第285話 村人転生者、領都へ赴く

“フンフンフ~ン、俺の馬車は世界一、冬の街道バビュンバビュ~ン♪”

村外れにあるケビン君の実験農場、その小屋脇で陽気に鼻歌を口遊くちずさみながら幌馬車の整備を行う青年ケビン。

そんな彼の後ろから、小屋の主アナスタシアが声を掛ける。


「フフフ、ケビン君、随分とご機嫌な様ですがどうしたんですか?それに珍しく幌馬車の整備なんかしちゃって」


「あっ、アナさん。いやね、明日モルガン商会の行商人ギースさんと領都に行く事になりましてね。前にモルガン商会長にお願いしてあったジニー師匠の<スライム使いの手記>が遂に製本版として出来上がったんですよ、それを受け取りに行く事になりまして。

まぁその序でって言っては何ですけど、ケイトが冬期の長期休みに入るって言うんでその御迎えにってどうなさいましたアナさん?

何かお顔が怖いんですけど?」

先程までニコニコと話を聞いていたアナスタシアは、ケイトの御迎えと聞いた途端笑顔を深くする。


「ふ~ん、それでケビン君はケイトちゃんと楽しい二人旅を楽しむと。それで宿屋に泊って二人きり。若い男女、何が起きても不思議ではない。

そうですよね、ケビン君も年頃の男の子ですものね。御機嫌にもなりますよね」

“ギシギシギシギシ”


「痛い痛い痛い痛い、アナさん、肩を掴む手が、握力が凄い事になってるから~!!」

その添えられた?手の甲をタップするケビン。「あら、私とした事がつい」とにこやかな笑顔で応えるアナスタシア。

いや、“つい”じゃなくて、その手を早く退けて~!!


「えっと、それじゃアナさんも来ます?そうしたら別に二人きりって訳じゃ「行きます!!」・・・そうですか、分かりました。それなら村長のところに行って村民証を貰って来ておいてください。

俺はまだ幌馬車の整備がありますんで」


俺の言葉に「太郎、村役場に行きますよ♪」と早速出掛けるアナさん。

隠れ住む種族、エルフの姫アナスタシア・エルファンドラよ、あなた様は何時からそれ程アグレッシブになられたのか。

姿を変え村に溶け込んだアナさん、ウン十年ぶりの青春を謳歌する様にスキップで村役場に向かわれて行きました。

それでいいのか迫害されし民よ。

俺はそんなアナさんの後ろ姿を見送りながら、一抹の不安を覚えずにはいられないのでした。



「ケビン、あなたアナさんと領都に婚前旅行に行くって本当?ケビンもいつの間にかすっかり大人になって、お母さんビックリしちゃった。

でもそう、ケビンは年上派だったのね」


“ブホッ”

えっ、はぁ?お母様?夕食時に行き成り何を仰っているので!?

和やかなドラゴンロード家の食卓、テーブルには家族全員が揃い、父ヘンリーは眉尻を下げただらしない表情で愛娘のミッシェルちゃんに麦粥を与え、弟ジミーはその体格に合わせる様にもりもりとビッグワーム干し肉の炙り焼きをむさぼる。そんな温かくも微笑ましい家庭の一コマ。

そのほのぼのとした空間に冷水の如くぶち込まれた母メアリーのとんでも発言に、口にしていたスープがあらぬ場所に入り込み、呼吸困難に陥る俺氏。


「ゲホゴホッ、ゼーッ、ゼーッ、あ~苦しかった。

あの、お母様?それは一体どう言ったお話で?ちょっとよく分からないんですが」


「ん?そうだぞメアリー、ケビンは領都にケイトちゃんを迎えに行くんだからな?

ザルバさんも“子供の成長は早いものです、ケイトも将来の旦那様が迎えに来てくれるのなら大喜びでしょう。男親としては少し寂しくもありますが”っておっしゃっていたぞ。しかしケイトちゃんとケビンの仲がそこまで進んでいたとはな。

ケビン、男らしいところを見せないとな」


“ブッ”

「っておい、そこのオーガ。それこそそんな話俺は初耳だぞ。

えっ、俺って既に外堀り埋まりまくりなの?俺に選択肢はないの?

って言うかどっちを選んでももう一人から殺されちゃうって感じ?

俺まだ十三歳よ、まだまだ人生これからなのよ?折角マルセル村での生活基盤が整って来たって言うのに、こんな若さで死にたくないんですけど?」


“ダウ~、キャッハハハ”

静まり返った食卓にミッシェルちゃんの楽し気な笑い声が響く。


「ケビン、諦めろ。本気になった女性に勝てる男はいない」

そう言いどこか懐かしそうに遠くを見つめる父ヘンリー。その全身から漂う哀愁、父ヘンリーの若い頃に一体何があったし!?


「ケビンお兄ちゃん、男は甲斐性だってボビー師匠も仰っていたよ。

ケビンお兄ちゃんはよく“成人前のお子様ですから”とか言うけど、十三歳と言ったら将来の進む道を決めて、旅立ちの儀を前に準備する期間じゃないのかな?

ケビンお兄ちゃんは昔から農家になると言って畑を作ったり石工の仕事をしたりって既に自分の道を歩んでいるけど、そうなったら次は結婚相手だと思うんだ。

確りとした考えを持って真剣に心を寄せてくれる人がいる。ケビンお兄ちゃんもその思いに真剣に向き合ってもいいんじゃないのかな?」


ジミー君って何者!?それって十歳児の発言じゃないよね?見た目成人だから全く違和感がないけど、完全に酒場での男同士の相談とかのノリだよね?

ジミー君、転生者?でも発言にそんな素振りって一切ないんだけど。

天才児って怖い。


「う~ん、お母さんはアナさんも好きだしケイトちゃんも好きよ?アナさんは確り者だしケビンみたいなちゃらんぽらんには勿体ないくらいの女性だと思うの。

ケビンったら放置しておくと何をやらかすか分からないじゃない?アナさんみたいな確り者に手綱を握って貰うのがいいと思うのよね。

でもケイトちゃんも可愛いのよ、あの子ったらマルセル村に来てからずっとケビンの後を追い掛けて。純真って言うか一途って言うか、見ていて胸がキュンキュンしちゃうのよね。

村の皆もね、アナさんを応援する人とケイトちゃんを応援する人で盛り上がってるのよ。

お母さんはケビンがどう言う決断を下してもそれを応援するわ、でもいい加減なのは駄目。

女の華は短いのよ?あなたもいつまでもうじうじしてないでハッキリしないと」


え~~~、俺がおかしいの?この世界が早婚だってのは知ってたけど、そんなに早く決断するものなの?


「因みにヘンリーお父様は何歳で結婚なさったんですか?」

「ん?俺か?俺は二十七だが?」

って全然違うやんけ、確りおっさんやんか。若い奥さん捕まえてラッキーやったな、おい!


「う~ん、どうしても決められないんだったら二人とも貰っちゃったら?ケビンならなんやかんや言って収入もあるし、どうとでもなるんじゃないのかしら?

でも新しいお母さんが欲しいとか言うのは無しよ?そうよね、ヘンリー♪」


「ゴホッ、お、おう、そうだな。ウチは既に子供が三人もいるからな。

別に新しい妻なんかいらないぞ、微塵も考えてないからな、本当だぞ?」


はぁ?この母親は今何と?二人とも貰ってしまえ?そんなウチ見たことも聞いた事もないんですけど?何だったらギースさんみたいにスリコギ棒を持って追い掛け回す様なご家庭しか知らないんですけど?


「ん?あぁ、ケビンは知らなかったのか?ここオーランド王国には別に一夫一妻とか言う決まりは無いぞ、ただ珍しくはあるがな。

普通はお貴族様の間でしか行われないな、理由は簡単だ、経済的に難しいからだ。

商人などでかなり大きな商会を営んでいる様なところには愛妾と呼ばれる女性がいたりする。要は第二夫人と言った所だな。

メアリーが言ったのはこの第二夫人の話だ」


・・・?えっと、遂にお父様とお母様が呆けてしまわれたのでしょうか?何か訳の分からない事を・・・。


「あ~、その顔はよく分かっていないと言った感じだな。では聞くぞケビン。自分の名前を言ってみろ」


「?えっとケビンですが?」

「いや、そうじゃなくて家名があるだろう」


「あぁ、ケビン・ドラゴンロードですね。なんかまだしっくり来ていないんですよね、これ」

「まぁ、それは追々慣れろ。でだ、ドラゴンロード家はどう言った家系だ?」


「へっ?そんなの辺境の農家ですが?お父様、頭大丈夫ですか?」

「だから違うだろうが、ウチは名目上アルバート子爵家の騎士家、正式な準貴族だ。

で、準貴族である騎士家であれば第二夫人がいても何ら不思議はない。更に言えばケビンは長男、例え跡を継がなくとも第二夫人がいる事に何ら問題は無いと言う訳だ」


「・・・それってなし崩し的に俺に跡を継がせようとしてます?

なんか嫌な予感がビンビンするんですけど?跡継ぎはジミーでいいんじゃないんですか?」

俺はそう言いジミーの方を見る。ジミーはにこやかな笑顔を返しその場をスルーする。

こいつ、後を継ぐ気がないだと!?


「どう考えても跡継ぎはお兄ちゃんじゃない?だって村から出る気が無いんでしょ?村から出ない長男が後を継がないって、凄くおかしいよ?

浪費家とか素行に問題があるとかなら別だけど・・・ごめん、何か自信がなくなって来た。まぁ取り敢えずケビンお兄ちゃんでいいんじゃないかな~。

素行には難があるけど」


グホッ、ジミー君辛辣。どうせ私はマルセル村一の問題児ですよ。心当たりがあり過ぎて反論も出来ない。


「だからケビンのやらかしは普通のお嫁さんじゃ抱えきれないのよ。アナさんクラスでもきついんじゃないかしら?

ケビンの場合お嫁さんが二人いるくらいでちょうどいいんじゃない?

でもお父さんには必要ないんですけどね。ね~、ヘンリー?」


「あ、当たり前じゃないか。俺には何時だってメアリーの事しか見えていないんだからな、よそ見をするなんて考えた事もないさ」


・・・お父様、冷や汗が凄いです。そんなに母メアリーが怖いのか?怖いんだろうな、俺だって怖い。


“バウ~、ダァダァダァ”

「あぁごめんねミッシェルちゃん、今お父さんがご飯を食べさせてあげるからな。

はい、あ~ん」


“パクッ、モキュモキュモキュ、ウダ~♪”

「そうか、おいしいか。よしよし」


再びだらしない顔でミッシェルちゃんの世話に戻る父ヘンリー。

そんな夫を見て嬉しそうに微笑む母メアリー。

お腹一杯に食事をして満足気な弟ジミー。

俺はもう少しこの温かな家庭に浸かっていたいんだがな。


「真剣に向き合えか」

食事の後、自室のベッドで横になる。天井から吊るされた幾つものヒカリゴケの苔玉が、室内を淡い光で照らし出す。

そんな苔玉を何とは無く眺める。食事の時に言われた弟ジミーの言葉が、何度も脳裏を過ぎる。


「って言うか違うよ、これって長年付き合ったカップルの男性側の悩みだよ、既に就職七年目とかそういう独身男性が直面する問題だよ。

あっぶな、つい雰囲気に流されるところだったわ。

父ヘンリーも結婚したのは二十七歳って言ってたじゃん、男性は足元がしっかりしてからってのが常識じゃん。

俺っち只のお子様よ?生活基盤なんて、生活基盤・・・確り出来てるじゃん。


農家に調薬師に石工、何なら高級素材のキラービー蜂蜜も取り扱えます。

しかも村から出られない、定期的に魔境に配達に行かないといけないし!!

えっと、俺って成人前のお子様じゃなかったっけ?色々やり過ぎた?」


転ばぬ先の杖、いざと言うときに備え準備に準備を重ね、いつの間にか揺るぎない地盤が出来上がっていたことに改めて気が付いた青年ケビン。


「仕方なかったんや~、幼い頃の貧困の記憶が、十分な備えを怠るなと訴え掛けるんや~!!」

尽きる事のない不安、備えあれば憂いなし。ケビンは己の信念が引き寄せた結果に、お布団様に潜り込みゴロゴロと悶えるのでした。

(現実逃避に走ったとも言う)

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