高く評価なさっておられました。

この冬の手慰みとして、執筆の方、よろしくお願いします」


そう言い再び頭を下げるケビン青年。彼は何処まで儂を嬉しい気持ちにさせてくれると言うのか。

養蜂の主体は既に長男であるジョージに引き継いでいる。今や簡単な手伝いしかする事の無い儂にも、まだやれる事があると言うのか。


「それとスライムの可能性です。ウチのスライム、以前お話しした大福ですが、とんでもない事になってます。

ただあまりにもとんでもなさ過ぎて普通の方にはお見せ出来ないんですが、ジニー師匠には何時かお見せしたいと思います。

今度は大福も連れて来ますので、楽しみにしておいてくださいね」


そう言いニヤリと悪戯な笑みを浮かべるケビン君。

ハハハ、これは儂も弱気な事を言っておれんな。スライムの可能性、暇のある今なら再び追い掛けてもいいかもしれん。


そっと差し出されたケビン君の右手、儂はその手を力強く握り返す。

心に灯るあの頃の情熱、妻には悪いが儂は再びこう名乗ろう、“スライム使いのジニー”と。


「「スライムはロマン!!」」

この若い同志と交わした心の約束、“今宵はうまい酒が飲めそうだ”

ジニーは止まっていた人生の針が再び動き出すのを感じ、力強い笑みを浮かべるのであった。

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