第280話 元ギルドマスター、森の視察に訪れる (2)

地方都市エルセル、かつて犯罪者の巣窟として多くの犯罪者の隠れ蓑となっていたその街はすっかりと様相を変え、今や周辺都市で最も安全で住みよい街に生まれ変わろうとしていた。

そんなエルセルの冒険者ギルドにはこれまで見る事の無かったおかしなファッションの冒険者が見受けられる様になっていた。


「ねえロイド、あの首から変なプレートを下げてる連中って一体何?借金金貨百枚とか金貨十枚とか書いてあるんだけど」

「さぁ?それこそこれから会うエルセル支部のギルドマスターに聞いてみれば分かるんじゃないんですか?

でもやたら屈強な連中が同じ格好をしてますね?何なんでしょうか」


エルセルに到着したエミリアと監視役のロイドは、ギルド建物周辺やギルド受付ホールにいる妙な格好の冒険者に疑問を浮かべるも今は仕事とばかりに気持ちを切り替え、受付嬢にミルガルのギルド長代行ルビアナ監察官の書状を渡すと、案内されるままギルド長執務室へと向かうのであった。


「良くいらしてくれた、エミリアギルド長。本来なら私の職責においてどうにかしなければならない事なんだが、問題が大き過ぎてね。

すまないが力を貸してもらいたい」

そう言い頭を下げるエルセル支部のギルド長。彼はグロリア辺境伯の粛清の後よその支部から抜擢された新米ギルド長であり、完全に崩壊したギルド支部を一から立て直している最中の苦労人でもあった。


「頭をお上げくださいギルド長。私はその後の失態により再研修を受けている身、今は職務権限も失っています。それにこうして監視役を伴わなければ自由に移動も出来ないんですよ、情けない話とお笑いください。

それで一体何が?代行からのお話ですとアルバート子爵家と冒険者との間に何やら問題が生じているとか」


「はい、そうなんですよ。エミリアギルド長も聞き及んでいると思いますが、例の鬼神と剣鬼です。その武勇を聞きつけた冒険者どもが、彼らに勝って名を上げようと各地から群がって来ていまして。

勝手にアルバート子爵領に向かっては「勝負しろ!!」と突っ掛かって行っているらしいんです。

アルバート子爵家としては当然の様に断りますが、冒険者たちもはいそうですかと引き下がる訳にはいかない。そこで強引に事を勧めようとすると、“挑戦者であれば金貨十枚をお支払いください”と言われるんだそうです。

そんなもの払えるかと言って強引に村に入ろうとした者は門兵に取り押さえられ犯罪者落ち、門兵に剣を向けた者も叩きのめされて同様にって感じです。

そうした者がここエルセルに送られて身ぐるみ剥がれ、ギルド口座のある者は資産没収、そして公開処刑となるわけです。


アルバート子爵家側としては貴族に刃を向けた者を無罪放免とはいかないし、その様な事をすればどんな誹りを受けるのか分からない。だがあまりにも多くの冒険者を処刑し続けるのもどうかと言ったことになる。

この冬に入ってからもまだまだやって来るんですよ、馬鹿な冒険者たちが。

そこで苦肉の策として考えられたのがそれぞれの罪に合わせて借金を負わせると言った方法です。


お二人も見られたと思います、首から大きなプレートを下げた冒険者たちの姿を。

そこに書かれた金額が借金の総額、冒険者ギルドはそれを責任をもって回収しなければならない。

あのプレート、実は呪いの魔道具なんです。

借金を無視して生活しようとすると、ものすごい脅迫観念に駆られて不安になる、借金の事が頭から離れなくなる。借金を返すために働かないと不安で不安で夜も眠れなくなると言った効果があるんだとか。

確か“社畜の呪い”とか言ってましたか、本当に恐ろしい魔道具です。

その上勝手に外す事が出来ない。どういった素材で作られているのかは分かりませんが相当な品の様です。借金を払い終わったらアルバート子爵家で外してもらえるらしいんですが、今のところまだ。

中には有名な冒険者もいますからね、本当にどうにかしてもらいたいんですよ。


それと実際に金貨十枚を支払った場合ですが、鬼神ヘンリーか剣鬼ボビー、どちらかとの対戦を行ってもらえます。ただし真剣でですが。

勝負はほぼ一瞬、両手両足をバッサリ切られるんだそうです。そこですかさずポーションを掛けられてこう聞かれるそうです。

「ハイポーションがございますがいかがなさいますか?一本金貨十枚です」と。

手足を落とされてもすぐであればポーションでの接続も可能、ただし一度治療してしまった部位に対する接続にはハイポーションが必要。

計四本、金貨四十枚。即金で支払えれば好し、口座に資金がある場合はここエルセルで引き落としを行ってから治療が行われます。

ただし金がない場合はやはり借金持ちに。

アルバート子爵家としては、悪評であれちょっかいを掛ける冒険者がいなくなればそれでいいと言った考えの様です。

こちらとしても一方的に冒険者が迷惑を掛けている手前、強くは出れないんですよ」


そう言い心底困った顔をするギルド長。ご愁傷様としか言いようがない。

アルバート子爵家としてはここエルセルの街でそうした実情を見せ、冒険者たちに警鐘を鳴らしているのだろうが、それがまったく効果を示してはいない。

エルセルの街には日々呪いにより勤労意欲に溢れた冒険者たちが増え、街の様々な困りごとに対処しているのだろうが、それだけでは借金の払い終わりがいつになるのかなど分かったものではない。


「春になれば魔物も活発に動き出すんでそうなればとも思うんですが、こればかりは私にもいい考えが浮かびません。

ここ周辺で稼ぎがよい場所となるとランドール侯爵領の城塞都市でしょうか、あそこはオークやオーガが現れますからね。高額な借金を背負った者を冬眠期間である今のうちに移動させ、春からの討伐に当たらせればかなりの収益が望めるかと。

低額借金者はグロリア辺境伯領領内各地に派遣して、魔物討伐に当たらせるしかないのではないでしょうか。これは冒険者ギルドの一存ではなく、グロリア辺境伯家とも相談して執り行った方がよい案件と思われます。

エルセルを取り仕切るストール監督官様にご相談なされてはいかがでしょう?」


「なるほど、それは思いつきませんでした。グロリア辺境伯家としても冒険者たちが積極的に働くのであれば利のある話、商業ギルドとしても旨味があるか?

早速ストール監督官様に御伺いを立てたいと思います」

ギルド長はそう言うや「流石は“白銀のエミリア”」と深々と頭を下げるのでした。


――――――――――


「結局よく分からないって事でしたね」


エルセルの冒険者ギルドで得られたマルセル村の情報は、それ程多くはなかった。

馬鹿な冒険者が馬鹿をやって捕まった、借金を負わされて放流されていると言ったもの。

完全に冒険者たちの自業自得であり、冒険者ギルドの職員としては顔向け出来ない事態。

そして肝心の魔の森の発光現象も何も分からずじまい、冒険者たちがスタンピードの前兆と騒ぎ立てた様だがアルバート子爵家側はそれらを一蹴、その後魔物の暴走と言った事象は確認されてはいない。


「そうね、ここまで何も分からないとなるとかえって怪しいと言えなくもないけど、観光目的であれば冒険者であっても普通に入村出来るのよね」

何らかの秘密を抱える村であれば人の訪れを拒むものである。それはこれまで多くの犯罪行為を暴きその解決に奔走して来た元白金級冒険者“白銀のエミリア”の経験が告げる事実である。

だがマルセル村はそれとも違う、紳士的な態度で臨んだ冒険者であれば対戦目的であったとしても丁寧に対応し、折角いらしたのだからと村の観光を勧める始末。その際出された食事が絶品であったと、多くの冒険者たちが報告している。

そして村の中で見聞きした驚くべき光景、ホーンラビット牧場にしろ村の若者たちの訓練風景にしろ、包み隠さず教えてくれると言ったもの。

そんなマルセル村にこれ以上何があると言うのか。


「まぁそれでも仕事ですから、アルバート子爵様には冒険者ギルドの職員としてご挨拶する必要があるかと。

マルセル村には冒険者ギルドの支部はない訳ですし」


マルセル村には冒険者ギルドの支部はない。これは辺境の寒村であれば決して珍しい事ではない。需要と供給、仕事のない土地に冒険者が集まらない様に、冒険者ギルドも慈善事業ではないのだ。


「でも、アルバート子爵家にはギルド設立の打診は行ったのでしょう?」

だがマルセル村の場合は一概にそうとも言い切れない。

周辺四箇村の農業重要地区入りに伴う公共事業、アルバート子爵家の独立と、先の戦においての多大な功績。

これから延びることが確約された土地には多くの金が集まる。それは人の流れを呼び物流を盛んにする。そしてマルセル村の直ぐ先に広がる魔の森と大森林、マルセル村は冒険者たちにとっての最前線基地になり得る立地であるのだ。

多くの魔物とそれを運び出す整備された街道、アルバート子爵領に冒険者ギルドを建てる条件は既に揃っていると言ってもいい。


「断られてしまったそうです。得られる利益に対し、抱えるであろう問題が大き過ぎるとか。要は割に合わないと言った事らしいです。

冒険者ギルドとしてはスタンピードを例に上げて売り込んだらしいんですが、“それでは冒険者たちだけで大森林からのスタンピードを止める事が出来るのか?”と言われて黙り込んでしまったそうです。

向こうは僅か五騎でスタンピードを制圧した猛者、こちらが何かを言える立場じゃありませんから」


スタンピード、それは人の身ではどうしようもない災害。だがアルバート子爵家の者たちはそれを押さえ得る存在、そんな彼らよりも活躍出来るのかと問われ、ハイと答えられる程厚顔な者などそうはいないだろう。


「結局はアルバート子爵様との会談の流れ次第と言った事ね」

ガタガタ揺れる幌馬車の上、エミリアは獰猛な笑みを浮かべ、前方を見据える。

遥か彼方、草原の街道の先にあるマルセル村と言う難敵を目標に捉えて。


「申し訳ないね、ウチの村に宿屋は一軒しかないんだが、そこは今監察官様方の貸し切りでね。

他の工事関係者の方々も、村脇の草原に作った簡易小屋で寝起きされてるんだよ。

今の時期はギリギリ野営も可能だから、申し訳ないが村の広場を使ってくれないか?」


街を離れ、街道を逸れて行けば、宿のない村も珍しくない。通常であれば村長宅や空き家などを借り受け一夜の宿とするのだが、ここゴルド村は公共事業に伴う建設工事関係者が多く訪れている為、そうした施設も全て埋まってしまっていた。

そうなってしまうと情報収集もままならず、大した事前準備も出来ぬままマルセル村へと向かう事となってしまうのであった。


「うじうじ余計な事を考えていても仕方がない。気合いを入れて行くか」

翌朝出発の準備を終えたギルド職員ロイドは、気合い注入とばかりに己の頬を叩く。


「おはようございます。昨夜は大分冷え込みましたが大丈夫でしたか?昨日お約束した朝食をお持ちしました」


「これはホルン村長、態々すみません」

声を掛けて来たのはゴルド村のホルン村長、朝からの自炊では大変だろうからと朝食を持って来てくれたのであった。


「いえいえ、ゴルド村としても冒険者ギルドの方と親しくする事は利のあること。エルセルとここゴルド村の間にはグラスウルフの草原がありますからね。冒険者の方々がグラスウルフを狩ってくれる事は、ゴルド村の安全にも繋がるのですよ。

それと一つ、ゴルド村からマルセル村に向かう街道では街道整備を行っています。途中見たこともない魔獣と遭遇すると思いますが、使役魔物ですので攻撃しないようにお願いします。

直ぐ側に使役主の青年がいると思いますので」


ホルン村長の話ではテイマーが街道整備を行っているとの事、そんな話はあまり聞かないが、場所によっては魔物を使って開墾等を行うと言う。

そう考えれば力のいる街道整備に魔物を使うと言う事は、十分利に叶った方法なのだろう。


「分かりました、情報をありがとうございます。

気を付けて向かわさせていただきます」


エミリアとロイドの二人はホルン村長によく礼をし、朝食を食べてからマルセル村へと向かうのであった。


“ガタガタガタガタ”

「前方、何かいますね。あれがホルン村長の言っていたテイマーでしょうか?」


ガタガタと音を鳴らしマルセル村に向け街道を進む事暫し、前方に見える魔物の姿。

だがあれは一体何なんだ?

スネーク系の魔物である事は間違いないのだろうが、結構な大きさがある様な。


「どうしたのロイド?テイマーってさっき話していた・・・」


幌馬車は進む、草原の街道をガタガタと音を立てて。徐々に近付く事で明らかになるその威容、その姿、それはまさしく。


「「ドラゴン!?」」

それは幻覚か、はたまた幻か。

目の前に現れた二体の地這い龍の姿に、幌馬車を停め口を開けたままその場で固まるエミリアとロイドなのでありました。

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