第279話 元ギルドマスター、森の視察に訪れる
冒険者ギルドミルガル支部ギルド長執務室、シックな調度品の並べられた落ち着いた雰囲気の室内では、初老の女性が机に向かい決済書類に筆を滑らせる。
“コンコンコン、失礼します、スポイルです。お呼びにより参りました”
扉から聞こえる声に視線を上げ、筆を置く。
「副ギルド長ですか、入ってください」
女性は来訪者に入出の許可を出すと、机脇に重ねられた書類に目をやり、大きなため息を吐くのであった。
「失礼します。代行、どういったご用件でしょうか?」
部屋に入って来たのはスポイル副ギルド長、ここ冒険者ギルドミルガル支部で一から学び、副ギルド長にまで上り詰めた叩き上げの男である。
「えぇ、いくつか話があるのだけれど、まずはエミリアの様子からお願い出来るかしら?」
そしてそんな彼の前、執務机に座る初老の女性。冒険者ギルドオーランド王国バルセン本部監察官ルビアナ・ブリーチ、かつて“獄炎のルビアナ”と呼ばれた伝説級の元白金級冒険者である。
「はい、現在エミリア元ギルド長は総務部長の指導監督の下、書類の整理、依頼人との面談等の業務に就いております。無論冒険者との接触は最低限とし、裏方の仕事に徹してもらっています」
スポイル副ギルド長の報告にルビアナ代行は「そうですか」と言葉を返す。
事の起こりは春先の事、冒険者ギルド本部の通信用魔道具に入ったギルド資格剝奪の通知であった。ギルド資格剥奪とは冒険者ギルド内において最も重い処罰の一つとされるものであり、その対象となった者は生涯に渡り冒険者ギルド会員として再登録する事が出来ない。これは冒険者ギルドが世界規模の大組織であることから国を跨ごうと覆らない決定であり、荒くれ者とされる冒険者たちが冒険者ギルド職員の言葉に素直に従う理由の一つとされる事柄である。
その為対象となった者のこれまでの功績や処罰の記録は各国のギルド本部で精査され、ギルド総本部に送られる事となっている。
だがこの処分を受ける者は年間に何十人と存在し、首都バルセンの冒険者ギルド本部では通常の業務の一環として事務手続きを行おうとした。
だがしかしである。
オーランド王国北西部グロリア辺境伯領ミルガルの街から送られて来たギルド資格剥奪通知、その対象となる冒険者の情報が一切見つからなかったのである。
これは一体どう言う事であるのか、ギルド資格剥奪を行う権限を持つものは各ギルド支部のギルド長のみ、であるのなら直接ギルド長に話を聞く必要がある。
ミルガル支部のギルドマスター、それはグロリア辺境伯領エルセルの街で街の監督官と癒着し犯罪組織と化していたエルセル支部を粛正した元白金級冒険者“白銀のエミリア”。ギルド本部としてはそのような人物に何らかの問題があるなど考え難くあるものの、問題対処にはそれなりの人物に向かってもらう必要があると判断、伝説級の元白金級冒険者“獄炎のルビアナ”に全権を任せる事となったのである。
そして発覚した事実、授けの儀を終えたばかりの者に対する模擬戦の強要、そしてそれを断られたことに対する処罰としての強権の発動。その段階で頭を抱えたくなる大問題でもあるのだが、寄りにもよってその者が冒険者でも何でもない薬師ギルド会員。ここ冒険者ギルドミルガル支部に従魔登録に来ただけの部外者に対する数々の行い。
調べれば調べるほど出て来る数々の“いたずら”と思われる職権の乱用。
エミリアはギルドマスターとしては優れた人物であった。冒険者ギルドミルガル支部を纏め上げ、地方冒険者ギルド支部の中では優良と呼ばれる組織に作り替えた。
たまに見られるギルド職員と地元有力者との癒着も徹底して排除し、地域住民と冒険者の間で起こるトラブルも驚く程に少ない。全ては“白銀のエミリア”が目を光らせているからであり、領主グロリア辺境伯様からの信頼も厚い。
ではあるのだが。
冒険者ギルド本部監察官ルビアナは事態の全容に唯々頭を抱えた。正直な話“何をやってるんですか、この馬鹿は!!”である。
有能であり数々の実績もある。慎重であり責任感もある。人物も素晴らしく人々を引っ張るカリスマも備えている。
だがお茶目、そう、はた迷惑なほどお茶目なのである。人々をよくよく観察し、誘導し、自分は決して直接的に関わる事なく騒動を引き起こし解決に導く。
周りからの信頼は上がり組織としては盤石になる。騒動に巻き込まれた者たちも結果として利益を得る方向にもっていってる。だからこれまで問題になる事はなかった。
だが今回は違った、“白金のエミリア”が犯してしまった数少ないミス。
冒険者ギルド監察官としては、この様な組織運営方法を認める訳にはいかない。
結果エミリアのギルド長としての職務権限を凍結、裏方職員として一から再教育をし、その間の職務代行を監察官たるルビアナ自身が行う事となったのである。
「副ギルド長のあなたから見て、エミリアの様子はどう見えますか?素直な感想を聞かせてください」
ルビアナは執務室に立つ壮年の男性に意見を求める。彼はこのミルガル支部の叩き上げ、冒険者の事もギルド職員の事も深く広く理解し、エミリアの無茶振りにも応え続けて来た苦労人である。
じっとその瞳を見詰めるルビアナに、副ギルド長スポイルは暫し考えを巡らせてから言葉を返した。
「エミリア元ギルド長の再教育ですが、ある意味上手く行っていると言えるし、まったく効果がないとも言えるのではないかと。
ギルドの組織としての仕事に対する理解や実務以外の仕事、事務や依頼人との交渉と言ったものを積極的に熟すことで、これまでどちらかと言えば嫌っていた書類仕事もより深い視点から進める事が出来るようになって来ています。
ギルド職員の能力向上と言う意味では大成功と言えるし、エミリア元ギルド長の能力が十分に発揮された結果と言えるのではないでしょうか。
現に提出された業務改善提案などは素晴らしいものがありますので。
ただそれとこれまでの様な“いたずら”が無くなるかと言えば、おそらくはより巧妙で分かりにくい形で繰り返されるものかと。
あれは元ギルド長の娯楽ですから。
要は資質の問題、元ギルド長は現場で指揮を執り魔物や盗賊相手に剣を向ける事に向いた戦闘型の人間です。それをギルド支部と言う箱の中に収めようとすることが間違っている。彼女にとって不幸だったのはそうした運営側の能力も十分に一流であった点ではないでしょうか。
よその冒険者ギルド支部でも、そうした戦闘系のギルド長の問題は取りざたされていると聞いていますが」
副ギルド長スポイルの回答はルビアナも感じていた事。冒険者ギルドのギルド長は力の象徴であらねばならない、冒険者とは荒くれ者の集団、その長が弱腰では誰もついては行かないのだから。
冒険者の役割がただの便利屋ではなく魔物から人々を守る防衛線でもある以上それは当然であり、その補佐を担うのが副ギルド長の役割である。
だがただの脳筋馬鹿に務まるほどギルド長と言う職務は軽くなく、その為その人選も限られる。
「分かりました。要するにエミリアには定期的な毒抜きが必要である。何らかの方法で悪戯心を抜くことが求められる。そして監視、馬鹿を事前に止める人員が必要、そう言う事でしょうか?」
ルビアナは思う、“なんで私はいたずら娘を持つお母さんの気持ちを味わわなければならないのか”と。
「そうですね、これまでは魔の森のオーク討伐がこれに当たっていましたが、もう一つ何か定期的に行えることがあればなおよいかと。それと現場調査ですか。
グロリア辺境伯家騎士団の第二騎士団はその業務として定期的に大森林の調査を行っていますが、そうしたスタンピード対策の一環と称した狩りなどを行っておけば、より安全かと。
ただそうした場合暴走してしまわないかが懸念点ではありますが」
「まぁ、白金級冒険者は皆戦闘狂ですからね。嬉しくなってしまうと我を忘れてしまいますから。その辺は補佐役がしっかり押さえるしかないんですが、副ギルド長は誰か心当たりはありますか?」
ルビアナの質問に暫く考え込んだスポイルは、「あっ」と声を漏らしある人物を思い付く。
「一人おります。本人はものすごく嫌がるでしょうが、他に候補となる者は。冷静で沈着、元冒険者でもあり身体能力も申し分ないかと」
スポイルの言葉に、「あぁ、彼ですか。そうですね、彼なら」と同じ思いに至るルビアナ。
「そうですね、それでは一つ副ギルド長に相談したかったもう一つの問題に彼らを当ててみましょう。その結果いかんでエミリアの職務復帰も検討いたしましょう。
副ギルド長も知っていると思いますが、エルセルの冒険者ギルドから・・・」
議論は続く、冒険者ギルドミルガル支部の、引いてはグロリア辺境伯領領内における冒険者ギルドの未来の為に。監察官ルビアナと副ギルド長スポイルの苦労は、まだまだ終わりが見えないのであった。
――――――――――――
“ガタガタガタガタ”
ガタガタと音を立てて街道を進む幌馬車、その御者台に座り手綱を握る男性は思う、“どうしてこうなった?”と。
それは副ギルド長より渡された一枚の辞令。
<冒険者ギルドミルガル支部受付職員ロイド、貴殿をミルガル支部特別監察役に任命する。
冒険者ギルドミルガル支部ギルド長代行 監察官ルビアナ・ブリーチ>
それは配置転換の知らせ、だがそこに記載された聞き覚えのない役職。
「スポイル副ギルド長、この特別監察官役とは一体どう言ったものなんでしょうか?」
ロイドの持つ当然の疑問。それに対し「詳しくはこちらで」と会議室に誘う副ギルド長。
何か嫌な予感はしつつ向かった先で待っていた人物、それは。
「エミリアギルド長?これは一体?」
「まぁまぁロイド、まずは席に座ってください。エミリア元ギルド長にもご説明させていただきます」
副ギルド長はそう言いロイドに着座を促すと、事の経緯、ロイドの役割について説明を始めるのであった。
「要は“ブラックウルフの首輪”、体のいい見張り役じゃねえかよ。しかも相手は“白銀のエミリア”、ワイバーンを叩き切る相手だぞ?ブラックウルフの方がよっぽどかわいいっての」
「ロイド、私がなんですって?ブラックウルフの方が可愛いとかなんとか。
なんでしたらあなたブラックウルフを撫でてみますか?それが出来たら今の発言は聞かなかったことにしてあげますが?」
背後の耳元から聞こえる声、“いつの間にそんなところに、気配なんか一切感じなかったんだが!?”と内心驚きを隠せないロイド。
「あら、あなたずいぶん勘が鈍ってるんじゃないの?こんな事で一々驚いていたら、この先調査なんか出来ないわよ?
まぁ私もまだまだ捨てたもんじゃないって言ったところなのかしらね♪」
そう言い花のような笑顔を見せる美しい女性。
「ギルド長、あまり耳元でしゃべるのはやめてください。馬車の操作を誤ります。
それといつもの地味メイクはどうしたんですか、地味メイクは。
今のギルド長はどう見ても二十代後半の円熟した女性冒険者じゃないですか。貴族からのお誘いが嫌で地味メイクをしてたんじゃないんですか?」
「あら、ロイドったら生意気にお姉さんにドキドキしちゃったとか?私の美貌にメロメロ?」
「それマジ止めて、普段の凛とした態度はどこに行ったギルド長。だから嫌だったんだよ俺は」
冒険者ギルド受付ロイドとギルド長エミリアの付き合いは長い、それはロイドがまだ冒険者として一線で活躍していたころに遡る。既に第一線で大活躍していた白金級冒険者“白銀のエミリア”が地味なメイクで姿を変え酒場で楽しんでいたところに、酒に酔ったロイドがナンパしに行った事が切っ掛けであった。
「あの夜はあんなに情熱的だったのに、お姉さんは悲しいわ」
「話を捏造するな話を、あの時だって“お酒で私に勝ったら付き合ってあげる❤”とか言ってべろんべろんに酔わされた挙句、全額支払いを持たされたのはこっちだったんだぞ!目が覚めた時に請求された金貨三枚って、あんな酒場で何をどうやったらそんな金額になるんだよ、一気に酔いが醒めたわ!」
「あら、良かったじゃない。酔い覚ましには最高だったんじゃない?
それよりもマルセル村よ。アルバート子爵家騎士団の話は私の耳にも届いているわ。
“鬼神ヘンリー”に“剣鬼ボビー”。
“下町の剣聖”ボビー、前に冒険者ギルドに顔を出したときは好々爺然と言った態度で完全にこっちを油断させて、しっかり牙を隠し持っていたじゃない。
あの時感じた違和感は間違いじゃなかったって事じゃないの、すっかりやられたわよ。
それとこの魔の森方面で起こった謎の発光現象、あの村には何かがある。なんかこうゾクゾクしてこない?
別に何もなくとも化け物が二人もいるのよ?最高じゃない。
久々に私の銀剣が・・・」
「だから駄目だからな!それを止めるの俺だから、マジ勘弁してくださいっての。
副ギルド長、恨むからな~~~~~~~!!」
幌馬車は進む、冬の気配が深まる街道をガタガタ音を立てて。
冒険者ギルドの調査の手は、着実にマルセル村に迫ろうとしていた。
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