第283話 村人転生者、冒険者ギルドの調査員を出迎える

冬の寒さが徐々に強まるこの季節、流石に観光客(聖地巡礼)も減り、マルセル村にいつもの平穏が戻りつつある。

若者たちは“大福チャレンジヒドラに挑戦”の七つ首をクリアしたものの八つ首には勝てず、悔しさを残したまま冬を迎える事となった。


「でもまぁ、そこまで行ければ次は本体に挑戦してもいいのでは?」

俺からの一言により現在“大福チャレンジヒドラに挑戦”は場所を草原に変え、一つ首からの挑戦となっております。

この大福本体ヒドラ、単純にパワーが上がっています。そのズッシリと来る衝撃は、これまでにない緊張を彼らに与えてくれる事でしょう。

そして繰り出される各種属性ボール魔法、土属性、風属性、光属性、闇属性、基本属性の魔力ボールが繰り出され(火属性は類焼の危険から、水属性は風邪を引くと言う理由で禁止です)、彼らを翻弄すること請け合い。医療班としてキャロルとマッシュを待機させているので全滅しても大丈夫、その分大福も楽しめると言う企画となっております。

ジェイク君、エミリーちゃんからは「この鬼畜、オーガ、リッチキング、ケビンお兄ちゃん!!」と言うよく分からないお言葉を頂いております。

恐らく嬉しい悲鳴と言うものなんでしょう。お化け屋敷の“怖過ぎるんじゃボケ!!”と言う評価と同じ種類のものかと。

ジミーは獰猛な笑みを浮かべてサムズアップしてるし、フィリーちゃんとディアさんはそんなジミーを見てキャーキャー騒いでるし、概ね平和と言った所でしょう。


そうそう、そう言えばディアさんの年齢が俺の一個上、十四歳だと言う事が分かりました。

ジミーに夢中なディアさんに、「ジミーはこんな見た目ですけど十歳ですから。惚れちゃうのも分からなくもないですけど、ディアさんも旅立ちの儀が終わった大人なんですし」と言ったら怒られてしまいました。

そんなの分からないっての、だってディアさん高位貴族の侍従騎士よ?とっくに成人していると思うじゃん?

どうもフィリーちゃんのご実家にお仕えしている騎士家の娘さんらしくて、幼少の頃から侍従としてお傍に仕えていたんだとか。授けの儀で聖騎士の職を授かってからは正式に側仕えの騎士としてフィリーちゃんをお守りしていたんだそうです。

でもな~、聖騎士か~。まぁ来年旅立ちの儀を迎えちゃえば学園云々は関係ないですし、どうやら冒険者としてジミーたちにくっ付いて行くみたいだし、正式にボビー師匠の養女になってる訳だしメルビン司祭様にお願いすればどうとでもなるでしょう。

持ってて良かった教会関係者との強いコネ。

因みにフィリーちゃんは現在十歳、ジミーたちと同じ年に授けの儀を受ける模様。

ここは鍛えまくって有用な職を授かれる様にしなければ。魔力量だけでも上げておけばワンチャンあり?どの道魔力量がバレてるジミーたちは学園行きだし、それに合わせられれば仲良くご学友になれるかと。

ディアさんはエミリーちゃんに仕えてるって扱いにすれば付いて行ける?その辺の詳しい事って分からないんだよな~、俺学園に興味なかったから。

まぁまだ冬の授けの儀まで二年はあるし、何とかなるでしょう。

・・・あっ、ジェイク君以外お貴族様だった、集団鑑定やらないんじゃん。

まぁ何とかなるって、多分。

(*授けの儀は十二歳、旅立ちの儀は十五歳。一般に旅立ちの儀を終えると成人したものとみなされます。)


そんな若者たちをよそにお前は訓練をしないのかと問われれば、「忙しいんだよ!!」と答える俺氏。現在アルバート子爵様の御命令の下、街道整備にですね~。


「ケビン君は暇を与えると碌な事をしないからね」

ついこないだ魔の森でやらかした手前文句も言えない。粛々と作業を行っていると言う訳でございます。


「緑と黄色、街道の土を掘って脇に上げておくからそれで大型ブロックを作って置いてくれる?団子は周辺の草刈りをお願い」

従業員の皆様方との共同作業、後々の修理修繕の事も考えて、魔力のごり押しによる舗装は致しません。

掘り返した地面には以前渓谷で手に入れた瓦礫を<破砕>で砂利サイズにして敷き詰め、そこに緑と黄色が作った大型レンガを並べて行くと言ったやり方。

団子先生には草刈りと街道をやって来た観光客の誘導を行って貰っております。

全員ヘルメットとケビン建設のロゴ入りジャケットを着用。大蛇体系の二体にはゼッケンの様に身体に縛り付けさせていただいております。


でも冷静に緑と黄色がいたら問題になるんじゃないって思うでしょ?

俺もそう思う。でもこれってアルバート子爵様からのオーダーなんだもん、仕方がない。

どうやらアルバート子爵様、お馬鹿な挑戦者志願の冒険者に相当ご立腹な様で、緑と黄色に絡んで来る様な冒険者を排除することで、訪れる冒険者をふるいに掛けられるとの事。

そこで冷静な対処が出来る様ならよし、絡んで来る様なら覇気を当てるなり吹き飛ばすなりして対処して欲しいとのお言葉でございました。

一々捕まえてエルセルに運ぶのも手間ですからね、これ以上借金冒険者を抱えるのも面倒ですし、呪いの魔道具を作るのもそれなりに大変ですから。


あの借金返済用の呪いの首輪、アナさんと月影、マルコお爺さんとベネットお婆さんの傑作でございます。呪いの魔道具と言う事で渋い顔をしたマルコお爺さんですが、酒造所の開発資金を増額すると言ったら二つ返事で了承なさいました。

トラウマよりも酒、エール作製に掛ける呑み助たちの情熱は本物の様です。


まぁそんな事情もあり街道整備を行いつつ馬鹿な冒険者をぶちのめしていたんですけどね?ついにやって来ちゃったんですよ、冒険者ギルドの調査員が。

来る事自体は予測していたんで準備は行っていたんですけどね、よりによって“白銀のエミリア”って。

ボビー師匠曰く“しつこい事で有名。少しでも疑問や引っ掛かりがあると納得するまで食らいつく。それで多くの依頼を成功に導いて来た傑物”との事。

今回のような事態、どんな難癖を付けて来るのか分かったもんじゃない。

そう言った事に対する対策も一応用意はしてあるんだけど、こればっかりは上手く行くかどうか。

後は出たとこ勝負でアルバート子爵様の下へお送りしたって訳です。


子爵様と冒険者ギルド側の会談は概ねこちらの意見を通す事が出来た様子、ザルバさんが「流石はアルバート子爵様でいらっしゃる」と大絶賛していたから、相当上手い事話を持って行ったんだろうな~。

アルバート子爵様って人の事詐欺師だのなんだのって言う割には、俺なんかよりよっぽど詐欺師なんだよな~。

本当にご自分の事を省みてから発言して欲しいものです。


そんで予め言われていた様に太郎を連れて神代様の元にご案内、神代様の様子をご覧になっていただいたって訳です。

今の時期はホーンラビット達も冬眠期に入ってますからね、魔の森とは言っても魔物なんてほとんど見ないんですけどね。案の定何事もなく神代様の元に到着、散水の様子と神代様のモグモグタイムをご覧になっていただき、神代様が森の守護者であると言う印象を植え付けたって訳です。


ここで肝心なのが嘘を言わない事、肥料を上げてるのも散水しているのもテイムしていないと言う事も事実。水辺で生活魔法の訓練をしていた話や、小さい頃は老木がトレントであるとは知らなかったって言うエピソードも事実。

ポイントはそれが神代様であるとは言わない所、御神木様とのエピソードですと馬鹿正直に言う必要もありませんからね。

“注連縄”の下りは蒼雲さんに聞いてビックリした話の一つです。

扶桑国、絶対転生者がいたわ。国全体がかなり和風に染め上げられてる様で、着物を着ていたり女神様を神社でお祀りしてたりと言った感じだとか。

それと聖霊樹様ですね、扶桑国の精霊様は別にゴブリン嫌いではないそうです。

やはりその辺は元になる聖霊樹様の気質次第と言った所なんでしょうかね。


そんで発光現象について聞かれた際は神代様が若々しくなった事を伝えました。

元々神代様は御神木様の身代わり、もっと老齢な感じになると思いきや老木感がなくなっちゃったんですもん、この辺は言葉の妙ですね。

神代様が何を言っているのかは言語として分かっている訳ではないし、機嫌の良し悪しは分かるけど細かい所は全て勘。そう考えると無茶苦茶なんだけど、おそらくスキル<自然児>の影響なんだろうな~。


まぁ何でここまで気を使ったかと言えば、ボビー師匠から聞いた“白銀のエミリア”の武勇伝。相手の嘘が分かるとまで行かなくとも、相手が嘘をついているとそれを違和感として感じ取れるとかそう言ったスキルでも持ってるんじゃないかと類推出来るんですよね~。

これってお貴族様の間ではよく知られたスキルみたいで、お貴族様同士で難解な言葉遊びのような会話が繰り広げられるのも、こうしたスキルを警戒してと言った側面もあるとアルバート子爵様に伺った事があります。

実際はそんなスキルがなくても言葉の粗探しが仕事みたいな方々ですからね、お貴族様同士のお付き合いは気の休まる暇もない本当に面倒そうな世界です。


で、最後の最後に特大級の仕掛け、ポンポコラクーンの最終形態、神代様に宿る精霊ラクーン様のご登場です。

はい、幻影魔法でございます。何度も見たり触ったりしてるんで何となくは分かっていた幻影魔法、森の花園に行ってちゃんと習ってまいりました。

魔力支配様々、基本的な所はすぐにマスター、細かい演出は賢者師弟の協力の下作り上げました。

イメージは既に闇属性魔力によるポンポコラクーンで実践済み、ただ今回は白いラクーンさんですからね、より生き生きとした表現が大変で。

頑張ったお陰でかなりの精度になったかと。

神聖な雰囲気はスキル<清掃>と<送り人>の複合技ですね。周囲一帯を浄化してみました。


そんでラクーンショーが終わった後神代様に挨拶をして、黙ったまま村役場に帰還、後をアルバート子爵様にお任せしたと言う訳です。

ラクーンさん、呪いからは解放されたものの精霊になられてしまわれたんですね、人の身には戻れなかったんですねって言う無言の演技ですね。

これに関してはちゃんと打ち合せしてますんで、アルバート子爵様も上手い事話を持って行ってくれてるでしょう。


で、全体を上手く纏められた最大の要因はやはり聖茶、アルバート子爵様におかれましてはその効果を絶賛すると共に「これって村外持ち出し禁止で」と釘を刺されてしまいました。

あなた様もヤバいと警告したほどの品、確かにその方が良い様です。

アルバート子爵様には今回の働きの労を労い、抹茶クッキーデチューン版をお渡ししておきましょう。

ザルバさん曰く、「アルバート子爵様には甘いお菓子も必要です」との事でしたので。


――――――――――――――


「ロイド、エミリアの両名、アルバート子爵領マルセル村の視察よりただいま戻りました」

冒険者ギルドミルガル支部、ギルド長執務室ではギルド長代行のルビアナ監察官が二人の報告に耳を傾ける。


「以上がマルセル村で見聞きした全てとなります。

現状発光現象に関係する形でのスタンピードの兆候を発見する事は出来ませんでした。そう言った意味では喜ばしい事ではありますが、マルセル村のテイマーの使役する魔物の異常性、魔の森で起きた神秘的ともいえる現象。

以上の事柄を考えるに、冒険者ギルドとしては今回の発光現象は不可解ではあるものの調査の結果安全が確認されたと発表する事が無難かと思われます。

またアルバート子爵家の意志は固く、アルバート子爵領を起点とした大森林攻略計画は見直しが必要であると思われます」


「そうですか、ロイドの話は分かりました。エミリアは何かありますか?」


ルビアナ監察官は、ロイドの報告に次いでエミリアからの報告を促す。

同じ現場を見て来た者のそれぞれの視点からの話を聞く事は、物事を複合的に判断する為に必要な判断材料になるからであった。


「はい。問題の一つは冒険者とアルバート子爵家の間に開いてしまった溝です。

度重なる冒険者たちの来訪はアルバート子爵家にとっては邪魔でしかなかった。

貴族家の騎士に武力で挑む、これ自体オーランド王国内においてはご法度、それを門番の制止も聞かず勢いのまま強引に進めようとすれば捕縛もやむなし、死罪にならなかったのは偏にアルバート子爵家の温情と言わざるを得ないでしょう。

彼らには魔物に晒される辺境の田舎者が冒険者に強く出れるはずがないと言う驕りがあった。例え捕まったとしても大した罪にはならないだろうと言う打算もあった。

多くの冒険者を死罪とすれば冒険者ギルドとの間に確執が出来るのは必定、それを望む領主はまずいませんから。

ですがアルバート子爵家は違う、静かに平和に暮らす事を望む彼らにとって儲け話もそれに群がる冒険者たちも害悪でしかない。

これは自分達の物差しだけで考えてはいけない相手がいると言う事を考えられなかった我々冒険者ギルド側の失態でもあります。

ここは素直に手を引く事が互いにとっての得策、今回の調査ではその事を教えられました」


「そうですか、エミリアがそこまで言うのならそれが最も良い解決方法なのでしょう。

それとこれは敢えて二人には言及していなかったのですが、マルセル村にはエミリアの再教育の発端となったケビンと言う青年がいたはずです。

領都の薬師ギルドからはなるべく接触しない様に釘を刺されていたので、その件には触れないで置いたのです。

彼は薬師ギルドに多大な功績を齎した調薬師ミランダのお弟子さんで、本人も相当の腕の持ち主であるとか。マルセル村にもすぐに謝罪の使者を向かわせようとしたのですが、グロリア辺境伯領の動乱による出兵騒ぎ。冒険者ギルド支部開設の打診に向かった際には、その件は既に終わった事だからと本人との面会を断られてしまっていたんですよ」


「あぁ、ケビン君ですか。彼には偶然街道で出くわしまして、何でも街道整備の仕事をしていたとか。先ほどご報告申し上げたテイマーの青年と言うのがそのケビン君でした。

そうですか、彼は薬師としても優秀だったんですね。石工に薬師、そしてテイマー。

冒険者に未練など端からなかったのですね」


「ふむ、その様子ですとケビン青年との間に諍いは起こさなかった様ですね。

よろしい、今回の調査を持ってエミリアのミルガル支部ギルド長職務権限を回復させましょう。ロイドは引き続き特別監察官役の職務に就く様に、普段の業務は副ギルド長の補佐とします。優先順位はあくまで監察官役である事を忘れないでください。

エミリアは後で今回の調査報告書を上げてください。

では下がってくれて構いません」


「「はい、失礼します」」


“バタン”

締められた扉、暫しの間天井を仰ぐロイド。


「これからもよろしくね、ロイド特別監察官役様♪」

“マジかよ、勘弁してくれ~~!!”

冒険者ギルドとはなんと理不尽な組織なのか。

ギルド長への復帰にうれし気に前を行くエミリアの後を重い足取りで続くロイド。

身に降り掛かる不幸に、不人気受付職員と言われ続けた受付業務に帰りたいと切に願う、ロイドなのでありました。

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