第290話 村人転生者、次期辺境伯家当主様に拝謁する

“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”

石畳の廊下に靴音が響く。

歴史と威厳を湛えるそこは、オーランド王国北西部地域の雄グロリア辺境伯家居城。

ここ領都グルセリアの象徴にしてグロリア辺境伯領の心臓部であり頭脳。

そんなグロリア辺境伯領の最重要施設の中を、グロリア辺境伯家執事長ハロルド・ロンダートに連れられ歩を進める青年。

彼の名はケビン・ドラゴンロード。ついこないだまで辺境の寒村にてただの農民として生きる村人であったが、父親が戦の功績により騎士の地位を拝命、準貴族たる騎士家の一員となったドラゴンロード家の長男である。


・・・などと他人事のようにナレーションを入れてみたが全く気分は晴れず。

分かってはいたよ?この展開は予想されるものだったしね。

でもな~、先程ハロルド執事長様から頂いた一言がな~。

「グロリア辺境伯閣下がお待ちです」だったんだよな~。そしてそこからの有無を言わさぬ連行、これって絶対厄介事じゃん、パトリシアお嬢様云々じゃないじゃん。

だってハロルド執事長様、顔は笑ってるのに目が笑ってないんだもん、何か真剣そのものなんだもん。

こちとらトレントとお話するケビン君よ?表情筋の死んでたケイトと爆笑トークかましてた男よ?こんなに分かり易い表情で警戒しない訳ないっての。


そう言った訳でアナさんとは一旦お別れ。アナさんは付いて来たそうな顔をしていたんですけどね、何があるのか分からない所に爆弾を抱えたアナさんを連れて行く訳には行きませんから。

じゃあどうするのか、モルガン商会に居るじゃないですか、客人をもてなさせたら右に出る者のいない素晴らしい人材が。

モルガン商会長様にお願いしてロイドの兄貴にお越し願いましたともさ。

ロイドの兄貴超笑顔、宿の手配と買い物の付き合い、軽い観光案内をお願いしたところ二つ返事で承諾してくださいました。

流石はサボる事に関しては一流のロイドの兄貴、女性に人気の甘味処のお店も知ってるとか、至れり尽くせりでございます。

アナさんには「俺が帰って来たら領都の話を聞かせてくださいね?」とお願いして、情報収集と家族へのお土産を買いに行って貰ったと言う訳です。

気遣いの出来る男ケビン、でもこれがずっとだとキャタピラーになるか大森林に引き籠りたくなっちゃうんで偶にでお願いします。俺って基本ずぼらなの。


ジニー師匠の著書<スライム使いの手記>ですが、原書版・活字版・豪華版の三点セットを二セット購入。著作収入はちゃんとジニー師匠に渡るように手配して貰いました。

モルガン商会長はくれるって言ったんですけどね、これだけ素晴らしいものをタダで貰うなんてとんでもない。素晴らしい仕事には気持で返す、この様な素晴らしい著書を世に広めていただけると言うだけでもどれだけ有り難い事か。

互いにとって良好な関係を築く事こそ、長いお付き合いの秘訣。

これからもモルガン商会様にはマルセル村を贔屓にしていただきたいものです。


長い廊下を進んだ先、そこはいつぞやグロリア辺境伯様とお会いした中庭の見えるお部屋。ここってかなりのプライベートスペースだった様な。

まぁ冷静に考えれば当然の処置、こちとらただの準貴族子弟、いくらグロリア辺境伯様のお声掛かりとはいえ公式に呼び出す訳にもいかんわな。

それ程までに隔絶した身分の差、騎士である父ヘンリーであればまだしもその子弟ともなればただの平民ですからね。そう言った所が身分制度の分かり難い点ではありますが。


「失礼いたします。執事長ハロルド・ロンダート、グロリア辺境伯閣下の御申しつけにより、マルセル村のケビン様をお連れしました」

「“うむ、ご苦労であった。入ってくれ”」


扉の向こうから聞こえるのはこの城の主グロリア辺境伯様のお声。

ここでポイントになるのがハロルド執事長様が「マルセル村のケビン」と紹介したところ。つまり父ヘンリーの絡みではなく俺個人に用があると言った所か。

こんな平民に一体何の用があるってんだよ、マジで勘弁してくれよ~。


「失礼いたします」

ハロルド執事長様の言葉に続き、一礼をして入室する俺氏。部屋の中にはグロリア辺境伯様は勿論、壮年の偉丈夫が一人とおそらくその奥様であろう御婦人、その隣にややお年を召されたご婦人とそのお子様であろう御婦人、そしてパトリシアお嬢様。


「うむ。マルセル村のケビンよ、よくぞ参った。まぁ楽にしてくれ」

気さくにそう仰られるグロリア辺境伯様、対して俺は“そんな事出来るかボケ!!身分差考えろやこのド阿呆!!”と叫びたい気持ちをグッと堪え頭を下げ口上を述べる。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。

私は見ての通りの辺境の村人、田舎者故御無礼がございましょうが、お許しいただければ幸いです」

そう言い両膝を突きこうべを垂れる。

そんな俺の態度に、“また何かが始まった様だな”とニヤリと口元を歪めるグロリア辺境伯様。


「ふむ、その方が父より聞き及んでいたマルセル村のケビンと申す者か。かなり聡明な者と聞いていたので期待していたのだが。

まぁ良い、面を上げよ」

掛けられた声に「はは~」と返事をし、ゆっくりと顔を上げる。


「其の方、あの“オーランド王国の最果て”と呼ばれた辺境の地マルセル村において農業改革、産業の発展に多大な貢献を示したとか。更に武人としても一角であると聞くがその事に嘘偽りはないか?

その力、このグロリア辺境伯家の為に活かさぬか?」

それは絶対者からの誘い、グロリア辺境伯家からの仕官の申し出。

それに対し俺はただ発言者の目を捉え、じっと見詰め続ける。


「どうした、口が利けぬ訳でもあるまい。直答を許す、申してみよ」

「はい、発言の御許可を頂きありがとうございます。

先ず初めのお問い掛けに対する仔細をお答えいたします。

マルセル村の農業改革、それはビッグワーム干し肉の開発とビッグワーム農法に関する事と愚考いたします。確かにその切っ掛けであるビッグワームに目を付けたのは自分です。ですがそれは私が賢かったからではなく、非力であり他に方法がなかったから。当時まだ八歳と子供であった自分は森での狩りも出来ず、かと言って動物を捕まえる術もなかった。

自分に出来るのは畑脇の土を掘れば手に入るビッグワームを食べる事だけであった。干し肉など月に一度食べる事が出来るかどうかの寒村、飢えた農民である自分には他に手段など無かったのです。


その事が今の事業に発展したのは偏に現在の領主ドレイク・アルバート子爵様の功績、自分はその切っ掛けに過ぎません。

そして産業との話ですが、それも私が偶々草原でキャタピラーを見つけ飼育した事が切っ掛け。

マルセル村周辺の草原にはキャタピラーが生息していなかった為、私がキャタピラーを見たのはそれが初めてでした。子供の少ないマルセル村においてその大人しい魔物は良い遊び相手でした。口から糸を吐き出す魔物、私はその糸を何かに使えないかと村の大人に相談した。

そしてそれを村の産業にまで発展させたのは、近隣の村であるヨーク村からキャタピラーをもらい受け、飼育し繁殖させたドレイク・アルバート子爵様なのです。

子供の他愛無い行動を観察し、村の発展に繋げた。マルセル村から飢えの恐怖を取り除いてくれた。ドレイク・アルバート子爵様は本当に素晴らしい御方なのです」

俺は目をキラキラさせ恍惚とした表情でそう答えるのでした。


「ふむ、ではその方は我が父が虚偽を申したと申すか?」

それは威圧の籠った声音、怒りを含んだ為政者の問い質し。


「そうではありません。ただ物事は始まりの者よりも、それを発展させ形にした者が報いられるべきかと愚考した次第でございます。

私一人でこれほどの成果を出せるかと問われればそれは無理であるとしかお答え出来ないからであります。

私はただの村人、平民の子供です。私のやった事と言えばビッグワームを食べキャタピラーの糸を大人に見せただけ。普通であればビッグワームなんか食べるんじゃないと叱られ、部屋を汚すなと怒られてお仕舞になっていた様なものでございます。

それをただ流すことなく形に変えた、村の発展に繋げた。そしてその発見者である私を引き上げようとしてくれた。

自らの功績を誇ることなく裏方に徹し、村の為に貢献する。

ドレイク・アルバート子爵様とは、そう言う御方なのでございます」

俺の言葉に暫し考え込まれた壮年の御方様は、「ふむ」と何か納得されお言葉を続けられました。


「では今一つ聞こう。其の方の武勇についてだ。先の戦において多大な功績をあげたアルバート子爵家騎士団、その双璧である鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーと肩を並べるかそれ以上の武を有していると聞いておるが、その件についてはどうか?」


「はい、まず鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーと私との関係をご説明申し上げます。

鬼神ヘンリーは私の父であり、剣鬼ボビーは私の剣の師となります。

そしてこの話の元となった出来事は、村の祭りでの余興であったと記憶しています。

村人の多くが楽しむ中での余興、それは見世物です。より大げさに、より派手に。

皆が酒の席で気分良く楽しめる様工夫し練られた見せる為の演武。

高貴なる御方が行われる舞踏の中には剣舞と言う手に剣を持ったまま行われる舞があると聞いた事があります。

それは戦う為の剣ではなくより美しくより繊細に舞い踊る剣技。

先の演武はそうした意味で正に演者による舞踏であったのです。

申し上げた様に鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーは父であり剣の師匠、その息はピッタリであったものと自負しております。

それを持って武勇として頂いたのであれば、それは私達にとっての何よりの誉め言葉、心より感謝申し上げます。

私は父や師匠と違い実戦に即した剣技を持ち合わせている訳ではありません。

父や師匠の武は多くの修羅場を潜り抜け、生き続けた者のみが身に纏う本物。

片や私はそんな彼らに教えを受けたとはいえ実戦も知らぬ田舎者、比べるべくもありません。そんな私が強者であると認識されたのなら、それは偏に共に演武に参加して下さった本物の強者のお陰と愚考いたします」

俺はそこまで申し上げると再び深々と頭を下げるのでした。


「ふむ、なるほどどうして、父やハロルドが褒める訳だな。その方は己を確りと理解し、虚勢を張らず、自らのあるべき道を進んでいると言う訳か。

先程其の方を求める様な事を言った言葉は訂正しよう、試す様な事を申して悪かった、許せ」


「はは~、勿体無きお言葉、このケビンその様なお言葉をお掛けいただいた事、生涯の誉れといたします。

また父ヘンリーと共にアルバート子爵家に仕え、アルバート子爵領を盛り立てる事で魔境フィヨルド山脈や大森林の脅威からグロリア辺境伯領を守る防壁として、誠心誠意努めてまいる所存でございます」


「うむ、中々に殊勝な心掛けである。其の方の父鬼神ヘンリー、剣の師剣鬼ボビーは我がグロリア辺境伯領が誇る英雄である。その教えを胸に励めよ」


「ハッ、有り難きお言葉、この胸に刻みましてございます」

俺は床に額を付けんばかりに頭を下げ、お言葉を拝聴する。

壮年の御方様は当主であるグロリア辺境伯様と二~三お言葉を交わされた後、奥方様らしきご婦人と共にお部屋を後になされました。

その間私、ずっと土下座の姿勢でございます。

私は路傍の石、道端の雑草。決して顧みられる事の無い様気配は平民のそれよりも徐々に下げ、完全に床の染みと化しております。

・・・・・。


「あぁ、うん。面を上げよ、そして発言を許す」

俺はグロリア辺境伯様からのお言葉にこうべを上げると、言葉をお掛けするのでした。


「本日はこの矮小なる私めに拝謁の機会をお与えいただき、心よりの感謝を申し上げます。

このケビン、終生の誉れとし辺境の地アルバート子爵領より皆様の健康とご多幸をお祈りさせて頂きます。

本日は誠にありがとうございました」

そうして一礼の後、ハロルド執事長様に目配せをしてその場を後に。


「いやいや待たれよ。今ここで其の方に帰られては後で儂がパトリシアに叱られてしまう。いや本当に、まずはこちらの席に着かれてはいかがかな?」


「大変勿体無きお言葉、ですがそれは矮小なこの身には過分なる光栄、是非ともこのままでお願い申し上げます」

俺はそう言うと、じっとグロリア辺境伯様のお顔に目を向ける。

言外に“帰っていいですよね?”と言う思いを込めて。

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