第277話 天上のOL(総合職)、現地調査に向かう

“えっ、これからですか!?はい、はい、分かりました。それでは直ぐにオフィスに向かいます”

それは突然の知らせだった。


二百年ぶりに貰った長期休暇、それはここ二千年近くに渡る過酷な労働によって心身ともにボロボロになっていた私の静養も兼ねたものであった。そう言えば二百年前の休みは身体を壊して入院してたんだっけ、そう言う意味じゃまともな休暇としては二千年ぶり?マジふざけんなくそ上司!

その上人の休日出勤分の功績を自分のお気に入りに分配していただと!手前は何様だ~!!


地上人ケビン君の引き起こした事態、この世界初の<召喚>成功の知らせは、センセーショナルなニュースとして天界中に広まった。魔術の開発、呪術の開発、武技の開発と、これまで地上人は多くの技術を生み出し私達天界の者を驚かせて来た。

だが今回行われた<召喚>は、これまでの様々な現象とは一線を画すとんでもない技術の開発であった。それは我々天上人の技術の再現、俗に言う神聖魔法の発現に他ならなかったからである。

創世以来、我々天界の者の魔法技術を地上の者が再現する事など一度としてなかった。それは神聖魔法を発現する為の条件や魔力量等複数の理由が考えられるものの、単純に存在値が見合わない事が原因ではないかと言われて来た。

だがケビンが起こした<召喚>現象は、それが理由ではないとはっきりと証明する結果となったのである。

天界の者は沸いた、この技術が今後どう言った発展を見せるのかは分からない、だが少なくとも我々天界の者たちに届き得る所に手を掛けた。地上人の可能性はそんな地点にまで迫って来たのだと。


天界には補助神と呼ばれる神々がいる。彼らの役割は人間種の文化文明の後押しをする事。人の進化、文明の発展は世界の存在値を引き上げる一助、地上世界の発展を望む女神様にとって、彼らが自らの足で新たな文化文明を作り上げる事は大変喜ばしい事。

地上人ケビンによる<召喚術>の開発は、女神様の御意思に叶う行為に他ならない。


天上人たちの注目は地上人ケビンによる<召喚>の発現に注がれる。そしてその時の映像は、多くの閲覧数を記録した。

そして彼らは目撃する事となる。激務に追われ疲れ切った天上のOL(総合職)が、あまりの仕事量の多さに遂に切れてしまう瞬間を。

天上人の堕天、溢れ出す信じられない程濃厚な闇属性魔力と暴走する神力、その全てを吸収し堕天そのものを防いだ地上人ケビンの戦い。

酒に溺れ、これまでの有り得ない様な上司からのパワハラの実態を訴える天上のOL(総合職)と、共にその話を聞いた地上人ケビンに懇願され、その対処に乗り出すと宣言した**#@様の姿を。

自分達は一体何を見せられているのか、我々は天上人ではないのか、同じ天上人を堕天に追い込むまで執拗に抑圧する、これではまるで欲におぼれた地上人と同じではないか。

**#@様の実態調査は天界全土におよんだ、それは苛烈とさえ呼べるほどの徹底ぶりであった。無論抑圧する側に悪気など無い、罪悪感すらない、何故なら彼らはそれが当たり前であり当然の事だと思い込んでいるから。

そして摘発された多くの法令違反、違反者の多くが上級天使と呼ばれる者の子弟であったことは、天界に大きな衝撃を与えた。


$$%&は解放された。与えられていた過剰とも呼べる仕事量は正常なものに代わり、これまで上司から可愛がられ楽な仕事を行っていた者は通常の仕事量へと改善が行われた。

また過剰な労働に喘いでいた者たちにはリフレッシュ休暇として半年の休養が与えられ、心身の回復に努める様通達がなされた。

$$%&は時の人となると共に、“崖っぷちからの生還者”、“天上の社畜”と言う称号が与えられる事となった。

そんな状態の中、くだんの天上人と言えば。


“うわ~~~~~~!!勘弁して~~~~~~!!いっそ殺して~~~~!!”

様々な心労(黒歴史)によりベッドの上で悶え苦しむ事となった事は、不幸な事故としか言い様がないだろう。


だが彼女は復活する、己に襲い掛かった不幸を乗り越え、新たな一歩を踏み出そうと酒の入ったグラスに手を伸ばす。(酒に逃げた、もしくは開き直ったとも言う)

そして“折角の休み(静養期間)、飲んで飲んで飲みまくる!”と決意する。

そんな自堕落な生活を始めようとした矢先の急な呼び出し、お断りしたい、だが相手が**#@様とあっては断る訳にはいかない。

$$%&は重い足を引き摺り、オフィスの執務室へと向かうのであった。


―――――――――――――


与えられた任務は現地の実態調査、突如現れた高位の神聖反応。

これまで観測された様々なデータの分析から、この神聖反応は魔物の聖転進化が起きたものとの推測が立てられた。

魔物の聖転進化現象、過去に観測されたものは聖霊樹の発生、聖魔獣の出現などがあげられる。いずれもその発生地点において数ヵ月ないし数年の存在反応が見られたと記録されている。

だが今回は発生直後にその姿を消すと言う異例の事態が起こっていたのである。


「$$%&、お休み中のところごめんなさい。概要は既に聞いていると思うのだけど、これまでに観測された事のない状況なものですから、あなたの力を借りたくて来て貰いました」


「はい、魔物の聖転進化が起きたとか。ここ数百年は起きていない現象だったはずですが」

$$%&は**#@様の執務室に向かう前に、同僚から事の概要については聞いていた。だが、その事でなぜ自分が呼び出されたのかについては、分からなかった。


「そうね、古い所では七千年前のフェンリルの登場、三千年前の聖霊樹の発現、二千年前のナインフォックスの出現かしら。ここ千数百年には見られなかった現象です」


「ですがその現象自体は古くから観測されているものでは?もっとも有名なものだと世界樹がそれではなかったかと。珍しくはありますが、通常業務の一環として他の職員でも対応する事が出来るのではないでしょうか?

私を態々わざわざ呼び出したと言う点が良く分からないのですが?」

$$%&の疑問も尤もなものであった。魔物の聖転進化事態は非常に珍しく要観察対象となる事案ではあるものの、通常業務の延長上で取り扱われる部類の事態。自分がその道の専門家であるのならまだしも、そうではない以上呼び出される事の理由が分からない。

そんな彼女に対し**#@様は大きなため息を吐き、肩を竦めてから言葉を紡ぐ。


「今回の現象はその発生からわずか数分でその反応が観測出来なくなりました。あれほど強力な神聖反応を示す存在が直ぐに消える、これは異例の事態です。

そしてこれがあなたを呼び出した理由なのですが、その反応が観測された地点、そこがオーランド王国マルセル村のすぐ隣にある魔の森なのです」

オーランド王国、マルセル村。$$%&の脳裏に浮かぶとある地上人の姿。

途端顔に手をやり下を向く$$%&。

“あの馬鹿、今度は何をやりやがった~~~!!”

急ぎ自身の権限でシステムにアクセス、お気に入りから“マルセル村のケビン”をチョイス、本日のダイジェストを再生。


“ブフォッ、あっ、すみません。犯人が分かりました。いつものとんでも地上人でした”

「えぇ、私も現象発生地点の座標を聞いてすぐに確認しました。ケビン君は本当に突拍子もない事をしでかしますね。

彼の事です、おそらくこの件に関しこちら側に何らかの接触を図って来るものかと。

なかった場合は$$%&に彼との接触をお願いしたいのです。

彼の持つ神具を通じ夢枕に立つ事が出来るのでしょう?これは神具を与えたあなたにしか出来ない事ですから」


理由は判明した。馬鹿の対処、何と言う理不尽。適材適所と言われればそれまで、$$%&は**#@様に一礼をすると、がっくりと肩を落とし自身の執務室へと戻るのであった。


――――――――――――


「はぁ~~~~~、これはまた立派な・・・」

地上人ケビンと共に向かった魔の森の中の結界領域、そこは結界内に入った瞬間に感じ取れるほどの清浄なる空間、聖域であった。

神聖なる存在は自身の内から発する力により周囲を清浄なる環境に作り変えると言われている。たとえその場所が濃厚な魔力溢れる魔の森や大森林や魔境と呼ばれる環境であろうとも、神聖なる存在がその地に根付くだけで周囲一帯は一種の異界と化す。

それは俗に聖域と呼ばれる空間、そこは闇に侵されたあらゆるものを排し、清浄へ変えると言われている。心穏やかなるこの世の楽園、それが聖域なのである。


そしてその聖域に聳える一本の巨木。これまで観測されてきた世界樹や聖霊樹と言った所謂“聖なる樹木”は皆巨大で天を貫かんばかりの威容を誇っていた。それらに比べれば小振りであり、通常の樹木の中では立派な大樹であると言えなくもない大きさではあるものの、このサイズの樹木であれば大森林の中に掃いて捨てるほど生い茂っているだろう。

だがその身から溢れる存在感はどうだ、一見何か神聖な気配が漂っている程度の印象しか受けないそれが内包する力、それはその神聖な気配がこの樹木自体が内に押し留めているエネルギーが漏れ出ているに過ぎないと言う事を物語っている。

なぜこのような場所にこれ程の力を持つ存在が。

いや、分かっている、それはシステムに残された記録で見て来たのだから。

今はその詳細を調べなければ。


「御神木様、度々すみません。こちらはあなた様、天上の御方ですね。どうも御神木様が進化した時の光があちらからも観測されちゃってたみたいでして、調査に来られたんですよ」

“ワサワサワサワサ”


ケビンの声掛けに身を揺らして答える“御神木様”。えっ?ケビンって樹木と話が出来るの?いったいどうなってるのよ!?


「ケビン・・・さっき振り。それとあなた様、よくいらした。ゆっくりと視て行くがいい」

声を掛けて来た者は木こりの様な風体の偉丈夫。彼は一体?


「あぁ、あなた様、こちら御神木様です。何か人型にもなれるって言うんで姿を作って貰いました。やっぱり人型は何かと便利じゃないですか、肥料を撒くのも手伝って貰えますし?

今度ポーションビッグワームプールを作って置いて、ご自分でも肥料を生産出来る様にしてしまおうかと。そうすれば御神木様の好きな時にご飯が食べれますからね」


そう言い男性を紹介するケビン。こちらの男性が御神木様?要は分体みたいなもの?

記録だと世界樹がそんな事をしていたはず、聖霊樹はどうだったかしら?


「えっと、それじゃステータスを測らせてもらってもいいかしら?あとは簡単な経緯とかを聞かせて貰えると助かるわ」


「・・・構わない。だが、まだ話は苦手だ。上手くお答え出来るのか、分からない」


「?御神木様は直接意思を伝えるって事はしないのかしら?“こんな感じに相手の存在そのものに声を届かせるやり方なんだけど。天上人はこうした会話の仕方が普通なのよね。御神木様もこっちのほうが楽だと思うわよ?”」

$$%&に指摘され、暫し考え込む御神木様。


“こんな感じでいいだろうか?これで私の意志がそちらに伝わっていると言う事なのかな?”

それは渋い男性の声音。心に響く優しい思い。


“えぇ、それでお願い。私もそちらの方が楽だから。

それじゃまずステータスの確認からね、<管理者権限、ステータスオープン:対象:御神木様、モニター表示>”


“ブワンッ”

突如中空に現れる巨大ステータス画面、そこには御神木様のステータスが示される。


名前:御神木様

樹齢:千七百八十六歳

種族:神聖樹

スキル

魔力凝縮 光合成 魔力吸収 樹体自在 養分吸収 眷属生成 精霊契約 結界領域 清浄化 分体作製 薬品生成 神域生成

魔法適性

光 風 土

称号

進化せし者 森の守護者 理不尽の従業員 聖域の主 精霊女王を生みだせし者 神性なる者


“・・・はぁ?神聖樹?何それ?神域生成って、それって補助神様方がやる奴じゃ・・・。精霊女王を生み出せし者って、御神木様精霊女王を誕生させたんですか!?それに神性なる者って・・・”

想定を越える情報に、混乱に陥る$$%&。


「え~っと、あなた様、おそらくですがその“精霊女王”に心当たりがあるんで呼びましょうか?

それと音声で話してくれると助かります、さっきから頭の中に声が響いてちょっときついので」

ケビンの呼び掛けに「あら、ごめんなさい。それとお願い出来るかしら?」と答えるあなた様。


「分かりました。“紬、今いい?ちょっとこっちに来て欲しいんだけど。俺がスキルで呼ぶからそれに応えてくれるだけでいいから”

それじゃ行きます。<出張:紬>」


地面に現れる光輝く六芒星の魔法陣、今度は風と光?魔法陣の上に光の粒子が集束し、周囲を風が包み込む。


“フワッ”

風が解け周囲に広がる。流れる白い髪、二本に分かれた金色の触角が柔らかく風にそよぐ。白のブラウスに茶色のスカート、ワインレッドのチョッキを羽織った姿はいかにも村娘と言った装い。

中空より現れたその者は、フワリと地面に降り立つと、ゆっくりと瞼を開き周囲を見渡す。そしてその黒曜石のように光輝く瞳で目的の人物を見つけ出すと、美しい唇をそっと開く。


“キュキュキュイー”

「“眩しかったー”って言われても知らんがな、仕様だから諦めて!

それであなた様、こちらがその紬ですけどってどうなさいました?

あなた様~~~~!!」


立て続けに起きる想像の斜め上の事象、積み重なる精神的ショックに平静を装っていた心が遂に悲鳴を上げたあなた様。


「なんかもう疲れちゃった。ちょっと休憩させて」

何処からともなく取り出した椅子に腰を掛け、“真っ白に燃え尽きちまったぜ、真っ白によ”とばかりに頭を下げるあなた様の姿が、そこにあったのでした。

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