第286話 村人転生者、領都へ赴く (2)

“ガチャガチャガチャ”

朝日が昇る。白靄しろもやの浮かぶ早朝のマルセル村村役場前、旅立ちを前に慌ただしく幌馬車の準備をする男たち。

アルバート子爵領領主ドレイク・アルバート子爵は、古くからの親友でもあるモルガン商会行商人ギースを見送る為、アルバート子爵家の者たちと共に足を運ぶ。


「ギース、今度会えるのは春になってからになるか。これからこの辺りは寒さがどんどん厳しくなるからな。

身体を労わってまた元気な顔を見せてくれよ」


「ハハハ、それはこっちのセリフだ、ドレイクこそ元気でな。

おっといけない、アルバート子爵様、お身体をご自愛くださいませ」


「うむ、行商人ギースよ、モルガン商会長殿にはよろしく伝えておいて欲しい。

気を付けて向かえよ」


「「・・・ブフッ、アッハッハッハッ」」

気の置けぬ友がいる事は幸いである。立場を超えた絆で結ばれた男の友情は、これからも色褪せる事なく続いて行く事だろう。


「アルバート子爵様、この度は私めの我が儘をお聞き届けいただきありがとうございます。街道の整備工事は期日までに終了いたしますのでご安心を。それが済み次第厩の建築に移らせていただきます。

執事長ザルバ様の御息女ケイトお嬢様は、このケビンが責任をもってお連れ致します。


それとアルバート子爵様に申し上げます。

・・・嵌めましたね?」


モルガン商会の行商人一行に同行するような形で領都に向かう事になった者、マルセル村の青年ケビンは、この旅に向かう事を許可してくださったアルバート子爵様に感謝のご挨拶を述べつつ抱えていた疑念を口にする。


「やぁケビン君おはよう、素晴らしい挨拶をありがとう。それと嵌めたとは何のことかな?

私はただ村民証の申請に来たアナさんに“ケビン君と共に旅をするならメアリーさんにもちゃんとご挨拶をした方がいいのでは?いくら将来を誓い合った仲とはいえ親の承諾は必要でしょうから”とか、ヘンリーさんと立ち話をしていたザルバに“ケイトちゃんはケビン君の事が大好きだからね、ケビン君がお迎えに来てくれたとあれば大喜びするんじゃないのかな?男親としては寂しいものがあるかもしれないが、娘の幸せを応援してあげるのも親の務めじゃないのかな?”と助言をしたりしただけだよ?嵌めただなんて人聞きの悪い。

“ケビン君には抑えになる様な確り者の奥さんが必要だ”とか、“一人じゃ無理だな、ケイトちゃんにも頑張ってもらおう”とかだなんてこれっぽっちも。


そうそう、ギースの話では今回の製本完成連絡の話、どう考えても裏があるらしいよ。確か前回はパトリシアお嬢様の件でお城からお迎えが来たんだったっけ?

癒し隊の皆さんに会ったらよろしく伝えておいてくれないかな?」


ウゴッ、この御方、これから出発しようとしている人間に特大のダメージを、しかも物凄い良い笑顔。これが領主のやる事か!領民をもっと大事にしろ。


「おやおや、どうしたのかなケビン君?何か辛い事でもあったのかな?

そんなケビン君には妻が焼いてくれたこの抹茶入りクッキーを進呈しよう。

そう言えばこのクッキーのレシピや抹茶と蜂蜜はケビン君が融通してくれたんだってね?本当にケビン君には色々と助けられてるよ、いつもありがとう」


そう言い笑顔で抹茶クッキー入りの革袋を差し出してくださるアルバート子爵様。

このケビン、その優しさに感動で涙が出そうです。

と言うかここぞとばかりに抉る抉る。

そんなに色々溜まってたのかドレイク・アルバートよ、俺が一体何をし・・・う~ん、心当たりがあり過ぎる。ここは素直に降参しておこう。

これから領都までの長旅に出ようと言うのに、その直前に領主様にフルボッコ(精神的に)にされる素行のよろしくない男(弟ジミー談)、ケビンなのでありました。


「それじゃ出発しようか。マルセル村の皆さん、今度は春先にお会いいたしましょう。ハッ!」


“ガタガタガタガタ”

動き出した二台の幌馬車。行商人ギースの操る幌馬車を村人ケビンの幌馬車が追い掛ける。

幌馬車は走る、一路領都グルセリアを目指して。

逃れたい厄介事(パトリシアお嬢様絡みのゴタゴタ)と逃れえぬ欲望(製本された<スライム使いの手記>)の待つ、モルガン商会に向かって。


―――――――――――――


「ギースさん、このまま街道を進んで閉門までにエルセルに着けますかね?」

馬車の旅は快適に進む、だが在りし日の記憶にある自動車と言うものがガソリンと言う燃料を必要としたように、馬車を引く引き馬たちにも燃料となる飼葉と水が必要となる。

寒さ厳しいこの季節、馬たちは自らの身体を守る為にも食事を必要とし、水を飲み身体を休ませる必要があるのだ。


「そうだな、そのつもりで朝早くマルセル村を出発したんだが、正直ギリギリと言った所じゃないか?かと言って馬たちに無理をさせる訳にもいかんし、ここは難しい所だな」

行商人ギースの言った難しい所とは、グラスウルフの草原での野営も視野に入れて考えなければならないと言ったもの。急ぐあまり引き馬を使い潰したり幌馬車に負担を強いては本末転倒、その辺の判断は行商人の長年の経験から来る勘に頼るしかない。


「あの、一つ方法があるんですけど試してみます?取り敢えず次の休憩までの一区間だけですが」

「ん?ケビンには何か考えがあるのか?別に試してみる分には構わないが」


マルセル村においてびっくり箱と呼ばれるケビン、その奇抜な発想で数々のとんでもない成果を示して来た青年の言葉は、決して無視する事の出来るものではない。

ギースはケビンに了承の意を示すと、何をやるのかを見守る事とした。

ケビンは「それじゃ失礼して」と言ってモルガン商会の幌馬車に向かうと、引き馬の枷を外し、荷台に乗っていた冒険者パーティー“草原の風”の二人に降りるように指示を出した。


「それじゃ行きますね。<収納>」

次の瞬間忽然と姿を消す幌馬車。あまりの事に口を開けたまま固まるモルガン商会の行商人様御一行。


「アナさん、エルセルの街まで三人を乗せて行って貰えます?俺はこの引き馬、名前は“ブルルル”・・・クリスティーヌって言うのか随分豪華な名前なんだな、どこぞのお貴族様みたいじゃん。

えっと、クリスティーヌ嬢を連れて行くんで」

「・・・・・」


「あの~、アナさん?」

「・・・・・・」


「・・・アナ、よろしく頼む」

「はい、旦那様❤」


「旦那様じゃないから、ケビン君って言いなさい、ケビン君って。

それでギースさん?おーい、ギースさーん、起きてるか~?」

ケビンの声掛けにハッと我に返ったギースは、ケビンに詰め寄るようにして問い質す。


「ケビン君、ウチの幌馬車は一体!?えっ、ケビン君は収納のスキル持ちだったのかい?それもあんなに大きなものを仕舞い込めるだなんて・・・」

「イヤイヤイヤ、違いますから、俺にそんな特殊なスキルなんてありませんから。

しいて言えば伝説級の収納の魔道具持ちですが。

えっとギースさんはアルバート子爵様から伺ってません?マルセル村に来る賢者様のお話。その賢者様から頂いた凄い品なんです。

何でも三百年前に活躍した大賢者シルビア・マリーゴールド様の作品で、当時は呪われた魔道具とか呼ばれた“収納の腕輪”と言うものなんですけどね?

これが魔力依存型の魔道具で、魔力を込めれば込める程その容量が広がっていくって言う優れものでして、当時はそれで魔法使いがこぞって魔力枯渇を起こして呪われた魔道具とか呼ばれる様になったんだとか。

いや~、ロマンですよね。

無論魔力枯渇をバンバン起こすほど魔力を注ぎ込みましたとも、どれだけ収納量が上がるのかワクワクするじゃないですか。

今じゃご覧の通り幌馬車でも丸々仕舞い込めるようになりました。

でもギースさんの持ってるマジックバッグだってもっと収納出来るんでしょう?大きな倉庫一つ分の収納量があるって聞いてますよ?

そんなに驚くほどの事でもないじゃないですか」


ケビンの言葉に確かにそれはそうなんだがと言葉の詰まる行商人ギース。

行商人にとって幌馬車は大切な移動手段である。そして大型マジックバッグは大切な商品を仕舞い込む為の倉庫である。

確かに馬は重しとなる幌馬車がなければ疲れる事もないだろう、だがそもそもその倉庫たるマジックバッグに幌馬車を仕舞い込むと言う発想が浮かばない。

そんなスペースがあるのなら商品を仕入れる、それが商人と言うものである。


「それじゃギースさんにソルトさんとベティーさんは俺の幌馬車に乗って下さい。

クリスティーヌは俺が連れて行きますんで」

ケビンの言葉に半ば放心状態のまま幌馬車に乗り込む三人。


「それじゃ進みます。シルバー、行って」

“パカパカパカパカ”

進み出した幌馬車、その動きは滑らかで軽快に街道を走り行く。


「よし、俺たちも行くよ、クリスティーヌ。俺が魔力を送るから自分のペースで走ってみな、俺もそれに合わせるから」

“ヒヒ~ン、ブルルル”

ケビンの言葉に嬉しそうに嘶きを上げるクリスティーヌ。

何の枷もなく力一杯走れることが余程嬉しいのだろう。


“パカラッパカラッパカラッパカラッ”

一面枯草色に染まった広大な草原、そこに伸びる一本の街道。

その道を軽快に疾走する一頭の馬。

その脇を同じ速度で並走する青年ケビン。


“ガラゴロガラゴロガラゴロ”

そしてすぐ後方からは、そんな彼らを追い掛ける様に走る一台の幌馬車。その動きは滑らかで驚くほど静か。荷台に乗るモルガン商会行商人一行は、その快適な乗り心地と速度に驚愕の声を上げる。


「あの、アナさん、この幌馬車は一体?

この速度でこの快適さ、領都の整備された大通りを走る辻馬車ならともかくここはそこまでの整備も行き届いていない辺境の街道ですよ?それなのに先程から不快な揺れどころか眠気を誘うような心地よさじゃないですか。

それにその引き馬、これだけの人数が乗った幌馬車を引いているにも関わらず一切疲れた様子が見られない。これではまるでお貴族様の高級馬車の様ではないですか」


行商人ギースの言葉に“ほう”と感心するアナスタシア。流石は領都を代表するモルガン商会所属の行商人、その観察眼、類推力は侮れない。


「流石は一流の行商人ギースさん、ほぼ正解と言ってもいいのですが、簡単にご説明させて頂きます。この幌馬車はケビン君が村を襲った盗賊から接収したものを改造したものですね。

足回りは板バネ式緩衝装置に車軸周りに特別な工夫がなされていたとか、私も詳しい事は分かりませんがお貴族様の高級馬車と同じ様な構造であったそうです。

それをケビン君なりに調整したのがこの幌馬車になります。

そして引き馬は先の戦で“剣鬼ボビー”こと騎士ボビー・ソード様をお乗せしたシルバーですね、所謂魔馬と呼ばれる馬です。

疲れ知らずなうえに力も強い、当然早さもある。引き馬としては最適なんですよ」


アナスタシアの言葉に「はぁ」と間抜けな返事を返すギース。


「そろそろ予定の休憩地点ですかね?この時間帯からエルセルに向かえば閉門までにかなりの余裕があるでしょう。

シルバー、ケビン君に<業務連絡>を。ケビン君の事です、放置しておくとどこまでも進んで行ってしまいますから」

“ブルルル”


了解とばかりに嘶きで応えるシルバー。そこに来てソルトとベティーははたと気付く、“何でケビン君は馬と並走してるんだよ!?”と。

マルセル村の青年ケビン、彼の垂れ流す非常識にじわじわとダメージを受けるモルガン商会行商人様御一行。

出発前夜、親友ドレイクが真剣な顔で渡してきた胃薬の意味を心から理解した、行商人ギースなのでありました。

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