第278話 天上のOL(総合職)、現地調査に向かう (2)

“コトッ”

テーブルに差し出されたティーカップ、そこからは暖かな湯気と共に爽やかな若葉の香りが立ち昇る。

共に並べられた小皿には、鮮やかな緑色をしたクッキーが盛られ、出来立ての甘い香りを周囲へと広げる。


“コリコリコリコリ”

テーブルを囲む席には美しい白い髪を靡かせた女性が小皿のクッキーを摘み、口元に運んでは小動物のようにコリコリと音を立てて食べ進めている。

その表情はとても幸せそうで、見ている方が楽しい気持ちにさせられる。


そんな彼女に釣られる様に目の前の小皿に手を伸ばす。

“コリッ”


一口齧ったクッキーからは、仄かで上品な甘さと若葉の爽やかな風味が広がり、心を自然と落ち着かせてくれる。


“カチャッ”

ティーカップに手を伸ばし口元に運ぶ。口腔に広がる爽やかな風味は先程のクッキーと同じ物、だがこちらは風味の中にほのかな甘さを感じる。これは先程のクッキーの上品な甘さとはまた違った独特の甘さ。

以前**#@様の執務室で頂いた蒸し茶と言うものだろうか?だがそれとも少し違った別の味わい。

身体の内側から広がる何かが、心と身体の疲れを癒してくれる様なそんな味わい。


“ガチャリ”

ティーカップを受け皿にもどしフッと息を漏らす。

$$%&はこのお茶を出してくれた青年に視線を向け、言葉を掛ける。


「大変おいしいお茶とクッキーでした。でも敢えて言わせて頂きます、これ、地上で出すには危険ですからね?我々天上人の心をここまで穏やかにさせてくれる飲み物とクッキー、地上の者が摂取したら大変な事になっちゃいますから、これの十分の一の効果でもちょっと危険ですからね?」


高位存在用にお出しした聖茶と抹茶クッキー、お気に召していただけた様ですが、危険物判定を出されてしまいました。

う~ん、やっぱりお茶出しに光属性魔力マシマシマシマシウォーター(熱湯)を使ったのがまずかったんだろうか。本部長様から頂いたお茶の実から育てたお茶の木から取れた聖茶、光属性魔力との相性が大変宜しい様でして、アルバート子爵様が気にされていた飲まれた後の微妙なやるせなさも光属性魔力を込めたウォーター(熱湯)を使って抽出した場合は解消されるみたいなんですよね。

メイドのリンダさんにもお飲みいただいたんですが、以前のものよりもスッキリすると仰っていましたんで、この淹れ方が正解かと。

ガーネットさんには聖茶を聖水で淹れてみましたと伝えてありますんで、この情報はそのうちどこかのお偉いさんにも伝わるやもしれませんね。

偉い人はみんな疲れてるからな~、アルバート子爵様に内々に問い合わせが行くんだろうな~。

アルバート子爵様、頑張れ。


抹茶クッキーも材料に光属性魔力マシマシマシマシウォーターとジャイアントフォレストビーの蜂蜜、聖茶の粉末を使用。いい具合に高位存在向けのお菓子(精神安定作用アリ)になったみたいです。アルバート子爵様向けには光属性魔力水とフォレストビー蜂蜜、聖茶の粉末(控え目)で作ればいいかと。

何事も程々って大事ですよね、うん。


「それじゃそちらの彼女、紬さんと言ったかしら?ステータスを見させてもらってもいいかしら?」

あなた様の問い掛けに顔を上げた紬、コクコクと頷きを返すもクッキーを食べる手は止めません。紬さん、ぶれない、全くぶれない。

仕方がないですって、紬さん、こんな姿ですけど魔物ですから。

あなた様、苦笑いを浮かべたままステータス確認に入られる様です。


「<管理者権限、ステータスオープン:対象:紬、モニター表示>」

“ブワンッ”


名前:紬

年齢:三歳

種族:精霊女王

スキル

繊維生成 繊維操作 眷属生成 魔力支配 魔力増幅 飛行 空間収納 精霊領域生成

魔法適性

風 光

称号

進化せし者 村人の友 紡ぎし者 精霊の頂点


おう、紬さん、<飛行>を持っていらっしゃる。まぁ飛んでますし、魔物のスキルは観測結果ですし。でも変身するのはスキルには出ないのね、あの状態変化は当たり前扱いなんだろうか?精霊の特徴?種族特性に含まれてるとか?

ステータスって言うのも結構謎が多いよな~。


「えっと、紬さんは三歳なんですか?精霊の親から生まれたとか?でも称号に進化せし者ってありますし。

えっ!紬さんって元々キャタピラーだったんですか!?何をどうすればキャタピラーが精霊女王になるんですか、精霊女王と言えば精霊王と並んで精霊の頂点とされる存在ですよ!?」


何か非常に驚かれているあなた様。疑問に答えようにも俺っち精霊の事なんて何も知らないからな~。精霊について知ってる事と言ったらヨークシャー森林国にうじゃうじゃいるって言う事くらい?あと精霊はゴブリンが大っ嫌いって事ぐらいかな?


「あの、あなた様にお聞きしたいんですが、そもそも精霊って何なんですかね?魔物の一種じゃないんですか?」

俺の疑問、それは精霊とは何ぞやと言うもの。紬の進化した先が精霊女王だったと言う事は、精霊も魔物の一種なんじゃないのと言ったものが俺の感想なんですけどね。


「そうですね、まずは精霊が何かと言う事を知らなければ話になりませんね。

まずケビン君の疑問にお答えします。精霊とは魔物ではありません、魔物とは明確に区分される別の存在と考えてください。

では精霊とは何か、それは魔力が形を持ったもの、意志を持つ魔力生命体とでも言いましょうか、魔力が具現化した存在、それが精霊です」


・・・どうやら紬さん、魔物をご卒業されてしまった様です。


「まぁ紬さんの姿を見てその様な事を言われても理解しづらいと思いますが、一旦はそう言うものと理解してください。

この精霊と言う存在は大まかに二つのタイプに分けられます。自然発生型の精霊と別の生き物が精霊化した精霊です。

自然発生型の精霊は場に溜まった魔力が凝縮し生まれたものと言われています。ただこの魔力が必ずしも精霊になると言う事はなく、結晶化し魔力結晶と言う鉱物になる事もあります。またこの魔力結晶が精霊化する事も観測されており、何が切っ掛けで精霊が生まれるのかはいまだに謎と言われています。

この魔力由来の精霊は土の精霊をノーム、火の精霊をフレム、水の精霊をウンディーネ、風の精霊をシルフと呼んでいます。それぞれが非常に珍しく、人族にはあまり知られていない存在です。更に光の精霊、闇の精霊はその発生条件の難しさからこれまでも数例しか観測されていない希少種となっています。

光の精霊は光属性魔力が溜まるような場所がほとんどないと言う事、闇の精霊は純粋な闇属性魔力が溜まり続ける事が難しいと言った点が原因と思われます。殆どの場合闇属性魔力は人の思念や周囲の魔物に溶け込んで闇属性魔物に変化してしまうからです。

ゾンビやスケルトンと言った俗に言うアンデットモンスターと呼ばれる存在がそうですね。


では精霊化した精霊とは何か、何らかの原因で通常の生物が魔力生命体、精霊になったもの、これが紬さんのパターンになります。

ケビンは以前呪いの塊と化した暗黒魔導士と戦った事があったと思います。あれも分類としては闇属性精霊となりますね。また魔物のレイスは生物からの転化ではありませんが、人の思念が魔力と結合した事により生まれる魔力生命体である事から転化した精霊として分類されています。非常に難しいのがスライムです。ある意味魔力生命体とも呼べる不定形生物のスライムは、言わば半精霊と言った存在ではないでしょうか?

この辺は研究者の間でも議論が分かれる所ではあるのですが。

話を戻しますが、このように通常の生命体が魔力生命体となった場合、それを称して精霊化と呼んでいるのです。

ではその切っ掛けはと言えば、何者かの介入がなければなかなか精霊化などあり得ません。そして今回はその切っ掛けがあった。

御神木様の<精霊契約>です。


御神木様の様な高位神聖存在は自らの身を守る為に自身の力を分け与えると言った方法で精霊を創り出す事があるんです。これまでに観測されたものですと世界樹や聖霊樹と言った存在が精霊を作っていますね。

ここオーランド王国の隣、ヨークシャー森林国の精霊は大森林の浅層に存在する聖霊樹により生み出されたものが基になっています。最もあの国の精霊はその数を拡大させる為に精霊が他の生命体に種を植え付けて半精霊を多く創り出している様ですが。

あの国の精霊が人族と契約を行うのはそれが原因ですね。精霊としての存在値を上げる為に人族の魔力を必要としているのでしょう。

要するに共生関係を結んでいるのですよ」


・・・またまたとんでもない情報を聞いてしまった様な気がしますが、ここは敢えてスルーとしておきましょう。でも序に気になる事を一つ。


「あまり関係ない事とは思いますが、ちょっと気になる事がありまして。ヨークシャー森林国の精霊なんですが、ゴブリンが大っ嫌いなんですけど何故なんでしょう?

俺はてっきり精霊はゴブリンが大っ嫌いな生き物、それこそキャタピラーが長生きをした結果羽化をして生まれる物だと思っていたものですから」

俺からの問い掛けに「キャタピラーが羽化?イヤイヤ、それは無いでしょう」と言ってから何やら考え込むあなた様。

ところがどっこい、実はこちらの紬さん、羽化したキャタピラーだったりするんですな~。なんかこれ以上言うとまた混乱されちゃいそうなんで言わないけど。


「そうですね、これは想像になりますがヨークシャー森林国の精霊を生み出している聖霊樹、その聖霊樹の天敵がゴブリンなのではないでしょうか?

先程も言いましたが高位神聖存在は自らの身を守る為に自身の力を分け与え精霊を創り出す、言わば衛兵の様な存在が精霊となる訳です。であれば自身の天敵を衛兵に攻撃させるのは道理、精霊たちは自らの存在意義としてゴブリンを嫌うのではないでしょうか?

ヨークシャー森林国のある聖霊樹は大森林の浅層にある為ゴブリンの被害も受け易い、詳しくは記録を調べてみなければわかりませんが、精霊の発生時点ではゴブリンが一番の倒すべき天敵であった可能性が非常に高いと思われます。であるのなら精霊をあれほどまでに増やし、尚且つ人間種と共生関係を結んでいる事にも説明が付きますから」


なるほど、ヨークシャー森林国が現在の様な精霊大国になった訳は、異常なまでの繁殖力を誇るゴブリンの存在があったから。凄い納得できる理由です。

そしてゴブリンが少なくなった今でもその関係を維持し続けているのは、それ程までにゴブリンを畏れていると言う事なんでしょう。

やっぱゴブリンってスゲーわ、俺も下手にゴブリンに手を出すのはやめておこう、後にどんな災いを齎すのか想像も出来ん。

ゴブリン帝国、激ヤバです。


「はぁ、まぁ一応確認すべき事は確認しましたし、最後に御神木様の<神域生成>と紬さんの<精霊領域生成>だけ調べましょうか」


スキル詳細

<神域生成>

神聖なる自身の領域世界を構築出来る。そこは隔絶した別世界、その世界においては全てが自由、自身の思うがままの領域を構築可能。


<精霊領域生成>

精霊にとって住みやすい楽園世界の構築が可能。そこはこの世とは違う幽世かくりょの地、精霊が住み暮らす幻想世界。


「「・・・気にしない事にしよう」」


あなた様はテーブルのティーカップのお茶をクイッと飲み干すと、「マスター、水割り頂戴!!」と高らかに宣言するのでした。

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