第275話 村人転生者、ロマン装備を作る (4)
“グツグツグツグツ”
五徳の上に掛けられた鍋、注がれた濃厚な魔力水に煮込まれるのは、細切れにされた最強生物の脱皮した皮。
時間を掛けコトコトと、時々軽くかき混ぜながら、煮込まれたそれから望むべき成分を抽出出来ることを祈って。
“ガタッ”
鍋を火から降ろし、布を掛けた盥の上にザッと流し入れる。布地で漉された溶液をその場に置き、後は時間を掛け成分の沈殿を待つ。
作り出そうとしているもの、それは最強生物“ドラゴン”の膠。
果たしてそんなものを作る事が出来るのか、それすらも分からない未知への挑戦。
膠の作り方自体はボイルさんに聞いた方法を参考にした。だがモノは最強生物の脱皮した皮、普通に煮込んだところで変化など期待出来よう筈もない。
最強生物の素材を扱うのならあの洞窟の環境を参考にすればいい、それは抜け殻の加工の際に学んだこと。
あの洞窟にあったもの、ドラゴンにも負けない岩、そして濃厚な魔力水。あの大福が喜び勇んで飛び込んだ高濃度の魔力水溶液、あれを再現すればいい。
あとは時間を掛けてコトコト煮込むだけ。だがその際に発生する水蒸気は?高濃度魔力水の水蒸気、どんな影響があるのかなど分かったもんじゃない。
部屋の隅に置かれた黒鴉はその対策、己の欲望の為に魔力災害など引き起こす訳にはいかないのだ。
俺は部屋の道具を片すと盥を訓練部屋に仕舞い、黒鴉に礼を言う。
“ガタガタガタ”
小屋の引き戸を開けると外は満天の星空。畑脇に建てられたテントでは小屋の主アナスタシアが焚火を囲み、メイドの月影と共に料理を作る。
「アナさん、月影、お待たせしました。小屋を借りて悪かったね、他に作業を行える所がなかったもんだからさ」
俺の言葉に顔を上げた二人は、気にしていないとばかりに笑顔を向ける。
「いいんですよ、ここはケビン君の実験農場、私はそこを守るのが役目。いつでも好きに使って貰えるように準備するのも妻の仕事ですから」
「お気になさらないでくださいご主人様。ご主人様が更なる高みを目指される、そのお手伝いをする事は魔王配下の者として当然ですので」
・・・何か今さり気ない会話の中に聞き捨てならない台詞が含まれていた様な気がするんだけど、これは自意識過剰と言うものなのだろうか?
どうも最近よろしくないぞ、俺は辺境の村人ケビン、その事を忘れては平穏な老後を迎える事なんか夢のまた夢。
魔物(最強生物)怖い、貴族(グロリア辺境伯様やら王家やらバルカン帝国やら)怖い、商人(モルガン商会商会長や王都商人)怖い、教会(メルビン司祭様や教皇様や異端審問会やら)怖い、冒険者(白銀のエミリア・・・そう言えばあの人ってその後どうなったんだろう?冒険者ギルド本部から怒られたんじゃないかな~)怖い!王都、駄目、絶対!!
何かアルバート子爵様の大活躍の影響で、マルセル村も騒がしくなって来ているんだよな~。
脳筋馬鹿な冒険者(観光客)も未だにやって来るし。
「宿屋は無いのかって!?」って切れられても知らんがな。こちとら辺境、“オーランド王国の最果て”マルセル村やぞ!そんなもんある訳ないだろうが、食堂だって急造したんだからな!
ポンポコラクーン関連の観光客は流石に減りました。これから寒くなりますからね、冬場の移動は命懸け(凍死とか)ですから。
ん?誤魔化すな?あの後マルセル村に帰ってからどうなったんだ?
う~ん、しれっと誤魔化そうと思って気配を消しながら実験農場の畑に向かったんですけどね?何故かそこにアルバート子爵様がおられましてですね。
大変良い笑顔で「お帰りケビン君、森のお散歩は楽しかったかい?」ってですね~。
アハハハハ、そりゃバレるよな、うん。冷静に他にあんな騒ぎを起こしそうな人物なんていませんし?たとえ俺が犯人じゃなくても第一容疑者ですし?
信頼と実績の勇者病<仮性>重症患者ですし?
しかも今回は冤罪じゃないって言うね、言い訳のしようもない大惨事、参ったねどうも。
俺はおもむろにパイルダーオンしている紬を地面に降ろし膝を突くと、「大変申し訳ありませんでした~~~!!」と全力土下座をしたのでありました。
アルバート子爵様のお話によると、マルセル村を訪れていた観光客(聖地巡礼)の皆様は「ラクーンさんの呪いが解けたのでは!?」とか、「奇跡よ、きっと奇跡が起きたのよ!!」と騒ぎだすし、村門前の観光客(脳筋馬鹿冒険者)は「魔物だ、スタンピードの前兆だ、村に入れて貰おう!!」とか騒いで食糧を寄越せとか報酬を払えとか言い出したらしいです。
村内のお客様方には、「そうですね、これは何かの吉兆やもしれません。あの森はラクーン氏も時々籠られていた魔の森、その先には彼の大森林が広がる大変危険な場所ですが、わが村は長年魔物の襲撃にも遭わず平和を享受出来た。
きっと何か神秘的な力に守られているのか・・・。
その御力がラクーン氏を導いてくださればいいのですが。
いえ、これは私の勝手な願いですね。皆様には食堂でお料理を振る舞わせていただきます、一緒にラクーン氏の事について語らいましょう」と言ってアルバート子爵様自ら誤魔化されたとか。
アルバート子爵様、役者だわ~。観光客(聖地巡礼)大満足、皆様笑顔でお戻りになられて行ったとの事です。
観光客(脳筋馬鹿冒険者)ですか?父ヘンリーの本気の覇気を浴びせられて全員意識を失われたそうですが何か?ぶっ倒れたところを草原にポイ。目を覚まして突っ掛かってきたらもう一度?三回目には悲鳴を上げて逃げ出したそうですよ?
そんな根性じゃ大森林のスタンピード制圧など夢のまた夢、気合を入れんか、気合を!
まぁそんな感じで強引に事を収めたんだそうです。
「で、一体何があったのかな?怒らないから正直に言ってごらん?」
そう言い笑顔を向けるドレイク・アルバート子爵様、目が一切笑っておられないんですけど?
これ絶対怒る奴じゃん、超信用出来ね~。
「え~、アルバート子爵様にお伺いいたします。どの範囲にします?」
「ん?どの範囲とは?何かものすごく嫌な予感がするんだけど?」
俺はアルバート子爵様からのお問い合わせに例を挙げながらお答えする。
「そうですね、簡単なランク付けでお答えするとして、五段階に分けてみたいと思います。
ランク一、地方の騒動レベル。これはエミリーちゃんがケルピーをぶん殴って従えたとか、光属性魔法を自在に操るとか言ったレベルですね。
グロリア辺境伯様辺りからお召し抱えのお話が来てもおかしくないレベルと言った方が分かり易いかと。
ランク二、オーランド王国北西部地域の騒動レベル。先に起こったグロリア辺境伯家とランドール侯爵家の動乱で起きた数々の出来事クラスの騒動ですかね。
緑や黄色の存在、マッシュやキャロルの存在、フィリーちゃん、ディアさん、アナさんと言った超訳アリの存在などがこれに匹敵します。
ランク三、オーランド王国全体の騒動レベル。これは“大福チャレンジヒドラに挑戦”の次の段階、“大福本体によるヒドラに挑戦”、八つ頭八尾の巨大ヒドラがこれにあたります。メイド隊のお二人にお話を聞いてもらえれば分かると思いますが、王国騎士団全部隊勢力が討伐に訪れてもおかしくない化け物ですからね?
あんなのが野生でうろついてたらグロリア辺境伯領なんてとっくになくなってますから。
ランク四、国家間紛争レベル。これは文字通り戦争が起きます。オーランド王国はもちろんバルカン帝国、ボルク教国、教会勢力や冒険者ギルドに商業ギルド、あらゆる勢力から狙われると言っても不思議じゃない秘密。
聖水布が扱い方次第ではそうなる可能性のあった話だったんですけどね。あれは上手い事話を持って行けて本当に良かったです。
ランク五、国家消滅レベル。国が消えます、物理的に。扱い方次第ではありますけどね、本当に怖いもんです。なんでこんなことになっちゃったんだか。
前にお話しした事のある草原で出会った化け物、村の子供たちが狙われた呪いの塊、あれがランク二と三の間くらいですかね、月影に取り憑いていた“顔無し”はランク二と言ったところでしょう。
で、どの範囲にします?」
俺の言葉に顔を青ざめさせるアルバート子爵閣下、話が早くて助かります。
「因みに今回は最大何レベルなんだい?」
アルバート子爵様、探りを入れられますか。その慎重な姿勢、大変すばらしいと思います。
「四レベルから五レベル。俺は四でもいいと思うんですが、人の欲望は際限ないですから、結果的に五になっちゃうかな?これは多くの歴史が証明してますんで」
あ~ぁ、アルバート子爵様、頭を抱えてしまわれちゃいました。どうします?知らない方が幸せな事って沢山ございますよ?
「あ~、うん、言い方を変えよう。ケビン君から見て、私が知っておいた方がいい、知っておかなければいけないと思われる事柄は何かな?」
おっ、そう来ますか。流石辺境の寒村を豊饒の大地に変えた男、肝が据わっていらっしゃる。情報の選択の仕方も上手い、一見俺に丸投げに見せ掛けて俺がどういう取捨選択をするのかの見極めも行おうとしている、これがドレイク・アルバート子爵様、これが辺境の地の為政者の姿。
「では最大の問題にして最上の成果についてお話いたします。マルセル村に隣接する魔の森に“聖域”が出来ました」
「・・・は?いや、ん?ごめんケビン君、よく分からないんだが?」
混乱し理解が追い付かないアルバート子爵様、これは無理もないですね。
「“聖域”です。犯す事の出来ない清浄なる大地、伝承ではエルフの祖と言われるハイエルフが住まうとされる世界樹の御元が“聖域”と呼ばれる土地だとか。私も詳しい事は知らないんですが、おそらく間違いないかと。
それでこの“聖域”、登録された者しか侵入出来ない結界で覆われていまして、後程マルセル村の者を登録しておけばいざと言うときの避難場所に出来るのではないかと。
って聞いてます?」
「え?あ、うん。えっ?うん。ケビン君だから・・・やっぱ無理、追い付けない。何がどうなったらそうなるんですか!?意味が分からないんですが?」
「アハハハ、どうしてなんですかね~。いや~、御神木様が進化なさいましてね?なんか凄い存在になっちゃったんですよね~。
マルセル村にまで届いた発光ってのがこの進化の時の発光現象でして、森の中でも多くの魔物がひっくり返ったり気絶したりで大騒ぎでしたよ。
で、御神木様に目立つからどうにかしてってお願いしたら広範囲の侵入不可結界を張ってくださいまして、結界内が“聖域”にですね。御神木様曰く、壁の様な結界じゃなくって、どう頑張っても辿り着けない惑わし系の結界だそうです。その上で物理的にも侵入出来ないって言うトンデモ構造みたいですよ?」
俺の言葉に呆然と口を開けたまま黙り込むアルバート子爵様。でもな~、この情報は知っていた方がいいと思うんだよな~。
「オホンッ、うん、マルセル村がより安全になった、スタンピードにも負けない平和な村、マルセル村。その解釈でいいかな?」
「まぁ、今のところはその解釈でいいかと。いずれ人口が増えてきたりしたらその限りでもないんですが。人は弱い生き物ですから、その時はその時で何とかしますよ」
「あぁ、うん、そうだね。この問題はケビン君に一任しておこうかな?
それでもう他にないよね?正直家に帰って休みたいんだけど?」
アルバート子爵様、この短時間ですっかりお疲れになって。お茶を飲まれて行かれますか?いらない?そうですか、美味しいのに。
「そうですね、後は紬ですかね。紬も進化しましてね?大分変わったと言いますか」
「ん?そうかい?言われてみれば若干大きくなったかなって感じだけど、可愛らしいままだと思うんだが?」
アルバート子爵様のお言葉に“キュイキュイ♪”と喜びの声を上げる紬。
「紬、飛び上がれ」
“バサッ”
俺の声に背中から四枚の翅を広げ、パタパタ飛び上がる紬。
「紬、変身!」
“パ~~~~ッ”
突如身体を発光させたかと思うとその身体を人の身に変え、ゆっくりと地面に降り立つ紬。どうやら羽根がなくとも簡単な浮遊は出来るみたいです。
白く長い髪、整った容姿、黒曜石の様に黒く輝く瞳、襟元にふわふわとした綿毛を備え、白いツナギを着込んだその姿。
ケビン建設の従業員紬が姿を現したのでした。
「・・・ケビン君、またかね?これで三人目じゃないのかな?
爵位いる?」
いや、なぜそう言う話になる?女の子なんだから靴くらい履かせた方がいい?そんな急に用意は出来ませんから、マルセル村に靴屋なんかないじゃないですか。
キャロルやマッシュ、ブー太郎の場合はそんなこと言われないのに、何故か紬は言及されてしまった靴問題。
紬の場合見た目がほとんど人間種だからな~、裸足じゃまずいか~。
次から次へと起こる問題事、最強装備に至る道程の険しさに、頭を悩ませる青年ケビン。
そんな青年が副次的に引き起こす諸問題に、頭痛を抱えるアルバート子爵。
“これってケビン君に爵位を与えたらさらに酷い事になるんじゃないんだろうか?”
解決策の見えない理不尽の所業に、“またあのお茶のお世話になるのか”とゲンナリするアルバート子爵なのでありました。
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