第287話 護衛冒険者、村人転生者に教えを乞う
エルセルの街門前、冬の季節とは言えそれなりに多い人々の訪れに、門兵の検問を待つ馬車が列を作る。
そんな車列の後方、マルセル村からやって来た二台の幌馬車が検問順番を待つ為に列に加わっていた。
「ギースさん、本当に閉門に間に合ってしまいましたね」
御者台に座る冒険者ソルトは、依頼人である行商人ギースに声を掛ける。
「ハハハ、そうだな。ケビン君が規格外だと言う事は知っていたが、私はまだまだ彼の事を侮っていた様だ。ドレイクが言っていた「ケビン君との旅では気をしっかり持つことが大切だ、己を見失わない様に」との言葉の意味がよく分かったよ。
そして渡された胃薬の意味もな。
ドレイクもケビン君には相当に鍛えられたって言ってたからな、精神的に。
うん、気を引き締めて行こう」
そう言い引き攣り顔を浮かべるギースに、同じように顔を引き攣らせるソルト。
車列は進む、ゆっくりと、だが確実に。
“これなら日が落ちる心配をせずに街に入れそうだ”
ソルトはホッと安堵のため息を吐いてから、手綱を握り直すのであった。
“コンコンコン”
「ケビン君、少しいいかな?」
無事にエルセルの街に入った一行は、大通り沿いのそこそこの宿屋に腰を落ち着け、翌日の出発に備える事とした。
部屋数は二部屋、青年ケビンは男同士の三人部屋と女同士の二人部屋を主張したものの、アナスタシアにより却下。
「モルガン商会の行商人様を煩わせてはいけませんし、護衛任務中の冒険者パーティー“草原の風”のお二人の邪魔をしてもいけません。
私達マルセル村の者は言わば部外者、この旅に同行させていただいているだけでも感謝しなければならないのですよ?」
ストレートな正論に口を塞がれたケビンは、アナスタシアにがっしりとホールドされたままあえなく二人部屋に連行されたのである。
「“はい、どうぞ。扉は開いてますんで”」
部屋の中からの返事に扉を開ける。
「えっと、ソルトさんとベティーさん。お二人そろってどうしたんですか?」
そこに入ってきた人物、それはモルガン商会行商の護衛に就く冒険者、冒険者パーティー“草原の風”の二人であった。
「休憩中にすまん、少しケビン君に相談があってな」
「まぁ、立ち話もなんですからそちらのベッドに座って下さい。今お茶を入れますんで」
ケビンはそう言うと備え付けのテーブルに人数分の湯呑を出し、急須に本部長様から頂いたとっておきのお茶を入れる。
そこには“こうした真剣な話をするときに聖茶はまずいよね”と言う彼なりの最低限の配慮が伺えた。
「はぁ~、この飲み物は良いな。確か蒸し茶だっけ?マルセル村で新たに栽培を始めたお茶の木とか言うものの若葉なんだろう?
俺はそう言うものには詳しくないが、この独特の渋みは口の中がさっぱりすると言うか、油物を食べた時や疲れた時なんかにいただきたい味だな。
マルセル村で頂いた蒸し茶はもう少し上品と言うか甘い感じがしたんだが、何か違いがあるのか?」
ソルトの感想に、“ソルトさんって結構味覚が鋭いのかな?食レポ上手いよな”と感心するケビン。
「はい、これはマルセル村の物ではなく扶桑国で作られた蒸し茶になります。言わば本場の味と言うものですかね。
俺は偶然にもこの蒸し茶に出会いましてね、すっかり魅了されてしまったんですよ。
でもこの品は扶桑国でしか手に入らないもの、手持ちがなくなったらお仕舞かと思っていたんですが、お茶の木の栽培方法や蒸し茶の製造方法を知っている蒼雲さん親子と知り合えたのは本当に幸運でした。
人の縁と言うものは本当に分からないものですよね、女神様に感謝申し上げなければなりません。
それでソルトさんのお話とはいったいどう言ったものなんでしょうか?そのご様子ですと何か真剣なものの様にお見受けしましたが」
ケビンの言葉に暫し躊躇を示したものの、ソルトは意を決したように口を開いた。
「実はケビン君にお願いがあってな。俺たち“草原の風”を鍛えて欲しい、どうかこの通りだ」
そう言い頭を下げるソルトとベティー。ケビンは“なんのこっちゃ?”と言った表情で、取り敢えず二人に事情を説明する様に促すのであった。
―――――――――――
「ねぇソルト、私達これからどうしようか?」
冒険者パーティー“草原の風”、それはソロ冒険者であったソルトに所属パーティーが解散してソロになってしまったベティーが合流する形で結成された冒険者パーティーであった。
ソルトはソロ冒険者としてはそこそこ名が売れている実力者であり、ベティーとは依頼の関係で何度か一緒に仕事を熟した仲であった。互いに気心も知れており信頼も置ける、人物としても申し分ない。当時パーティー内の男女関係での解散を経験したばかりのベティーにとって、ソルトの存在は救いであった。
片やソルトもソロ冒険者としての活動に限界を感じていた。
出会いとはタイミングが大切と言うが、二人にとってパーティーを組む事は
そんな二人の冒険者活動は派手さはないものの堅実。その見た目に寄らず物事を冷静に分析し慎重に慎重を重ねるソルト、サバサバとした性格で物事を直感的に進めるベティー。
タイプの違う二人ではあったがその違いを上手く噛み合わせ、モルガン商会からの信頼を得て専属冒険者としての地位を築いて行った。
順風満帆、冒険者としては成功した部類、そう思っていた。
だが心のどこかに燻る想い、上を目指したい、強くなりたい、冒険者であれば誰もが憧れる金級冒険者に上り詰めたい。
そんな自分たちの心に気付かされたのはマルセル村の子供たちと剣を交えた事が切っ掛けであった。
以来暇を見つけては訓練に励んだ。剣の修行は勿論、パーティーとしての連携の確認、護衛の仕事がない時は魔物討伐も積極的に行った。
そして迎えた夏の行商、再び訪れたマルセル村で見せられた子供たちの驚くべき成長。そして“大福チャレンジヒドラに挑戦”において水属性魔力で作られた三つ首ヒドラにボロボロにされた自分たち。
これではいけない、もっと頑張らねば、少なくともあのマルセル村の子供たちの様に。
自分達は弱い、こんな調子で金級冒険者になりたいなどどの口が言えるのか。
自身を見詰め直し一からやり直す、いつか金級冒険者になりたいのではない、絶対になるのだと。
だがそんな二人の心をマルセル村の理不尽は容易く粉々に打ち砕いた。
春の行商で見せられたマルセル村の最強たちの余興、その伝説級の頂上決戦をただの催しとして楽しむ村人たち。
自分たちは何と無力で小さい存在であるのか、自分達の持つプライドの何と軽く脆いものか。その衝撃から立ち直るのに暫しの時を要した事は、依頼人であるギース氏に対し申し訳ない思いで一杯になる出来事であった。
「うむ、そうした事であれば一度ケビンの奴に相談するのがいいやもしれん。
あ奴ならばお主らに合った解決策を用意してくれよう。と言うか儂は未だにあ奴に勝てたためしがないでな」
行き詰まる修行、ここが冒険者としての自分達の限界なのか。悩みに悩んで相談に向かったボビー師匠から掛けられた言葉。
マルセル村のケビン、数々の功績を遺すマルセル村発展の原動力にして鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーの二人を相手取って勝利を収めるマルセル村の最強。
行き詰まり先行きの見えない二人にとって、ボビー師匠のアドバイスに従う事に嫌は無かった。
「はぁ、なるほど。お話は分かりました。結論から言います、どうとでもなります。
これまで何人かの現役金級冒険者や元金級冒険者、元白金級冒険者に会いましたが、あれぐらいの実力者であればアルバート子爵家騎士団の面々の方が遥かに強いですから。
お二人の実力、年齢から考えれば一年もあればどうにか金級冒険者並みの実力は手に入れられるかと。
ただ俺はどうすれば金級冒険者になれるのかと言ったものは知らないので、その辺は自分たちで調べるなりしてください。
えっと、マルセル村にフィリーちゃんとディアさんと言う女の子がいたと思います。あの二人はこの春までは“草原の風”のお二人に挑む事など烏滸がましいと言うほど弱い存在でした。それが現在ではパーティーの一員として水ヒドラに挑めるほどになっている。俺の見立てでは銀級冒険者上位の実力はあると思います。
お二人は既に銀級冒険者上位、戦いに関しては何の問題もない。ならば全体の底上げが出来ればいい。
取り敢えず“魔力纏い”と“覇気”の二つでも覚えれば目標は達成出来るんじゃないんですか?」
ソルトは思う、“あぁ、これはあしらわれているんだ”と。
それはそうだ、大体言ってる事に無理がある。金級冒険者と呼ばれる実力者がこの国に一体何人いると言うのか。何百何十万といる冒険者の中でたった百数十人、その中で更に白金級冒険者は僅か十数名。
十年に一人出るか出ないかと言った一握りの存在、それが白金級冒険者。
自分達はそんな雲の上の世界の住人になりたいと言っているのだ。
それに“魔力纏い”に“覇気”?それこそ雲の上の住人が使う御業、“魔纏い”にしろ“覇気”にしろその習得の難しさで知られる超高等技術。
「でもこれ無暗に人に広められちゃうと困るんですよね。冒険者は力が全て、そんな集団に更なる力を与えたらどうなる事か。
まぁこの秋からやって来ている冒険者達の素行の悪い事悪い事、“鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーを出せ~!!”とか言って突っ込んで来るんですよ?意味解らない。
ですのでお教えするにあたって誓約書を書いていただきますがよろしいですか?それとその誓約書に付随して“社畜契約”を結んでもらいます。これは誓約書の条文を破った際の罰則ですね。
簡単に言えば誓約を破ったら自動で“社畜の呪い”が掛かるって奴です。違約金の金額は金貨一万枚としておきましょうか?これからお教えする事は少なくともそれくらいの価値がある事ですから。
これが誓約書の内容となります」
そう言いケビンがどこからともなく取り出した物、それは秘密厳守に関する細かな条文。たとえ家族や恋人であっても決して漏らしてはいけない秘密、酒の席でベラベラ話すなど言語道断、それが例え不可抗力であったとしても呪いが発動すると言うものであった。
「まぁここまで厳しくするのなら教会の<誓約>でいいじゃないかと思われるかもしれませんけどね、教会の<誓約>って割と簡単に解除出来るんですよ。
詳しくは言えませんが正直信用出来ない。それだったら本人に気を付けてもらった方がまだましです。“魔力纏い”にしろ“覇気”にしろその技術は既にあるんですから、言わなければ分からないんですよ。それこそ長年の付き合いの関係でボビー師匠から教わったとでもしておけばいいんじゃないんですか?
で、お二人はどうします?」
“コトッ”
テーブルに置かれたペンとインク瓶。
ソルトとベティーは互いの顔を見合わせると、ベッドから立ち上がりテーブルに向かう。
決意は決まった。たとえこれが悪魔との契約であろうとも、この機会を逃す訳にはいかない。俺たちは次の舞台を目指す。
己の覚悟を形で見せた冒険者パーティー“草原の風”。ケビンは決意を決めた二人の後ろ姿に、“頑張ってください”と優し気な微笑みを贈るのであった。
朝日が昇る、旅人たちは震える身体を摩りながら出発の準備に慌ただしく動き出す。
「おはようございます。ソルトさん、ベティーさん、昨夜はお疲れ様でした。
どうですか?田舎暮らしの必須技能“魔力纏い”、凄く便利でしょう?」
宿屋の前、幌馬車の準備をするケビンに声を掛けられたソルトは何とも言えない表情で頷きを返す。
多くの冒険者がその習得に挑み挫折する超高等技術“魔纏い”。ケビンの教えたそれは呼び名こそ違えど全く同じ技術、であるにも関わらず僅か一晩で習得に至るその手軽さ。確かにこれは罰則金金貨一万枚も納得出来る特大の秘密。こんな事が犯罪者組織に知れでもしたら何が起きるかなど火を見るより明らか、厳重な<誓約>によって発言する事自体を禁止すべき技術。
「おはようケビン君、確かにこれは快適だよ、寒さが全く違う。これなら冬場の移動も何ら苦ではなくなる。ある意味革命的技術と言ってもいい」
「えっと、何度も言いますがこれは秘密ですからね?喋ろうとはしないでください?
文章による伝達や日記などに記録する事も罰則の対象になりますから、十分お気を付けください。
それと慣れない内は魔力を多く消費してしまいます。自身の身体に魔力の薄い膜があると意識する事を欠かさないでください。
完全に習得すれば全くの無意識でも、それこそ寝てても魔力を纏える様になりますから。ジミーたちの魔力制御はそれは見事なものですよ?
今回お教えしたのは基礎中の基礎、まずはその状態を維持する事を念頭に魔力の無駄を減らす事を意識してください。
それが出来たら応用です。それこそマルセル村に行けば様々な応用技を教えてもらえますよ。
それと“覇気”ですが、こればかりはそう簡単に習得出来ません。それこそ最低でも一月は欲しいですかね。
まぁ農閑期のマルセル村には暇人が多いですから、春から冬の初めまでは冒険者の仕事に精を出して、冬期期間で修行に来られてはいかがでしょう。
ソルトさんとベティーさんでしたらマルセル村は大歓迎です。引退後の移住先の候補としてお考え下さい」
“覇気の習得が一月。こんな事をよそで言ったら鼻で笑われるか馬鹿にするなと喧嘩になるかだな”
ケビンが何気に語った“覇気”の習得期間に乾いた笑いが漏れるソルト。だがその言葉が決して誇張や妄言でない事は、一晩で“魔力纏い”を習得してしまった自身が一番良く分かっている。
ケビンは決してふざけている訳ではないのだ、その語る話の内容があまりにも荒唐無稽に聞こえるだけで、全てが真実なのだから。
幌馬車は走り出す、ガタガタと音を立てて。
自ら志願して御者台に座るソルトは、身体を包み込む魔力を意識しながら周囲に警戒の目を向ける。
「ねぇソルト、今いい?」
幌馬車の荷台から顔を出した相棒のベティーが、隣の席に腰を下ろしてから声を掛ける。
「あぁ、構わないが何か相談事か?」
ソルトはベティーの普段らしからぬ態度に、何か悩み事かと言葉を返す。
「うん、そうじゃないんだけど。いや、ある意味そうなのかな?
さっきケビン君が言ってたじゃない?春先から秋に掛けて冒険者として仕事をして、冬場はマルセル村で修行をしたらいいんじゃないかって話。
私、あの提案を受けてもいいと思うの。
金級冒険者なんて冒険者の上澄み、本来ならその修行に何十年と掛けても届かぬ頂よ?無論努力もそうだけど何より才能がモノを言うわ。
私達も本当なら挫折を味わいつつ妥協して次の人生を考えなきゃいけない、そんな岐路に立たされていた。でもその流れをケビン君が変えてくれた、そしてマルセル村にはその可能性が溢れている。
だったら乗らない手はないんじゃないかな?引退するのはそれからでも遅くないと思うの」
ベティーの決意、それは冒険者として停滞していた自分たちの道を更に一歩進めようと言うもの。
「そうだな、それも悪くない。ギースさんには今夜話そうか、冒険者パーティー“草原の風”の総意として」
若者たちは何時の時代も夢を見る、憧れを持ち、成功する未来を夢想する。
しかし厳しい現実が、己の限界を容赦無く突き付ける。
だがそれでも諦める事無く前に進もうとする者たちがいる。
女神様の微笑みは、そんな諦めの悪い者たちにこそ向けられるのではないだろうか。
幌馬車は進む、ガタガタ音を立てて。
若者たちの夢を乗せ、一路領都グルセリアを目指して。
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