第273話 村人転生者、ロマン装備を作る (2)

「大森林深層のジャイアントスパイダーの繊維も試してみたんですけど、やっぱり抜け殻の皮には勝てないって言われちゃいまして。紡いだ糸を土属性マシマシインクで強化して試し縫いしてみて貰ったんですけど、大福に耐久テストをして貰ったら糸がほつれちゃったんですよ。

弾けなかっただけましって事で普段使い用の腰巻ポーチには加工して貰えたんですけどね。やっぱり目指すなら最強装備じゃないですか、ドラゴンが踏んでも壊れないってレベルを目指したいじゃないですか。

そこで御神木様にお知恵をお借りしようかと」


秋の収穫が終わると、辺境の寒村は冬籠りの準備に入る。畑の畝は残渣を残さぬ様綺麗に整頓され、来春の作付け用にビッグワーム肥料を混ぜ込み寒い冬の期間お休みさせる。

村人たちは皆農具の手入れや様々な道具の整備、来年用の薪作りとそれなりに忙しない。

とは言っても収穫物の様に時間に迫られると言ったものではなく、比較的のんびりとした空気が村全体に流れている。


そんな暇の出来た村人たちは村にやって来る観光客(聖地巡礼)の案内や、観光客(脳筋馬鹿)の対処の為に動いてくれている。門番は交代制、何故か父ヘンリーが張り切っていたのだが、駄目だからね、騎士の私闘は禁止なんだからね!

あと顔の隠れるヘルム着用だから、誰が門番だかバレない様にしてくださいよ?

そんな俺の言葉に好い笑顔でサムズアップする父ヘンリー、凄い不安です。

まぁそうした事もあり、森のお店屋さん店長の筈がなし崩し的に門番をやらされていたブー太郎氏も、久々にお休みを貰い家に帰って来たと言う訳です。


俺は何をしているのか?ブー太郎の報酬の特製ベッドとあったかお布団の搬入ですが何か?

蒼雲邸建設もなんとか終わり、俺も一段落と言った所だったので丁度良かったんですよ。

やっぱり家造りは慣れも大きいですね、ボイル・マイヤー邸よりもスムーズに作る事が出来ました。場所は畑のすぐ側、井戸は釣瓶式井戸を採用、排水とトイレは食堂の造りと同じですね。農作業の合間にちょっとって事もあるんで、トイレの場所は野外式の方が落ち着くとの事。オーランド王国ではあまり見られない方式ですが、この辺は文化の違いと言う事なんでしょうか。


で、せっかくここまで来たんで御神木様に例のロマン装備についての相談をしていたって訳です。森の事なら御神木様、長生きな分博識でいらっしゃいますから。

最強生物に聞いた方がいいんじゃないのか?イヤイヤイヤ、どう考えても知らないでしょう。だって質問の内容が最強生物の脱皮した皮の利用法ですよ?最強生物にとってはただのゴミですよ?

質問内容としては“丈夫な糸の材料を知りませんか?”だから知ってるかもしれないけど、あのサイズが言う所の糸って綱だから、運動会で引っ張り合っちゃう奴だから。ちょっと期待出来ないかな~。まぁ今度聞いてみようとは思ってますけどね。


“モゾモゾモゾモゾ”

俺の膝の上で一緒に話を聞いてるのは紬ですね。紬には御神木様のところで丈夫な繊維を作り出す為の実験をして貰っていました。キャタピラーの出す繊維とは体内の糸玉と呼ばれる器官を通じ生成された魔力の塊、要は魔法。ある意味物質生成にも匹敵する凄い事だったりします。

じゃあより濃厚な魔力を取り込めば強力な繊維を作れるんじゃないかって事で御神木様の葉っぱを食べて攻撃糸を作って貰ったんだけど、最強生物の抜け殻の強度には届かず。

より強力な攻撃糸を作る為に御神木様の葉っぱを食べて魔力を練り込んでもらっていたって訳です。

そのせいかどうかは分かりませんが、随分と前から昇進可能の通知は来てるんですけどね、紬さんが“それでもまだ届かない様な気がする”と仰られまして、進化は見送りになっておりました。


“ワサワサワサ、ガサガサ”

「そうですか、存在値の差ですか。いくら抜け殻とは言えあのレベルの存在に近付くには相当高レベルじゃないと無理ではないかって事ですね、なるほどです。魔境でも完全に別格でしたからね、どうしたもんでしょう。

あ、そうだ。前に最強生物の棲み処に生えているヒカリゴケを貰って来たんですよ、強力な魔力過多症治療薬の材料になるかと思いまして。あの濃厚な魔力環境で育ったヒカリゴケなら相当に魔力が豊富かも。

紬、食べてみる?念の為湯通ししてからだけど」


“モゾモゾ、キュッキュ”

生の状態だと体内から魔力を吸収しちゃうかもしれない危険植物でもあるんですが、どうやら紬さん、やる気満々の様です。

俺は収納の腕輪から樽サイズのカップに入ったヒカリゴケ(魔境産)を取り出して一掴み、鉄鍋に魔力マシマシマシマシウォーター(熱湯)を注ぎ入れその中にポン。

<ファイヤー>で沸騰させ、一煮立ち、ざるにあけて魔力マシマシマシマシウォーター(冷水)で締めたらお皿によそってハイお待ち!

見た目は鮮やかな緑、新鮮なサラダって感じでちょっと美味しそう。

試しに一口お味見を。

“ブォッ”

ブッ、何これ!?強烈な魔味が全身に一気に広がるんですけど!?

ヒカリゴケは周辺の魔力を吸収して光る性質がある、あの濃厚な魔力空間の魔力を吸収し、もしかしたら調理中の魔力水の魔力も吸ってた?それが一気に広がってって、これヤバいじゃん、超魔力回復食材じゃん。

使い方を間違えると魔力枯渇でひっくり返るおまけ付き、まるでフグ料理じゃん、超リスキー。


“ムシュムシャ!?ムシャムシャムシャムシャ!!”

紬まっしぐら、夢中でかぶりついております。

魔物は魔力と環境で進化する、その事は大福と緑と黄色が証明済み。あとはその進化がどこまで行けるのか、普通の進化じゃ最強生物の抜け殻の存在値には届かない。


“サワサワサワサワ”

「あ、紬をどうやって進化させるのかですか?えっと、御神木様にはお話しした事がありませんでしたっけ?

俺って女神様から<魔物の雇用主>ってスキルを授かってるんですけど、このスキルの<長期雇用契約>って言うスキルを使って魔物と雇用契約を結ぶと、進化可能状態の魔物を<昇進>スキルで進化させることが出来るんです。

魔物ごとによって進化条件が違うみたいで、全ての契約魔物を進化させられるわけじゃないんですけど、生育環境や多くの魔力食材によって進化寸前と言った状態の魔物って結構いるみたいで、うちの契約魔物も何体か進化したんですよ」


“・・・・ワサワサワサワサ”

「はぁ!?御神木様が<長期雇用契約>を結ぶんですか?いや、まぁ構いませんけど。別に御神木様に不利益はありませんし、御神木様から契約解除がしたくなったらいつでも出来ますし。

雇用契約を結ぶと<業務連絡>ってスキルが使えますんで、契約解除がしたくなったら三十日前に連絡ください。それで退職が成立しますから。

それじゃ行きますね」


俺は茹でヒカリゴケ(魔境産)の皿に夢中になっている紬を膝から降ろし、御神木様に近付き幹に触れると、スキル名を唱えるのでした。


「<長期雇用契約>」


“キンコン♪

<昇進>の条件を達成した魔物が一体確認されました。昇進を行いますか?”


うぉ、なんかアナウンスあるし、御神木様ってば進化待ったなしだったんじゃん、マジかよ。


自己診断

<魔物の雇用主>

現在の契約魔物・・・三十五体

昇進可能魔物

団子(ホーンラビット?)・紬(キャタピラークイーン)・御神木様(エンシェントトレント?)


「おぉ~~~、御神木様ってエンシェントトレントって種族だったんですね。なんかよく分かんないんですけど御利益がありそうです。

それで進化出来ますけどどうします?」


“!?ワサワサワサワサ!!”

「分かりました分かりました、落ち着いて下さい。えっと進化の注意事項です。昇進により進化をする場合、理由は分かりませんが身体が光ります。それと場合によっては身体が大きくなったり姿が変わる事があります。

後これって結構大事な事なんですが、目茶苦茶お腹が空きます。これは進化に伴い身体の色んな所が変化する影響みたいです。

ですんで御神木様の周りにポーションビッグワーム肥料をばら撒いておきますんで、進化後必要なだけ食べてください。魔力水はその時に撒きますんで。

俺ちょっと周りに注意を促して来ますね」


俺は御神木様に一言声を掛けてから紬を抱え上げ、ブー太郎のログハウスに注意喚起に向かうのでした。


「いいか、絶対に覗こうとするなよ、確実に目が潰れるからな。クマ子とクマ吉はログハウスに避難しておけよ、おそらく目をつぶっていても眩しいと思うから暫くログハウスから出て来ない様に。ブー太郎も本気で気を付けて、俺これで一度失明してるから」

“フ、フゴ、フゴブヒ”


俺の真剣な物言いに、“あ、これってマジな奴だ。洒落じゃ済まないレベルの奴じゃん”と言った表情になるブー太郎。


「それじゃ悪いけど紬をよろしく。紬、すぐ迎えに来るから待ってるんだぞ?」

俺は紬の頭を優しく撫でると踵を返し御神木様の方へと歩を進める。

なぜ俺は自身のスキルを使うだけなのにここまで悲壮な覚悟をしなければならないんだと思わなくもないが、これも仕方がない。だって眩しいんだもん、フラッシュなんてもんじゃないのよ?網膜焼けちゃうレベルよ?サングラスでも効かないんじゃないかってレベルよ!?

・・・濃厚な闇属性魔力で周囲を覆えばワンチャン?いや、厳しいか?あの光の規模じゃ闇属性魔力なんて吹き飛ばされそうだし。

ここは土属性複合生活魔法<シェルター>の出番ですかな?

俺は御神木様の周囲に収納の腕輪に溜め込んでいた危険物(肥料)をばら撒くと、危険区域(根っこの範囲)外から御神木様に向かい合図を送るのでした。


「御神木様、準備は良いですか?あまり広範囲で根っこを暴れさせないでくださいね?」

“ワサワサワサ”


「それじゃ行きます。<対象:御神木様・昇進>、<シェルター>!」

“ガバッ”

直後に展開した<シェルター>のお陰で光の直撃を回避!まさに間一髪、おそらくドームの周囲は強烈な光の渦に包まれている事でしょう。


“ゴボゴボゴボゴボ”

暫くの後地面に振動が伝わり始め、御神木様のモグモグタイムが始まった事を知らせてくれます。俺はドームを破砕で壊し、御神木様に魔力水をって眩しい!?

御神木様、何か光り輝いておられるんですけど?ちょっと眩しいんですけどって食事に夢中で話聞いてない!?


俺は仕方なく薄目になりながら魔力マシマシマシマシウォーターによる<散水>を行うのでした。



「あの、もうそろそろ落ち着かれましたでしょうか?」

時間にして約三十分、激しい戦いであった。御神木様、事前に撒いた肥料じゃどうも栄養が足りなかった様で根っこが暴れる暴れる。

俺は魔力マシマシマシマシウォーターを<散水>から<放水>に変更、ファイヤーマンの如く根っこに向かってドバドバと。

でもこの<放水>、魔力で疑似的に水を作ってるんじゃなくて水分を集めて水を創り出す魔法だから限度があるんですね~。だもんで以前から収納の腕輪に溜め込んでいた各地で集めた水をドンと放出、それを基に放水を行うと言う自転車操業的な事をですね。結局そこそこの池三カ所分くらいの水を吸いあげたんじゃないんだろうか、この御方。

あの水って一体どこに行っちゃったんだろう?今度川に行ったら収納の腕輪に水の補給をしておかないと。


「揺ら揺らと風にそよぐ光輝く大樹、その神々しいお姿は、まるで神話に登場する世界樹の様。と言うか眩しいんでその光をどうにかして頂けませんでしょうか?」

俺の言葉に“あっ、申し訳ない”とばかりに元の緑の大樹に戻る御神木様。

・・・えっと、野菜の人?スーパー野菜人?

長きに渡り心穏やかに暮らして来たトレントは、覚醒すると金色に光輝くの?あと何段階変身しちゃうの?

まぁ現実逃避の冗談はこの辺にして、実際問題御神木様、大きくなられました?なんか幹の太さが倍くらいになってるんですけど。高さは控えめの五割り増しくらい?

まぁ深い森の中だしそんなに目立つ事もないかな?人なんか滅多に来ないしね。


ん?太郎から業務連絡?

“魔の森の奥から強烈な閃光が走ったんですけど、何かありましたか?村中大騒ぎになってるんですけど!!”

・・・ヤベッ、そりゃあれだけ光ればマルセル村からなら見えるだろうよ、何があったってなるっての。観光客(聖地巡礼)と観光客(脳筋馬鹿)が来てるじゃん、しかも御神木様めっちゃ神聖な気配漂わせてるし!これ絶対大騒ぎになる奴じゃん、どうするよ俺!?


“ワサ、ワサワサワサワサ”

「えっ、結界領域を作れる様になったから大丈夫?許可のない者は辿り着けないし見る事も出来ないの?何それ凄い。それじゃ早速結界を広げてくれる?魔の森と大森林浅層を含む感じで」


“ブワッ”

一瞬何かに包まれたような感じがしたと思うと、周囲の空気が清浄で穏やかなものに変わる。ここが本当に魔の森の中なのかと疑いたくなるような、そんな空間。


「これが結界・・・って言うかこれって聖域じゃね?」

何となく感じた事のある雰囲気だと思ったら、村の礼拝堂の感じを何十倍にも強くした様な感覚。

・・・俺、またあなた様に怒られるの!?


マルセル村に帰ったらアルバート子爵様に呼び出しを喰らう事は確実、その上で夢で呼び出しを喰らって礼拝堂であなた様にお説教を喰らうと。

何やら嬉しげにワサワサと揺れる御神木様をよそに、暗澹たる未来にげんなりするケビンなのでありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る