第292話 村人転生者、畑の管理人と御買物に行く
どうしてこうなった?
人は予想だにし得ない状況に陥った時、思わずそう呟くと言う。
ここは領都でも流行りの服を扱うと言う服飾店。お貴族様やお金持ちであれば都度オーダーメイドの服を作るのだが、一般庶民はそうはいかない。
かと言って古着とは違った真新しい服が欲しいと言うのは庶民であろうと女性なら誰しもが持つ思い。
“女性たちのささやかな思い、叶えましょう”
そう銘打って登場したのが領都でも評判のこの店、ユニック商会グルセリア支店。
何でも本部はバルカン帝国にあり、バルカン帝国内の縫製工房で作られた商品を国内ばかりか国外であるオーランド王国にも運んで来るとか。
侯爵領、辺境伯領、伯爵領と言った大きな領地の領都に次々と進出し、販路を拡大しているとか。現在はオーランド王国北西部南西部地域だけだが、いずれは全国に展開したいと意気込む新興商会である。
・・・これってユニ〇ロじゃん。しかも他国の主要都市に展開って、完全にスパイ網じゃん。衣類の他に何を運んでるんだか、超恐い。
縫製工房ってもしかして攫われた違法奴隷たちに作らせてるとか?物は悪くないって事は労働環境が意外に良かったりする?
そこら辺の実態は実際に見てみないと分からないからな~、まぁ辺境の村人が考える様な事じゃないけど。
これが主人公勇者様なら乗り込んで叩き潰してって考え無しにやるんだろうけどさ、実際問題その違法奴隷たちをどうするつもりなのかって話。
助け出しました、後は自由です、好きにしてくださいじゃ助けたんだか殺しに行ったんだか分からないって感じなんだよね。
そうは言ってもこれは全て俺の妄想、現実がどうかは分からないんだけどね。
俺はそんな事を考えながら女性達の買い物風景をただボ~ッと眺め続ける。
そう、女性達である。
「ケビン君、このワンピースはどうでしょうか?生地も厚手ですし、これからの季節でも十分着こなせると思うんですが?」
そう言い手に持つワンピースを胸元にあてがい意見を求めて来るアナさん。
「う~ん、そうしたらこれにチョッキを組み合わせたらどうでしょう?
襟元が大きく空いてるし、中にブラウスを着てその上からこのワンピース、そしてチョッキを組み合わせれば結構似合うかも。一度全部揃えてみてバランスを考えてみたら?
組み合わせ次第で大分印象も変わると思うし」
アナさんは俺の助言を聞き、「なるほど、少し見て来ます」と言って再び店内に走って行かれました。
「ケビン様、いかがでしょうか?私はこうした庶民服と言うものが良く分からないのでメイドに見て貰ったのですが、似合いますでしょうか?」
そう言い店内で選んだ服を試着したまま意見を聞きに来るパトリシアお嬢様。
「流石はパトリシアお嬢様、大変良くお似合いでございます。メイド様方の服選びも見事の一言、庶民用に縫製工房で大量生産された品がまるでパトリシアお嬢様の為だけに仕立てられたかのように輝いております。
これはパトリシアお嬢様の内から溢れる高貴な気質の表れか。いえ、余計な事を申しました。ごゆっくり庶民のお服選びをお楽しみください」
そう言い慇懃に礼をする俺に花の様な笑顔を向け、再び服選びに戻るパトリシアお嬢様。メイド様方、Good Job!
“ツンツン”
不意に袖口を引っ張る誰か。
「ん、どう?似合う?」
そう言い俺の前でくるりと回転し、ふわりとスカートを靡かせる女性。
「おう、ケイトって結構センスあるのな。って言うかしばらく見ない間にすっかり垢抜けた?都会の女性って感じなんですけど。
服選びも自分の好みをよく分かっているって言うか、それに合わせて選んでいるって言うか、こなれた感じ?
ユニックにはよく来るの?」
「ん、偶に?パーティーメンバーと一緒に買い物に来たり食事をしたり。
街中はよく出歩いてる」
領都の事なら任せろと言わんばかりにドヤ顔を決めるケイト。
「あぁ、向こうで服選びを楽しんでるお友達だっけ?確かベティーちゃんにローズさんにミッキーちゃんだったかな?それとハーレム主人公のアレン君。
どう、アレン君はその後やらかしてない?変な事件に巻き込まれたとか女の子を助けたとか」
「うん、なんか犯罪者組織から囚われの女性を救出してた。額から角の生えた変わった人、行くところが無いって事でアレンが面倒を見てる。アレンが面倒を見られている?
アレンの個人メイドをしている」
ブホッ、流石ハーレム主人公様、鬼人族を助け出すって超レアじゃないですか。絶対学園でもやらかしてるじゃないですか。
アレン君、スゲー。
「それでアレン君はモテモテと、凄い納得。でもお陰でケイトにはあまり注目が行かなくて良かったじゃん。良い隠れ蓑になってるんじゃない?」
「ん。でもハーレムメンバーの一人って言われるのが納得いかない。せめて私は除外して欲しい、切に希望する」
そう言い全身から闇属性魔力を垂れ流し始めるケイト、どうどうケイトさん、落ち着いて下さい。
「折角ユニックに来たんだから他の服も見て来たら?長期休暇に入ったら私服も必要なんだし」
「ん、そうする」
そう言い再び服選びに戻ったケイトさん。
あれ~、おかしいな~。ストレスはお布団様が毎日浄化してくれているはずなのにな~。
それでも漏れ出る心の叫び、ケイトさん以前より感情の起伏が激しくなった分ブレーキが効きづらくなってる?暴走は勘弁してね?
どうしてこうなった。
にこやかに服選びを楽しむ女性達。俺はこのよく分からない状況に、ここに至る経緯を思い起こすのであった。
――――――――――
「買い物に行こうか?」
昨日は大変であった。領都グルセリアに到着し、モルガン商会に伺って直ぐにお城からの御迎え。この情報伝達技術の未発達な世界でどれ程の情報網を構築してるんだと感心したくなるレベルでの連携に、素直にドナドナされた俺氏。
連れて行かれたお城で待っていたのはなぜかグロリア辺境伯家一同様。
もうね、予想外も良い所。えっと、俺って珍獣か何かなのかな?期待されても何も出ないよ?
そんでもって自己紹介もないままグロリア辺境伯家で働かないかとのお誘い。
・・・いや、あんた誰よ?
初見の方から働かないかと言われましてもね~、普通断るっしょ。
まぁ状況的にグロリア辺境伯家の偉い人、周りの態度から次期当主様か何かかと推察、謙りまくりつつやんわりと無能をアピール、興味を薄れさせてからお断りすると言う曲芸をですね~。
これだけでドット疲れたわ、帰って宿でゴロゴロしたいわ全くって感じでございました。
まぁそこを上手く回避したのは良いんですが、帰ろうとしたらグロリア辺境伯様からお引き止めがありましてですね。
いいじゃん、そっちの要件は済んだんでしょ?とっとと宿に返してくれってのが本音でございました。
そんでパトリシアお嬢様のご登場ですよ。楽し気に目をキラキラさせちゃってまあ、本当状況分かってるんかね~ってなもんで詳しく御解説申し上げた次第でございます。
簡単に言えば面倒事はパスって話ですね。少なくとも俺は二度と関わろうとは思いません。
だってあの御方、面倒事の臭いがプンプンなんですもの。
恐らく周囲からは相当に切れ者で優秀な貴族とか言われ、本人もそれを鼻に掛ける事無く邁進する自信家でいらっしゃるかと。
今回のグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との衝突、王家との決別も獰猛な笑みで歓迎したタイプの御方ですね。王者の風格、自治領ではなく公国となった場合でもその切り盛りで多大な実力を発揮する、そしてそのカリスマに多くの家臣が付き従う。
共に部屋を後にされた側近の方々の目が、完全に決まっちゃってたもんな~。あれって冗談通じないタイプだわ~、お家の為とか言いながら忖度で切り掛かって来る連中だわ~。
そんなの絶対関わり合いになりたくないじゃないですか、サービス残業を喜びに感じつつ周りに強要する連中じゃないですか。もうね、拒否一択ですわ、覇業は他所でやって下さい。
グロリア辺境伯様からしたら頼もしい跡取りの姿に映っていたんだろうな~、駒にされる者からしたら堪ったもんじゃないけど。
てな訳でそこんところを確りと分からせてみましたって感じです。
距離感って大事なんですよ、距離感って。
で、これで終わりかと思いきやパトリシアお嬢様がですね。
本当にお強くなられた事で、あの空気の中癒し隊の話題に持って行くかな、普通。
並の貴族や商人でも出来ないよ?ハロルド執事長様頭抱えていらっしゃったよ?
まぁいいんですけどね。
難しい事は偉い方々にお任せ、私は癒し隊の皆さんとたっぷり戯れたのでございます。
何でもこの癒し隊が城内どころか出入りの商人の間でも人気だとか。何とかメンバーを増やせないかとのお話でしたんで、現在二期生を育成中である事と来春以降村の観光客相手にデビューする予定であるとお伝えしたところ、必ず遊びに行くとのお言葉を頂きました。
ホーンラビットガチ勢、行動力が半端ないです。
何とかお城から解放された俺氏、一度モルガン商会に寄ってから本日の宿“小鳥の巣箱亭”に向かう事となったのでございます。
・・・例の高級ホテルですね。アナさん驚きで固まってましたから、異文化もいい所ですから。そう言う意味じゃ初見でこのホテルに馴染んでたケイトって肝の座り方が半端じゃないのね。
死の淵からの生還者ケイト、溢れる魔力も桁違いでございます。
宿の部屋では久々に湯舟を堪能、癒し草の入浴剤を入れて心身共に休ませてもらいました。
この湯舟にはアナさんもびっくり、浴室から戻られたアナさん、蕩けるようなお顔をなさっておられました。
モルガン商会で確認したところ領都学園の休みは明後日の終業式を迎えてからとの事、それならば明日は領都でお買い物でもしようと話し合ってその日は就寝。
翌朝のんびり目を覚まし宿泊部屋で優雅に朝食を頂いていたんですがね。
“コンコンコン”
「“失礼します。お客様にお城より使者の方が参られております”」
ホテルマンからの知らせに扉を開けると、そこにはいつぞやのメイド長カミラ様がですね。
そこで本日のご予定をお話ししたところ、それならばと何故かパトリシアお嬢様がお忍びでご一緒する事に。
まぁグルセリアはグロリア辺境伯家の庭ですから、お忍びでちょくちょくお出掛けになられているご様子ですし問題ないと言えば問題ないんですけどね、何故に庶民の買い物に一緒したがるかな。お陰でアナさんの御機嫌が大変斜めにですね~。
「あなた様がケビン様の仰られていたアナさんですのね。聡明で大変頼りになる御方とのお話でしたが、本当にその通りですわ。ケビン様が思いを寄せられるのも分かります。その所作の一つ一つ、内から溢れる知性は隠し様がありませんものね。
本当にケビン様が羨ましいですわ」
途端ご機嫌になるアナスタシア・エルファンドラ。それでいいのかエルフの姫よ、ちょろ過ぎるぞ迫害されし民よ。
そしてパトリシアお嬢様、流石でございます。話術は社交界での武器、お茶会での回しが出来るか出来ないかでその女性の立場が決まると言っても過言ではないですもんね。将来伯爵家を継ぐはずであったパトリシアお嬢様が社交界教育を受けていない筈もなし、アナさん、見事に転がされております。
向かった先はグルセリアの大通り、人気の商会が軒を連ねるそこでは多くの若者が食事や買い物を楽しんでおりました。
えっと、今日は学園がお休みと、そんでもって長期休みに入る学生さん方が友との別れを前に街に繰り出してると、それはそれは。
休日のショッピングモールと言った感じ?皆さんグループを組んで楽し気に。
「学園ダンジョンの攻略パーティーであると、学生時代はパーティー単位で行動する事が多いんですか。
カミラメイド長も領都学園出身なんですか、道理でお詳しい」
どこか懐かしいものでも見るような優し気な笑みを浮かべ、領都学園事情を教えて下さったカミラメイド長。何も知らない俺みたいな者にとっては貴重な情報、大変助かります。
見れば男女のパーティーも結構見られますな~。複数の女子生徒に囲まれた男子生徒って所謂ハーレムパーティーって奴ですか!?
これはこれは、学園物の定番ハーレム主人公様、遠目で観察したいものですな~。
「「・・・あっ」」
「やぁ、久し振り。学園が長期休暇に入るって事でお迎えに参りました、ケイトお嬢様」
「ん、大儀である。でもなんでこんな所に?学園の寮には何の連絡も入ってないんだけど?」
不意の遭遇、街中でばったりとってどんなドラマ?
なんかお買い物を楽しんでいるハーレムパーティーの中に良く知る顔がですね~。
「いや~、こっちも色々と「ケビン君、庶民向けの既製服のお店があるらしいんですが、ってケイトちゃん。お久し振り、お元気そうね」」
「ケビン様、パンケーキってご存じですか?帝国から伝わった食べ物らしいんですけど、何か女の子の間で流行っているみたいでして。この後食べに参りませんか?」
「「「・・・・」」」
懐かしの死んだような瞳でこちらを見詰めるケイト、そんな彼女に余裕の笑みを湛えて応えるアナさん。そして一切の空気を読まず花の様な笑顔を振りまくパトリシアお嬢様。
・・・何このカオス。
この後荒ぶるケイト(闇属性魔力駄々洩れ)を宥め、調子に乗るアナさんを諫め、よく分かっていないパトリシアお嬢様を誘導して件の既製服の店、ユニック商会グルセリア支店に向かったのは言うまでもありません。
・・・あぁ、抹茶クッキーが旨い。
アルバート子爵様の先読みなさったかの様なお心遣いに、心より感謝するケビンなのでありました。
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