第284話 村人転生者、釣られる

“ガタガタガタガタ”

寒風吹きすさぶ草原。一面枯草色に染まるそこは、寒々しくもあり、物悲しくもあり。

そんな大地に走る街道を、ガタガタと音を立てて進む一台の幌馬車。


冬場の移動は命懸けである。魔物は冬眠期に入る為その被害は減るだろう、だが代わりに寒さと言う逃れようのない障害が旅人を襲う。

寒さは引き馬の体力を奪い、同時に旅人の命を削る。

移動距離は短くなり、野営などしようものなら命の危険に曝される。

寒さとはそれ程までに恐ろしく、そして平等な自然の脅威なのだ。


だがそんな危険な行程を敢えて進む者たちがいる。それが冒険者であり、商人。

彼らは己の信念の為に命を懸ける。それは依頼であり商機、必要なものを必要な場所へ。彼らの献身が多くの人々を飢えから救い、人々に潤いを齎すのだ。

彼らは戦う、今日もまたその使命を果たす為に。

冬場の行商とは彼らが己の命を懸けて行う聖戦なのだ。


“ガタガタガタガタ”

広い草原に伸びる一本の街道、そこには彼ら行商人とは違う戦いに身を置く者たちがいた。

彼らの使命、それは街道をより使い勝手の良い物へと作り替える事。

道とは物流の要、暮らしの生命線。

街道の整備は、そんな社会生活基盤を支える為の最重要事業なのである。

物寂しい枯草揺れる冬の草原の中での作業、吹きすさぶ寒風にも負けない熱い思いが、きっと彼らを突き動かしているのだろう。


「ギースさん、前方街道に何かいます。大きな魔物、スネーク系でしょうか?

あれがゴルド村でホルン村長が仰っていた従魔かと。でもマルセル村にあんな魔物っていましたっけ?大型の魔物と言ったらブラックウルフの太郎しか思いつかないんですが。

後は大福が作るヒドラですが、あれは水辺限定ですし」

御者台で手綱を握る冒険者ソルトが声を上げる。マルセル村には何度も訪れている彼は、村に暮らす魔物たちの事も知っていた。だがあれほど大きな蛇型の魔物を見た事がなかったのだ。


「あぁ、それは恐らくビッグワームの緑と黄色だな。前にドレイクから聞いたんだが、あの外骨格ビッグワームって言う訳の分からない姿からさらに訳の分からないドラゴンの様な姿に進化したらしい。あまりの見た目からあまり人前には出さない様にしていたはずなんだが、マルセル村も有名になってしまったからな。

いずれバレて騒ぎになるくらいならいっそ堂々と表に出してしまえと言った所なんじゃないのか?

ドレイクの奴は開き直ったら力一杯開き直る所があるからな。ケビン君の従魔だし安全性に問題はないだろう」


そう言い幌馬車の荷台から御者台に顔を出す行商人ギース。


「・・・なぁソルト、あれって世の中に出していい従魔だと思うか?俺だったら村中で秘密にするか、魔の森の奥にでも匿っておいた方がいいと思うんだが」


ギースは前方で街道整備のために働く巨大なスネーク系魔物を見ながら呟く。

確かに大森林にはオークを一呑みにする様なフォレストスネークと言う巨大なスネーク系魔物がいると言う。それに比べれば遥かに小さいであろうその魔物の姿は、しかして威厳を持ったドラゴンの風格を湛えたもの。

言うなれば小型の地這い龍、竜を従えたテイマーがいるとなれば多くの高位貴族どころか王家が動いても不思議ではない。


幌馬車は進む、ガタガタと音を立てて。寒風吹きすさむ草原で街道整備に勤しむマルセル村の青年ケビンとケビン建設の従業員(従魔)の元に向かって。


「すみません、現在この街道は整備工事中でして、こちらの草原側に迂回をお願いしてってギースさんにソルトさんじゃないですか。もしかしてビッグワーム干し肉の仕入れですか?

うわ~、モルガン商会長鬼だわ。この冬場の街道を行商に行けって、ギースさんって何か悪い事でもしました?

ロイドの兄貴みたいに世渡りを上手にやらないと、過労で倒れますよ?」


幌馬車に向かい声を掛けたケビンは、その顔触れに驚きの声を上げる。それと同時に“商人ってやっぱり大変だな~、俺は村人で良かった”と心の底から思うのであった。


「ケビン、お前行き成り失礼じゃないか?ソルトが呆れてるじゃないか。

それといいのか?その二体、緑と黄色だろ?なんか物凄い進化をしたってドレイクからは聞いてたけど、物凄いなんてもんじゃないだろう、それ。

今までは村の中で隠してたんだろう?それをこんなに堂々と街道の整備に参加させて。

冒険者たちにも姿を見られているだろうし、既に結構な噂になってるんじゃないのか?

そのうちその二体を目当てにした馬鹿がやって来るんじゃないのか?」


ギースの言葉は二体の従魔、緑と黄色の身を案じたもの。その心遣いに嬉しくなるケビン。

“やはり出来る大人は違う、尊敬すべき行商人様は心根までもイケメンだ”と。


「あぁ、その事なんですけどね、流石にあれほどの観光客が訪れる様になると隠し切るのも難しいと言いますか、すでに王家の間者には知られてますし?

まぁ今更ですかね」

「ブホッ、王家の間者って、そんな者まで出入りしてるのかよ!?」

ケビンの言葉に思わず吹き出すギース。だがケビンはさも当たり前と言った感じで言葉を続ける。


「はい。ギースさんも知ってる人たちですよ?メイドのガーネットさんとリンダさんですね。“秘密なんてどうせ暴かれるんだから、それなら確りした組織に見てもらった方がまし”とか言って、アルバート子爵様が連れて来ちゃったんですよ。

ほんとあの御方は肝が据わってますよね。

まぁ村の皆はどちらかと言えば囚われの身になった二人に同情してるんですけどね、職務上逃げ出す訳にも行きませんし。

今じゃ村の食堂を切り盛りしてますよ」

ケビンの言葉に空いた口の塞がらなくなるギース。


“ドレイク、お前もついにそっち側の人間になってしまったのか”

鬼神ヘンリー、剣鬼ボビー、そしてそんな二人を叩きのめす村人ケビン。


“マルセル村にちょっかいを出す貴族たちって、ただじゃ済まないんだろうな~”

これから起きるであろう馬鹿たちの悲劇に、どこか遠くを見詰める行商人ギースなのでありました。


――――――――――


“カランカラン、カランカラン、カランカラン”

マルセル村に響く鐘の音、それはモルガン商会の行商人が訪れた事を知らせる喜びの音色。

この冬の寒さの中よくぞ訪れてくれた、私達に領都の商品を届けてくれてありがとう。

マルセル村の者たちは行商人がどれ程の苦労を重ねこの地に訪れてくれているのかを知っている。娯楽の少ないこの村に領都の風を吹き込んでくれる彼らの存在の有り難さ。自然とほころぶ笑顔、村の皆が木札の詰まった皮袋を携えて、村役場前の広場に集まって来る。


「ギース、この寒い中よく来てくれたな。草原の風のソルトさんにベティーさんも大変だっただろう。

行商の準備はザルバ、ボイル、ジェラルドの三人が手伝おう。なに、皆慣れたものだからな。ギースたちは一度中で温まってから行商をしてはどうだ?

身体が冷え切ってるんじゃないのか?」


アルバート子爵の貴族らしからぬ気さくな物言い、だがそこに込められる思いは只管にギースたち行商人の事を気遣ったもの。

ギースは身分が変わろうと温かな思いやりを失わない親友に苦笑しつつ、どこか温かな気持ちになる。


「アルバート子爵様、御心づかいありがとうございます。それではお言葉に甘えまして建物に上がらさせていただきます。

と言うか砕け過ぎでございますよ?私めは一介の商人、お立場と言うものをお考え下さい」

そう言い礼をするギースに「ハハハ、まぁそうだな。ちょうどいい塩梅と言うものは難しい」と、未だ子爵の取るべき態度と言うものに頭を悩ますドレイク。


「まぁこうしたものは慣れ、あまり深く悩まれませんよう。

そうそう、ケビン。モルガン商会長より伝言だ。例の本、原書版、活字版、豪華版の三点とも出来上がったそうだ。豪華版は領都でもちょっと知られた挿絵師に依頼してたからな、写実的な作風で有名な人物だからな、期待できると思うぞ。

何時でも取りに来てくれと言って「行商人様、大切なお知らせ、ありがとうございます。アルバート子爵様に申し上げます。このケビン、急用が出来ましたのでしばらく工事はお休みにさせていただき・・・」」


「あぁ、うん。ケビン君、ちょっと待とうね。今ケビン君、その足で出掛けようとしたよね?駄目だからね、少なくともヘンリーさんとメアリーさんの許可は貰おうね。

ザルバ、そう言えばそろそろ領都学園が冬期休みに入るんじゃなかったかな?」

アルバート子爵に声を掛けられ、暫し考えるザルバ。


「はい、領都学園は二月ふたつきの休みに入ります。そろそろ貴族の方々は社交シーズンとなりますので、学園在住の貴族子弟もそれぞれの家に戻られる事になるかと。

ですがよろしいのですか?ケイトには学園の寮で過ごす様に伝えてあるのですが」


「ハハハ、まぁ以前のマルセル村であったのならそうなんだろうけどね、何かここに領都に行く気満々の青年がいるじゃないか。

ザルバも久々にケイトちゃんと一緒に過ごしたいだろう?

なに、次いでだよ次いで。

そう言う訳だよケビン君、領都に行くならギースたちと一緒に行ってケイトちゃんを迎えに行って来てくれないかい?その方がケイトちゃんも喜ぶと思うんだ」

そう言いケビンに向けニッコリ微笑むアルバート子爵。

ケビンはと言えば今すぐにでも飛び出したい所を止められて“ぐぬぬぬ”と言った表情。

だがアルバート子爵の「メアリーさんに怒られるよ~」との言葉に、「分かりました」と力なく答え、ガックリと肩を落とすのでした。


―――――――――――


“カチャン”

差し出されたティーカップから立ち昇る湯気、手に取り口に含むと優しい味わいが身体に広がり、先程までの冷え切った身体がじんわりと温まって行くのを感じる。


「どうだい、癒し草のお茶ってのもいい物だろう?特に寒さで身体が強張っている時なんかは、芯から温まる気がするんだ」


アルバート子爵はそう言うと自身もティーカップに口を付け、癒し草茶の味わいにほっと息を吐く。


「あぁ、これは中々良いものだな。領都に帰ったら自分でも試してみるよ。と言うか行商の途中に飲んでもいいな、良い事を教わったよ、感謝する」


「それで一体何があった、と言うか何が目的だ?さっきのケビン君の頼んだ本が出来たと言う話、どうせ何か裏があるんだろう?」


“カチャ”

テーブルにカップを置きジッとギースを見詰めるアルバート子爵。

ギースは降参とばかりに両手を上げる。


「まぁ俺も詳しい事を知っている訳じゃないんだがな、どうもパトリシアお嬢様がケビン君に会いたがっているらしい。それとグロリア辺境伯夫人様とパトリシアお嬢様の母君であるデイマリア様がな。

パトリシアお嬢様からの話やグロリア辺境伯様からのお話で、ご興味を持たれたらしい。

それと癒し隊って言ったか?パトリシアお嬢様がお連れになっているホーンラビット達。あれが城内で大人気でな、要は目を付けられてしまったと言う訳だ。

だがそれを言ってもケビン君の事だ、絶対に領都にはいかないだろう?

だから例の本って訳さ。ケビン君の事だ、それが例え罠だと知りつつもやって来る。

まぁモルガン商会長の言う通りの反応だったけどな」


そう言い再び癒し草茶を口にするギースに、“ケビン君、騒ぎは起こさないでくれよ”

と祈らずにいられないアルバート子爵なのでありました。

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