第276話 村人転生者、ロマン装備を作る (5)

“カタッ”

テーブルに差し出された深皿、よそわれたビッグワーム干し肉と秋野菜の煮込みはやや肌寒くなってきた外気に温かな湯気を上げ、旨そうな匂いを鼻腔に運んでくれる。

天上から降り注ぐ星々の明かり、それは食卓を彩るアクセント。

テーブルに置かれたランタン型魔道具の明かりが料理を照らし、キャンプの様な楽し気な気分にさせてくれる。


「ケビン君、それで最強装備とやらは上手く行きそうなの?」

隣の席に座るアナさんが今のところの進歩状況を聞いて来る。

 

「う~ん、確実に進んではいるんですが、先程まで作っていた最強生物の膠が上手く行くかどうかですかね。

ベネットお婆さんのところには紬が作ってくれた糸を持って行って確認して貰ったんですよ。見立てでは素材バランスは問題ないとの事なんで、作ろうとしていた外套や背負いカバンは問題なく作れるんですが、そのままだと素材がね~。出来上がった品が目立つ目立つ。

お偉いさんが“献上せよ”とか言い出しかねない品物になっちゃいますから。

あくまでこの最強装備は“路傍の石計画”の一環、目立たないに越した事はない。

闇属性インクでの染め上げは必須なんです。

御神木様の樹脂から煤を作ることには成功してますんで、後は膠だけって話なんですよ。インクの作り方はマルコお爺さんに教わってますからね。

魔道具職人にとって魔道インクのレシピは宝、当然魔道インク作製時に使うインクの作製も自分たちの工房で行っているそうなんです。

そうは言っても膠から作るのはやってなかったらしくって、ボイルさんがその作り方を知っていたのは本当に助かりました」


“スススススッ”

スプーンによそったスープを静かにいただく。口いっぱいに広がる優しい旨味、根菜類と干し肉が良い具合にマッチしている。これはビッグワーム干し肉のハーブ風味か?

煮込み料理にはもってこいの食材だ。


「でも御主人様が紬を連れて帰って来た時は驚きました。まさか紬までもがキャロルやマッシュのように人型に変身するとは。

紬の場合あの二体とは違いゴブリンの身体を基とした融合もしていない筈、一体何がどうなったらそんな事になるのか」


「そうですね、ケビン君。紬ちゃん、とても可愛らしい女性になられて。身体付きはかなり凶悪ですが、これはケビン君の願望が引き起こした事態なんでしょうか?」


紬の変化、それは森の賢者と謳われたハイエルフアナスタシア・エルファンドラにとっても驚きの事態だった様で、何故かもの凄い圧を私めにですね。

そこでなぜ自らに掛けた自己呪いを解いちゃうのかな?暗がりに金髪は然程目立たないから良いんですけど、美人顔の無表情は目茶苦茶怖いんですが!?

元気の良過ぎるケビン君は少し精力を鎮めた方がっていらないよ!

マジ顔で迫るの止めて、本気で怖いから。月影も優しい微笑みでこっちを見ない!!

何故かアナさんが既成事実を作りたがって困ります。


「何度も言いますが俺は成人前ですから、今は大事な思春期ですから、ここで変に歪んだら碌な大人にならないんですよ?温かく見守らないと」


「はぁ、そう言う所ですよ?ケビン君は老成し過ぎています、どれだけの人生を過ごせばそこまでと言った領域に達している十三歳、成人前と言われても説得力皆無ですからね?

それであれから紬ちゃんの姿が見えないんですけどどうなさったんですか?アルバート子爵様のところに行ったとも思えませんが」


アルバート子爵様、そう、我らがドレイク・アルバート子爵様、色々ショックが大き過ぎた様で、紬を紹介した後“何かあったら報告してください”と言われてお帰りになられてしまいました。

凄く優秀な御方なんだけど、心労がな~。今度領都に行ったらダンジョンでお布団買って来てあげないといけないかも。ご領主夫妻の分で二セット。

エミリーちゃんはこれから旅立つ人だから駄目でしょう。あの御布団様を知ってしまったら世界になんて旅立てませんっての。

勇者を止めるのは簡単、お布団様を与えればいい。いや、勇者様ならマジックバッグで寝具ごと移動するかも、何と言っても勇者様だし。


そんで紬ですけどベネットお婆さんのところで縫製について勉強しています。

ベネットお婆さんに紬の作った糸を見て貰いに行った時一緒に行ったんですけどね、その時紬のツナギを見て縫製の甘さやボタン止めの仕方について指摘されまして、作ったのが紬と知って一から教えてくれることになったって訳です。

流石に人型になった時は驚いてましたけど、キャロルとマッシュを見てますからね、そこまででもなかった様です。

アルバート子爵に言われた紬の裸足問題ですが、紬さんがサクサクッと靴を作っちゃいました。靴底には最強生物の皮を使用、本体は紬の糸製、要はバスケットシューズみたいな布地の靴ですね。

靴底をキャタピラーの粘着成分を使って張り付けたって感じです。

俺も一足作って貰ったんだけど、中々のフィット感。これなら革製の靴よりも速く走れるかも。強度もあるし戦闘にも使えそうな一品に仕上がってございます。


「紬はベネットお婆さんのところで縫製の修行をしていますね。やはりそこは長年の歴史と研鑽、積み重ねられ培われた技術には敵わない領域ですから。

紬もベネットお婆さんは知らない仲じゃないし、上手い事やってるんじゃないんですか?紬はキャタピラーになってれば然程場所も取らないし」


そう、紬は素でキャタピラーになれるのです。俺みたいな似非キャタピラーとは違うのです。クッ、羨ましくなんかないんだからね!


「ケビン君、また明後日の方向の事を考えてません?本当にケビン君は。

でもそうなると暫くは魔道インク作りですか?」


「それがそうもいかなくてですね。アルバート子爵様が今回の事で“ケビン君は暇を与えると碌な事をしませんから”とか言い出しまして、ゴルド村までの街道整備を始める様にとのお達しがですね。

それにシルバーたちの厩の建設も始めないといけないんで、色々と忙しいんですよ。

ですのでこれからもしばらくはエルセルからやって来る冒険者のお相手をお任せする事になると思います、アナさんと月影には引き続きご協力をお願いします」


そう言い頭を下げる俺に、“仕方がないですね”と優しい笑みを向けるアナさん。

マルセル村の片隅、ケビンの実験農場では、今日も穏やかに時間が流れて行くのでした。


―――― ちょっと待て?えっとどう言う事でしょう。今いい感じで・・・。

あなた様はどうした?あぁ、その事ですか。

行きましたよ、礼拝堂。夜中に枕元に立たれるのも嫌ですから。


マルセル村の礼拝堂、村人たちの信仰の場として、観光客の隠れた名所として、確実に村に溶け込みつつある祈りの場。

その講堂の最奥、祭壇に祀られた女神様像の前に歩を進め膝を突き祈りを捧げる。

それは純粋なる信仰心、私欲でも懇願でもない、ただこの世に生をお与え下さった女神様に対する感謝の祈り。


“信徒ケビンよ、女神様に対する感謝の思い、その信仰心、大変素晴らしく思います。その祈りに応え言葉を与えましょう。

さぁ、目を開けなさい”


それは神の奇跡か、心に響く御言葉がケビンの脳裏に直接届けられる。

ゆっくりと目を開き顔を上げる。

“ファサッ”

礼拝堂に広がる純白の翼、いと尊き御方の降臨。

矮小なる村人はその神々しきお姿にただただ感謝申し上げ、“ってもうそう言うのはいいから、さっきから考え駄々洩れだから。敬う気持ちは本物、その敬虔なる態度すらも本心。でもその全てがこうした方が面白いだろうと言う遊び心から来る演技って意味が分かんないわよ。

役に入り込めばこれぐらい余裕、勇者病<仮性>重症患者を舐めないでいただきたい!って口で言いなさい口で。

え~、どうせ心が読めるんでしょ?だったら別にいいじゃないですか~って敬う心は何処に行った~!!

しかも表情は感動に打ち震える敬虔な信徒そのものって、どんだけ器用なんだお前は~!!”


何か力一杯突っ込まれてしまいました。俺のボケにこれ程お付き合いいただけるとは、流石は高位存在、懐が広くていらっしゃる。

俺はそんなあなた様に敬意を表し、お言葉をお掛けするのでした。


「あなた様、勝手に顕現しちゃったらまた本部長様に怒られますよ?」

「誰のせいだ誰の~!!私は今休暇中だったの!二百年ぶりの長期休暇だったの!

そうしたら**#@様から“どうやらケビン君がまたやらかしたみたいだから急ぎ来てくれるかしら”って呼び出しを喰らったのよ!

ケビンのお陰で休暇も貰えたし職場改善も行って貰えたことは非常に感謝してるけど、お前なにやってくれとんじゃい!

私のロングバケーションを返せ~!!」


荒ぶるあなた様。どうやら正式に降臨の許可を貰っているご様子、お声がちゃんと音声です。頭に響きませんよ、とっても聞き心地の良いお声、大変素晴らしゅうございます。


「まぁまぁ落ち着いて。えっとあなた様が派遣されたって事は、今回の事態はあちらでもバッチリ観測されたって事でしょうか?」


「そうね、新なる聖なる存在の出現、それもかなりの力を持ったものが突如現れて消失した。おそらくは結界、こうした存在が作り出す結界領域が展開されたものと思われる。そしてその場所はここマルセル村のすぐ隣の魔の森の奥地。

犯人は言うまでもないわね。出頭がなかったら夢枕に立つ手筈になっていたわ」


アハハハハ、状況証拠だけで特定されちゃってやんの。これからアルバート子爵領周辺で起きる事件の犯人は全部俺って事にならないかな?

冤罪だ~って言えない所が辛いわ~。


「百聞は一見に如かず、現場百篇は捜査の基本だったかしら?以前異世界人に教わったのよ。多分言われても理解するのに時間が掛かると思うから、現地で話を聞かせて頂戴」

「ういっす、衛兵様、了解です」


俺は現場検証に立ち会う犯人の如く、再び御神木様のところへと向かったのでした。


「あっ、すみません、その前に一カ所寄り道してもいいですか?野暮用を済ませたいので」


礼拝堂から魔の森に向かう道すがらあなた様にお声掛けをした俺氏。無論村の中ではあなた様には姿を消して貰い、俺も気配を消しての移動です。

最近のマルセル村はいろんな人間が入り込んでますからね、やたらな者にバレると面倒ですんで。


「構いませんがどちらに?」

俺の言葉に訝しみの視線を送るあなた様。


「いえ、今回の問題は全て魔の森に住むトレントが進化した事による影響なんですけど、その際かなり派手に発光した様でして、おそらくグロリア辺境伯領側か冒険者ギルドによる調査が行われるものかと。

ですんで誤魔化しの為にトレントの身代わりを植えようって事になったんですよ」


「あぁ、こちらでも観測された発光現象ですか。ケビンのスキル<昇進>の際に起きるものでしたっけ?基本的な概要は事前にシステムの記録を見させてもらいました。ですがそれも結界が張られるところまでとなりますので、詳しい事は現地で実際に調査を行わないと分からないのです」

「そうなんですね、まぁ当事者から話を聞いたり現地に赴いた方が理解が深まると言うのは当然ですもんね。それじゃ少し急ぎますね」

俺はそう言うと、魔の森と大森林の境界に向け急ぎ歩を進めるのでした。

 

そこは御神木様より大分西にズレた魔の森と大森林との境界線、誤魔化し用の身代わり設置場所としてはこの辺でいいかな?

先ずは濃厚な闇属性魔力で設置範囲を円柱状に覆って地面ごと「<収納>」

次に地面にぽっかり空いた穴に土だけを「<排出>」

そんで土地の真ん中に御神木様から貰った巨大ドングリを埋めて、周囲にポーションビッグワーム肥料の残りとビッグワーム肥料を撒いて上から魔力マシマシマシマシウォーターを「<散水>」

そして急ぎ退避。待つこと暫し、“ピョコッ”地面からドングリの芽が顔を出した次の瞬間。

“ニョキニョキニョキニョキニョキニョキ”

天に向かって伸びる幹、地面に広がる幾本もの木の根、それは太く大きく大樹と呼ぶに相応しい大きさまで成長するとその身に新芽を膨らませ、一斉に若葉を茂らせるのでした。


「おいっす、新たな御神木様。呼び名が被っちゃうから神代様って呼ぶね。

それで、今のところ肥料は足りてる?」

“ワサワサワサ”


「もう少し魔力水が欲しいって事ね、了解。それじゃ<散水>する前に注連縄だけ巻いちゃうね、やっぱり御神木様って言ったら注連縄だからさ」

俺はそう言うと収納の腕輪から御神木様用に作ってあった麦藁製の注連縄を神代様に結び付け、神代様の周囲一帯に魔力マシマシマシマシウォーターによる<散水>を行うのでした。


「それじゃまた来るから、森の守護をお願いします」

“ワサワサワサ”


「あっ、あなた様お待たせしました、早速現場に向かいましょうかってどうなさいました?グラスウルフが驚いた様な顔をなさって」

ここに着いてからずっと静かだったあなた様に用事が済んだことをお伝えしたところ、何か宇宙猫の様なお顔をですね。


「はぁ!?えっ、はぁ?えっと、あれってトレント?しかもエルダークラスってどう言う事?しかもかなり上位?意味が分からないんだけど?」


「ん?えっと先程言ったように御神木様の身代わりさんです。御神木様の眷属ですね。成長が早かったのは御神木様からお力を貰ってるからじゃないでしょうか。

なんてったって眷属ですから」


「ん?うん、そう、そうね、眷属なら仕方がないのかしら?

私もトレントの事はそこまで詳しくないから後で分析班にでも聞いてみるわ。

それじゃ現場に向かうとして結界領域の侵入許可を貰ってくれる?この結界領域って私達でも容易く入る事は出来ないくらい強力なのよ。

その為中の情報が遮断されちゃってるの。システムには記録されてるんでしょうけど、そこにアクセスするのには高度な認証権限を必要とするのよ」


何かあちらの世界も色々と複雑な様です。

俺は業務連絡を行い結界領域の侵入許可を貰うと、あなた様と共に御神木様の下へと向かうのでした。

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