第281話 元ギルドマスター、森の視察に訪れる (3)

“キュキュ、キュイッキュイ!!”


マルセル村へと続く草原の街道、その道半ばで出会った未知の魔物。

予め話を聞いていなければ即戦闘態勢に入っていたであろうその威容に暫し呆然としていた者たちは、前方から聞こえて来たホーンラビットの鳴き声にハッと我に返る。


“キュキュ~、キュキュ~、キュキュ~”


通常よりも遥かに大きな身体を持つデップリとした体格の漆黒のホーンラビットは、白いジャケットにヘルムを被り、手に持つ朱色の棍棒を振って、まるで幌馬車に乗る彼らを誘導するかの様に草の刈られた草原に進むように促す。


訳の分からない状況ながらも、事前にゴルド村でホルン村長から聞いていた話から、これらの魔物たちがマルセル村のテイマーの使役する従魔であるのだろうと推測出来る。

しかし地這い龍を使役するテイマー?

次々に浮かぶ疑問、だがその答えに行き着く事は出来ない。


「あぁ、すみません。只今この街道は整備工事中でして、こっちの草原に迂回していただけると助かります。先に進めば整備の終わった街道に戻れますので」


そんな彼らの思いを知ってか知らでか、さも当たり前のように声を掛けてきた人物。

ツナギ姿の小柄な青年は、被ったヘルムを脱いで頭を下げながら、草原への迂回をお願いする。


「あ、あぁ。その、なんだ、そこのドラゴンは襲って来たりしないんだよな?」

幌馬車の御者台に座る男性、ロイドは、恐る恐ると言った感じにテイマーであろう小柄な青年に言葉を返す。


「あぁ、緑と黄色ですか?別にちょっかいを出さなければ至って温厚で安全な魔物ですよ?なんと言っても元々ビッグワームですから。

なんか最近冒険者が「ドラゴンが現れた」とか言って襲い掛かって来るんで困ってるんですけどね、ちゃんと“ケビン建設”の名前入り布を巻いてるんですけど、だれも見てないのかな?

それにドラゴンがこんなに小さい訳ないじゃないですか、大森林に棲むフォレストスネークでもこいつらより大きいですよ?

大体ドラゴンを見た事のある人なんているんですかね?」


青年の言葉にロイドは“言われてみれば”と思い直す。確かに目の前の魔物は見た事のない姿であり、その頭部は伝承に謳われるドラゴンのようにも見える。だがその大きさは大型の魔物と変わらない程度であり、勇者物語に語られる様な城に匹敵する様なものなどではない。

どうやら自分はその姿形に圧倒されて、考え違いをしてしまっていたらしい。


「いや、うん、すまなかった。見た事もないような魔物が街道整備をしていると言う話はゴルド村のホルン村長に聞いていたんだが、想像以上と言うか、想定外と言うか。まさかドラゴン顔の魔物がいるとは思わなくてな。

しかしビッグワーム?この魔物はビッグワームの進化体か何かなのか?だが最下層魔物と言われるビッグワームが何故・・・」


「ハハハハハ、何故なんですかね~。その辺は俺にもさっぱり。まぁこうやって仕事を手伝ってくれるんで助かってはいますけど。

って言うか御者さん、もしかしてミルガルの冒険者ギルド受付の六番さんですか?」


青年から掛けられた意外な言葉に驚きの表情になるロイド。青年はテイマーなのだろう、であれば従魔登録をしに来ていた?だがこれまで自身はこのような印象に残る魔物の従魔登録の担当などしたことはないのだが?


「えっと、以前ホーンラビットとオークの従魔登録を担当してもらったマルセル村のケビンです。そうですよね、ミルガルのような大きな街の冒険者ギルド職員さんが登録に訪れただけの者を覚えている訳はなかったですね。

えっと、気を付けて迂回してください。団子、誘導を頼む」


“キュキュッ!”

高らかに一鳴きしたホーンラビットは、ピョコピョコと幌馬車の前に向かうと、赤い棍棒を振りながら草の刈られた草原へと進んでいく。その白いジャケットの背中にはケビン建設と書かれた文字と、何故か銅貨にも刻印されている世界樹の葉の模様が。


「あぁ、思い出した。あの時の少年、確か授けの儀が終わったとか言ってたか、それじゃ青年だな。そうか、マルセル村のケビン、君だったか」

理知的なホーンラビットを連れて冒険者ギルドを訪れた青年、ギルド資格剥奪を受けて逆に喜ぶような言葉を残し去って行った、冒険者ギルドミルガル支部に大きな衝撃を残し去って行った者。


「マルセル村のケビン?あ~~~~、あなた、こんなところにいたのね!!」

荷台から顔を出し大きな声を上げたのは、冒険者ギルドミルガル支部ギルド長エミリア。彼女にとってこのケビンと言う青年は、忘れる事の出来ない人生の汚点とも言える人物であった。

彼女がこれまで積み上げて来た輝かしい経歴は、このケビンと言う青年によって容易く塗り替えられてしまったと言っても過言ではないのだから。


「ギルド長、駄目ですよ?ここで騒ぎを起こせばギルド職員資格剥奪どころか犯罪者落ちですからね。俺に討伐隊を組ませないでください?」

今にも飛び掛かろうとするエミリアを片手で制するロイド。彼もあの現場にいた人間、エミリアとケビン青年の間の確執は知っている。

だがロイドは思う、“あれはギルド長の自業自得だろうが!!”と。


「げっ、“白銀のエミリア”。なんで冒険者ギルドミルガル支部のギルド長がこんなところにいるんですか!」

顔を歪め後ずさりするケビン。そんなケビンの態度に鼻息を荒くするエミリアと、“そりゃそういう態度もとるよな、気持ちはわかる”と同情の視線を送るロイド。


「いや、俺たちはマルセル村に隣接する魔の森で発生した発光現象の調査に来たんだ。結構な数の目撃報告が冒険者たちから挙げられていてな。

ただこうした調査にはその土地の領主様の許可が必要だ。何事も手順と言うものがある。俺たちはその事前交渉と簡単な現地調査と言ったところだな」


冒険者ギルド職員の仕事には依頼に対する危険度の査定、適正な依頼料の決定と言ったものがある。今回のようなケースではどの様な危険が潜んでいるのか想定することも難しく、冒険者ギルドの専属冒険者を事前調査に送り込むと言った方法でギルド会員の安全を確保するのである。


「その様子だと知っている様だが、ギルド長は二つ名持ちの元白金級冒険者だ。今回のような状況が分からない事案の調査員としては、最もふさわしい人物とも言える。

それに今はギルド長の職務権限を停止されてるからな、簡単に言えば手が空いていたってところだ」


「職務権限停止ですか。それはなんとも、自業自得?ギルド会員を使って遊んでいたエミリアさんが悪いとしか」


ケビンの言葉に“ぐぬぬぬ”と言った表情になるエミリア。そんな彼女の態度に、“この人って結構煽り耐性ないんだな”と他人ごとの様に冷静な分析を行うケビン。


「はぁ、まぁこれも何かの縁ですか。えっと、そう言う事ですとアルバート子爵様にご用があるという事ですかね?

俺がご案内しますんで付いて来てください」

ケビン青年はそう言うと三匹の従魔に「今日の作業はここで終了、村に帰るよ」と声を掛け、マルセル村に向かって歩いて行くのでした。



「ケビン君、お帰り、随分と早かったね。それとそちらの方々は?」

マルセル村の村門前、門番は昼前にも関わらず帰村したケビンに訝しみの視線を送りつつ、声を掛ける。


「ギースさん、お疲れ様です。なんか冒険者ギルドの職員さん方がアルバート子爵様に御話があるようなのでご案内して来たところです。人員は二名、入村許可を貰っても?」


「それは構わんよ、観光と言う訳でもないのだろう?」

門番はそう言うと道を開け、ケビンとその従魔たち、ミルガルの冒険者ギルド職員の乗った幌馬車の入村許可を出すのであった。


「こちらが村役場になります。アルバート子爵様は基本ここの村長執務室で執務を行っていますんで。

あっ、ザルバさん。こちらミルガルの冒険者ギルドのギルド職員さん方です。例の発光現象の調査の件で、アルバート子爵様に面会したいとの事で来られた様です」


青年ケビンの言葉にザルバと呼ばれた執事であろう壮年の男性は、“あぁ、あの件ですか”と、どこか納得と言った顔で彼らを村長執務室へと案内するのであった。


“コンコンコン”

「失礼いたします、ザルバです。アルバート子爵様にお客様が御見えです。

例の魔の森の発光現象の件で、冒険者ギルドから調査員の方々がお見えになられました」


“あぁ、構わない、お通ししてくれ”


“ガチャリ”

開かれた扉、シンプルな室内。子爵家の当主が使う執務室とは思えない広さと内装、そして彼らを出迎えたアルバート子爵本人の姿に内心驚きを抱く二人。

端的に言えば田舎の村長であり、貴族特有の雰囲気を微塵も持たない人物が村長執務室にいると言った様相であったからである。


「初めまして、私がアルバート子爵家当主ドレイク・アルバートです。

何でも魔の森の発光現象について調査に来られたとか。

まぁどうぞお座りください、立ち話もなんですから。

ザルバ、お二人にお茶をお出しして」


アルバート子爵に促され席に着くエミリアとロイド、時を置かずして出されたお茶は緑色をした爽やかな若葉の香りがするもの。


「あぁ、これですか?東方の島国“扶桑国”と言う所で飲まれている“蒸し茶”と言うものですね。マルセル村には様々な事情を抱えた所謂訳アリと呼ばれる方々がたくさんおられましてね、その中にその扶桑国から来られた“鬼人族”と呼ばれる種族の親子がいるんですよ。

我々普人族と違い額に角の生えた人たちですが、ホーンラビット族とか言わないで上げてくださいね、嫌がりますんで。

その方々がお茶の葉の栽培をなさって下さっているんですよ。ただそれ程量が取れるものでもありませんので、こうして村の中で楽しませてもらっているんですがね?」


そう言いティーカップに口を付けるアルバート子爵に釣られる様に、“蒸し茶”を口にする二人。

口腔に広がる蒸し茶の爽やかな味わい、若葉独特の渋みと仄かに甘い風味が、心と身体を落ち着かせてくれる。


「それで魔の森の調査ですが、我が村の者が実際に発光現象が起きたであろう大森林との境界線にある老木まで行ったところ、その場にあるはずの老木が立派な緑生い茂る大樹に変わっていたとか。

その場所に老木があると言う事はこのマルセル村が出来た当初から知られていた事ですので、一体何が起きたのかさっぱり。

一時はレッサーラクーンの奇跡とか騒ぎ出す観光客の方もおられましたが、正直何が起きたのかは分からず仕舞いなんですよ。

ただ冒険者の方々が仰るようなスタンピードの前兆と言った事は考えにくいかと。

もしそうであるのなら、今こうしてマルセル村の者が平穏な暮らしをしているのもおかしな話ですから」


アルバート子爵の話は至極真っ当で理路整然としていた。そしてその言葉の一つ一つが自然と心に染みて来る。


「それと一つ、その老木ですが、これはあまり村の者には知らせていない事なのですが、トレントと言う魔物です。ただこの魔物、我々マルセル村の者を襲うどころか、大森林から魔物がやって来るのを防いでくれている様でして。

古くから魔物の近寄らない不思議な木とは言われて来たのですが、まさかトレントがこんなに身近な場所に存在しているものとは思いもしませんでした。

この事はごく最近判明した事なのですが、老木自体が魔の森の最奥にある事、村人が訪れる事がまずない事から村の上層部の者のみが知る事実として秘匿させていただいています。

この事が下手に冒険者に知れてトレント狩りなどと言った事になってしまえば、大森林からの脅威は防ぎようがなくなってしまいますから」


アルバート子爵から齎された驚きの情報、普通トレントとは森に入る冒険者を襲う脅威、トレントを放置すれば森にトレントが増え大きな災いを引き起こす。

冒険者ギルドとしては要討伐対象の魔物、それがトレントなのである。

だがアルバート子爵の口ぶりでは、件のトレントは村の者と共存している様子。

互いに一定の距離を持って生活する環境であるからこその共存と言う事なのだろうか?


「冒険者ギルドの職員であるお二人のお気持ちは理解出来ます。トレントとは厄災を招きかねない魔物である、討伐しなければならない。

だが実際このマルセル村が開村以来一度として大きな魔物被害に遭っていない事がその証拠。冷静に考えてみてください、ここマルセル村がなぜ“オーランド王国の最果て”と呼ばれているのかを。

大森林に最も近く、更に言えばその先に魔境フィヨルド山脈を擁する土地、そんな場所で未だに村が存続している事自体が奇跡。

であるのならばそれを齎すものがトレントであろうとなんであろうと、我々に被害が及ばない限り無暗に手を出すべきではない。森と共に生き森を利用すると言う事はそう言う事だと、この厳しい大地は教えてくれた。

現在の豊かなマルセル村があるのは、その事を村人全体が知っているからこそなんです。


恐らくですがお二人は魔の森の調査とは別に、ここアルバート子爵領に冒険者ギルド支部の設立の打診を行いに来たのではありませんか?

大森林の素材を求めるのにマルセル村ほど適した場所はない、通常であれば巨大な防壁を作り魔物に怯えながら暮らさねばならない様な土地、だがこの村は非常に牧歌的な空気に包まれている。

この村にギルド支部を築き、多くの冒険者を呼び寄せればその利益は計り知れない。

村の発展の為にも是非と言ったお話なのでしょう。

ですがそれはここマルセル村に住み暮らす者にとっての幸せに繋がるとは思えない。

先程も言いましたが、ここマルセル村は所謂訳アリの住み暮らす村、様々な理由で逃げ延びた者が最後に辿り着く場所なんですよ。

我々は多くは望まない、だが我々の平穏を脅かす者を許しはしない。

我がアルバート子爵家騎士団が噂になるほどの力を示した理由はそこです。

奪われない為には力が必要、これはこの世の真理ですから。

ですが余計な諍いの元はいらない、これはアルバート子爵家の、マルセル村の決定事項ですので」


そうハッキリと宣言したアルバート子爵から漂う覇気は、一介の村長のものではなく、多くの戦場を生き延びた戦士のそれ。そして語られた言葉に込められた、アルバート子爵領を統べる者の力強い意思。

貴族とは、為政者とはかくあるべしと言った風格すら感じるものであった。


「では森に詳しい者を同行者として付けましょう。ザルバ、ケビン君を連れて来てくれるかい?」


「畏まりました、アルバート子爵閣下」

一礼をしその場を下がる執事、暫くの後連れて来られた者は先程街道から彼らを案内して来た青年ケビンであった。


「ケビン君、それじゃ後は頼んだよ?」

「えぇ、まぁ、はい、分かりました。それじゃ改めまして、マルセル村のケビンです。よろしくお願いします」


青年はそう挨拶をすると、冒険者ギルド職員であるエミリアとロイドに一礼をするのであった。

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