第291話 村人転生者、辺境伯様御一家と談笑する

大きな窓辺から暖かな日の光の差し込むお部屋。すぐ隣の中庭ではピョコピョコと三匹のホーンラビット達が跳ね回る。

何とも言えない重い空気の流れる室内、最初に口を開いたのはこの城の主、グロリア辺境伯様でございました。


「うむ、先程は失礼した。申し遅れたが先程までケビンと話をしていた者は私の息子タスマニア・グロリア。現在は王都の屋敷にて執務を行っている者であるな。

いずれはここグロリア辺境伯領を取り仕切る者としてケビンとの顔合わせにと思ったのだが、これは少々事を急いた様であったか」

そう言い頭を掻かれるグロリア辺境伯様、全然かわいくありませんからお止めになられた方がよろしいかと。


「僭越ながら申し上げます。グロリア辺境伯閣下に置かれましては些か手順をお間違えになられたご様子。先に紹介すべきはアルバート子爵領が領主、ドレイク・アルバート子爵様であったかと愚考いたします。

私めはアルバート子爵家の一領民、その家臣たるヘンリー・ドラゴンロードが嫡男。

物事の掛け違えは両家の間に確執を生み出しかねません。

そうとは言えそのお話は先程訂正のお言葉を頂く事が出来ました。これで何の憂いもなくアルバート子爵領に帰村出来ると言うもの、大変ありがたい事でございます。

グロリア辺境伯家の皆様方の健康とご多幸をお祈りし、私は下がらせて「いやいやいや、下がっちゃ駄目だから、話は終わってないから」・・・大変失礼いたしました。

この様な非才の身にどの様な御用がございましょうか?お力になれず大変申し訳なく「だから帰ろうとしないで?取り敢えず座ろうか?」」


そう言い引き攣り笑顔で着座を勧めるグロリア辺境伯様。

御婦人方は笑いを堪え肩をプルプル震わせ、パトリシアお嬢様に至っては目をキラキラさせてこちらを見詰めておられます。

だからそれを止めろ、それを。俺の命がとっても儚くなっちゃうの!危険がデンジャーでフルMaxなの!!

俺は仕方がなく勧められるがままソファーに腰を下ろす。


“カチャリ”

タイミングを見計らった様にメイド様より差し出されるティーカップ。

白磁器のカップに鮮やかな赤色が美しい。手に取り一口口を付ける。口腔に広がる酸味と仄かな甘さ、これはローズヒップティー?

貴族と言えばバラの花、この世界にもあったのね。ローズティーやローズヒップティーは女性にとっては大変美容効果の高いものだとかなんとか。

綺麗なだけではなくとっても実用的だったバラの効果、お貴族様の、特に女性が好む訳です。

なんかこうスカッとしたい時って酸味のある物が欲しくなりますよね、メイド様、分かっていらっしゃる。

お貴族様の前でそんなに堂々と飲食しててもいいのか?

もうね、めっちゃ帰りたいだけだからどうでもいいです。僕ちんさっきの一件で疲れちゃった、やる気ゼロでございます。


「それは城の庭で採れたバラの実から作ったお茶なの。さっぱりしていて気分がスッキリするでしょう?私も大変気に入っているのよ」

そう言い微笑まれる初老の御婦人。おそらくこの御方がグロリア辺境伯様の奥様であらせられるのでしょう。


「フフフッ、パトリシアが随分と気に入っている様だったからどんな子かと思ったけど、思った以上に面白い子ね。私気に入っちゃった。

パトリシアの母でデイマリアって言うの、よろしくね」

そう言いニッコリと微笑まれる美しい御方、とても子持ちの御婦人とは思えない若々しさ。もしかしたら若い頃はやんちゃなさってました?そんでもって覇気も身に着けられちゃってるとか?

なんかその様な美魔女に心当たりがあるんですよね。“守護者シンディー”とか“白銀のエミリア”とか。


「お久し振りでございますケビン様。ケビン様とお話し出来る日を心待ちにしておりましたの。ボタンちゃん達もとっても元気ですのよ?」

そう言い花の様な笑顔を向けるパトリシアお嬢様。だからそれを止めろと何度も言ってるだろうが!もうね、こっちは引き攣った笑いしか出ないから。

普通なら敵愾心を飛ばすメイド様や護衛騎士様方から、同情の視線を送られちゃうレベルだから!


「それで早速で申し訳ないのですけれど、先程のタスマニア叔父様とケビン様のやり取りについてお教え願いたいのですけれど、よろしいでしょうか?」

姿勢を正し聴講生のような態度を取るパトリシアお嬢様。そして興味深げな視線を送るグロリア辺境伯家の御方々。

これって説明しなきゃダメ?

ハロルド執事長様に視線で救助要請を送るも、笑顔でスルーされてしまいました。

やれって事ですか、そうですか、分かりました。

俺は大きなため息を吐きたいのをグッと堪え、パトリシアお嬢様の方を向き解説を始めるのでした。


「先ほどのやり取りで問題点として挙げられるのは高貴なる御方様、タスマニア様と仰られるのでしょうか?タスマニア様が私に掛けられたお言葉、“その力、このグロリア辺境伯家の為に活かさぬか?”の一言でございます。

タスマニア様がご自分が何者でこのグロリア辺境伯家でどのようなご身分であらせられるのかの一切を説明せずお話を進められた事は、ここでは問題ではございません。

この場がグロリア辺境伯家の居城である事、グロリア辺境伯閣下のお隣に立ちその発言を一切咎められない事からも、グロリア辺境伯家において重要なお立場であらせられることは明らか。

ですので私はその事には一切触れずお話しを続けさせていただきました。

会話の中でも度々申し上げましたが、私の父はアルバート子爵家の騎士であり準貴族ではありますが、その子弟である私は身分としては平民も同等。準貴族の子弟である私と貴族であらせられる皆様方とではその身分に大きな開きがございますれば、低頭し掛けられた疑問にお答えするのがオーランド王国における常識。

専制貴族社会とはそうしたものなのでございます。


では何が問題か、先程申し上げたタスマニア様のお言葉は私に仕官を促す言葉に他なりません。グロリア辺境伯閣下に連なる高貴なる身分の御方に直接お声掛けいただく事、これは大変名誉であり望外の喜びとしなければならない事。

ではありますがそれはお仕えする側近の方々の中でのお話であって、これが事身分の低い平民となると話が違ってきます。

このお話は丁度一年ほど前、パトリシアお嬢様と来賓の間で再会した際にお話ししたかと思います。

貴族による嫉妬、それは容易に平民の命を儚くしてしまいます。そしてそれは高位貴族に取り立てられた下位貴族にも同様に起こりうること、その事をマルセル村に命からがら逃げ延びた多くのよそ者たちが教えてくれた。


そして今一つ、私の立場です。

お声掛けいただいた者が所属を別とする冒険者であればまだよかった。私はアルバート子爵領の領民です。その上騎士家の長男、その様な者を拠り所たるアルバート子爵家の了解も得ずに引き込む事はアルバート子爵家に唾を吐くも同然の行為。

貴族としての身分差があるとはいえアルバート子爵家は立派な他領貴族、その身内を勝手にどうこうする事など本来あってはならない事なのです。

それは即ちアルバート子爵家を愚弄し喧嘩を売っている事に他ならないのですから。


グロリア辺境伯閣下にお聞きいたします。グロリア辺境伯閣下はランドール侯爵家居城をその覇気の力で単騎制圧した鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、そしてここ領都グルセリアに迫るスタンピードをたった五騎の戦力で制圧したアルバート子爵家騎士団を敵に回し、“スターリンの奇跡”を再演するおつもりか?

その戦いにおいて再び死者が出る事なく済めばよいのですが、スタンピードの魔物がここグルセリアの民にならない事を遠く辺境の地にてお祈り申し上げます。

お話は以上です、パトリシアお嬢様におかれましては御壮健であられます様」


そう言い俺は席を立ち、部屋の出口に向かい

「イヤイヤイヤ、本当に申し訳なかった、このマケドニアル・フォン・グロリア、心の底から謝罪しよう、本当にすまなかった。

この通りだ、再び席に着いてはくれまいか?」


“・・・はぁ~”

先程までの楽し気な表情は何処へやら。顔色を悪くし身を引くグロリア辺境伯家の面々。そんな中頭を下げるグロリア辺境伯と驚きの表情を浮かべるも“勉強になります”と言いたげなパトリシアお嬢様。

パトリシアお嬢様、理解した上でその態度って結構肝が座ってるな、おい。


「話を戻します。事の原因は恐らく次期当主となられるであろうタスマニア様とグロリア辺境伯閣下との間に生じている温度差かと。

先程も申し上げましたがタスマニア様の取られた態度は高位貴族としては普通の行為であり、決して批判される様なものではありません。と言うかその様にしか考えられない御方の方が多いのではないでしょうか。

高貴なる者が下々を導く、高貴なる者に力を差し出す事は名誉であり誉である。

そうして出来上がっているのがこのオーランド王国と言う国なのですから。

ですがそこに多少の奢りが生じた、取るべき手段、踏むべき手順を怠った。

高が試しとほんの悪戯心を生じさせた。

何故自身の父親であるグロリア辺境伯閣下がたかが辺境の平民であったドレイク・ブラウン村長代理を重用し領地持ちの男爵家に引き上げたのか、その背景を考える事もせずに。

そしてグロリア辺境伯閣下はそんなご嫡男様を信頼し、次代を託す為にこの場を設けた。そこにどの様な意図があるのかと言う事をタスマニア様はご理解なさっておいでだったのでしょうか。

互いの認識の違い、意識の違い。互いは違う人格者であると言う事を忘れ、一方的に期待しそれがなされなければ失望する。

必要なのは互いの理解と意識の共有です。


現在ここグロリア辺境伯領の立場は大変危うい。王家は静観の構えを取っていますが、それがいつまで続くのかは予測出来ない。

そしてバルカン帝国の動き、ランドール侯爵家の様に帝国に唆されている貴族家が他にないと言い切れるでしょうか?早ければ五年、遅くとも十年以内に何らかの動きがあるものかと思われます。

その根拠はグロリア辺境伯閣下もご存じの、ヨークシャー森林国の国内情勢です。

現在ヨークシャー森林国には帝国最大の懸念材料であった精霊姫様がおられない。

だがこの状態が今後も続くのだろうか、第二の精霊姫様が誕生してしまえば折角有利なこの状況がまた元に戻ってしまいかねない。

更に言えばオーランド王国の情勢、オーランド王国北西部地域と王家との間に入った亀裂、これが塞がりヨークシャー森林国に侵攻した際に援軍を送られてしまえば不利な状況になるのは帝国です。

ヨークシャー森林国を諦められない帝国にとって、オーランド王国内が乱れる事は必要な事態であると言えるでしょう。


ではその時グロリア辺境伯家はどうするか。ランドール侯爵家とのいざこざの時の様にアルバート子爵家を前面に出しますか?

内心小ばかにされていると知っているアルバート子爵家が素直に言う事を聞くとでも?

鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーの剣先が向けられるのは果たして。


何度でも申し上げます。タスマニア様の態度が間違っていたのではないのです。

情報の共有、相互理解の不足、そしてこれくらいならいいだろうと言う驕り。

グロリア辺境伯家にとってアルバート子爵家がどう言った立場の家なのか、どう接していきたいのか、今一度よく話し合われた方が良いのではないかと愚考いたします」


俺はそこまで申し上げると言葉を締める。あとのことはグロリア辺境伯家とアルバート子爵家の問題、俺がどうこう言う事ではありません。


「ケビン様、詳しいお話ありがとうございました。自身の考えが足らなかったと反省するばかりです。

それとは話が変わりますがボタンちゃん達です。私なりにお世話をさせていただいてはいますが、一度ケビン様にご覧になっていただいて健康状態などを診ていただけたらと」


この空気で癒し隊の話をぶっ込むか~、パトリシアお嬢様は本当に逞しくなられたご様子、このケビン、感涙の思いでございます。

それでいいのか高位貴族令嬢、村人ケビンはお嬢様の将来が心配です。


中庭でピョコピョコ跳ねる癒し隊の面々。

そんな癒し隊の方々を「ボタンちゃ~ん、スミレちゃ~ん、マリーゴールドちゃ~ん、ケビン様がいらしましたよ~♪」と言って捕まえに走るパトリシアお嬢様。

片や難しい顔をして今後のグロリア辺境伯家の方針について意見を交わし合うグロリア辺境伯家の偉い人達。


・・・何このカオス。

俺は“何時になったら帰れるんだろう”と思いながら、空に浮かぶ雲をただ眺める事しか出来ないのでした。

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